【完結】狂い咲きオンスロート~殺し屋から少女になった男の殺戮願望~【第二部】 作:詠符音黎
「うう……ここ、は……」
千束は瞼を開き虚ろだった意識をだんだんとはっきりさせていく。
彼女は自分が先程まで気絶していたのを自覚する。辺りは真っ暗だがその闇を僅かに照らす緑色の光源が近くにあるようで完全な暗黒に支配されているわけではなかった。千束はそんな微光の中でまだはっきりしない頭を動かし周囲を見回すために立ち上がろうとする。
「ぐっ……!」
と、そこで左足首に痛みが走る。その痛みで彼女は自分が足首を捻っていた事を思い出した。
「無理すんなよ。三十分もしないうちに回復ってのはさすがにないだろうし」
千束の向いている方からして右側から声がする。
とても聞き慣れた、しかし遠い過去になっていた声が。
「……黒花」
そこには壁に背を預け床に座り込んでいる黒花がいた。
足元には緑に発光しているケミカルライトが置いてあり、同じものが千束の近くにも置かれていた。光源の正体であった。
「……やあ、とりあえずは大丈夫そうだな」
「まあ、お陰様でね。それでえっと……あーそっか、地下室に逃げ込んだんだっけ、私達」
千束は挫いた足をいたわるように膝をつきながら、軽く額に手の裏面を当てて思い出す。
「そうだ。仕事前にビルの図面見たときにエントランスから地下に降りる扉あった事を思い出してね。あの場所からお前を背負って走るなら出口よりはそっちのほうがまだ助かりそうだなってなったからここに避難したんだ」
「で、入って階段降り始めたけど直後にビルが崩れてきて衝撃の余波で階段転がって、私は気を失ったと」
「まあ気を失ってたっつってもさっきも言ったように三十分も経ってないけれどね。とにかく、とりあえずは無事そうで良かったよ」
黒花は軽く笑って後ろ頭を壁につける。そこで彼女がほっとしていることが千束には分かった。
千束もまた黒花のそんな様子を見てかすかに笑い、そのまま背後にある彼女達が入ってきた扉の方向を見る。
彼女達の足元にあるのと同じケミカルライトで照らされた壊れた扉から見える階段にはいくつか崩れてきたビルの瓦礫が転がっていて、階段より先の入口部分が瓦礫で埋もれているのが分かった。
「……で、あれどうするの?」
千束は黒花の方向を再び向いて、指を差しながら言った。
「どうもこうもあるか。実質私一人で入口塞いでる瓦礫をなんとかできるわけないだろ」
「まあそりゃそうなんだけどさ……なんかプランあるわけ? このままだと二人共白骨死体じゃん」
「助けを待つ。以上」
「……まあ、それしかないけどさぁ」
千束は呆れたようにため息を付く。一方、黒花は少しバツの悪そうな顔になった。
「しょうがないだろ。あのときに二人で生き延びるならこれしか選択肢がなかったんだし」
「分かってるよ、それは。でもさ……」
千束は近くにあるケミカルライトを拾い、片足でけんけんするように左足の膝を曲げ「よっ、よっ、よっ」と言いながら足首を浮かして黒花に近づいてきた。
そして黒花の右側、彼女から少しだけ離れた位置に腰を下ろし持っていたケミカルライトを落として言う。
「別に黒花が生き残るためなら、私の事は切り捨てても良かったよね?」
あくまで柔和な笑みで。そして落ち着きかつあえて茶目っ気を混ぜた声で。
「……それは、まあ、そうなんだが」
余裕のある素振りの千束とは対極的に黒花は珍しく言葉に言い淀み困った様子を隠そうともせずに目をそらした。
「少なくとも一回死ぬ前の黒花ならもっとクールに判断したと思うんだけど。なんか心境の変化でもあった?」
「……まあ、そりゃああったよ。なんせ、お前に殺してもらえたんだからな」
「…………」
黒花は真剣な表情で千束の方を見る。千束は彼女の言葉で少し曇った表情を見せる。
「DAの訓練場でお前に出会って、そしてお前の仕事のスタイルを目の当たりにしたあのときから、あの死に方は私にとっての最終目的みたいになっていた。もちろん、最初っから意識してたわけでもないし具体的な計画立ててたわけでもないけどな」
「……ホント迷惑。ジコチューの塊」
