【完結】狂い咲きオンスロート~殺し屋から少女になった男の殺戮願望~【第二部】   作:詠符音黎

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30.Uprising

 広い研究室の一角で複数のディプレイと向き合っている富士。

 他にも多くの科学者がそれぞれの仕事をしているその部屋の自動ドアが開かれたと思うと、カツカツと乱暴な足音が響く。

 富士はその音を聞いて振り返る。

 

「ほう、生きていたのか。CB―17」

 

 そこにいたのは埃まみれのコートの裾をはためかせ歩いてくる黒花の姿だった。

 

「ああ、なんとかね」

 

 黒花はいつも通り不敵な笑みを浮かべながら近くにあったキャスター付きの回転椅子にどっと腰掛けて富士に顔を向ける。

 富士もまた、ゆっくりと椅子を回して黒花に向かい合った。

 

「それで、今回の顛末はもちろん知っているんだよな?」

「ああ。ちゃんと報告を受けたからな。ミロスラーヴァが君達を囮にし、リコリスに損害を与えた。こちらも七名程の人工人間を消耗したが、相手の損害は二十三名。結果としては上々だろう」

「……なるほど」

 

 無機質な表情で語る富士に、変わらず笑みを崩さない黒花。

 しかし、わずかに黒花が黙っていた間から、他の研究者達は不穏な気配を感じていた。

 

「その死んだ七人は私がメンバーの中でもより腕があると見込んでチームを編成させたやつらだ。実質の被害は結構なものだと思うんだが」

「そんなことはない。君達は人工的に生産された人間だ。失えばまた同じものを作り同じ学習をさせれば良い。それを承知で私はミロスラーヴァに君達を与え、ミロスラーヴァもそうして使用している」

「ま……理屈としてはそうだよな。私だっていくらでも代わりを作れるんだろうし。結局は私もオリジナルのコピーのそのまたコピー品に過ぎない。まさに大量生産品の人形と一緒さ」

 

 ポリポリと左手の薬指で後頭を掻く黒花。

 一方、自然な仕草で右手が腰に置かれる。

 

「さすが、よく理解しているじゃないか。君の才能は非常に貴重だが、再生産が可能だと判明した今はいくらでも後世に残せるモノとなった。これは私の研究の成果へと至る一つの始点足り得るだろう。ここからは既存の記憶の選別と加工という新たな課題に取り組む事になるから、まだ道程は長いがね」

「……なあ、『マクナマラの誤謬』って言葉を知っているか?」

「……?」

 

 黒花の突然の言葉に首を軽く傾げる富士。

 対して、変わらぬ日常会話をするような口調で富士を見ながら黒花は語る。

 

「ベトナム戦争で当時のアメリカ国防長官ロバート・マクナマラは自軍の損害と相手の損害の数字を比較してキルレシオ一対十を維持すれば戦争に勝てると定めた。だけど、実際は敵の北ベトナムどころか味方の南ベトナムの国民感情まで刺激して徹底的に抗戦されて、最後にアメリカはベトナムから撤退、歴史的な敗北をする事になった。『マクナマラの誤謬』ってのは、そんな数字ばっかり見て本質を無視すると失敗するっていう例だよ」

「……それが、一体なんだと?」

 

 未だに理解できていないような富士の表情のない顔。

 一方で、周囲の他の研究者達は言いようのない危機感を覚え、少しずつ後ずさり始めていた。

 

「データばかりで人間として生み出した存在の心を度外視するあんたは、まさにマクナマラそのものだなって話だよ」

「……何を言うかと思えば。君達はあくまで実験体だ。人類の未来のための礎だ。それに対して逐一慮るなど、必要であるはずがない」

「……ああ、間違ってないよ。あんたの言い分は。なんなら私はオリジナルから人として大事なもんが欠けた欠陥品だしね」

 

 黒花は軽く俯いて言う。

 

「そうか、ならば話は――」

「――でもね」

 

 話を切り上げようとした富士の言葉が黒花の声によって遮られた、そのときだった。

 銃声が、研究室に響き渡った。

 黒花がいつの間にか抜いていた拳銃が、富士の右腹部を撃ち抜いていたのだ。

 

