【完結】狂い咲きオンスロート~殺し屋から少女になった男の殺戮願望~【第二部】   作:詠符音黎

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24.Pest

 黒花は無機質な白色に囲まれた個室で、テーブルを挟んで富士と向き合っていた。

 彼女は今、首元を緩めたカッターシャツに黒のスラックスといった格好をしている。彼女が研究所に普通の服が欲しいと頼んで渡された服装だった。髪型も前髪の髪留めがない事以外は以前と同じポニーテールである。

 服はもう少し女性らしいものが欲しいとも思ったが、黒花はそれを口にすることはなかった。

 

「なるほど。つまりあんたらは死なない人間が最終目標だと」

 

 黒花は椅子に座りながら手と足を両方とも組んだ状態で富士に言う。

 

「ああ。正確には同じ記憶を保持した人間を後世に保存していくのが主目的だが、大雑把に理解するならそう捉えてもらって構わん」

 

 対して富士は気だるそうな表情でダウナーな声で答える。

 

「んであの日、男だったときの私が助けられたのもその研究の一環か」

「ああ。私もまたアランチルドレンであり機関とは密にやり取りをしていた。そして君は当時の我々の技術において最も記憶のコピーの条件を満たしており、またアラン機関としても死なすには惜しい人材であった。故に君が選ばれたというわけだ」

「なるほどね……」

 

 黒花は納得したように頷くと足を組み替え、両手を頭の後ろに回す。

 

「それで、その研究や実験としてまた私を蘇生させたって事ね」

「ああ。君達人工人間の体には記憶データの電気信号を収集するように生体電気で稼働するナノマシンとマイクロチップが入っている。そこから君の死に際までの記憶データを収集し、今こうして君が蘇ったのさ」

「ふーん……ま、よく分からんが、凄い科学の産物なのは分かったよ」

 

 あまり興味はなさそうに答える黒花。富士もまた理解してもらえるとは思っていなかったのか特にリアクションを取ることもない。

 黒花はそこで組んでいた足を崩して開き、机に前のめりに腕を置いて状態を預ける。

 

「結果として私はこうして蘇った。そこから、お前達は私をどうするつもりだ? この研究所に飼い殺しか?」

「いや、君にはやってもらいたいことがある」

「へぇ。ボランティアか何か?」

「別に難しい事じゃない。頼みたいのは君の一番の得意分野――」

 

 そこで富士は足元に置いていたジェラルミンケースを机の上に持ってきて開ける。

 ケースの中に入っていたのは、拳銃M1911とコンバットナイフだった。

 

「――殺しだよ」

「……ふぅん」

 

 黒花は口角を吊り上げたまま富士を睨む。彼女の鋭い視線を受けてもなお、富士は一切揺らぐ気配はなかった。

 

「まあ確かに私が認められた才能はそこだな。でも、なんで一研究機関のあんたらが私に殺しを頼むんだ」

「話としては単純な仕組みだ。現状、我々の人工人間が一番求められている職種が兵隊だからだ。我々はそれで利益を得てアラン機関の提供資金だけでは賄えない研究資金に回している。研究区画の一部を兵士の訓練場にするぐらいにはな」

 

 ケースを机の上で押して黒花の前に出す富士。黒花はケースから拳銃を取り出し、スライドを引いたり構えてみたりと整備具合を確認する。

 

「結局はなんでも殺し合いの道具か。科学者の悲哀を感じるね」

「私は別に悲しくもなんとも思っていないがな。むしろ科学が発展するならいくらでも争いごとはあっていいぐらいだ。争いこそが人類の進化を推し進めるのだから」

「…………」

 

 冷静な面持ちで言う富士に黒花は笑いながらも冷たい視線を向ける。

 そうして少し沈黙を保った後、銃をケースに戻し、蓋を閉じ立ち上がると共にケースを手にする。

 

「分かったよ。結局私も殺ししか取り柄のない人間だ。あんたの指示、従ってあげようじゃないか」

「すんなり了承してくれて助かるよ。君には部下となる人工人間もつけよう。訓練場にいる第三世代の人工人間から好きに部隊を編成するといい。そして十二日後には最初の仕事としてこの作戦指示書に従ってとある犯罪組織にこちらからの物資の受け渡し、かつ護衛をして欲しい。契約を交わし私達の代わりに様々な荒事をやってくれている組織だ」