「まあそうだけどさ。そこんとこはお前には言われたくないよ。お前だって相当のジコチューだろ」
「……まあね」
軽く笑って答える千束。そんな彼女につられるように黒花もまた笑みを浮かべる。
「まあ、そんなこんなで私は目的果たして気持ちよくなってたけどさ……同時に思ったんだよ。お前と、生きてもっともっと一緒にいたかったなって。だからさ、それが最後に出たんだろうな。あの言葉は」
「……うん」
千束が黒花の死ぬ直前に耳元で囁かれた言葉。「愛してる」という想いの吐露。
それを思い出しながら、黒花は暗い天井を見上げ、その横顔を千束は眺めている。
「死への満足感と生への未練。そんな矛盾を抱えながらも、まあ人殺しのオチとしては上等だなと私は死んだ。それがどうだ。なんか蘇ってしまった。あんな派手に死んだのに台無しだよ。でも、また考えちゃったんだ。もう一回ぐらいは、お前に会えるんじゃないかってさ」
「そう……なんだ」
今度は千束が表情を隠すように俯き、黒花が彼女に顔を向ける。
「それでまあ、なんというか、私にも、いわゆる“情”ってやつがちょっとは芽生えてたのに気づいたわけ。本当に、死んでから気づく事があるなんてな」
自嘲気味に笑う黒花。
そんな彼女に、千束は顔を向けた。とても落ち着いた微笑みを。
「まったく、もう何回言ったかわからないけどバカだね黒花は」
「うぐ……まあ現状についてはあまり否定はできんよ……」
「でも、私はそんな黒花のバカなところ、気に入ってるよ。それに私だって黒花を殺めて、いろいろと考えが変わったところもあったし。そう、殺さないと生きていけない、そんな人達について」
微笑のまま千束は足に負担にならない程度に膝を抱え、軽く口元を埋める。
「人を殺さずに仕事をするのは今でもやってる。でも、私が撃つ一発一発、そして相手が撃つ一発一発にも、それぞれ重みがあるんだなぁって。なんかそんなのを強く感じるようになった。自分のわがままをぶつけるっていうこと。他人のわがままを受け止めるっていうこと。その重みを」
「……そうか」
落ち着いた声で、しかしどこか嬉しさが籠もっている声で返しながら千束を見ている黒花。
千束はそこで急に顔を黒花に向け、心から訴えかけるような必死な顔で言う。
「ねぇ、今からでも戻ってきてよ。少なくともリコリコのメンバーは受け入れてくれるって! まあたきなは絶対最初不機嫌な姿見せるし、クルミは呆れた目で見てくるだろうし先生からは多分げんこつが飛んでくるけど……」
「さらっと受け入れてくれそうなのミズキだけじゃねーか。まあそうなるのは私にも見えるけどさ」
「で、でもそれでとりあえず流してはくれそうだし! DAだって、こう、なんとかなるよ多分……! 楠木さん、清濁併せ呑む人だし黒花がまたリコリスの仕事するなら多分……!」
「ああそうだな。でも、今は無理だ」
「どうして!?」
問い詰めるように叫ぶ千束。黒花はそんな彼女にあくまで落ち着いた声で、かつ少し冗談を言うような顔で答える。
「その一、私を蘇らせたクライアントは簡単に私を手放したりなんかしない。あれは私の事を完全に所有物として見てる」
グーの右手から人差し指を立てて言う黒花。次に彼女は中指を立ててピースを作って見せる。
「その二、私達をこうして今絶体絶命の危機に陥れたあの狂った女は私が下手に鞍替えしようなもんならリコリコに水爆でも落としかねない。私とはまた違ったタイプの無駄な殺し大好きなイカレ悪党で理由さえつけば何やってもおかしくないやつだ、ってか今回がまさにそれ。……そして、その三」
薬指を三本目の指として立てたとき、黒花は一呼吸置き、少し表情が落ち着いた笑みになる。
かつての黒花ならまず他人には見せなかったような優しい笑み。
それに千束は驚きつつも、しかし同時にどこか懐かしさも感じていた。それは、極稀に黒花が千束と二人っきりのときに出していた、不思議な雰囲気に似ていたと千束は思った。
黒花は千束がそんなことを感じている事、そして自分がそんな顔になっている事にも気づかずに静かな声色で言う。
