兄と弟とヴェルトマーの紋章   作:早起き三文

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「後編」

 

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////////////////

 

 

 

 イシュタル、私の妻の親類たる雷神。

 

――賭けは、わたくしの勝ちのようですね?――

 

 雷の神器の使い手、彼女と私の兄、アルヴィスの息子たる。

 

――よし、ゲームは終了だ――

 

 ユリウス皇子、彼の神器。それに対して、私は何か「違い」のような物を感じていた。

 

――雷の神器は、良くも悪くもフォルセティのそれと同質だ、しかし――

 

 単に魔法の種別や、神器その物の強弱ではない。

 

――対して、ユリウス皇子の神器、いや、彼自身が、何か――

 

 違いを、別の異質さを私に感じさせていた。

 

 

 

――――――

 

 

 

 そして今、その異質さが解った。

 

――兄は、ファラフレイムを使いこなしているのではない!!――

 

 その、顔中身体中に汗を流している私の目前で焔に、白く焔に包まれていく兄の躰、いや。

 

――兄が……!!――

 

 深紅の、燃え盛る炎の翼を持つ、歪な物。

 

――ファラフレイムそのもの、なのだ!!――

 

 人ではない、炎の肉体を持ち、獰猛たる鷹を彷彿とさせる、怪鳥の面。

 

――兄そのものが、ファラフレイムと同化しているのだ!!――

 

 神器の、使い手の力量を問われるうんぬんではないレベル。

 

――イシュタル殿も、セティ殿も、歴代で最強の神器の使い手――

 

 顕現する、燃え盛る炎の不死鳥。微かにトラキアの飛竜、それの風貌がありながら、全体的な姿は、歪に極まりない、鳥類の勇姿。

 

――しかし、あのユリウス皇子と、兄上は、使い手という、人間の評価を超えている――

 

 いつかみた、降りしきる雨と、漆黒の泥沼、そこで蠢く私が見た、あの覇王の鳥。

 

――この二人は、神器を使っていない――

 

「……もはや、使いこなす必要が、ないんだ、兄上は……」

 

――さあ、アゼルよ――

 

 耳、ではない。

 

――遊びは終わりだ、弟よ――

 

――頭に、直接聴こえる――

 

 その不死鳥からの声が、兄の声が、耳障りな雑音を伴った、兄の声が。

 

――……あれ、は?――

 

 太陽が翼を拡げたかのような、その不死鳥の胴体中央に位置する。

 

――何だ?――

 

 そこだけが、蒼く。

 

 ドゥク、ドゥウ……

 

 と、律動する、薄く光る「蒼」で出来た炎の塊。

 

――心臓、なのか?――

 

 そう、まさしく巨鳥の心臓のように見える部分。そこから、兄の声が聴こえてくる。

 

――では、行くぞ!!――

 

 その、兄からの「声」と同時に。

 

 コゥア……!!

 

 焔の鳥のくちばしが、大きく開かれ、そして。

 

 ザァ、ア!!

 

「火炎の息!?」

 

 いや、これは、不死鳥の口から吹き出された、大気そのものが圧迫される程の、威圧感は。

 

「……違う!!」

 

 

 

――――――

 

 

 

――下級の魔法はファイアー、中級はエルファイアー、そして最上級はボルガノン――

 

――……続けて下さい兄上――

 

――炎は、雷に速度で切り裂かれ、弱くなり――

 

――雷は、風にその構成物質をかき乱され、弱く――

 

――風は、炎により熱を持ち衰退し、弱い――

 

――……なるほど――

 

――光と闇は、その三種全てに有効――

 

――なぜですか、兄上?――

 

――光はその先の三種の相克を、有利な要素を取り出して構成される、ゆえに強くなる――

 

――では、闇は?――

 

――三要素の不利な面を凝縮させる、光魔法の逆が闇魔法だ――

 

――そう言う物、なのですか?――

 

――俺が時々使うライトニング、その光魔法が、なぜ、あたかも雷魔法のような名前なのか、それに答えがある――

 

――……解ったような、解らないような……?――

 

――そして、伝説の神器も、この相克からは逃れられないのだよ、アゼル――

 

――ファラの炎もですか、兄上?――

 

――まあな――

 

 

 

――――――

 

 

 

 それを、兄の教育を私も信じていて、実戦でも同じ結論を出した。

 

「し、しかし……」

 

 ゆえに私は、擬似的な光魔法を産み出す技を身に付け、これに兄への勝機を賭けたのであるが。

 

「……これは!!」

 

 その言葉は、理屈は人間の魔道士だけで通用する、魔法の理論だ。

 

 ザァア、ア……!!

