【完結】狂い咲きオンスロート~殺し屋から少女になった男の殺戮願望~【第二部】 作:詠符音黎
「それじゃあ私はテキトーにその辺の駐車場に車停めて待ってるから、終わったら連絡ヨロシク」
「うん、ありがとねミズキ」
青木ヶ原樹海近くの道路。樹海に面したそこで、車を停めたミズキがすっと中指と人差し指二本を立ててシュッっと振って言う。
千束は一番近い出入り口まで自分達を運んでくれたそんな彼女に礼を言った。
それに対しミズキはニヤリと笑う。
「いいっていいって。お礼は後でうまい酒の瓶一本でいいからさ」
「一応未成年に酒をたからないでください」
「ブー、いいじゃんかよー」
呆れたように言うたきな。
そんな彼女にミズキは口を尖らせるも、すぐさま落ち着いた微笑みを浮かべる。
「……千束。とにかく、あんたがやりたいことやりなよ」
彼女の言葉に千束は一瞬びっくりした顔になるも、すぐさまニカッと笑って答えた。
「……あったりまえじゃん! 言われるまでもないよ」
「だよなー、余計なお世話だったな」
お互いに笑い合い、そして去っていくミズキ。
彼女の運転する車のテールランプが遠ざかっていくのを見届けた二人はさっそく近くの地図に示された出入り口まで行く。
暗き森の側に隠された、文字通り秘密の出入り口。
彼女らはその扉を黒花から貰ったUSBに入っていた認証コードを使って、研究所への侵入を開始した。
彼女達が地面に偽装されていた出入り口から研究所に入ると、そこには灯りの薄い白い通路が続いていた。
どうやら研究所の電力が落ちているらしく、現状は心もとない発光をしている赤い非常用電源が作動している状況だった。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか、ですね……」
「まあすでにろくなことになってないのは分かるよねー」
銃を構えながら千束の後ろにつくたきなが言い、振り返らずに千束が返す。
二人が通路を進んでいき、開かれた状態のドアを潜って本格的に研究所に入った。
「おおう……これはこれは」
「また随分と派手にやったようですね……」
そしてその内部で起きた出来事を目の前に広がる光景で二人は一瞬で察した。
彼女らがいるフロアであるエントランスには、多数の白衣をまとった死体が転がっていたからだ。
みな黒花達――この研究所で製造された部隊によって殺されたのだとすぐさま二人は察する。
「にしても随分とヤってるねぇ。これ個人一人一人にそれなりにフラストレーションあったやつでしょ。たまにあるよねーこの手の恨み骨髄って感じの現場」
千束は弾丸が多く撃ち込まれ蜂の巣になっている死体を見ながら言う。
「まあ、なんというか察するものはありますね。それでは進みますか。指定された場所へ」
一方でたきなはスマホを取り出しそれを眺めながら言う。
そこには研究所の地図が映っており、共に順路も表示されていた。
「ご丁寧に誘導しているということは私達の手に取ってほしい何かがあるんでしょうねそこに。こういうところは妙に丁寧というか細かいところありますよね黒花は」
「戦闘だけじゃなくとにかく準備全般凝るタイプだからねーあいつ。それなのに時折完全なライブ感で動いて変なことになるけど」
スマホの画面と地形を照らし合わせながら歩くたきなの後ろで苦笑いする千束。
研究所の中はいたるところに死体、弾痕、血痕で溢れており、薄暗い赤色ライトでも目立つそれらによって元の無機質な清潔さからはかけ離れた状態になっていた。
死と静寂に満ちた研究所を滞り無く進んでいく千束とたきな。
二人はやがて研究所の最奥にある一室にたどり着く。そこは黒花が富士を葬った部屋であった。
「うわっ、この部屋は殊更死体だらけだねぇ」
「ええ。もしかしたら重要な研究をここでしていたのかもしれませんね」
転がる科学者達の死体を見ながら軽く顔を歪めて言う二人。
「ん? 千束、あれを見てください」
