【完結】狂い咲きオンスロート~殺し屋から少女になった男の殺戮願望~【第二部】 作:詠符音黎
「くっ! ここはさすがにっ!」
たきなは眉間に皺を寄せながら自分で上昇するために使ったロープにある昇降機を使って下のフロアに降りた。
666はそれを追ってロープを直接握る形で滑り降りてくる。
大きな音を立てながら床に着地した666は、たきなに向かって走ってくる。
彼女は一気にたきなとの距離を詰め、右ストレートを放って来た。
「危なっ!?」
すんでのところで回避するたきな。
彼女の顔面スレスレに666の拳が通り過ぎる。当たってもいないのに感じる腕力で、たきなは一撃でも喰らえば意識が消えてしまうのを理解した。
666は逃がすまいと今度は左の拳を素早く振るってくる。
無駄のない動きから繰り出されるパンチであり、普段のたきなならモロに貰っていたかもしれない。
だが今の彼女は最初の一撃をかわした事でとりわけ神経が研ぎ澄まされている状態が継続しており、紙一重で666の攻撃を避けられる目と感覚、そして動きができていた。
「ちょこまかと……!」
666がそう言って連続で拳を飛ばしてくる。
たきなはそれに当たるまいと動く事が精一杯で、一切攻勢に移れない。
「はっ!」
すると666はそのパンチの連続の中で急に足払いを交ぜてきた。見事なタイミングでの不意打ちである。
「うっ!?」
さすがにそれにはたきなもひっかかり足を掬われ転んでしまう。だが、ここでもまた彼女を運が救った。
たきなの背後には木箱があり、彼女はその木箱の縁に無理矢理とっさに両手を置き、腕力でのバネで横に跳ねて転がったのである。
刹那、たきなの顔が先程まであった位置、木箱の天面に666の腕が蓋を破壊して突き刺さった。
666はその腕を抜くのに一瞬手間取り、たきなはその間に取れるだけの距離――と言っても、二メートル程――を取った。
「今のは危なかった……!」
「まったく本当に素早いわね……命までは奪う気はないから大人しく私の手で眠ってほしいんだけど。別に数日ベッドで寝るだけよ」
「それのどこが“だけ”なんですか……!」
冷たく鋭利な表情で言う666にたきなは睨みながら叫んだ。
同時にたきなはその僅かなやり取りで感じる。徒手空拳では彼女に勝ち目はないと。銃を持った通常の交戦距離ならむしろ666の方が勝ち目のないカードであったが、近接格闘に持ち込まれた時点で完全に彼女のフィールドに追い込まれてしまったのだ。
たきなは己の迂闊さに苛つく。だが、同時に彼女は諦めていなかった。
悔やむ一方でたきなは考えていたのだ。この圧倒的不利の状況を覆す、唯一の手段について。そしてそのピースの一欠片を、彼女は既に持っていた。
――“アレ”を使えば、彼女を無力化できる。でも外せばそこで終わりだし下手に使おうとすれば逆に彼女に隙を見せる事になってやられる。スモークももうないし、なんとかあるもので彼女の方に隙を作らないと……!
たきなは奥歯を噛み締めながら、666から目を逸らさないようにしながらも何か役に立つ物はないかと視界を広げて探す。
だがあるのは中身がよくわからない木箱やコンテナだらけで役に立ちそうなものは見当たらない。
他にはせいぜい、先程の銃撃戦で穴だらけになってガソリンが漏れ出している軍用トラックがあるぐらいであり――
「――……そうだ」
たきなは小声でポツリとこぼす。
彼女は現状を打破するピースの一つを見つけたのだ。しかし、それは本当に成功するかはまさに賭けとしか言いようがない方法だった。
その賭けの内容はあまりに分が悪く、まともな人間ならベットしようとすら思わないだろう。
しかし、たきなはニヤリと笑った。
「いいでしょう、やってやろうじゃないですか……!」
そのたきなの顔にもちろん666も気づく。
「私に殴り合いじゃ勝てないのは分かってるだろうに、そんな顔ができるとはね。いいよ、だったらかかってこい。全力で相手してやる」
ぐっと屈んで今にも距離を詰めてこようとする666。
たきなはそれをしっかりと見据えながら、横に走った。行先は先程見つけたオイル漏れを起こしている軍用トラックだ。
「どこへ行こうとっ!」
たきなの走る方向に一瞬で迫ってくる666。だがたきなはそれに対処しようとはせず、カバンからあるものを取り出した。
それは、発煙筒だった。
「っ!? まさかっ!?」
666はそれまでたきなに向けていた走行の移動ベクトルを右足に一気に力を入れることで無理矢理反転させ後方に飛び退く。
それとほぼ同じタイミングで、たきなは発火させた発煙筒をガソリンの上に落とした。
結果は当然、液体のガソリン、さらに気化していたガソリンそれぞれに着火して起こる、爆発である。
「ぐうっ!?」
「ああああああっ!!」
666とたきなの短い悲鳴が響き、666は爆風で吹き飛んで床を転がる。
「うっ……!」
彼女は痛む体を押さえながらもそこからなんとか立ち上がり、たきながいた方を見る。爆心地となったそこは、激しく燃えるガソリンの炎と黒煙で包まれていてたきなの姿は確認できない。