 

「炎……!!」

 

 ではない、そのような、火や炎など、人の概念で計れる品ではない。

 

「……兄上の、心!!」

 

 単に、圧倒的な力。

 

 ピィ、ン!!

 

「……!!」

 

 この戦い、兄との対決に備えて作り上げた防御の品が。

 

「……まだ、直撃してもいないのに!?」

 

 数々のマジックシールドの護符、それらが全て。

 

「あの、圧力のみで……!!」

 

 甲高い音を立てて、砕け散る。

 

「……これが、兄の望んだ力」

 

 今より少し前の戦い、ヒルダ女王との戦いでは。

 

「………魔法理論の大家であった兄上が、自らの理論すら無視する」

 

 悪しきその女王、私の妻の心を破壊し、そして最後には死へと追いやった、私の血族でありながら、憎し女王。

 

――ちぃ、私のボルガノンが通じないっていうのかい!?――

 

 あの者が放つ炎の最上位魔法に対してすら、強力な力を発揮した、五枚の護符が。

 

「……力、理論を越えた暴力」

 

 兄の放った「炎」の余波によって、即座に魔力がパンクし、弾け飛び、そして。

 

 ズォウ!!

 

「………光の、渦!?」

 

 熱い、を感じている暇がない。瞬時に私の身体を覆ったそれは、苦痛という物すら与えない。

 

――ウァアア……!!――

 

 消える、私の身体が、あと僅かで。

 

――アーサー、ティニー、そして……!!――

 

 だが、しかし。

 

「……!?」

 

 その、亡き私の妻の名を頭に浮かべる直前に。

 

 スゥ……

 

 突如として、止まる兄上からの炎の力、破滅の吐息。

 

――兄、上?――

 

 シィ……

 

 兄のその双眸、激しく輝く、その怪鳥の眼光からは、何も読み取れない。

 

――あれは?――

 

 しかし、その兄がさらけ出している。

 

 ドゥ、ドゥク……

 

 兄の心、蒼い炎を放つ「兄」の燃え盛る胴体の中央に位置する、それは。

 

――何かを、兄は言っている……?――

 

 恐るべき、破壊のみの不死鳥と化した、人の力を超えた兄。

 

「……だが」

 

――透き通った、清らかな水を思わせる、あの、蒼い炎の心臓――

 

 そこからだけは、兄アルヴィスの、その烈火の心を感じない。

 

――兄の心臓、心……?――

 

いや。

 

――心、本性……?――

 

 いや、一つだけ、何かを放っている。

 

「……光?」

 

 そう、私の腕に絡み付いた、ファイアーエムブレムとやらから。

 

 シィ、ア……

 

 放たれる、小さな輝き。

 

――兄の、蒼い光……――

 

 兄の心臓、それが放つ蒼い光と呼応して、同質の、蒼い光を放っている。

 

――兄は、これを私に与えた、渡した――

 

 スゥア、スゥ……

 

 静かな、猛火の化身たる兄の身体の中で、その「蒼い心」だけが静かに鼓動し、そして小さく。

 

 リィ、ン……

 

 双方ともに、紋章も兄の「心」も、本当に小さく、輝く。

 

――……!!――

 

 この紋章とやらと同じ、光。

 

――地獄の業火の中の、ちっぽけな光――

 

 蒼く、清らかな、そしてあまりにも微弱な、心の光。

 

――……そうか!!――

 

 見えた、その炎の鳥の心が。

 

――激しい、兄上の炎、煉獄の魂――

 

 どこまでも拡がる焔の翼、何もかもを、力で支配する事を望み、そしてこの大陸を包んだ、紅き光の翼。

 

――発散する、拡散する炎の心――

 

 その兄の暴力的で、威圧的な強さの源、それは。

 

――そして、その炎の中核は――

 

 シィ、ン……

 

 小さく輝く、弱々しい、兄の蒼い心臓。畏怖すべき業火の中央にある。

 

 ザァウ、ア!!