「……今、私はちょっと面倒な奴らの世話を焼いている。そいつら腕は確かなんだが、いつ捨てられて死ぬかもわからんぐらいの面倒な奴らだ。私としては、まあなんていうか、一度世話をし始めた責任を果たさなきゃならんと、そんな感じな事を思っているんだ」
「……ふぅん、へぇ、なるほどねぇ……ほうほう」
穏やかに言った黒花。そんな彼女に対し、千束は意地悪な声色と顔でニヤつく。
その彼女の態度を見た黒花は少し苦々しい顔をする。
「な、なんだよ……」
「いーや別に。ああそうだ、ビルで襲われる前に言ったこと撤回するわ。死んだらバカって良くなるんだねぇ~」
「ああ!? どういう意味だぁ!?」
「さーねー」
慌てた様子で叫ぶ黒花を尻目に千束は懐に手を伸ばす。そしてそこからあるものを取り出した。
それはタバコだった。ボックスタイプのケースに入っている。
千束は流れるようにケースを開けそのまま口でタバコを直接咥え取り出し、一緒に取り出していたライターで火を点けた。
「えっ、お前吸うようになったの?」
目を丸くして黒花は聞く。それに千束は半目の流し目でニヤニヤしながら答える。
「そうだよー。誰かさんが吸わせてきたせいで、もうすっかりヘビースモーカーよ」
「ほー……いやでもこの状況で吸っていいのか? ここって地下だし助けいつ来るかわからんし」
「いや、どうにも換気は生きてるっぽいし。それに少し吸ったぐらいで酸欠になるようならもうどの道助からんて」
「……んーそれもそうか。じゃあ私も」
黒花も懐からタバコとライターを取り出す。ケースはソフトタイプだ。
開かれているソフトケースを軽く振ってタバコを飛び出させ、それを咥え点火する。
「ふぅー……」
「ふひぃー……」
それぞれ煙を吐く二人。そうして静かに喫煙を楽しみながらも黒花は千束の手に持たれているボックスを見る。
「それ、銘柄は? さすがにこの光源だとぱっと見じゃ分からん」
「ああこれ? 素のバツボロだけど」
「へーそれなりにタール濃いの選んだな」
「まーねー。いろいろ手出してみたけどこれが一番美味しいかなって。黒花は今もラッキーストーカー?」
「だなー。やっぱ馴染んだ味が一番だわ。タールもまあまああるしな」
「まあタールあった方が吸ってるって感じはあるよねー」
「おー私がくたばってた間に随分と分かったようじゃないか。だよなーやっぱ濃いのがうまいよなー。電子とかありえん」
「うんうん分かる! あれ吸った気にはならんて! あんなのごっこ遊びだよ!」
「言うなぁ、まあ完全に同意なんだが。でもお前からそんな言葉聞く日が来るとは分からんもんだ」
「そういやなんで黒花はソフトなの? ボックスの方が美味しさ保つしソフトだとヨレヨレにもなっちゃわない?」
「いやこのヨレヨレ具合がいいんだろ。それにガンガン吸ってたら味変わる前に尽きるし」
「まーあっという間になくなるってのはそうだけどさ、でも少しでも味キープできるならしたいなー私は。あとヨレヨレがかっこいいってのは訳わかんね。味になんも付与しないじゃん」
「あ? なんだ戦争か?」
「戦争ならさっき私達敗戦したばっかでしょーが」
「違いない」
二人は喫煙を楽しみながらも笑い合う。そこには閉所に閉じ込められた不安や恐怖は微塵もなかった。
◇◆◇◆◇
それから四時間弱経過した頃。
ガラガラと瓦礫が動かされる音が響いたかと思うと、地下室に光が届いた。まだ寒い時期の心もとない朝日だ。
「千束! 大丈夫ですかっ!?」
「黒花司令官! お迎えにあがりました!」
その地下室にたきなと666が急いだ様子で入ってくる。二人共ビルが倒壊した直後以上に服が汚れまみれであった。
「ああ、たきなー! 待ってたよー!」
そこで千束がたきなに笑って手を振る。一方、たきな達から見て手前側にいる黒花は無言で不敵に笑って軽く手を上げた。
二人の足元には大量の吸い殻とボックスもソフト両方混じったいくつもの空のケースが転がっており、かなりの量のタバコを吸っていたのが見て取れた。
「……二人共、まさかずっと」
「そうだよー! さすがにもう在庫切れちゃってたけどちょうどいいタイミングで! さっすがたきなさーん!」
