【完結】狂い咲きオンスロート~殺し屋から少女になった男の殺戮願望~【第二部】 作:詠符音黎
夜中のリコリコに灯りがついている。
店内のカウンターにミカが立っており、その前にたきな、両脇にミズキとクルミが座っている。
ミカはたきなからの報告を受け、険しい顔をしていた。
「まさかそんな事が……にわかには信じられん」
「ですが本当です。千束と私だけでなく、同伴した二人も黒花の存在を確認しています。それにこれは私個人の所見ですが、あれは間違いなく黒花本人だと思いましたし、何より千束がそう確信しているんです。いくら現実離れしていようと疑う余地はありません」
「……ああ、そうだな」
ミカは静かに頷き、手元に置いていた湯気立つコーヒーを飲む。
そして口をつけたコーヒーをゆっくりとまた手元のカウンターに置いた。その瞳には未だ困惑が見えた。
一方でこちらも難しい顔をしているクルミがノートパソコンに向かいながら口を開く。
「しかし死者を蘇らせる技術を持った組織がこの国にいるとはな。ボクの情報網にすら引っかかっていないぞ。アラン機関レベルに相当に秘匿性の高い組織だなそいつら……ってか黒花のデータを持ってるなら関連組織なのか? んで、そんな組織と繋がりがありそうなセンチピードに対してもただのチンピラ組織って考えは改めて情報を洗い直さないと足元をすくわれそうだ」
「頼みます、クルミ。DAの方も過去の黒花のデータから遡って調査を行うそうです。手がかりとなるなら、間違いなくその線であると」
「ってかさー、千束は大丈夫な訳? あいつ今ここにいないけど」
ミズキがカウンターに肘をついて手に頭を乗せながら言った。
態度や声色自体はいつものミズキであるが、そこに千束を心配する気持ちがあるのはその場にいる全員が理解していた。
「その……少し外の風に当たりたいと言っていたので、多分いつもの場所で……」
「……ああ」
たきなの言葉に納得したように声を上げるミズキ。
千束のいないリコリコ内に気まずい沈黙が流れる。皆思うところがある表情をしており、とりわけたきなは暗い面持ちになっていた。
カウンターの上に置いた手のひらをぎゅっと握るたきな。
その直後、彼女はばっと椅子から立ち上がる。
「私……千束の様子見てきます!」
たきなはそのまま扉に向かって走りそのまま外に出ていく。
「おい……!」
クルミが声をかけるもたきなは止まらずにリコリコから消えていた。クルミは渋い顔でミカの方を見るが、ミカは静かに首を横に振った。
それを見てクルミは軽くため息をついてうなだれ、ミカも暗い面持ちで手元にあるカップを洗い始める。
そしてミズキはそんな二人の様子を見ながら、ぐいっと手元に置いていた酒瓶を煽るのだった。
千束の喫煙スポットとしてすっかり慣れ親しんだ古びた公園。
彼女はそこでいつも背中を預けている木陰の下で闇の中にタバコの火を揺らめかせていた。
闇の中で薄明かりの灯火に照らされる千束の表情は、普段の彼女からは想像できない程にアンニュイだ。
「千束!」
そんな彼女のもとにたきなが駆けてくる。
千束はたきなを見ると、タバコを口から離し先程までとは打って変わって明るい笑顔になった。
「おっ、たきなー、どしたのそんな慌てて?」
「どうしたではありません……あんな事があった後です。一人になりたいのはよく分かりますが、どうしても千束が心配で……」
「……そっか。ありがと、たきな」
心配するたきなに対し、千束は一呼吸置いて優しい表情になる。
「でもね、なんか案外落ち着いてるんだよね私」
「落ち着いてる……?」
「うん、そう」
千束はそう言うと指に挟んでいたタバコを再び口に咥え、灰の部分が一気に伸びるぐらいに吸う。
そしてまた口から離し、たっぷりと煙を吐き出しながら灰を携帯灰皿の中に入れた。
