【完結】狂い咲きオンスロート~殺し屋から少女になった男の殺戮願望~【第二部】 作:詠符音黎
「第二次電波塔事件か……ふん」
楠木はまだ怪我の治らない体でデスクに掛けながら新聞を読んでいた。
黒花の起こした事件から二ヶ月あまり。世間は未だ彼女の残した爪痕が残っていた。
「表向きは旧電波塔の最上階で外国人犯罪グループが事故を起こしたことにしているが、その裏を嗅ぎ回る者も多い。まったく、厄介な事だ」
「はい、ラジアータを破壊され、虎杖氏も事件に巻き込まれ死亡、さらにはリコリス、リリベルの大半を失った今、情報隠蔽にも限度がある状態です」
秘書が楠木の隣で答える。
彼女の言う通り、今のDAは機能不全を起こしていた。
重要な根幹の数々を失ったDAには、日本の治安を裏から維持する能力が著しく低下していると言ってもよかった。
「ふん、何が他者の死を持って生を是とする者達、だ。ただの殺人鬼ではないか。まあ、それも黒花の統制下にあった頃はまだよかった。だが、黒花がいなくなった今、残された狂人共は野放しになっている。これは早急に対処せねばいけない事態だ」
「はい、そのために生き残ったリコリス、リリベルを動かしていますが、先程も言った通り人員に限界があり……」
「そんな事は分かっている。しかし、やらねばならぬのだ。我々がやらねば、この国は混沌へと落ち込んでしまう。それだけは防がねばなるまい」
「……ええ」
二人は沈痛な顔で黙った。
仮設基地の事務所では、ただ時計の音だけが空間を支配していた……。
◇◆◇◆◇
「いらっしゃいませー!」
千束が明るい声で客を迎える。
今日も、喫茶リコリコは通常営業だった。
黒花の件があって以降、千束とたきなのリコリスとしての出動機会は爆発的に増えていたが、それでもなんとかリコリコの維持はできていた。
「あ、おじさーん! 久しぶりだねー!」
「ああ千束ちゃん、久しぶりだねぇ、二ヶ月ぶりぐらい?」
迎えられた客は千束に案内されカウンター席に座る。
「もうそんなに経つー? 一体何してたのさーうちにこないで。あ、待って。分かった。またギャンブルでしょーダメだよ自制しなきゃ」
「ははっ、千束ちゃんにはなんでもお見通しなんだねぇ。いやぁここ最近になるまで船がうまくいかなくて……」
そこまで言うと、彼は周囲を見回して不思議そうな顔をする。
「……あれ? 黒花ちゃんはいないのかい?」
「…………」
一瞬固まる千束。だが、すぐさま笑顔を取り戻して言う。
「あ、うん! 黒花はねー、ちょっと今留学してて……」
「留学!? へぇ凄いんだねぇ黒花ちゃんは。で、いつ戻ってくるんだい?」
「あー……多分、当分は戻ってこないかなぁ……」
苦笑いしながら言う千束に、客はまたも疑問を浮かべる。
そして、気づく。
「……あ、その髪飾り、黒花ちゃんがつけてたヤツじゃないかい?」
千束の髪の左側を、赤い髪留めが留めていた。それは間違いなく、千束が黒花から受け取ったモノだった。
「えっ、あ、これ? ……うん、そうだね」
千束は髪飾りを触りながら言う。その目は、どこか遠い。
「えっと、そのね……そう、留学する間自分だと思って取っておけって。もう黒花ったらそういうとこあるんだよねー」
「へぇ、でも黒花ちゃんらしいね。でもそうかぁ、今はいないのかぁ、なんだか寂しいなぁ」
「……そうだね。寂しいね」
千束がとても悲しそうな笑みで言うのに、客は気づかなかった。
彼女は客と話しながらも、窓の外から差し込む光をただぼうっと眺めているのだった。
「ありがとうございましたー!」
時は経ち夜。
最後の客を見送った喫茶リコリコは、千束の明るい声と共に店じまいの準備をする。
「最後のお客さん帰ったよー」
「はい。こちらも掃除始めます。店長の方は大丈夫ですか?」
店の奥にいたたきなが、ミカに聞く。
「ああ、問題ない」
ミカはレジ締めをしながらたきなに答える。
「ったくー、最近本当に忙しい。うちの店のゆとりあるスタイルはどこへ行ったのか……」
「その分僕が働いてやってるだろうが、愚痴を言うな酔っ払い」
「痛っ! ケツを盆で叩くんじゃないよ!」
ミズキとクルミがいつものように楽しげなやり取りをしている。
その姿を、たきなは苦笑いで見つめる。
「……あれ?」
と、そこでたきなは気づいた。いつの間にか、千束がいなくなっていることを。
「店長、千束は?」
「ん? ああ、あいつなら、外の空気を吸いに行ったよ」
「ああ……なるほど。ちょっと様子見てきます」
「おう、外は寒いから暖かくしていけよ」
「はい」
たきなは更衣室から千束から貰ったマフラーを出して巻き、そしてあるものを取ってポケットに入れると外に出ていく。