 

 巨大にして、破壊の権化たる焔鳥とは、全くにして似つかわしくない、光。

 

――そう、それは――

 

 弱さ。

 

――兄の火炎が、強ければ強いほど――

 

 心から、決して人を信用することが出来ない「弱さ」と。

 

――そう、その炎が暴力に満ちた物で、あればあるほど――

 

 心の底から、他者に愛を注いでも、その自分の気持ちを、自分そのものを信じられない「弱さ」

 

――それは、自分を守る、炎の鎧――

 

 この世の理不尽と不条理、その全ての破壊を望みながらも、それを徹底できない兄、なぜならば。

 

――全軍、総攻撃を掛けよ!!――

 

――アルヴィス、貴様!!――

 

――これで最後だ、逆賊シグルドを、討て!!――

 

 無意識に、己もその理不尽を行ってしまう、兄アルヴィスの「弱さ」

 

――……だから!!――

 

 それが、この恐るべき兄の、強者にて、万能者である、皇帝アルヴィスの「強さ」の原泉。

 

――だから、兄は、恐ろしい人だったのか!!――

 

 脆弱な、弱々しい自我。

 

――そして――

 

 そして、今。

 

――あの、兄の心臓――

 

 兄は、その弱点を自ら私に晒している。

 

「……しかし、何故!!」

 

 兄が、あの兄がそこまで迂闊な人間なのか。

 

「弱点をさらけ出す程の、間抜けな人間であるはずが……」

 

――甘いな、アゼル――

 

――……!!――

 

 低い、私の心に響く、あの。

 

――恐ろしい、兄の声――

 

 だが、あの小僧の時分であった時の私が、常に感じていた、兄への畏怖、それは。

 

――……感じない?――

 

 もちろん、歳のせいも、この戦いという場に、身を置いているという状況で。

 

――……兄上――

 

 そのような、昔の恐怖を感じている暇はない、というのもあるが。

 

――兄上、お教え下さい――

 

 スゥオ……!!

 

 兄の、魂そのものである火焔の渦、乱炎のそこから散らばる幾多の火の粉、それらがもたらす凄まじい熱気、そして。

 

――なぜ私に、このファイアーエムブレムを渡したのですか?――

 

 スゥ、ァア……!!

 

 その焔の凄まじさにより立ち上る陽炎、その揺らぐ熱の帳の中で、私は「なぜ」を問う。

 

――お前に、俺の弱さを突く、強さがあるか?――

 

――……あっ――

 

 そうか。

 

――お前に、余が超えられるか?――

 

――……兄さん――

 

 これは、紋章を私の手に与えたのは。

 

――……兄上!!――

 

 兄からの、最期の指導。

 

「……解った」

 

 兄上の、不甲斐ない弟へ向けての、最後の導きなのだ。

 

「わかったよ、兄さん!!」

 

 そして、私は光を。

 

「……集え、我が手に」

 

 シュウ……

 

 私は光を、拡散しつつあった、私の魔力を。

 

「炎よ、風よ、雷よ!!」

 

――頑張ってね、アゼル――

 

 キィン……

 

 腕に輝く紋章の力、いや。

 

――私には、妻を始め、力を貸してくれる人達がいる――

 

 愛する妻が支えてくれる証である、その腕からの暖かな光、それによる助けを借りながらも、魔法を形成し続ける。が。

 

――しかし……――

 

 その刹那、ふと頭によぎった雑念により。

 

――しかし、兄上には?――

 

 スゥ……

 

 文字通りに腕が、腕に宿った加護の光が鈍る。

 

「……」

 

 信念に基づいて、謀略を駆使し人の外道の道を歩み、それでも自分を信じた兄アルヴィス、しかしその挙げ句。

 

「全てを失った、兄上……」

 

 兄の息子たるユリウス皇子はもちろん、あのアイーダも、ディアドラ様もユリア様もいない、この世でただ一人だけの、孤独な皇帝。

 

「覇王の、成れの果て、死骸、そう……」

 

 覇骸、全ての人を切り捨て、そして今、この世の全てから不要とされた、覇王の躯たる、兄上。

 

――ならば、私が手を差し伸ばすべきではないか?――

 

 あの覇骸を、助けるべきなのではないのか?

