【完結】狂い咲きオンスロート~殺し屋から少女になった男の殺戮願望~【第二部】 作:詠符音黎
「…………」
DAの射撃訓練場。そこに彼女はいた。
彼女は訓練用の拳銃を手に、射撃訓練に勤しんでいた。
発射される弾丸は、最初はうまく命中しなかったが、次第に目的の場所に弾痕は近づいていき、今では完全に目的の場所に当たっていた。
「……何あの子、入ったばかりよね?」
「あんなに簡単に当てるなんて……まるで使い慣れているような」
周りにいる他の少女達が囁くように話しているのが聞こえてくる。
彼女を含めたそこにいる少女達はみな、リコリスという呼称で呼ばれることを昨日、彼女は教えられた。
リコリスはDA――ダイレクトアタックという日本政府の秘匿治安維持部隊、それの実働部隊員である。
DAは孤児を集めリコリスにしているらしく、彼女もまたその一人として選ばれた、らしい。
つまり有り体に言えば殺し屋である。
生前の自分とやることは変わらない。
彼女はそう思っていた。
故に今彼女は、黙々と今の体に慣れるために銃の訓練をしているのである。
「すごーい!」
と、そんな彼女に黄色い声がかけられる。
彼女が銃撃を止め声の方を向くと、そこには自分と同い年と思われる少女がいた。
金髪でふわふわした雰囲気の少女だ。
「もうそんな距離から当てられるんだね! 私近づかないとどうしても無理でさー! コツとかあるの?」
「……いや、別に。強いていうなら、センスと経験だな」
彼女はグイグイとくるめの前の少女に若干気圧されながらも言う。
まあ、経験という意味では彼女は周りの少女達よりはるかに経験を積んでいるのだが。
そう言いたくなったが、彼女はあえて自分の出自を隠すことにしていたため言わなかった。
大の大人から少女になったなんて、普通は信じてもらえないだろうし、最悪精神病院送りになるのが関の山だと思ったからである。
「えー! 経験は私とそんな変わらないでしょー? なのにそんなパンパン当てるなんて、よっぽどセンスがいいんだね、あなた!」
「……まあな」
説明できない事とは言え、目の前の少女の輝く視線を受け彼女は少し気まずい気持ちになる。
「あ、じゃあ一緒に訓練しようよ! 私、目にはちょっと自信があってさー!」
「へぇ、ずいぶんと熱心じゃないか。……いいよ、えっと――」
「――千束! 私は錦木千束! よろしくね!」
名前を言いあぐねていたところで、目の前の少女――千束が名乗る。
故に、彼女も名乗り返す。
「ああ、よろしく。千束。俺は
平等院黒花。
それが彼女に与えられた名だった。
孤児として拾われたということになっている彼女が武器と共に与えられたモノ、それがその名であった。
正直、女性としての名はまだ慣れない。
だが、以前の名に執着があるわけでもない。
そもそも以前は通り名で呼ばれることが殆どで、以前の名は意味をなしていなかった。
ゆえに、女性としての名も新しい通り名ぐらいの気持ちで、早めに慣れてしまおうという気持ちが黒花にはあった。
「それじゃあ、一緒に訓練しよっか、黒花!」
「……え、ああうん」
ただ、とっさに反応できないだけであって。
とにかく、そうして黒花は千束と共に合同射撃訓練場へと向かうのだった。
「……おいおい、マジか」
黒花は驚いていた。
まだ幼子の体になって慣れていないとはいえ、射撃にはそこそこの自信があった。
一対一の戦いなら負けないという自負もあった。
だが、彼女は負けた。
自分と同じ、まだ十もいかないような少女相手に。
「銃撃を、全部避けやがった……どういう芸当だ? アレは」
黒花はベンチに座りながら、ペイント弾で汚れた腹部を見、そして次に汗だくになりながら飲み物をストローで飲んでいる千束を見て言った。
黒花は千束と一対一の勝負をした。
途中はお互いの位置を探り合う戦いで、その戦いは完全に黒花が優勢に立っていた。
足音から位置を推察し、奇襲をしかける。黒花の戦術はうまくいっていた。
だが、いざ奇襲をしかける段階で、直前に千束が気づいた。だが、遅い。
黒花の銃撃は千束の頭部を撃ち抜くはずだった。
けれども千束は、黒花の銃口を見た瞬間、素早く頭を動かし、その銃撃を避けたのだ。
黒花は一瞬呆気にとられた。
それが命取りだった。
千束はその瞬間に一気に距離を詰めてきて、銃撃を放った。
黒花はその銃撃をギリギリなんとか避けたものの、肉薄される距離にまで詰められてしまった。
そこから、お互いの銃撃合戦が始まった。
殴り合うような距離での、射撃の応酬。
一歩も引かない銃撃戦。
射撃だけでなく、拳や蹴りをも含めたその戦いは、十分以上も続いた。
だが、幕引きは急に訪れた。
黒花の体力が、先に尽きたのだ。
それは、生前の成熟した肉体と同じ感覚で体を動かした結果、まだ未成熟な体がそれについていけず、齟齬を起こしたからであった。
