【完結】狂い咲きオンスロート~殺し屋から少女になった男の殺戮願望~【第二部】 作:詠符音黎
――たきなが診療所を訪れる少し前。
『あ、もしもし千束?』
「ん? どしたの黒花?」
診療所で注射を済ませた直後に、千束の元に黒花から電話がかかってきた。
『いや、実は検診終わった後でいいから時間が欲しくてね、それで予定を確認しようかと』
「そうなの? 別にー大した予定はないよー、いつも通りリコリコでお仕事して、それから暇になるって感じかな」
『そっか。じゃあ仕事終わりにちょっと時間くれ。話したいことがあるんだ』
「んー分かった。でもどうしたの? 改まったりし……て……」
そのときだった。
千束の意識が急に暗闇に落ちたのは。
『千束? どうした? 千束!? ちさ――』
そこで電話が切れる。
切ったのは看護師に扮したシンジの手下、姫蒲だった。
「悪いですが、これから忙しいんです。ブラッディドラゴン」
彼女はそう言いながら千束の電話を投げ捨てる。
そして千束を診察室から手術室に移し、彼女の胸に電極を刺す。
「……さて」
準備が整った後、彼女はためらいなく電極を通して千束の胸に高圧電流を流す。
それにより、千束の胸の人工心臓に過充電が起こる。
「これで、外部からのアクセスは不能になり、再充電はできなくなる……」
「――そういうことか」
そのとき、手術室の外から声がした。黒花だ。
「っ!?」
姫蒲はその瞬間物陰に隠れる。
次の瞬間、彼女の頭のあった位置を銃弾が掠める。
「ちっ」
姫蒲は物陰から腕だけ出して扉方向に射撃する。ブラインドショットである。
黒花もまた物陰に隠れ、射撃のタイミングを伺う。
だが、姫蒲は黒花に攻撃をしようとはせず、窓の射撃、そのまま窓を突き破っていった。
「くそっ」
黒花はその後を追い逃げる姫蒲に向かって撃つ。
だが、動きの素早い姫蒲には着弾する事はなかった。しかも、それだけではない。
「黒花!」
たきなの叫び声が聞こえてきたのだ。声のした方を見ると、そこには走ってくるたきながいた。
「っ!? たきな……!」
――黒花は逡巡する。ここで彼女を待つべきか。いや、ここは千束をたきなに任せあの女を追うのを優先すべきだ。
「……悪いが、千束は任せた」
黒花はそう呟くと、一人裏口に走り、そこに止めてあった彼女のバイクに乗って姫蒲を追っていったのだった。
◇◆◇◆◇
「……二ヶ月かぁ」
夕暮れの診療所で、千束は呟く。
それは彼女の余命だった。
過充電により外部の信号を受け付けなくなった人工心臓の充電が持つ期間、それが二ヶ月だった。
「そっか……まあ、もともと長くなかったしね」
「もともと長くなかったって……」
落ち着いた笑みで言う千束に対し、蒼白とするたきな。
暮れなずみ赤く染まる診療所の部屋で、両者の表情は対照的だった。
「まあそんな顔するなってたきな。何も今すぐ死ぬってわけじゃないし」
「……でも!」
言葉が出ないたきな。
そんな彼女を前に、あくまで千束は笑顔だ。
「そういや、黒花は? みんな揃ってると思ったけど、黒花だけいないよね? どしたの?」
『…………』
一同は一瞬黙る。
黒花は直前までそこにいた。だが、その黒花がブラッディドラゴンである可能性が出ている今、それを伝えるべきか否か皆悩んでいたのだ。
「……千束。黒花は――」
「――黒花は! ……黒花は今、一人特別任務中です!」
ミカが説明しようとしたそのとき、たきなが遮るように言った。
彼女の言葉に、ミカ、クルミ、ミズキは内心驚く。
「そうなんだ? DAからの?」
「は、はい! なんでも秘密任務とかで、私達には詳細を教えず出ていきました!」
「そうなんだ……仕事終わった後に話があるって言ってたのは、その事だったのかなぁ? あいつ、わりと喋りたがりだからなぁーこっそり私に内容話してから向かうつもりだったのかも」
「え、ええきっとそうでしょう。でも仕事が思ったより忙しくてこっちに来れないようですね……」
「そっか……黒花にも、ちゃんと話さないとなぁ。電話じゃなく、面と向かって」
「……そう、ですね」
たきなはどこか歯切れ悪く答えた。
彼女は、伝えたくなかったのだ。
黒花が最近の事件の犯人の可能性であることを、今の千束に。それがとても残酷な事だと思ったから。
そんな彼女の心中を、他の三人は悟った。故に、何も言わなかった。ただ、たきなの嘘をそのまま通させた。
◇◆◇◆◇
それから数日が過ぎた。
千束は残り少ない余命をいつも通り生きようとしていた。
周りのみんなもそれに合わせた。できるだけ、いつもの日常を過ごそうとしていた。
だが、たきなはどうしても千束の事を気にしてしまうし、千束もまた、そこにいない人物の事を思っていた。黒花の事である。