「それでも人間である限り、残念だが理屈だけじゃどうしようもならなんだよ」

「……な、んだと?」

 

 白衣が真っ赤に染まっていくのを見ながら、富士がガクリと椅子から崩れ落ちる。

 

「う、うわああああああああああああああっ!?」

 

 研究室に他の科学者達の悲鳴が響き渡る。

 その悲鳴を合図に伴うように、研究室の自動ドアが開きアサルトライフルを持った他の人工人間の少女達が一斉に研究室に雪崩込んでくる。

 

「なっ、なんだお前達は!? この部屋は許可されなければ入れないはずっ!?」

 

 銃を突きつけられ狼狽えながらも言う科学者。

 

「司令官」

 

 少女達はその言葉に眉一つ動かさず、内一人が黒花に聞く。

 

「ああ。やれ」

 

 黒花は振り向かず、床に這いつくばる富士を見下ろしながら言った。

 直後、一斉に発砲音が鳴り響き、共に溢れ出てくる悲鳴をその轟音でかき消していった。

 

「な……ぜだ……? こんな、非合理的、な……どうし、て……?」

 

 腹から流れ落ちる血で白い床を汚しながら、蒼白とした顔の富士は黒花を見上げる。

 黒花はそんな彼女の頭に、そっと拳銃を向ける。

 

「それが分からないから、あんたはここで終わりなんだ」

 

 乾いた音が再び鳴る。

 それが、人類の新たな地平を切り開こうとした女の最期を告げる音となった。

 

「司令官。フロアの制圧完了しました」

「ああ。よくやった」

 

 銃声がしなくなった研究室で一人の少女が黒花に言い、黒花がそれに答える。

 すると、そのタイミングで彼女のスマホが鳴り響き、黒花はそれを手に取った。

 

「私だ」

『黒花司令官。全チームからの報告が上がり、研究所全フロア掃討の確認が終了しました』

 

 相手は666だった。二人共冷静な声色で言葉を交わす。

 

「よくやった。データは?」

『それもここの警備システムと同じく623が』

「なら作戦終了だな、さっさとずらかるぞ。……にしても、情報戦に長けた623がいてよかったよ。ここらに関してはあいつにおんぶにだっこだな」

『ですね。ところで、その623から伝言があります』

 

 苦笑しながら話していた黒花に変わらない調子で666が言った。

 

「ん? なんだ?」

『“独立した部隊になるのなら名前が必要なはずだから、そのネーミングを考えておいたので見ておいてほしい”だそうです』

「あー……なるほど。まあ目を通しておくよ。と言っても、私はそういうのてんで駄目だから反対は特にする気はないけど。じゃあ、回収するもん回収して、残すものは残して出発だ。私もすぐ仕込んでからそっち行く」

 

 黒花は納得したような声を出しながら言い通話を切った。

 彼女が通信を切ると研究室から次々と少女達が出ていく。黒花は他に生者がいなくなった、血だらけの研究室を見回す。

 その視線が彼女の背後にあった富士の遺体に向けられると、黒花は自嘲気味に、そしてどこか寂しげな顔になった。

 

「……まったく、本当に身勝手な女だな。私は」

 

 誰もいなくなった部屋でそう呟いた彼女は懐からタバコを取り出し、火を付けて出口の方を向いて歩き出す。

 白と赤が入り混じった硬い床に、彼女の足音が孤独に響き渡った。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

 いつもの押し入れでパソコンを動かすクルミの近くに、リコリコのメンバーが集結していた。

 複数あるディスプレイの中でひときわ大きい中央のディスプレイには素人には何がなんだか分からない大量の緑色の数字や英字が黒背景に並んでいる。

 そのディスプレイに向かってキーボードを叩きながら、クルミは狭い押し入れの中を揃って覗く千束達に嫌そうな目を向ける。

 

「……なあ、せめて終わってからにしてくれないか?」

「いやーだって気になるじゃーん。あの黒花が意味深に渡して来たUSBなんでしょ? 絶対厄ネタ入りだって!」

 

 そんなクルミに茶化すように笑って言うミズキ。

 