「確かに最初は凄いびっくりしたけどね、なんか喧嘩しながら撃ち合ってる中で『ああ本当に黒花なんだ』ってしっかりと分かって。さすがに爆破の直後はこう思うところもたくさんあったけど。まあでも今はいろいろな事は置いておいて、黒花がまた生きてくれている。それだけで、なんか良かったなって」
「……千束」
「変だよね、結構大変な事起きてるのに」
苦笑し、半分程になっていたタバコを再び咥える千束。
そんな彼女にたきなもまた苦笑いを浮かべた。
「……そうですね。まったく、心配して損しました」
「へへっ、ごめんごめん」
「でも、良かったと思うのは私も一緒です。千束が考えていた以上に能天気で助かりました」
「いやいや、それ褒めてる?」
「はい。四割ぐらいは」
「半分に届かないんかい!」
ビシッと素早くツッコミの手を入れる千束。
「……ぷっ」
「……ふふっ」
それから少し置いて、二人は小さく笑い出す。
「ま、本当に訳解んない事が起きてるのは確かだし、私達もがっつり動いてかないとね。さーてたきなさん、これから忙しくなるよー? 悪いけど欠勤はできないからね?」
「ええ、分かっています。まずは黒花を蘇生させたらしい組織を突き止める必要がありますね」
「んで、その後はあのバカを殴ってでも連れ戻す! ……今度こそ、ね」
「……はい」
不敵な笑みで言う千束に決意を固めた表情で頷くたきな。
千束はそのまま短くなったタバコを携帯灰皿に入れ、リコリコに戻るために公園を出て電灯の輝きの方へと歩き出した。
◇◆◇◆◇
窓のない研究所にある息がつまりそうな程に白い壁と床に囲まれた、長テーブルがいくつも置かれた食堂。
そこのちょうど真ん中の席に666がポツンと姿勢良く座っていた。
白ばかりの食堂で黒いセーラー服の666はとても目立っていたが、そんな彼女に視線を送る者は他にいなかった。
壁と一体になっている時計はデジタル時計であり、666も一言も発しないために針の音すらしない静かな空間。
そんな静寂に包まれた食堂の自動ドアが突然開いた。入ってきたのは黒花だ。
「あーっ……! 話にならない……!」
黒花は食堂の静寂をぶち壊すように不満を隠さずに大声で言い、頭を掻きながらドカっと乱暴に666の前に座る。
「お帰りなさいませ司令官。その様子だと、情報は一切下ろしてもらえなかったようですね」
「ああ。あの富士とかいう女、『任務ご苦労。次も頼む』だけで済ませて、こっちが死にかけたことへの抗議も、こっちが欲しいって言ったいろんな情報も全部答えず去りやがった。DAにいたときはもとより殺し屋時代の方でも明確に選んだ方が悪い、なんなら文面見た瞬間ブラックリスト入りぐらいの地雷クライアントだぞアレは」
「……私達はいくらでも作り出せるような、それでいて記憶調整実験も兼ねた『試作品』ですから、命として見られていないのでしょう。良くも悪くも数字と結果にしか興味がない。富士主任はそういう人ですから」
困ったような微笑で言う666。黒花はそんな彼女の言葉と表情に、バツが悪そうな顔をし、大きくため息をついた。
「……はぁ。ま、私よりずっと付き合いが長いお前がそう言うならそうなんだろうな。そういうところの観察もお前はしっかりしてるし」
「お褒めに預かり恐悦です。安定生産に乗った直後のC型六百番台、七百番台も今はだいぶ少なくなり、安定生産ができていなかった五百番台以前にいたっては更に生き残りは少ない。故に今の私、そして623と716の二人は古参クラス。研究員達との付き合いも当然長い方です」
「……そうか。でもいいのか? 傭兵は消耗品なんて事が言われることがあるが、実際は訓練された人的資源は貴重だ。それをいたずらに消耗するなんて愚の骨頂だしお前達だって気持ちよくないだろう」
テーブルの上に肘を置き、手の上に顎を乗せて聞く黒花。だが、666はそんな黒花の言葉に静かに首を横に振った。