黒花はまだ帰ってきていなかった。彼女は病院での一件以来、リコリコどころか千束達が知るどのセーフハウスにも帰っていないようだった。
千束は「ずいぶん長引いてるねー黒花にしちゃ珍しい」と言っているが、内心何かおかしいとも思っていた。
だがそれが、彼女が裏切り者であるという発想にまでは至っていなかった。たきな達にはそれは痛ましく思えた。
そんな中、たきなは思った。最後の、楽しい思い出を作ろう、千束との日々を悲しい感情で終わらせないようにしよう、と。
だから、彼女は言った。
「千束、明日遊びに行きましょう」
と。
しおりまで作って行われたその日のたきなと千束の、いわゆるデート。
それは順調に行われた。最初はたきなが夏服しか持っていないので千束がたきなのために冬服を選び、その後はたきなが予定した時間通りにいろんな場所を巡ることにした。
途中水族館が予想外の閉館をしていたが、そこは千束が機転を利かせて釣り堀での釣りをした。
そうして二人で様々な場所を楽しんだ後、最後に二人は街を見下ろせる高台へと向かった。
そこで、二人はベンチに並んで座った。もう夜で、あたりは冷え込んでいた。
「いやー遊んだ遊んだ、ありがとうたきな。今日一日」
「いえ、それよりも、これからなのですが……降らないですね、予報では降るって言っていたのに」
「降るって?」
「……雪です」
「あーなるほどね、まあ、神様は気まぐれだから」
「……今日ぐらいは、止めて欲しかったです」
たきなは少し意気消沈しながら言う。そんな彼女に、千束はマフラーをかける。
「はい、それだけじゃ寒いでしょ?」
「あ、ありがとうございます……」
「……私は、今日一日たきなと過ごせて楽しかったよ」
「……本当ですか?」
「うん、もちろん。よくよく考えてみれば、たきなと二人っきりってのも実は仕事以外だとあんまなかったからね」
「そうですね、だいたいいつも側にはいましたからね……黒花が」
たきなはその名を出したとき、胸が一瞬締め付けられた。一方で、千束は懐かしむように語る。
「私達三人、だいたいいっつも一緒にいたよねぇ。リコリスとしての仕事のときは別だったけど、ソレ以外のときは三人でワイワイやっててさ。……楽しかったなぁ」
空を眺めながら遠い目で語る千束。
たきなは、そんな彼女に言うべきか悩んでいた。
彼女が敵かもしれない、裏切り者かもしれない、と。
だが、今の彼女にそれを告げるのは酷すぎる。だって、千束と黒花は十年間ずっと一緒にいた、家族のような存在だから。自分の十倍以上は長く一緒に過ごしてきた仲なのだから。
そう思うと、やはり伝えられなかった。
「……ねぇたきな、黒花の事で、私になんか隠し事してるでしょ?」
「えっ!?」
だから、その千束の言葉にたきなは大いに驚いてしまった。そして、それが失敗だと気づいたときにはもう遅い。
千束は、少し呆れた笑いをしていた。
「もう、たきなはこういうときに嘘が下手になるんだから」
「そ、それは、その……」
「ねぇ、黒花に何があったの? 教えて」
千束は笑っていながらも、それでも真剣な眼差しで聞いてきた。
その視線に嘘はつけない。抗えないと、たきなは思った。
「……千束」
「うん」
「……黒花は――」
「――私がなんだって?」
そのときだった。
二人の背後から、聞き慣れた声がしたのは。
『っ!?』
二人が同時に振り向く。そこには、黒花がいた。
リコリスの制服の上に、黒いコートを着た、黒花がいた。
「黒花!」
千束は嬉しそうに立ち上がって駆け寄る。一方で、たきなは立ち上がるも近寄れずにいた。
「もう心配したんだぞー? 今までどこにいってたこの唐変木!」
「ははっ、すまんすまん、ちょっと千束へのプレゼントを探しててな」
「えっ、私へのプレゼント!? どゆこと!? 何それ何それ!」
千束が嬉しそうに聞く。
一方で、たきなは何か嫌な予感がした。とてつもなく背筋が冷える。それは、冬の、そして夜の寒さだけではないと感じた。
「千束、黒花、ちょっと待って――」
「――ほら、これだよ」
たきなが二人の間に割って入ろうとしたその瞬間、黒花は千束にスマートフォンの画面を見せた。
その瞬間、千束の表情が凍りつく。
「……え? ヨシ、さん?」
千束は呟く。
たきなも慌ててその画面を見る。
そこに映し出されていたのは、両手両足を鎖で縛られたシンジの姿があったからだ。
「こいつを探し出すのにちょーっと手間取ってしまってな。でも、今は私の手の中だ」
「……え? ちょっと待って? どういう事? ごめん意味分かんない……」
さすがの千束も混乱しているようだった。
そんな彼女に、黒花は微笑んで――しかし悪寒を催す顔で、言う。