他と変わらず赤い非常灯で照らされるその部屋の中で、たきなはあるものが置いてあるのに気づいた。
それはテーブルの上で画面を発光させているノートパソコンだった。USBコネクタから短いコードが伸び外付けSSDが接続されている。
薄暗い中で輝くそれは異物感があり、それこそ黒花が渡したいものなのだとすぐ気付いた。
「なるほど。本当にご丁寧だなーあいつ」
千束は呆れた顔でたきなと共にノートパソコンの前に立つ。
画面にはパスワードを打ち込むロック解除画面が表示されていた。
「むぅ……パスワードですか。何かヒントは……あ」
と、悩もうとしたたきなはすぐ気づいて声を上げる。
画面端に四角い付箋が貼ってあったのだ。そこにはこう書かれていた。
『おせっかいなバカの誕生日』
と。
それを確認した二人は、殊更呆れた表情になる。
「……はぁ、黒花は本当に」
「うん……度を越した丁寧さが出てるよこれ。あいつのそういうスイッチどこにあるか分からねぇ……」
千束はそう言いながらもキーボードを叩いて入力する。
入れた文字は数字で〇九二三。
千束の誕生日である。
するとロックが解除され画面が切り替わる。そこに映し出されていたのは、大量のデータ、そして英語と数字が羅列してある表であった。
「これって……」
「ええ、ぱっと見で詳細は把握できないですが、少なくともここでいわゆるクローンの製作が行われていた事が分かります。きっとこの研究所で行われていた研究についてのデータでしょう。そして、この羅列はきっと――」
「――生み出された、黒花達クローンの名簿、だね」
二人とも真剣な眼差しでそれを見つめる。
A、B、C、そしてそれらの複合で並ぶアルファベットの後に千の位までの数字が並んでいる。
そしてその数字の横に“LOST”という赤文字が並んでいるのが数多あった。その割合は、ざっと見ただけでも七割ほどはあるように二人には感じられた。
「……なるほど。生み出されては様々な目的のために利用され、殺され、その結果としてこの研究所の有り様がある……ということでしょうね。そしてそれを先導したのは、間違いなく黒花でしょう。やはり、彼女の殺しへの本質は変わっていないと見るべきでしょうか……」
「……いや、そうでもないと思うよ」
苦い顔で言うたきなの横で、ゆっくりと首を振る千束。
彼女の顔は反対にとても穏やかな顔だった。
「ただ殺して満足するなら私達をこの研究所につれてきてこのデータを見せるなんて事する必要がない。でもこんなバカ丸出しな丁寧さで案内して私達にこれを見せてるって事は、多分、黒花は――」
千束が続きを口にしようとした、そのときだった。
研究所内に突如警報が鳴り始めたのだ。そして同時に、研究所内に音声が流れ始めた。
『警告。研究所内に侵入者を検知。職員は直ちに身近なセーフルームに退避してください』
その音声に千束は驚いた表情になる。
「えっ、何!? 今更セキュリティにでも引っかかったの!?」
「いえ、違います! おそらく私達は黒花から貰った侵入用データがパスも果たしていた。ですがそれとは別に予備電源でのセキュリティが作動しているということは……!」
たきなが冷静な、しかし素早く銃を握り直し臨戦態勢を取って言った。
千束はそこでピンと来たようにパンと頭に手を置く。
「あーそっかぁー……! まあ、そりゃ関係してるよねぇー……ハァ……」
強くため息をつくと、千束は目の前のノートパソコンとSSDを普段は偽装ガンホルダーの役目を果たしている学生カバンに収納する。
そしてたきなと同じく銃を顔の横に持ち上げ、素早くその部屋を出る。
部屋にあったギフトを与えられた天才の死体は、彼女らに気づかれる事はなかった。
◇◆◇◆◇
狭い研究所内でけたたましい銃声が鳴り響く。
無闇矢鱈に発砲しているのはセンチピードの構成員だった。