「いいえ。先程も言ったように富士主任も、そしてそれ以外の研究員全員も私達をデータとしてしか見てないのは理解してますし、私達にとってもそれは常識です。当たり前の日常なんです。なので、死んだ記憶をそのままコピーされても平然としているような司令官はともかく私達が使い捨てられてもお気になさる必要はありません」
「…………」
僅かに皮肉めいたものも入ってそうな彼女の言葉に黒花はしばらく不機嫌そうな顔で腕を組んで押し黙る。
黒花のその姿に666が不思議そうな顔をしていると、「ハァ……」と急にため息をつき立ち上がって長テーブルをぐるりと回って666の隣にまた乱暴に座った。
「あ、あの、司令官……?」
さすがに困惑する666。対して黒花はそんな彼女の隣でも腕を組み、足も組んでしばらく沈黙している。
「……昔、リコリスやってたときさ」
そして、正面を向いたまま唐突に口を開いて話し始めた。
「あるキツい任務で結構ボロボロになったとがあってさ。とりあえず命の危機って程じゃなかったが病院には入れられたんだ。んで、そんときあるバカが面会に来て私にブチギレたんだ。『あんたの性分は諦めるけどせめて自分の命ぐらいは大事にしなよ!』ってな。そいつ、普段はヘラヘラしてる癖にそんときは凄い剣幕でさ。思わず私も頷いちゃったんだよ」
過去を懐かしみながら語る黒花の顔は困ったような、しかしとても穏やかなものになっていた。
黒花は組んでいた腕を頭の後ろに回し、背もたれに体重を乗せて続ける。
「したら今度は情緒不安定かよってぐらいに凄いご機嫌になって。でもさ、そんな私の生き死ににあそこまで一喜一憂になってくれたあいつの姿を見て、なんかこう、いい気分になってさ。今思うと、私はそこであいつに家族からの愛、ってのを感じてたんだろうな。昔の私はその気持ちも気持ちの名前自体も知らなかったからはっきりしなかったが」
「……それはもしかして、あの倉庫で撃ち合っていたファーストリコリスですか?」
666が尋ねると、黒花は首だけ彼女の方に向けてそのまま穏やかな顔で答える。
「ああ、そうだ。鏑木千束。私の……家族。そして……いや、うん、そんなもんだ」
途中から黒花は顔をわずかに赤くし、露骨に言い淀んで誤魔化した。
666は彼女のその様子がよく分からなかったが、とりあえず流して質問を続ける。
「なるほど……しかし、どうしてそんな話を突然……」
「そうだな……お前らと私は十二日間、起きるのも飯を食うのも寝るのもずーっと一緒ってぐらいにいて訓練してきた。それでまあ『隊は家族』なんて言葉があるように、私にとっちゃ今のお前達は家族なんだ」
「私達が……家族」
「そうだ。期間としては短いが中身は結構濃かったからな。それでだ、殺しに生を感じてる私が言うのは凄い変だしあまりにも自己中心的が過ぎるんだが……家族のお前達が死んでいくのは、まああれだ、嫌なんだ」
「……黒花司令官」
驚いた表情を向ける666。その顔に黒花はさらに顔を紅潮させ、再び正面を向いて目を逸らしながら言う。
「はぁ……私がこんな女々しくて感傷丸出しな事言うなんてな。丸くなったよマジで。あれか? 二回もマジで死んだ経験したせいでなんかこう頭変になってるのか? ……いや、それもあるだろうけど、一番デカいのは……やっぱあのバカの影響だな」
どこか憎々しげに、しかし嬉しそうに黒花は呟いた。
そしてそのまま黒花はすっくと立ち上がって、座っている666を苦笑しながら見下ろした。
「まあそういう事だ。とりあえず似たような事を同じファイアチームの623と716ぐらいにはそれとなく伝えといてくれ。ああでも他の連中には気恥ずかしいから、噂を広めたりはしないでくれよ? 私のキャラが崩壊する。……こんなん絶対後から反省会だしな」
「……はい、了解しました。司令官」
気恥ずかしそうに言う黒花に666は微笑みながら答えた。
そんな彼女を見た黒花は、そのままわざとらしく「はぁーっ」と声を出して背中を見せる。
