【完結】狂い咲きオンスロート~殺し屋から少女になった男の殺戮願望~【第二部】   作:詠符音黎

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18.Memory

「……そうか、まさか黒花とはな」

 

 深夜。東京郊外の地下にあるDAの仮設基地。

 そこで楠木は頭に包帯を巻き、左手を固定した状態でたきなから事情説明を受けていた。

 

「まさかリコリスから離反者が出るとは……我々も迂闊だった」

『あの……DAは、リコリス達は大丈夫なんですか?』

「……正直に言えば、大打撃だ。本部及び各支部の爆破で多くのリコリスが重症を負い、命を失ったリコリスも少なくはない。それはリリベルの拠点も同じで、ラジアータも破壊され情報統制も不可。そんな中で街中に爆弾を仕掛けられているとなれば、残念ながら黒花討伐のリコリスを出す余裕はない」

『そんな……』

 

 電話越しにたきなが絶句しているのが楠木には分かった。

 

「たきな、命令だ。黒花を討て。これはそこにいる千束にも伝えろ」

 

 しかし、それを分かった上で楠木はたきなに伝えた。

 いつも通りの、変わらない冷静な声で。

 

『……はい』

 

 たきなは少し間を置き答える。逡巡が聞いて取れるようだった。だからこそ、楠木は言う。

 

「いいかたきな、個人的な感情は捨てろ。奴はもはや国家を脅かすテロリストだ。生かしてはおけない。早急に爆弾の場所を吐かせ、排除する必要がある。それはお前も理解しているだろう?」

『……ええ、分かっています』

「千束にもそのことは釘を刺しておけ。ではな」

 

 そこで楠木は電話を切る。

 彼女の眼の前には、同じく体中傷だらけのフキ、そしてサクラがいた。

 

「……司令、私達も行かせてください」

 

 フキが言う。だが、楠木は首を横に振る。

 

「ダメだ、お前達は市中で爆弾を探すのに尽力しろ」

「でも!」

「でもじゃない」

 

 楠木は相変わらず口調を変えず、しかしはっきりとフキの言葉を封じる。

 

「さっきの電話を聞いていたなら分かるだろう。我々に残された戦力は乏しい。この状態で街を救うには動けるリコリス、リリベルの全動員が必要となるのだ」

「でも、奴は……!」

「分かっている。黒花はリコリスの歴史の中において最強である千束に勝るとも劣らない実力の持ち主だ。だが、我々は信じるしかないんだ。たきな……そして千束を」

「司令……」

「……それに、だ。お前達には話しておくが、もしかするとまだ裏切り者は潜んでいる可能性が高いのだ」

「な、なんですって!?」

 

 サクラが声に出して驚く。一方でフキはさほど驚いた様子を見せなかった。

 

「……分かっている、と言った顔だな」

「ええ……いくら黒花が優秀なファーストリコリスとは言え、一人で、そして外部のヤツの私兵だけでDAをあれほどにする爆弾をしかけられるとは思いません。それに、リコリスの拠点だけでなくリリベルの拠点まで。これは、他にも内通者がいる可能性を示しています」

 

 フキは静かに答える。それに、楠木は頷く。

 

「その通りだ。奴は言ったらしいな、他者を殺すことにより生の実感を得る者のための戦いだ、と。その思想を持っているリコリスが奴だけではないとしたら? リリベルにも同調するものがいたとすれば? お前達は物心ついた頃から殺しを生業としてきた人種だ、そういう邪道に目覚める者がいてもおかしくはない」

「そ、そんな……そんなバカな事が……ありえるんスか!?」

「実際、ありえているからこんな事になってんだろうが」

 

 動揺するサクラに、フキが冷たい声で言う。

 しかし、彼女は声とは裏腹に拳を強く握っていた。それこそ、血が出そうになるほどに。

 

「DAに拾われた恩も忘れやがって……クソ共が。一人残らず正体を暴いてやる」

「そうだ。そのためにもお前達には現地で爆弾捜索と処理……そして裏切り者の燻り出しを行って欲しいのだ。信頼できる人間は、思った以上に少ないからな」

 