 

――甘えるな、アゼル!!――

 

「……!!」

 

――お前には、すでに家族がいる身だろう!?――

 

 その兄の叱咤。

 

――お前は、自分の子供に、試練の一つも与えないのか!?――

 

――……!?――

 

――私の「父親」としての義務、それをお前は、自らの子に、何一つ与えないのか!?――

 

 兄の、厳しく冷たい、人を突き放す声。

 

――アーサー――

 

 それを私は、昔に。

 

――ティニー、ティルテュ!!――

 

 何十年も前に、聴いた。

 

 

 

――――――

 

 

 

――兄上、私にはエルファイアーなど、出来ません……!!――

 

――……甘えるな、アゼル!!――

 

 僕は、昔から兄が怖かった。

 

――出来るまで、今日は休む事を許さん――

 

 息苦しい、兄の姿を見ると、身体がすくみ、呼吸が詰まりそうになっていた。

 

――さ、これで涙をお拭き下さい、アゼル様――

 

――……アイーダ――

 

――はい、何でしょうか、アゼル様――

 

――僕は、僕のような出来の悪い弟は、兄上の邪魔なんだ――

 

――……アゼル様――

 

――何、アイーダ?――

 

――溺愛するのは、もちろん愛情、しかし――

 

――しかし?――

 

――突き放すのも、愛情なのですよ?――

 

 僕は、ヴェルトマーの館の裏庭で泣きじゃくっていた、昔の僕は。

 

――そんな、こと――

 

 その、彼女の言葉の意味を。

 

――あるわけが、ない……――

 

 その時は、何も理解出来なかった。

 

 

 

――――――

 

 

 

 そして、今。

 

「……」

 

 ズォウ……!!

 

 焔の嵐の中で、兄の叱咤を、昔に聴いたそれの、意味が解った。

 

「……魔力よ、我が全ての魔力よ」

 

 ポ、ツゥ……

 

 再び、久し振りに聴いた兄の叱咤の声を受けて、流している涙、それは。

 

「炎神ファラよ、光となりて……」

 

 私は、ここまで兄上に愛されていたのか。

 

「いざ、闇を討たん……」

 

 その兄の心を知っていたのは、もしかしたら。

 

――……アイーダ――

 

 そう、彼女だけだったのかも知れない。

 

「ヴェルトマーの名に掛けて、光となれ……」

 

 ならば、私は。

 

――兄さん、行きます……――

 

 兄、そして「父」でもあった、彼の心に応えよう。

 

「我こそは……」

 

 キィイッ……!!

 

 私の腕にぶら下がる、紋章の輝きなどは、もはや私の目に入らない。力が、想いが。

 

――頑張って、アゼル!!――

 

「我こそが、ヴェルトマー家第二子……」

 

――強く御心を、アゼル様――

 

 腕に、宿る。

 

 シャア、ウ!!

 

 魔力、という魔法理論ではない。兄のそれと同質にして、異なる光。

 

「アゼル・ヴェルトマーである!!」

 

――頑張れよ、俺の可愛いヤツ!!――

 

 私は、もう目の前の怪物が、恐ろしくない。

 

――父さん、頑張れよ!!――

――お父さん、頑張って!!――

 

 もはや、兄を恐がる、理由がない。

 

「ヴェルトマーの名に掛けて」

 

 何故ならば、その怖れは自分の弱さが作り出した、錯覚であるから。

 

「アルヴィス、貴様を葬る!!」

 

 その時、微かに。

 

――やるのだ、我が弟よ――

 

 シャ……

 

 炎の化け物が、それの双眸が、微笑んだ気がした。

 

――やはり、僕は出来の悪い弟でしたよ、兄上――

 

 この時、最期のこの瞬間に初めて、兄の心が解り。

 

――申し訳ありません、兄上――

 

――ならば越えよ、我が……――

 

 ドゥウ、ア……!!