黒花の動きは、そのせいで一瞬鈍った。
それを逃す千束ではなかった。
千束は鈍った黒花の腹部に、ペイント弾を接射したのだ。
結果、黒花は戦いに負けた。
生前も含めて、彼女が戦いに負けることはこれが初めてであった。
「俺の動きを、完全に見切ってやがった……一体、どういうからくりなんだ」
「よう、千束相手によくやったじゃないか」
と、そこで彼女に声がかけられた。汗だくの黒花が声のした背後を向くと、そこにはデコの広い、不機嫌そうな顔の少女が立っていた。
「お前は……」
「フキ。春川フキだ。お前は……確か黒花だったな。最近入った新入りの」
フキと名乗る少女は黒花の事は知っているようだった。
黒花は「ああ」と答えつつ汗をタオルで拭った。
「新入りにしちゃあなかなかの戦いだったな。正直、今のDAであそこまで千束相手に戦えるのはいないと思うぞ」
「お褒めいただき光栄だが、負けは負けだ。しかし、あれはどういうカラクリなんだ?」
黒花はフキに聞く。
すると、フキは自分の目に指を指しながら言う。
「あいつはな、目が良いんだよ」
「目が?」
「ああ。あいつは見ただけで相手の筋肉の動きとかが分かっちまうらしいんだ。それで次に相手の動きを予測して、避けるらしい。喜べ、あいつは相手の射撃が正確なら正確なほど避けちまう。つまり、お前の動きはめちゃくちゃ的確だったってことだ」
「……そんな芸当が」
にわかには信じがたい話ではあった。
だが、現に黒花は千束にすべての銃撃を避けられて負けている。
それが何よりの証拠だった。
「まあ、信じがたいだろうが、体験したお前なら嫌でもわかるだろ。……実を言うと、あいつはその才能の変わりにどうしようもなく重い病気を心臓に抱えてたんだ。もうすぐ死んじまうっていう病気をな。でも、あいつはこの前ケロンとした顔で帰ってきた。どうも、ずいぶんと大きな手術をしたらしい。それで、今のアイツは完全無欠ってワケだ」
「へぇ……心臓の手術をね」
黒花は再び千束の方を見る。千束は制服を脱ぎ、体の汗を拭っているところだった。
と、そこで黒花はそれを見つけた。千束が、脱いだ服の下にフクロウのネックレスを下ろしているのを。
それを見て、黒花は悟った。
「ああ……なるほどね、あいつも『同類』って訳か」
アラン機関から殺しの才能を買われ支援された少女。それが自分であり、千束である。
つまり、千束と自分は同類である。その事を、黒花は悟ったのだ。
「ん? どういうことだ?」
フキが黒花の発言を不思議がって聞く。
それに、黒花はニヤリと笑って言った。
「いいや、なんでもない。ただアイツも、物好きな足長おじさんに好かれたんだなって分かっただけさ」
「……?」
フキは言葉の意味をよく理解できずに、疑問を顔に浮かべた。
黒花はただニヤつくだけであった。
そんな二人の元に、飲み物を飲み終え紙コップをゴミ箱に捨てた千束が歩み寄ってきた。
「いやー黒花強かったー! 負けるかと思ったよー!」
「よく言う」
苦笑する黒花。
次に千束の目はフキに向く。
「フキじゃん、どしたのこんなところで」
「どしたのじゃねぇよ。いや、お前相手に奮戦した新入りの顔を拝みに来ただけさ」
「ふーん」
「…………」
ツンツンとした様子で言い合う二人を見て、黒花は思う。
ああ、この二人はソリが合っていないのだなと。
直感的に彼女はそう感じた。
「お前達、訓練ご苦労」
と、そこにいる三人にまた別の声がかけられた。
明らかに少女の声ではなく、年のいった女性の声だった。
声の方を向くと、そこにいたのはコートをまとった頬骨の出ている一人の女だった。
「楠木司令!」
フキが身を正して言う。
彼女こそDAの司令官、楠木だった。
「あ、楠木さん。どもー」
「…………」
一方で千束は軽い感じで挨拶をし、黒花は無言で軽く手を振った。
「おいお前ら、司令に失礼だろ!」
フキが言う。
どうにも彼女は幼いながらに組織の人間らしい性格をしていると、黒花は思った。
「黒花、よくやった。千束相手に十分以上保ったのはお前が始めてだ。通常のリコリスならば、十人がかりでも一分と保たないと言うのに」
「お褒めの言葉、ありがとさん。でも、負けは負けさ。あれが実弾なら、私は死んでた」
「その心配なら、千束相手にする必要はない」
「…………?」
黒花は楠木の言葉の意味がよく分からず、頭をかしげる。
一方で、そんな彼女を気にせずに楠木は千束に話しかける。
「千束、お前があそこまで苦戦するとはな」
「いやー私もまだまだ未熟っすからねー! 黒花は凄いよ本当に! まさに才能の塊って感じ!」
カラカラと笑いながら言う千束。そんな彼女の言葉に、黒花は苦笑いする。
「ふむ、お前達二人ならやれそうだな」
楠木はそう言うと、二人を一瞥し、そして再び口を開いた。
「喜べお前ら。二人一緒に、仕事だ」