それぞれ手に持ったアサルトライフルAK―47のコピー品を使い、通路の向こうにあったすでに跡形もないガラス張り研究室に射撃を続けている。その部屋で未だ形を保っているテーブルの奥に千束とたきなは隠れていた。
「かーっ! よくあんなバカスカ撃てるね!? どんだけ弾持ち込んでるのあいつら!?」
「知りませんよ! ですが、やられっぱなしはさすがに癪です。……千束、行きますよ」
悪態をつく千束にたきなが落ち着いた様子で言う。
彼女のその言葉に、千束はニヤリと悪そうな笑みで返す。
「お、やっちゃいますかたきなさん? いいよー、じゃあ、スリーカウントね」
「分かりました。では……ワン」
「ツー……!」
『……スリー!』
彼女らは同時に声を出し、瞬間反対方向に飛び出す。
その二人の姿を見てそれぞれに銃口を向けるセンチピード。
だが彼らが二人を捉える前に千束のミカ特製の非殺傷弾、そしてたきなの九ミリ弾がそれぞれ相手を戦闘不能にする部位を撃ち抜く。
「ぐはっ!?」
「がっ!?」
次々とセンチピードの構成員は無力化されていく。まだ残っている構成員達はなんとか二人を捉えようと銃口を動かすも弾丸は当たることなく壁や床を爆ぜさせるのみである。
一方で千束もたきなも時折遮蔽物に身を隠しながらも正確に相手を射抜き、どんどんと数を減らしていく。
そこには生半可な人数差では覆せない圧倒的な実力差があった。
千束もたきなも相手をそうやってどんどんと無力化していきながら前進していき、やがて出入り口の通路に至る頃にはすべての敵が沈黙していた。
「よし、こんなもんかな! あとでクリーナー呼ばないとね」
「そうですね、ですが今は脱出しましょう。増援に来られたら厄介です」
息一つ切らした様子のない二人はそう言いながらまっすぐな通路を走り出入り口の地上へと続く階段を駆け上がっていく。
そして二人が地上に出た、その直後だった。
強烈なサーチライトと騒音が二人を出迎えたのだ。
「はっ!?」
「あれはっ……!」
その音と光の主を二人は知っていた。それは彼女らと黒花達をまとめて攻撃してきた攻撃ヘリ、キラーエッグであった。木々の間隙をサーチライトで縫うようにキラーエッグが彼女達を見下ろしていたのだ。
二人を捉えながら輪転を始めるガトリングの砲身。
すぐさま反対方向にそれぞれ駆け出す千束とたきな。
直後に二人がいた出入り口付近が十二・七ミリ弾によって丸ごと蜂の巣になる。地面も木々も隠し扉もすべてである。
キラーエッグの機首はそのまま千束の方へと向いていく。どうやら彼女を先に排除するターゲットと定めたらしかった。
千束とたきなはまったく別方向に走りながらインカムを使って会話を始める。
「はぁ!? 何でこっち向くのっ!? やばいってやばいって!」
「とにかく走り続けてください千束! その間に私がなにか手を探します!」
「なるはやで任せたぁーっ!」
叫びながら全力疾走する千束の後ろで地面が派手に吹き飛ぶ。
千束が森の中に逃げようとキラーエッグは彼女を見失う事なく射撃しながら追跡していく。
「くっ! サーチライトの他にもFLIRでも積んでそうですね……!」
たきなは悪態をつきながらキラーエッグに向け射撃する。
その弾丸は機首に何発か着弾するも、地上からの拳銃射撃では到底ダメージを通す事はできなかった。
キラーエッグはそんなたきなに興味を見せる素振りもなく千束を追う。
たきなは周囲に何か使える物がないか探すように周囲を見回すが状況を打破できるような物は見つからない。
絶体絶命の状況に、たきなは強く歯を食いしばった。
だが、そのときだった。
ガゴォン! という大きく鈍い音が響き渡ったのだ。それは空に浮くキラーエッグからけたたましいローター音と共に響いてきた。
何事かと思い空を見上げるたきなと千束。
すると、そこにはローターの基部から黒煙を上げ、くるくると自身のテイル部分から全体を横回転させ始めるキラーエッグの姿があったのだ。
キラーエッグ自身の回転はどんどんと激しくなっていき、やがて森の中へと墜落、派手に木々をなぎ倒す音を上げながら共に爆炎を上げ最後を迎えた。