 

 富士はそう言って紙の資料を片手で手渡す。

 黒花はその資料を富士の横を通り過ぎるように歩きながら受け取り、目を通す。

 

「オーケー。えっと何々……ふぅん『センチピード』ね……」

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

「センチピード?」

 

 喫茶リコリコが店じまいした直後の夕方。

 いつもように和室にある押入れに籠もっていたクルミは千束からその名前を聞く。

 

「そうそう、なんか今回DAから他のリコリスとの共同任務として頼まれた仕事でかち合う相手らしくってさ。知らない名前の犯罪組織だねーってたきなに言ったらクルミなら知ってるかもだらか聞いてみようって」

 

 千束はそう言いながら後ろにいるたきなを親指でクイクイとする。

 それに合わせていたきなもコクコクと頷く。

 

「んーそうだなー。確かにそんな連中が最近元気だってのは聞くな」

「本当ですか? では詳細を調べて欲しいのですが」

「あいよーすぐ出ると思うからちょっと待ってろ」

 

 たきなの言葉にスティックタイプのお菓子を口にし答えキーボードを叩くクルミ。

 すると、ものの数秒でクルミは手を止める。

 

「ヨシ出てきたぞ、犯罪組織センチピード。元は武田信玄が戦国時代に使役してたくノ一軍団の歩き巫女が発祥らしいが、今はそんな発祥もどっかいって金になればなんでもやる歴史だけはある犯罪組織になってるみたいだ」

「リコリスみたいな由来ですね。こっちはまだ一応原型ありますけど。それで規模や武装はどんな感じなんですか?」

「くノ一由来なんだからこうばーっとクナイとか手裏剣とか! ……はないよねー」

 

 たきなの質問に続いて千束が大げさに手裏剣を投げるジェスチャーをし、その後苦笑いをして言う。

 そんな彼女にクルミも軽く笑う。

 

「そりゃそうだ。規模でいうと構成員はまあまあいるっぽい。六百人くらいって感じだ」

「思ったよりいますね」

「まあ末端も含めてらしいけどな。身元が怪しいやつとか不法入国者とかその手のも含めているようだし、水増しってやつだ」

「現代社会の悲哀を感じるねぇ」

「んで武装の方もだいぶピンキリっぽいな。末端が持ってるのはせいぜいコピー品のトカレフ一丁とかそんなもん。でも上はヘリとか使ってるらしい」

「いやピンキリにも程があんでしょ!?」

 

 思わず突っ込む千束。一方でたきなが横で考え込むように腕を組み顎に手を置く。

 

「ふむ、出てくる構成員で相手の質が大きく変わるのは面倒ですね。準備としては一応最大級の相手が出た場合を想定した方がいいかもしれません」

「てかそもそもどんな任務なんだ? それによっても対応変わってくるだろ」

「ああ、はい。どうやら東京湾に接する倉庫で違法薬物の取引を行うそうです。先日私達が潰した薬物の取引もそれ絡みだったようで。取引場所はDAが再建中で一部機能だけで動かしているラジアータが掴みました」

「なるほどな。ならまあ奴らの資金稼ぎの大きな部分だろうし準備しとくに越したことはないだろ。にしても、ラジアータもまあまあ戻ってきたんだな。それこそ物理的にやられたのに」

「ええ、ですが未だ一部機能しか動かせてないとも言えます。そのせいで情報統制や収集に困難が生じ、アナログな手段に頼らざるを得ない状況になってるらしく、センチピードの詳細が下りてきていないのもその関係かと」

「しかも関係幹部も殺されてるから国や警察との調整も大変と。まったく復興というのは面倒なものだな」

「…………」

 

 たきなとクルミがそんな話をしている横で、千束が手を後ろで組みながら無言でバツが悪そうに苦笑している。

 それにたきなは後から気づき、ハッとする。

 

「あっ、いえ今のは別にそういう意図で言ったわけでは……!」

「いやまあここらへんの話をするとそういう意図も混ざりはするだろ」

「うっ、それは……」

 