「バカな……こんなのはただの自爆で犬死にでは……」
思ったことを素直に666がこぼしたそのときだった。
炎と黒煙の向こうから、あるものが見えたのだ。それは、ワイヤー弾を発射する特殊な銃の銃口、そしてなお命の輝きを見せるたきなの右目の眼光だった。
――軽い発砲音。
気づいたときには、666の体はぐるりとワイヤーが巻き付き、拘束によって動けなくなっていた。
その勢いに666はバランスを崩してしまい、尻もちをついてしまう。
「ぐっ!? 嘘っ!? そんなっ!?」
「……今度こそ私の勝ち、ですね」
炎の中から銃を片手で構え歩いてくるたきな。その服はボロボロで、頭からは多量の出血が起きている。
「……まさかもう一丁持っていたとはね。しかもそんな面白い弾が入ったヘンテコな銃を」
「ええ。相手が相手だったのであくまで予備でしたが、備えあれば憂いなしとはこの事ですね」
たきなは銃を下ろし、発煙筒と同じくカバンから取り出したガーゼと包帯で乱雑に止血する。
その姿を見て、666は純粋に驚きを疑問が混じった顔で言った。
「それにしてもガソリンを爆発させるなんて随分と乱暴な手段に出たわね。あんなの普通は死ぬわよ? 助かったのも運が良かっただけだと思うんだけど」
「ええ、かなり勝ち目の薄い賭けでした。ですがこうして勝ったのは私だからそれで良しです。どっかのバカの猿真似みたいにはなりましたが」
「良しって……なるほど、負けよ、悔しいけれどね。……はぁ」
たきなの言葉を受け、666は呆れと驚き、そして笑いが混じった顔で言って最後にため息をつく。
「……なんですか? そのため息は」
「いや、いつだか司令官の言ってた通りだって思っただけ。あのセカンドリコリスはまごうことなき狂犬だから、油断してると手を噛まれるぞ、ってね。なのにあなたのことすっかり舐めてたわね私」
「は? また黒花そんな風に私の事言ったんですか? 心外です。まったく人の事をどう見ているのか疑問が尽きません……。というか、あなたに犬とか言われたくないですよ。私が狂犬ならあなたは忠犬です」
たきなは両手を腰に当てながら半目を作って言う。彼女にそう言われた666は、一瞬きょとんとした顔になりながらも、すぐさま吹き出した。
「……ふ、ふふっ! ええ、そうね、私も人の事言えない犬っぷりね。じゃあさっきのはいわば犬の喧嘩ってところね」
「そうですね。ただ私達のような犬よりも厄介で面倒でバカな二人が今、大バカをやっているところですが」
釣られるようにたきなも笑う。先程まで険しい表情で戦っていた二人とは思えない柔らかい顔を双方していた。
「ええ……私への命令はあなたの足止め。でも、これぐらいやりあえば十分でしょう。行きましょうか、二人のところへ。私だって司令官の事は普通に心配だし」
「そうですね……。……と、待ってください」
たきなが666の拘束を解こうと小さなナイフを取り出したそのときだった。
炸裂音が上層から聞こえてきたのだ。それは間違いなく、666が設置したクレイモア地雷の爆発音であったのだ。
「今のは……!」
「ええ、どうやら大バカですら下回る三下達がやって来たようで」
爆発音の少し後、またバタバタを不揃いな足音とジャラジャラと重い装備を揺らす音が近づいてきた。
たきなは急いで666の拘束を解き、周囲を伺う。そして遠くに落ちていた彼女のM&Pを拾い臨戦態勢を取る。
「あなたの銃はっ!」
「いいよ、あなたの射撃で銃身に弾丸を食らった狙撃銃なんて信頼性が怖くて使えやしない。だから……」
立ち上がりそう言いながら666は拳をガツンとぶつかり合わせ、再び鋭い目つきになる。
「セカンドリコリス。あなたは私が相手に近づけるようにしてほしい。そうしてくれれば、みんな一撃で倒してみせる」
「……了解しました。あと、たきなです」
「え?」
たきなの言葉を聞き返す666。たきなは銃のマガジン、そして所持している残弾を確認しながら返す。
「だから、たきなです。井ノ上たきな。それが私の名前です。別にセカンドリコリスでもいいですけど一応伝えておきます」
「……分かった。じゃあ待ち伏せと行こうか、たきな」
ふっと僅かに口端を上げて言う666。
引き締めた表情で頷くたきな。そうして二人は上階からは射角の関係で撃たれず、かつ敵が降りてきてもすぐには発見できないコンテナの裏に隠れる。
「よし、あとは襲撃タイミングを待つのみ……」
息を潜めながら666が言い、たきなが無言で頷く。そうしているうちにセンチピードの構成員が上の通路にどんどんと現れる。
いつ戦闘が起きてもおかしくない状況、そんなタイミングであった。
それぞれの通信機に、無線通信が入ってきたのだ。
「黒花司令官……?」
「千束!?」
二人はそれぞれの相手に小声で答える。
『……なっ!?』
そして、お互いの相手からある言葉を伝えられ、彼女らは驚愕に顔を染めるのだった。