「今の、って……」
『よう千束。また貸しを作る形になったな』
千束がつぶやいたのをまるで聞いたかのように、ザザッというノイズの直後にどこからともなく声が響いてくる。黒花の声だ。
どうやらどこかに設置してある無線の拡声器を通して喋ってきているらしい。
『と言っても、私はスポッターで今飛んでたヘリのローラーぶち抜いたのはうちの副官だから褒めるならこいつを褒めてやってくれ』
「……ったく、本当に変なところで丁寧でお節介なバカなんだから」
千束は苦笑し首後ろをおもむろに触る。対してたきなは未だ警戒の顔色を浮かべながら銃を握っている。
『おい、ミロスラーヴァ。さっきのヘリは静かだったし、どうせどっかから高みの見物してるんだろ? 残念だったな、そっちのお高い兵器は一つオシャカだ』
すると黒花の声は急に千束達に対してではなくミロスラーヴァに向けたものになった。
その声には、挑発以上に強い敵意が混じっていると千束は感じた。
『いいか、私達を殺しにかかった事は絶対に後悔させてやる。私達は独立傭兵部隊《ブラックブーケ》。貴様の組織を壊滅させるチームの名前だ。覚えておけ』
そこで再びザザッというノイズが入る。どうやら通信が切れたらしかった。
再び森に静寂が戻る。そんな中で千束はたきなのところに歩いてきて、未だ緊張の解けないたきなの肩をポンと叩いた。
「っ! 千束……」
「帰ろうたきな。私達は私達で動かなきゃ、でしょ?」
「……はい」
落ち着いた千束の笑顔を見て、たきなはやっと肩の力を抜いて銃をしまう。
彼女らはそうして樹海を離れ、ミズキと共に喫茶リコリコへと帰っていった。
◇◆◇◆◇
「……良かったのですか? これで」
青木ヶ原樹海を見渡せるとある山中で、アンチマテリアルライフルであるバレットM82を持った666が黒花に聞いた。
黒花は先程まで使用していた通信機のマイクを地面に置いたリュックにしまっているところであった。
「ん? ああ、あいつらを助けた事か? いいんだよ。あいつらが私の置き土産持って帰って貰うのも私の目的だったし」
「いえ、そちらは承知しています。私が聞きたいのは、わざわざセンチピードに宣戦布告……というか、挑発をする必要があったのかと」
「ああ、そっちね」
黒花は言われて気付いた顔をしながら機材を詰め終えたリュックを持ち上げ背負う。
「まあ、確かに理屈で考えればする意味自体はなかったな。でも、これは凄く大事な意味があるんだよ」
「と、言いますと?」
「私がスッキリする」
「……それだけ、ですか?」
黒花の言葉に訝しむような顔になる666。黒花はそんな彼女にカラカラと笑いかける。
「それだけだよ。言ったろ、無駄を楽しめって。こうやって細かいストレス解消してくのも大事なのさ。じゃあとりあえず私の昔使ってたセーフハウスの一つに行くぞ。他の連中と一緒とはいかないが、みんなそれぞれバラけさせて既に街中にある場所に行かせてるわけだし」
「……了解です。司令官」
振り返って先を歩き始める黒花の後に未だ不思議そうな顔をしながらも銃を担ぎながらついていく666。
「……あ、でも」
と、そこで黒花がふと足を止めた。
「……あれはちょっと恥ずかしかったな。私達の部隊名を名乗るところは」
「はぁ……623に命名を任せたのは司令官じゃないですか」
「いやでも、口に出すと結構来るなって……」
「もう手遅れです。一度許可をしたのでこれから私達の間で命名が必要になる事があれば全部623が主張してそれを許す事になるでしょうからお覚悟ください」
「え? マジ?」
「はい。彼女はそういう子です」
「……そっかぁ。あいつも大分私にワガママ出すようになってきたなぁ」
苦い笑みを浮かべながら黒花は再び歩き出す。
666はそんな黒花の後ろで軽くため息をつきながら共に進む。
彼女らの背後にある富士山は、日の出の光に照らされ始めていた。