 楠木の声のトーンは最後まで変わらなかった。

 だが、フキには分かった。

 彼女もまた、怒りの炎で燃えている事に。

 

「……要件は以上だ。下がれ」

「はい」

「……ッス」

 

 フキとサクラはそれを最後に仮設司令室から下がる。

 その去り際、フキは呟くのだった。

 

「……千束、たきな、頼んだぞ」

 

 と。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

「…………」

 

 喫茶リコリコは痛々しいまでの静寂に包まれていた。

 無理もない。黒花の裏切りは、それまでに面々に衝撃を与えたのだ。それに加えて、いつもは太陽のように明るい千束が言葉も出ないほどになってしまっているのも空気を重くしている原因だった。

 

「千束」

 

 たきなはリコリコの隅のござに座っている千束に話しかける。

 

「…………」

 

 千束は答えない。それどころか手元にある、あるものをずっと眺めている。

 それは、アルバムだった。そこには、ミカと幼い姿の千束、そして黒花が写っている写真がいくつもしまわれていた。

 

「千束……」

「……ねぇ見てよたきな、黒花ったら小さい頃から大人びててね。迷子になって先生とはぐれた私の手を引いて励ましてくれたんだよ、これはそのとき先生に見つけてもらったときの写真。ほら、私今にも泣きそうな顔してるでしょ? いやぁ、私にもこんな頃があったんだねぇ……」

「千束……!」

「これは昔飼ってた犬と一緒に撮った写真。黒花にはあんま懐いてなくてさぁ。結局、最後まで吼えられてたなぁ黒花、ふふふ。あっ、あとこれはみんなで海に行ったときの写真。こんときミズキが逆ナンしまくってでも全部自滅してさぁ、みんなで慰めたっけ。それでこれが――」

「――千束ッ!!」

 

 たきなは大声を上げた。それで、アルバムをめくっていた千束の手がピタリと止まる。

 

「黒花が私達を裏切ったのがとても辛いのは分かります。でも、現実を見てください。このまま彼女を放置していては、街が、国が大変な事になります。だから――」

「――分かってる!!」

 

 彼女の言葉に、千束もまた叫ぶ。

 顔を上げた彼女の目には、今にもこぼれそうなほどの涙が溜まっていた。

 

「分かってるんだよ……そんなこと……! でも、こんなの初めてなんだ……今までは、どんなことがあっても、割り切れてた。どんなに辛くても、ひとしきり泣けば気持ちを切り替えられてた。でも、でも、こんなに心が苦しいのは初めてなんだよ……こんなに胸が痛いのは、初めてなんだよ……! もう、気持ちがぐちゃぐちゃのまま戻らなくて、自分でもどうすればいいか分からないんだよ……!」

 

 それは今にも喉を潰してしまいそうなほどに必死な、しかし絞り出すような声だった。

 拳を握りしめ、うつむきながら、涙をアルバムにこぼしていた。

 そんな誰も見たことのない千束の姿に、ミカも、クルミも、ミズキも言葉を失っていた。

 

「……やることは、分かっているはずです」

 

 だが、たきなだけは違った。

 彼女は冷静に、そして鋭い視線で千束を見ていた。

 

「黒花を止める。どんなことがあったとしても。それが、私達がするべきことです」

「たきな……」

「正直、私に家族はいませんから千束の気持ちをすべて理解することはできません。でも、私も黒花と一緒に過ごしてきました。そして、彼女のいいところにもたくさん触れてきたつもりです。だから、裏切られた千束が辛いのも分かります。そして、だからこそ、彼女の本性に気づかなかった私達は彼女を止める使命があります」

「使命……」

「はい、使命です。私達がやらなければならないことなんです。彼女の間違いを正せるのは、私達だけなんですから」

「…………」

 

 たきなの言葉を静かに聞く千束。

 だが、そこに先程までの弱気な彼女の姿はなかった。

 