 

 兄の、心臓の鼓動と共に、火の鳥から舞い散る、輝く白焔の火の粉の中で、この終末の時に初めて。

 

――最愛の、弟よ――

 

――はい、兄上……

 

 兄と、真の意味で心が通じ合うとは。

 

――そして、その兄上の愛を受けた、光は――

 

 グゥア……!!

 

 化け物が、覇骸の怪物が、再びその燃え盛る、異形の口を開く。

 

――そして、その光は……――

 

「……光は、ここにある!!」

 

シィ、アァ……!!

 

 次こそは、怪物の火焔によって、一瞬の間に私の身は消滅するであろう。ならば。

 

「ファラ……」

 

 神器に依らない、神器の力を。

 

――頑張りなさい、我が子アゼルよ――

 

 心の器。

 

――はい、母上――

 

 心器の力を。

 

 ガァア……!!

 

 覇骸の口から、怪物のアギトから放たれた破滅の力。それと同時に。

 

――今よ、アゼル!!――

 

――解った、いくよ、ティルテュ!!――

 

 兄の心に向けて、その己の両手から。

 

「ファラ……」

 

 輝く、光柱を、愛する兄の、蒼い心に向けて。

 

「……フレイム!!」

 

 過去に、美しき過去に向けて。

 

 ズワォア!!

 

 私の身を包む業火の中、失われる感覚、そして消え行く意識の中で。

 

――さようなら、兄上――

 

 強く、彼方まで、放った――

 

 

 

――――――

 

 

 

 シュア……

 

 風が、吹いていた。

 

――甘いな、アゼル――

 

――くっ、こんな……!!――

 

――フン、相手の弱点を突くことこそ、戦いよ……――

 

――しかし、それは卑怯では、兄上!?――

 

――……フフッ――

 

――な、何ですか兄上……?――

 

――ハッハッハッ、お前は可愛い奴だ、アゼル!!――

 

――か、からかわないで下さい、兄上、そんなに頭をクシャクシャにしないで!!――

 

――まあ、今日はここまでだ、茶でも飲もう――

 

――は、はい兄上……――

 

 シィ……

 

 その、砂漠からの風が、僕と兄の、炎の色の髪を、同じ色を軽く揺らす。

 

――アルヴィス様、アゼル様、お茶をお持ちしました――

 

――すまないな、アイーダ――

 

――さっ、アゼル様も――

 

――あっ、ありがとうアイーダ――

 

 この、砂漠特有の、乾いた。

 

 シィ、ア……

 

 しかし、不思議に心が安らぐ風が、どこまでも、いつまでも。

 

――アゼル、早く私を越えるのだ――

 

――そんな、出来ません……!!――

 

 暖かく、しかし時には苛烈な太陽の放つ光の中、僕達に向かって。

 

――僕は、弱い男なのです――

 

――故に、出来る――

 

 優しく、そして。

 

――俺が、出来たのだからな――

 

――……?――

 

 そして。

 

 スゥア……

 

 強く、吹いていた――

 

 

 

――――――

 

 

 

 その、彼の面立ちは、あまり兄には似ていないように思えた。

 

「……何でしょうか、御老人?」

 

 どちらかというと、アイーダに似ている。

 

「……お初にお目にかかる、サイアス殿」

「……貴方は?」

 

 彼、やや神経質そうな、まさしく兄に似た雰囲気がある彼の傍らに立っていた。

 

「……父上」

「ン……」

 

 燃えるような色合いの髪を持つ、私の記憶にいつまでも在る。

 

――兄の、性別を変えただけのような――

 

 全く同じ、炎の髪を持つ女性。

 

「父上、わたくしは退出した方がよろしくて?」

 

 その長身の女性。彼女の放った、凛とした言葉に対して。

 

「ああ、そうだな……」

 

 軽く、一つ頷いてみせる、兄の息子。

 

――なるほど、彼女が、噂の――

 

「では、失礼」

 

 スゥ……

 

 恐らくは、彼女こそ。

 

――剣を取れば無双、炎を使えば無敵、魔法戦士ファラの生まれ変わり――

 