「厄ネタどころか差したら爆発するぐらいのモノでも驚きませんでしたよ私は」

「えーそんなこと……ちょっとだけ思ったけど」

「お前達うるさい。そこらへんは事前にしっかり調べたから大丈夫だよ」

 

 やいのやいのと言うたきなや千束に呆れた顔をしながら言うクルミ。

 すると、突如表示されていた意味不明な画面から一気に千束達にも分かる文章や画像が並んだモノになる。

 

「ほら、出てきたぞ。まあまあ複雑な暗号化がされていたからボクじゃなかったら解読には結構な日数がかかってたろうな。どうやらあいつも腕の良い技術者を抱えているらしい」

 

 クルミはそう言って押入れに背中をつけるようにしてみんなに画面を見えるようにする。

 そこに映っていたのは広大な森林、そしてそれ以上に森林の背後にそびえる日本人なら誰でも分かるランドマークがみんなの目を引いていた。

 

「これは……どう見ても富士山だな」

 

 ミカが顎を擦りながら言う。

 そう、そこにあったのは日本で最も有名な山、霊峰富士であった。

 

「ああ。そしてその下に広がっているのが青木ヶ原。またの名を富士の樹海だな」

「え? なんで富士山? なんで樹海?」

 

 分からないような顔で言うミズキ。

 一方、たきなが表示されている画面の左端にある地図を指差す。

 

「これ、見て下さい。青木ヶ原樹海周辺の地図に印が付けてあります。これはリコリスが用いるセーフルームの出入り口を表す暗号と同じです」

「つまり、自殺の名所の下に基地があるって事だな。ご丁寧に入り方もセットだ。そしてほら見てみろ。その基地がどんな場所かって情報までセットだ」

 

 クルミがタブを切り替えて別の情報を画面に表示する。

 その情報は多くが黒で塗りつぶされていたが、全体像を掴むための情報は読み取ることができた。

 

「“サイト(エイト)”……人類保存を目的とした研究機関……研究主任、本名年齢一切不詳、通称“富士”……」

 

 たきながデータを見ながら呟く。

 そこには富士の写真も情報と一緒に表示されていた。

 

「つまり、これが黒花を蘇生させた組織というワケですか……」

「ああ。ボクですらこの機関の存在は知らなかったし、他の裏世界の人間だってそうだろう。まったく、世の中にはまだまだ嘘と隠蔽にまみれているな」

 

 その場にいたそれぞれがまじまじと情報を眺めているなか、一人だけその場から離れて動き出したものがいた。

 千束である。

 

「ちょっと千束! 何やってるんですか」

「いや、富士山までちょっくらね」

「ちょっくらって……今すぐに向かうつもりですか!?」

 

 驚き彼女のもとに駆け寄るたきな。

 一方、千束は残弾確認など準備を進める手を止めない。

 

「うん。だって黒花が渡してきたって事は、ここに来いって事のはずだし」

「罠かもしれないんですよ! ここはもっと慎重に……と、言って聞く千束じゃないですよね」

 

 呆れたように言って自らも準備を始めるたきな。

 そんな二人を見て、クルミは再び呆れた表情に、ミカは苦笑するがどこか嬉しそうな感じを出す。

 

「おいおいおい待て待て待て」

 

 と、そこでミズキが近づきながら二人に言った。

 

「え? ミズキが止めに来るの? 珍しい事もあったもんだ」

「別に止めに来たんじゃないよ。むしろ、その逆」

 

 軽くため息をつきながら、ミズキは車のキーをプラプラと顔の横で揺らした。

 

「あんたら二人だと電車とかバスとかまどろっこしい手段になるでしょーが。近くまで送ってやるから乗れ一応未成年共」

「マジ!? サンキューミズキ!」

 

 ぐっとサムズアップを見せる千束。

 一方、たきなは少し黙って言った。

 

「……お酒、飲んでませんよね?」

「大丈夫だって! こんなタイミングで飲酒運転はさすがにやらかさないって!」

 

 声を出して突っ込むミズキに対し、未だ疑わしい目線を向けるたきなだった。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

「フザけんなっ! フザけんなっ! フザけんなっ!」

 