「あー我ながらマジキモい……じゃ、また近いうちに指示が飛んでくるようだから今日はとりあえず寝て明日からまた訓練しながら待機って感じでよろしく」
「了解です」
立ち上がり敬礼して答える666。黒花は彼女に軽く手を振りながら去ろうとする。
「ああ、それとこれはただのおせっかい、聞かなくていい老婆心ってやつなんだけどさ」
と、その途中に黒花はふと足を止め振り返りながら思い出したように言った。
「お前みたいな生真面目ちゃんは、なんか趣味でも見つけると心に余裕ができるからオススメだぞ。私のタバコみたいにな」
「タバコは趣味なのですか……?」
「ははっ、まあ確かに怪しいな。他だと千束に影響されてできた映画趣味ぐらいだけど……ともかく言いたいのは、無駄を楽しめって事だ」
「無駄を……楽しむ?」
「そそ。生きるにおいてなーんも意味ない、なんならこのタバコみたいに有害まであるモンを楽しむ事を“選択”できるのは“人間”の特権、生者の生存特典ってやつなんだよ。私のためにタバコを軽く調達してくれたお前だ。取り寄せようと思えばどんな嗜好品でもいけるだろう。んじゃ」
黒花はタバコを懐から取り出して見えるように振りながら言った後、再び歩き出し、タバコを咥え火をつけながら去っていった。
一方、取り残された666は難しい顔をしながら顎に手を置いた。
「無駄を楽しむ……私が楽しめる無駄とは、一体……?」
眉をひそめ考え込み始める666。彼女が食堂から去ったのは、それからしばらく後の事であった。
◇◆◇◆◇
研究所の最奥、最も高いクリアランスが必要になる区画に研究主任である富士の個室はあった。
殆ど物がない生活感の感じられない無機質な部屋で彼女は今、パソコンのディスプレイに向かい合っていた。
そして、その画面に映っているのはミロスラーヴァであった。
彼女はニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべており、背後にはピンク色でポップな花や星などのイラストが描かれたウェブ会議用の背景が使われている。
「で、マジでいいのぉ? あんたの新しいお人形ちゃん、今まで通り使い潰しちゃってさー」
ミロスラーヴァは机に肘を起きながら、トイガンの如く派手な塗装をしたFNファイブセブンをくるくると手元で回しながら聞く。
そんな彼女に対し、富士はあくまで気だるい表情で答える。
「ああ、構わない。生産データ及び訓練による運動データは取れた。記憶に一切手を加えていない状態でも不具合なく動いてくれたのも例外の例として良好なデータだった。今回君の仕事から生還したことから実戦での動きも問題ないだろう。もっとデータはあってもいいが、テストとしては十分でもある。故に、あとは君の好きにして構わん」
「ふーん……」
ニヤついたまま半目を作ってしばらく無言にあるミロスラーヴァ。対して富士もまた無言で微動だにしない。
「……ふふっ、オッケー」
突如、ミロスラーヴァは回していた銃のグリップをしっかりと握って、間に流れていた静寂を破るように言う。
「ウチはそういう数字にしか興味ない富士の事、好きだよ。すっごく利用するのに便利だから」
「こちらこそ、君の姑息で利己主義的な性格は共に仕事をするには好ましい。自らの利益になれば、こちらについて一切の干渉はしてこないからね」
「うーん、相思相愛だねーウチら、フフッ」
ミロスラーヴァはクスクスと笑って富士から目を離し、真横を向きながら片手をゆっくりと伸ばして銃を構える。
「んじゃ、次のお仕事にはしっかりと捨て駒になってもらうってことで。せいぜい頑張ってね、ゾンビ人形ちゃん」
そうしてミロスラーヴァは引き金を引く。
銃に弾丸は入っておらず、カチリという音だけが響く。
画面の向こうの彼女のいる部屋――ディスプレイからの電気以外はない暗い空間で、その銃口の先に黒花、そして千束とたきなの写真が飾られていたのであった。