リコリコから少し離れたところに歩いていくたきな。
千束の場所は分かっていた。
「千束」
「……ん? あ、たきな」
古びた公園の隅。そこに、千束はいた。
タバコを口に咥え、ライターとタバコケースを片手に持った状態で空を仰いだ姿で。
「もう……また吸ってるんですか?」
「そ。いやー慣れるとこれが案外悪くない……」
「ダメですよ、私達は未成年なんですから見つかったら捕まります」
「大丈夫だってー、だってここ、黒花がよく喫煙に使ってたスポットだもの。絶対バレないのね」
タバコを咥えたままニッコリと笑いながら言う千束。
そんな彼女にたきなは「はぁ……」とため息をつく。
「すっかり喫煙者ですね、千束。黒花の幽霊でも乗り移ったんですか?」
「んー、当たらずとも遠からずかも」
「はい?」
たきなは不思議そうな顔をする。それに、千束はタバコを口から離し、携帯灰皿に入れながら言う。
「黒花ね、あのとき私に言ってくれたんだ。『愛してる』って。その言葉、私は凄く嬉しくて、凄く悲しかった。それはきっと、最初で最後の言葉だって分かっちゃったから」
「千束……」
「でね、それから私、考えたんだ。その意味を。……黒花は、私に自分を刻みたかったんだと思う。それが、きっと私に自分を殺させた本当の理由でもあるんだと思う。この心臓をくれた意味だと思う。それはね、大成功。もう私、黒花の事忘れられないや。だから、こうして吸うのさ。吸ってれば、少しでも黒花に近づける、そんな気がしてさ」
「……そう、ですか。まあ、千束が自分で自分の健康を害することについては、もう私はとやかく言いません。店長もミズキさんも言ってませんからね。クルミはまだ不満そうですけど」
「それは、たきなもでしょ?」
「当然です。タバコ、嫌いです。臭いですし……」
「まったくこの味が分からんとは、おこちゃまよのぉ」
「分かるぐらいなら一生おこちゃまでいいですよ、私は」
そう言って寂しい顔で笑うたきな。
たきなは思う。これでも、千束はだいぶ回復したものだ、と。
旧電波塔から帰った直後の彼女は、本当に目も当てられない状態だった。だが、千束自身の努力と、たきな達の尽力により、一ヶ月かかって千束はやっと今の千束にまで戻れた。
だが、千束は忘れない。彼女が言っていたように、黒花の事を忘れない。
すっかり習慣になってしまった喫煙が、その証拠だ。
「……千束」
「……ん? どしたのたきな」
「……私、黒花の事、嫌いです」
「ほう、大きく出たね。で、その心は?」
「約束を破ったからです。私と黒花は約束しました。ずっと千束の側にいて欲しい、と。千束を泣かせないで欲しいと。彼女はそれを約束したのに、破った。だから、嫌いです」
「……そっか、そんな約束、してたんだ」
千束は再び星を見上げる。そして、口を開く。
「私さ、一応これからも先生の弾は使い続けていくつもり。でも、それと同時に理解もしたつもり。殺さないと生きていけない、そんな人達の事を。それを私に気づかせてくれたのは黒花。黒花は、ずっと私の心の中にいる。だから、黒花は約束を破ったりしてないよ」
「……そんなの、詭弁です」
「詭弁で結構こけこっこー。そういうのも悪くない、私はそう思ってるよ」
「……そう、ですか」
きっと、これからずっと千束はこうなのだろう。もう、自分ではどうすることもできないのであろう。
でも、それでも千束はたきなの隣にいると決めていた。自分は生きて、ずっと一緒にいる、そう決めていた。
「じゃ、そんな千束にプレゼントです」
たきなは千束は千束の手を強引に取ると、彼女の手のひらにポケットからあるものを取り出して渡す。
「……ナニコレ?」
「ガムです」
「いやそりゃ分かるよ? でも、ナンデ?」
「せめて、口臭ぐらいは気にしてください、という事です。最近、臭いですよ」
「えっ、マジ!? うわーさすがに吸いすぎたかぁ……」
「……ふふふ」
「……へへへ」
たきなと千束は笑い合う。
そうして、二人はリコリコへと帰っていった。二人の家とも言える、その場所へと。
「…………!」
そのとき、一陣の風が吹いた。
そして、その風は運んでいた。
季節外れの花びら――狂い咲きした、黒い花びらを。
「…………」
千束はそれに気づき、一人足を止め微笑む。
「どうしたんですか? 千束」
「あ、ううん。なんでもないよ。さっ、行こう!」
こうして、少女達の日々は続いていく。
常世に花を咲かせ続ける、彼岸花の少女達の日常が……。
これにて完結です。
読者の皆様、最後までお付き合いいただきありがとうございました。