 頼りない照明に照らされた、冷たい色の鉄壁や床で囲まれた暗い空間。

 そこでミロスラーヴァは他の気まずい表情になっている部下に囲まれながら、怒りに溢れた顔で縮こまる女の部下を蹴り飛ばし、踏み潰していた。

 

「お前言ったよなぁ!? ウチが去った後、ちゃんとあのゾンビ人形とリコリスが死んだの確認したって、言ったよなぁ!?」

「ず……ずいまぜ……でも、ビルがああなって、しばらく出てこなかったので……」

「じゃあなんであのゾンビ人形が他の肉人形率いて研究所のインテリ連中をウチが送ってた連絡員ごと皆殺しにしてんだ! アァッ!?」

 

 再び部下を蹴り始めるミロスラーヴァ。

 もはや部下の体はボロボロで、そこらには彼の血がたくさん飛び散っていた。

 

「す……すみ……!」

「ウチがっ! チキった老害共をみんなぶっ殺してっ! この組織手に入れてっ! 構成員もガンガン増やしてっ! 世界中の立場だけのカス共から引く手数多のあの研究所と組んでいろいろ手広くやる方法手に入れてっ! そんでこっから好き放題ってときにっ! クソがっ! フザけんなっ! フザけんなっ!」

 

 ツバを飛ばしながら部下に本気の蹴りや踏みつけを行うミロスラーヴァ。

 彼女の怒りを一身に受けていた部下は、やがて声を上げる事もできなくなり、ついには頭を被っていた手がだらんと垂れた。

 

「…………」

「あ? んだよ死んだのかよクズが……」

 

 動かなくなった部下を見て吐き捨てるミロスラーヴァ。

 すると彼女は近くのテーブルに置いてあった派手なアサルトライフルを持ち歩き始める。

 

「おらお前ら、何ぼーっとしてんだ! 行くぞ!」

「ボ……ボス? まさか今から研究所に?」

「は? たりめーだろ舐められたまま済ますかってんだ! 使い捨ての消耗品の癖にバカな真似してウチに中指立ててきた連中一人も生かしちゃらんねぇんだよ! ああでもウチはあくまで逃げようとした臆病者をぶち殺すためにいるだけで、今回はてめーらが自分でやれよな。ザコが汚したケツは同じザコで拭けや」

 

 怖ず怖ずと聴いてきた男の部下に怒り心頭のまま振り返って言うミロスラーヴァ。

 しかし、変わらず部下の方は狼狽した様子である。

 

「で、でもあの地下研究所に立てこもられたらどうしようもないんじゃ……」

「ああ? バカか? お前もバカか? ああそうだよな自分で考える脳みそなんててめーらについてるわけねーもんなぁ!?」

 

 銃を首後ろに置きながら部下に顔を寄せてミロスラーヴァが言う。

 彼女が溢れ出させている威圧感に部下は何も言えずに萎縮する。

 

「いいか? 籠城ってのは誰かが助けに来るか、時間経てばどうにかなる見込みがあるからやるもんなんだよ。いくら貯蔵があったとしても補給すらないんじゃいつか枯れるんだ。そうなったら後は飢え死ぬだけのくだらない末路で、あの研究所は地下墓地(カタコンベ)に早変わりなんだよ。そんでそんな事は頭でっかち共皆殺しにしたゾンビ人形も百も承知だろうさ」

 

 ミロスラーヴァの表情は未だ怒りは孕んでいるが声はだんだんと落ち着いたものになってくる。

 だが詰められている部下、そして他の周りにいる者達は未だ声一つ上げられず、汗を流すだけであった。

 

「だから今攻めに行くんだよ。研究所から逃げられたら探し出すのが面倒になるし、行ったときにもう逃げてたとしてもしっぽ掴むために少しでも情報かき集める必要があるからな」

 

 そこまで言うとミロスラーヴァは再び振り返りその暗い個室を出ようとする。

 

「オラ! 分かったならとっとと兵隊かき集めてついてこいや!」

「はっ、はいっ!」

 

 部屋を出る前に彼女は一瞬立ち止まり、強い語気でなお動けぬ部下に言った。

 部下達はその声に従いすぐさまミロスラーヴァについていく。

 彼女らが去った部屋には、物言わぬ死体だけが残り静寂が部屋の主となっていた。

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