「ああ、こいつがお前の心臓を止めようとしてたからな。探して問い詰めたら、どうもお前宛の新しい心臓を持ってるって言うじゃないか。それは、私にとってちょうど良くってな。元々お前にとっても大切な救世主様だってのもあったが、心臓付きと来たらこうせざるをえなかったんだ」
「……はい?」
「千束、下がってください!」
たきなが千束を下げ、間に割って立つ。その表情は険しかった。
対して、黒花は相変わらず微笑んでいる。
「……その様子だと、私の正体に気づいたようだな」
「となると、やはりあなたが……!」
「え、ちょっと待ってよ二人共。正体って何? 何の話をしてるの?」
千束は動揺していた。たきなが今まで見たことのないほどに動揺していた。
そんな彼女に、黒花は言う。残酷な現実を。
「ああ……実はね、連日の要人襲撃、およびロボ太を殺したのは、この私なんだ」
「……へ?」
千束は、信じられないと言った顔をしていた。たきなもまた、苦虫を噛み潰したような顔になる。
だが、黒花はやはり笑顔で二人に告げる。
「それだけじゃない。私は今までひっそりと殺しの仕事をしてきた。DAを介さない非合法な仕事だ。人をたくさん殺してきたんだよ。そして今私は、次の大きな獲物を狙っている。リコリスとリリベル、二つの獲物をね」
そうして彼女はまたスマートフォンを見せる。すると、スマートフォンの映像は切り替わっていた。そこに映し出されていたもの。それは、爆発し燃え盛るDA本部だった。
「なっ……!?」
たきなは言葉を失った。あの堅固堅牢なDA本部が、今や見る影もなくなっていたからだ。
千束もまた、開いた口が塞がらなかった。何が起きているのか、理解すら出来ていない様子だった。
「とりあえず第一目標は完遂した。次は、もっと多くの目標を狙うつもりだ」
「……もっと、多くの?」
たきなが聞く。それに、黒花は答える。
「ああ、この街のあらゆる人口密集地。そこに爆弾をしかけた。それを、盛大に吹き飛ばすつもりさ」
変わらぬ笑顔で。
「……そんな事をして、何になるって言うんですか!?」
叫ぶ。たきなは、今にも噛みつきそうな勢いで叫ぶ。
ワナワナと震える千束を背に。
「私はね、この国は息苦しいと思ってたんだ」
それに、黒花は答える。スマートフォンをしまい、今度は彼女の愛銃たるM1911を出し、それを空にかざしながら。
「息苦しい……?」
「ああ、殺しを是とし、生とする存在にとってこの国はあまりに住みづらい。だから、この国をもっと殺しがしやすい国にする。私のような怪物が大手を振って生きられる、そんな国にする。他者を殺す事によって生の実感を得る人間のための戦い……それが私の目的だ。そのためには、必要なんだよ。大きな花火と、犠牲がね」
「……嘘だ」
穏やかな口調で語る黒花に、ぼつりと呟く声が聞こえてきた。千束だ。
「ん?」
「嘘だ! 黒花はそんな事するような奴じゃない! だって、私は十年一緒に過ごしてきたんだ! だから、黒花の事はよく知ってる! 確かに仕事のスタイルは正反対だよ!? でも黒花は無為に、無差別にそんなことを……! ねぇ、嘘なんでしょ!? そう言ってよ……言えよ、平等院黒花っ!!」
最後は、切実な叫びになっていた。
彼女の言葉に、たきなもまた言葉を失った。
だが、黒花は違った。黒花は柔和な表情を千束に見せると、彼女に言った。
「……いいや、嘘じゃない。これが私の本性なんだよ、千束」
その瞬間だった。
黒花の背後に、千束達の眼の前に、一機の輸送ヘリが現れたのだ。
輸送ヘリはローターで三人に凄まじい風圧を浴びせかけながらも、ライトで黒花を照らし彼女の背後に着陸する。
「千束ぉっ!!」
そして、その風と光の中、怯む千束とたきなに向かって、黒花は叫ぶ。
「お前は、私の存在を否定する女だ! だから、戦うしかない! 待ってるぞ、明日夜
黒花はそう言って、輸送ヘリに乗り込む。
「ま、待って!」
「待ちなさい!」
それを止めようと、走ろうとする二人。だが、二人の歩みは止められた。
輸送ヘリに乗る、黒花の部下と思われる人間数人の自動小銃――M4A1の射撃によって。
「っ!?」
「くっ!?」
二人はそれをとっさに避ける。
その間にも、黒花は輸送ヘリに乗り、そして去っていった。
「じゃあな千束! 次会うときは、お互い敵同士だ! お前の好きな映画の悪役らしく待っているぞ!」
そんな言葉を残して。
「…………」
後には、静けさだけが残った。
「……嘘だ」
千束は呟く。地面を見ながら、彼女が今まで見せたことのないような、蒼白とした表情で。
「……ちさ――」
「嘘だぁ……っ!!!!」
たきなが声を掛けようとした瞬間、千束は絞り出すような声で言った。
地面を大きく叩きながら、血を吐きそうなほどに。
彼女の声は、寒空に響き渡った。
空からは、雪が降り注ぎ始めていた。