 と、皆が敬い、それと共に。

 

――世界を闇に陥れた、暗黒皇帝の孫娘、穢れたヴェルトマーの再来――

 

 畏怖され、怖れている、兄の孫娘なのだろう。

 

「さて、旅の老人よ」

「ウム……」

 

 つまり、このサイアス殿はもちろん、かなり彼と歳の離れた子であるその娘、彼女も当然、ファラの血筋だと言うことだ。

 

――……似ている、な――

 

 この二人とも、亡き兄が持っていた、あの。

 

――優しさ、そして――

 

 そして、古の炎の鳥、それの鋭く強い、双の眼と同じ目だ。

 

「これを、サイアス殿……」

「……?」

 

 最初、私はこの遺品を彼に渡そうとは思わなかった。

 

――もう、セリス様が亡くなって、二十年になるのか――

 

 だが、このユグドラルに再度起こった戦乱、それによって私の息子と娘、そして一人の孫が戦死し。

 

――私は――

 

 唯一、実の娘の子、つまりもう一人の孫だけが私の血縁となった時に、心を決めた。

 

――結局、私は兄上の名を、ヴェルトマーの名を汚すような生き方しか出来なかった――

 

 その息子達の死、それは私の甘さが招いた物だ。

 

――……兄上――

 

 兄アルヴィスの非情さは、全てを失った。

 

――しかし――

 

 だが、私の優しさ、いや甘さもまた、兄と同じ道をたどった。

 

――ゆえに、せめて――

 

 我々、炎に翻弄された兄弟の絆、その内の一つは、暖かい炎の紋章は、生き残った孫に。

 

――絆の紋章、ファイアーエムブレム――

 

 そして、もう一つの炎。

 

――破壊を終わらせる為の、破壊の力――

 

 兄の、苛烈な、悪を憎むこの、正義の心は。

 

――信じよう、この正義と悪が入り雑じった――

 

 今では、暗黒のロプトと同じく、忌まわしき血と呼ばれている、ファラの血。

 

――そのヴェルトマーの、猛々しき、燃え盛る正義の血を――

 

 それは、私の「邪悪」な兄の。

 

――ロプトの血を復活させ、聖戦士の誇りを捨てた、穢れた聖戦士め!!――

 

 悪の聖戦士の子よ、と彼、そしてあの、険しい顔をした「ファラの再来」の娘。謂れなき非難を浴びている、彼らに。

 

「あなた、サイアス殿の父上からの、届け物を持って来ました」

「……」

 

 この、ヴェルトマーの生き残りの者達に、預けよう。

 

「……私には、父はいません」

「そうなのか?」

「父は、私と私の母を捨てたのですから」

「ふむ……」

 

――なるほど、ね――

 

 やはり、いくら外見が似ていなくても、彼は兄の息子だ。

 

――この、鋭い目と心は、僕の兄のそれだな――

 

 私はこの時、久しぶりに、本当に何十年か振りに。

 

――アゼル、もっと気合いを入れろ!! ――

 

――はいぃ、すみません、兄上!!――

 

 兄と、そして。

 

――まあまあアルヴィス様、少し厳し過ぎます――

 

――そ、そうか?――

 

 そして、初めて異性を意識した女性の。

 

――まあいい、今日はここまでだ、アゼル――

 

――……はい、兄上――

 

――しかし――

 

――な、何でしょうか、兄上?――

 

――術を発動させる、その手際に、もたつく事がなくなったな?――

 

――……え?――

 

 懐かしい、もはや七十年は昔の事になる、今は存在も名前すら、民衆に破壊された、あのヴェルトマーでの日々。

 

――まあ、アルヴィス様が褒めるなどと、珍しい――

 

――あ、ありがとうございます、兄上!!――

 

――……コホン!!――

 

 その過去での、陽光に包まれた中庭での。

 

――休憩したら、またつづけるぞ、アゼルよ!!

 

――は、はい!!――

 

――アゼル、焔を取れ!!――

 

――はい!!――

 

 あの、二人の「声」を思い出していた。

 

 

 

 

―終わり―

 

 

 

 

 

 

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