「……私にしか、できないこと」

「そうです。私と、千束にしかできないことです」

 

 たきなは頷く。

 そんな彼女に答えるように、千束はアルバムを閉じ、脇に置いた。

 

「……………………」

 

 しばらく沈黙する千束。

 

「…………ふぅ」

 

 そして、軽く一呼吸を置いたかと思うと、

 

「……ッ!」

 

 パァン! と自分の頬を両手で叩いた。

 

 

「……うん、そうだね……。私、ちょっとショックを受けすぎてたかもしれない」

 

 涙を拭い、顔を上げる。

 彼女の顔は、もはや絶望から抜け出していた。

 

「そうだよね、私があいつを殴らなきゃ、誰が殴るってんだ。家族が道を間違えたなら、私が正す。それが、姉妹である私にできること、ってね」

 

 確固たる意思を秘めた笑みで言う千束。

 そんな千束の顔を見て、たきなはやっと穏やかな笑みになる。

 

「それでこそ千束です」

「ははーっ、そうかなーへへへ」

 

 わざとらしく頭をかきながら千束。そんな彼女を見て、面々はほっとした顔をする。

 

「まったく、心配させやがって」

「だな……しかし、相手はあの黒花だ。しっかりと準備をしておくに越したことはない。もちろん、僕も全力でサポートするが」

「ああ。そこは私に任せろ。ありったけの弾を用意してある」

 

 ミズキも、クルミも、ミカも笑みを作って言う。

 その場にいる、全員の覚悟は決まっていた。

 

「旧電波塔には黒花以外にも多くの敵がいると思われます。しっかりと作戦を立てましょう」

「うん、そうだね。あそこの事はよく知ってるから、任せて」

 

 テーブルに旧電波塔の地図を広げ、作戦会議を始める一同。

 全員の意思は一つに固まっていた。

 “黒花を止める。”

 そこに、一点の揺らぎもなかった。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

「……さて、来てくれるかね、千束は」

 

 旧電波塔最上階。

 そこで、鎖に繋がれたシンジは横に座る黒花に言った。

 

「来るよ、千束は。絶対に」

 

 彼女の顔は、言葉は、確信に満ちていた。

 一方で彼女はシンジに冷たい視線を向ける。

 

「それを信じられないなんて、お前は千束の事を何も分かってないな」

「それはすまないね、ブラッディドラゴン」

「……やはり私の事は承知済みか」

「ああ。何せ君はアラン機関の技術の結晶の中でも最高峰の神の恵みを受けたのだからね。君の生前の肉体から作った異性クローンに、大脳皮質と海馬に蓄積された電気信号を――」

「ああ、そういうのはいい。どうせ聞いても分からんし、今更理解する気もない」

 

 吐き捨てるように言う黒花。

 そんな彼女に、シンジは笑みを見せる。

 

「ほう、では君の興味事は何かね? やはり、千束か?」

「ああ、そうだ。私の感情は、千束、そしてたきなにしか向いていない。お前はただの餌だ……いや、人工心臓の件がなければ餌にすらならなかったろうな」

「それは手厳しい、ふふっ」

 

 笑うシンジ。

 対して、黒花もまた笑いを見せる。冷たい、吐き捨てるような笑いを。

 

「はっ、まったく大したタマだよ、アンタは。そういうところ、嫌いじゃないよ、ヨシさん」

 

 そう言って彼から視線を逸らす黒花。

 彼女の視線には、監視カメラの映像が映し出された液晶モニターが並んでいる。

 映像の向こうには、武装した集団が上へと繋がるルートを封じている。

 そして、旧電波塔の玄関にあたる箇所のカメラ。そこには、二人の少女が映し出されていた。

 千束と、たきなである。

 

「来たな。千束、そしてたきな。頼むから私をがっかりさせないでくれよ……?」

 

 黒花は口元で手を組み言う。

 彼女の表情をシンジはうまく読み取ることができなかった……。

 

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