「……はぁ。心配して損しました」
ニコニコと笑って言う千束に片手で顔を覆うように抱えため息をつくたきな。
だが、その言葉とは裏腹に表情には安堵から来る喜びが出ていた。
「……じゃ、ここでお別れだな。DAの医者に見せればその足、すぐに動くようになるから嫌がらずにちゃんと見せろよ」
そこで黒花がすっと立ち上がり歩いて出口から出ていこうとする。
「っ! 待ちなさい黒花っ!」
そこでたきなは一瞬ハッとした表情になり、素早く拳銃のM&Pを抜いて黒花に突きつける。
同時に666もまた瞬時にベレッタ92を構えたきなに向ける。
「たきな、止めて!」
「666、降ろせ」
その二人の行動を、千束と黒花がそれぞれ諌めるように言う。だが、たきなも666も不服そうな顔をする。
「ですが千束! ここで彼女を逃がしては……!」
「司令官。私はあなたを害する意志がある者をみすみす許す気はありません」
「いいからいいから! 今は状況的にちょっと面倒な感じっぽいし、何より他のリコリスもやられててロクに動けないでしょ!?」
「大丈夫だよ666。確かにたきなはこんないかにもクールですって顔しながら頭に血が上りやすいバーサーカーだけど、状況判断はしっかりできるやつだしな。あと多分623と716は上で休憩ついでに見張りをしてるんだろ? そんなみんな疲れてる状況なのにここでやり合う元気はないよ」
『…………』
千束、黒花それぞれの説得に銃をゆっくりと下ろすたきなと666。
だがたきなは黒花を、666はそんなたきなを未だ睨んでいた。
「……いいでしょう。今回は千束に免じて見逃します。でも、機会が来れば私は容赦しません。あとバーサーカーってなんですか私の事そんな風に思ってたんですか」
「あー悪かった悪かった……。まあ、そんときはそんときだ。よし、行くぞ666」
「……はい司令官」
歩いていく黒花。その後ろ姿についていこうとする666。
だが666はその前に踏み出した足を止め、軽く振り返りたきなに言った。
「瓦礫撤去の協力ありがとう。他のチームは負傷者も多くて帰投させてたし、多分私達のチーム三人だけじゃもっと時間がかかってた」
「いえ、一人増えただけですから言うほどでもないですし一番活躍してたのはあなた自身じゃないですか。それに私は千束を助けたかっただけです。そして、次に敵としてまみえたときは、容赦をする気はありません」
「それはこちらの台詞。じゃあね、セカンドリコリス」
お互い硬い表情で言い合うたきなと666。そこで会話を切り666はまた歩き始めたが、そのタイミングで今度は黒花が足を止めた。
「あ、そうだそうだ。ほいっと」
そして黒花は少し距離ができていたたきなに手のひらに収まる程に小さなある物を投げ渡す。
「っと、なんですか……これは、USB?」
それは黒いUSBだった。たきなが不思議に思っている一方、666が驚いた顔をしている。
「黒花司令官、あれは……!」
「そういうことだよ666。お前ももう分かってるところがあったから生き残っていた他のチームを先に帰らせたんだろう」
「……ええ、ですが……いえ、これが司令官の判断ならば、私は従います」
神妙な顔で言葉を続けようとするも止め、深く頷く666。
一方、黒花はいつものように不敵な笑みでたきなの持つUSBに指を差す。
「いいかたきな、そいつをクルミに渡せ。そうすればきっと良いことあるぞ。そして、千束」
そのまま指を千束に向け、より不敵に口端を吊り上げて黒花は言った。
「言い忘れていたが、その四だ。せっかく手にしたロスタイムだし、いい加減お前と白黒付けたいのさ。私は。ま、いわゆる最期の望みってやつだね」
彼女の言葉に驚きの色を見せる千束。黒花はそんな彼女に背を見せ、666を連れて階段を登っていき、そして光の向こうへと去っていった。
残された千束とたきな。
たきなは座り込む千束に駆け寄る。
「千束、今のって……」
「……ったく、ついでで言う事かよ」
そのときの千束は、困ったような、しかし喜びがにじみ出ている表情で呟いたのだった。