 慌てて言ったたきなにクルミが冷静に言う。

 今度は少し困ったように頬をかくたきな。千束はそんな二人を見てすぐさま笑って見せる。

 

「ごめんごめん! 気にしないで! いやー私ったら本当に情けなくて駄目だねー! ハハハッ!」

 

 大げさに手をひらひらと振り後ろ頭を掻きながら言う千束。

 そんな彼女の様子にたきなは未だ少し申し訳無さそうな表情をし、クルミは呆れと哀れみが混ざった顔をする。

 

「あー……ハハハ……」

 

 ごまかしが効かずに空気がどんよりとしてしまったのをひしひしと感じる千束。

 さすがの彼女も罪悪感を覚え、引きつった笑顔で軽く汗をかきながら言葉に詰まってしまう。

 

「……あの――」

「ああうん! そうだそうだ! 私ちょっと一足先に準備してくるから! 時間は今日の夜だけどまあいろいろとね! じゃあちょっと先抜けるからバイバイ!」

 

 そう言って和室から千束は飛び出し、リコリコから出ていった。

 千束のそんな背中を見てたきなとクルミは言う。

 

「逃げたな」

「逃げましたね……」

 

 軽くため息を吐くクルミに少し悲しそうな顔をするたきな。

 未だ重苦しい空気が和室を包む。

 クルミはそんな中、キーボードから手を離しすっと押入れから出てくる。

 

「復興が面倒なのは人の心もだな。むしろ、結局は本人問題なのが機械や体制よりもどうしようもない」

「ですね……それこそ、慰められる誰かがいるとするならば黒花だけでしょう。彼女が墓場から蘇ってこない限りは誰にもどうにもできません」

「自分の爆弾でしっかり焼かれてるからゾンビも無理だろ」

「まあそうなんですが例えというかなんというか……」

 

 また少し困ったように俯くたきなに、クルミは両手を腰に当ててふっと笑う。

 

「バカ、そういう言葉遊びだ。しかしそんな例えもできるようになったなんてお前も成長したんじゃないか? ボクがここで匿われ始めた頃はもっと融通利かなかったのに」

「まあ自分でもそう思います。これもやはり千束や他のみんな……そして黒花のおかげでしょうね」

「ま、それはそうだな」

 

 クルミはふっと笑ってそう言うと和室から出ていく。歩いていく方向的にどうやらトイレに向かうようだった。

 一人残されたたきなも和室から静かに出ていく。店のカウンターには一人座って自分用に入れたコーヒーを飲んでいるミズキの姿と、カウンターの向こうで同じく自分のためのコーヒーを飲んでいるミカの姿があった。

 ミズキが酒でなくコーヒーを飲んでいるのはどうやら手持ちを空にしてしまったようだと近くの空ビンを見てたきなは察する。

 

「おうたきな。ねぇさっき千束が風みたいに外に出てったけどなんかあったの?」

 

 何も知らないミズキがたきなの方を向きながら軽い口調で聞く。

 たきなは彼女の質問に苦笑で答える。

 

「……まあ、あったけどなかったって感じです」

「……ふうん」

 

 それで察したのかミズキは再び顔を戻して残ったコーヒーを飲む。

 一方でミカは自分のコーヒーとは別に新たにコーヒーを淹れてテーブルの上に置いた。

 

「ほら、飲むといい。落ち着くぞ」

「ありがとうございます、店長」

 

 ミカの気遣いにほほえみながら席につくたきな。

 彼女はそのまま湯気の立つ淹れたてのコーヒーにフーフーと軽く息を吹きかけ、そして口につける。

 

「……あったかい」

 

 そういうたきなの顔は優しい笑みに満ちていた。

 リコリコの店内にチクタクと時計の音が響く。穏やかな時間が流れていた。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

 リコリコの近くにある古びた公園の隅、木陰。

 夕方故かそれとも元々人気がないせいか他に人影のないそこで、千束はアンニュイな表情で木に背中を預けタバコを咥えて火をつけていた。

 ライターの火は一発で点き、タバコを通して軽く空気を吸い込む事でタバコにもしっかり着火させる。

 そうして火のついたタバコから煙を肺まで吸い込み、そして吐き出す。

 

「ふぅー……」

 

 タバコの先と千束の口から吐き出される紫煙は夕焼けの木の影にあっという間に霧散していく。

 千束はその消えていく煙を眺めつつ、再びタバコに口をつけ吸い込み、また吐き出す。

 

「……ほんと、ずるいよ黒花は。私だって、黒花の事……」

 

 煙と一緒に消えゆきそうな声で呟く千束。彼女はそっと自分の髪を止めている髪留めを撫でた。かつて黒花に渡し、そして今は彼女が使っている髪留めを。

 空風が吹きすさぶ。公園の砂埃と共に、タバコの先から灰が散り宙空に溶けていった。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

 夕暮れの赤に染まり穏やかな海面、そして港に立ち並ぶ倉庫の数々。

 その狭間、足元で海水が凪いでいる港の縁で、黒花は首周りまで包む黒いスタンドカラーコートを纏い立ってタバコを咥えている。

 一人立つ彼女の表情には珍しく笑みはない。ただ、静かに海と太陽を眺めていた。

 

「…………」

「……黒花司令官、いかがなさいましたか?」

 

 そんな黒花の背後に一人の少女が訪れる。

 全体カラーは黒のセーラー服で巻いているスカーフは赤、冬用に黒タイツをはいた太ももが見えるスカートという格好の上に、閉じていないダッフルコートを着た少女だ。

 髪型は黒髪のショートカットで瞳の色は緑。顔立ちは可愛げがあるが、表情は鋭利に引き締まっており一目で真面目なのが見て取れた。

 

「ああ、666(トリプルシックス)か。いや、ただ一服してただけだよ。これの調達ありがとな」

 

 フッと不敵な笑みを浮かべた黒花はその少女の事を666と呼び、咥えていたタバコを指で挟んで口から離し、軽く持ち上げて言う。

 一方、666と呼ばれた少女は表情を崩さず敬礼し答える。

 

「いえ、容易い事でしたから。それよりも休憩中失礼しました。ですが、何も言わずに現場を離れていたので気になってしまい」

「現場と言っても予定時刻にはまだまだあるだろ? そんな気負うな。もっと楽にしろ」

「楽に、ですか……ううむ」

 

 黒花の言葉に困ったように敬礼を下ろしながら言う666。黒花は少し苦笑し再びタバコを咥え、軽く吸って言う。

 

「ま、今までずっと殺しの訓練しかしてなかったやつに楽にしろっつっても難しいところはあるし、しゃーなしって感じだな。ただそうやって楽できる時に楽するってのも大事なテクニックだ。慣れとけよ」

「了解しました司令官! この第三世代人工人間C―666! 精進させて頂きます!」

 

 再び強く敬礼する666。そんな彼女に黒花は再び苦笑し短くなったタバコを背にした海にポイと投げ捨てる。

 

「まったく、お前は部隊の中でもとりわけ真面目だな。まあそういうところも私がお前を副官に選んだ理由の一つではあるけどさ」

「そうなのですか?」

「ああ。私は結構テキトーな自覚があるから、お前みたいのが副官だとバランスが取れてやりやすくなるんだよ」

 

 そのまま黒花は歩き始め姿勢よく立っていた666の肩を掴んで振り向かせる。

 

「よし、じゃあ戻るか。んでもうちょっと肩の力の抜き方教えるよ」

「は、はい! 恐縮です……!」

「だから力抜けって。私達は十二日間一緒に訓練してきた仲じゃないか。ねぇ」

 

 冗談めいた口調で笑いながら言いながら666を連れて一緒に歩く黒花。それに対し666は少し困惑しながらも並んで歩いた。

 

「……しかし、やっぱあいつには今更会いになんていけないよな」

「何か言いましたか?」

「ああいや、なんでもない。ただ自分で自分の後ろ髪を引っ張ってたってだけだよ。やー怖いねお天道様は」

「……?」

 

 かつて髪留めがあった部分をいじりながら言った、とても小さな呟きを聞き取れなかった666に対してごまかすように言う黒花。

 当然何の事か分からない666と共に黒花は戻っていった。

 港に並んでいる中でも、一際古い倉庫の中へと。

 

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