【完結】狂い咲きオンスロート~殺し屋から少女になった男の殺戮願望~【第二部】 作:詠符音黎
たきなと666は二人で必死に走っていた。
理由は当然、それぞれが受けた通信である。
それぞれの短く簡潔な、しかし様々な感情が通信機越しでも伝わってくるような声。彼女らはそれが、二人が戦い始める前の最後の言葉なのだとすぐに理解した。
故にたきなも666も敵兵を待ち伏せすることなく自ら進んで排除し、全滅させた今こうして走っていたのだ。
「できるだけ早く済ませはしたが、間に合うといいが……!」
「ええ! あの二人は今までの模擬戦だとずっと引き分けてきたと聞きます! なので、すぐにどっちかが倒れるなんて状況にはなっていないはずですが……!」
走ってみると意外と長い通路をじれったく思いながら進む二人。
そうして狭い道を必死に駆け抜けた彼女らはついに格納庫にたどり着く。
「千束!」
「黒花司令官!」
到着するやいなや叫ぶ二人。だがそこには二人が息を飲むような光景が広がっていた。
千束と黒花が、殴り合えるような距離で互いに発砲し、それを避け合っていたのである。
「こ、これは……!?」
たきなは今まで千束と黒花の模擬戦を見たことはなかった。
電波塔での戦闘も二対一の構図であり、直接彼女達が一対一で実力をぶつけ合うのを目の当たりにするのは初めてであった。
ゆえに、そのあまりのハイレベルさにたきなは二の句が継げなかった。
千束も黒花も目にも止まらぬ速さで相手を照準にとらえては発砲している。並の兵士ならそれで一瞬で片がつくだろうし、卓越した兵士でもかわせるか怪しい動きである。かろうじてたきななら戦えるだろうといったモノであった。
だが、目の前の二人はそれぞれの接射と言って差し支えない射撃を回避し、即反撃に転じている。
黒花が頭を狙えば千束はそれに対し髪を僅かに掠める程度に頭をズラして避け、次の瞬間には黒花の胸に向けて発砲する。それを黒花は上体を少し捻る程度の動きで避け、今度は黒花が千束の太ももを狙って撃つ。だが千束はそれをダンスのステップを踏む如く半回転してかわし、今度は千束が瞬時に銃を左手に持ち替え黒花の頭部を狙い腰の位置斜め下から曲芸の如く銃口を向けて撃つ。けれどもそれに対し黒花は顎を上げるように軽く後方に仰け反る事によって弾が顎先を通り過ぎていく。
このように黒花と千束はそれぞれに普通なら致命の一射になるだろう射撃を繰り返しているにもかかわらず、それを避け反撃するという応酬を延々と繰り返していたのだ。
彼女らの戦いはまるで一種の舞踏のようであった。リロードのタイミング、そしてスピードまで一緒なのがその印象をより大きくした。
また二人の相手に対する攻撃は射撃だけでは終わらない。千束も黒花も、不意打ちのタイミングで拳や蹴りを交えていたのである。
しかし、それもまた双方いなしていた。
千束が黒花を足払いしようとすれば黒花はそれを最小限のジャンプで避け、黒花が千束の頭を横から殴ろうと裏拳を飛ばせば千束はそれをその方向の片手で防ぎ掴んで投げようとする。もちろんその投げも黒花は脱けだし、そこからまたお互いの銃撃戦と殴り合いが始まる。
想像を絶する千束と黒花の戦い。
まさにそれは、お互いの癖と戦い方を知り尽くした者同士の決闘であった。
「……まさか、ここまでとは」
鬼気迫る彼女らの戦いを見て、666が圧倒されたのを隠すこと無くこぼす。
横にいるたきなもまた、コクリと固い動作で頷いた。
「はい。この戦いに私達が入る余地は、一切ありません。……悔しい事ですが」
眉をひそめながら言うたきな。
激しく続く二人の決闘。
延々と攻撃と回避を繰り広げていくその姿に、この戦いは永遠に終わらないのではとたきなと666が思う程であった。
だが、突如その戦いが動き始めた。
それは再びリロードのタイミングが重なったときの事であった。黒花がマガジンを取り出している一方で、千束はマガジンを取り出なかったのである。しかも、何かを取り出したわけでもなく、むしろ黒花に対して踏み込んだのだ。
「っ!」
黒花はそれに一瞬驚くも、すぐに後ろに下がりリロードを終わらせる。
そして銃口を千束に向け、千束の人工心臓の位置に向けて発砲した。そしてソレに対し、千束は回避行動を取れていないようにたきなには見えた。
「千束っ!?」
たきなは思わず叫ぶ。だが、そのたきなの目算は外れていた。
千束は回避を取れなかったのではない。あえて“とらなかった”のだ。いや、正確にはその表現も間違いである。
彼女は前進を止めず小さく屈むことによって銃弾が人工心臓に当たるのを避け、左肩の僅か下のあたりにその弾丸を受けたのである。自ら弾丸に当たりに行ったのだ。
結果、至近距離でM1911から発射された四十五口径ACP弾は千束の肩を貫通する。
その痛みに千束は顔を歪めるも、歯を食いしばり歩みを止めるどころか加速して黒花に距離を詰める。
「しまっ――!?」
「だああああああああああああああああああああああっ!!!!」
黒花が思わず出した声をかき消すように千束は叫び踏み込んで、黒花の顔面を思い切り銃を持ったまま殴りつけたのだ。
「がっ……!?」
千束渾身の右ストレートによって吹き飛ぶ黒花。
黒花はそのまま冷たく固い床に仰向けに落ち、持っていたM1911も衝撃で手離し床を滑っていく。そんな彼女の上に、千束は間髪入れずに馬乗りになり、そして片手で銃を向けた。
決着がついたのだ。
千束の勝利という形で。
「…………」
静寂に包まれる格納庫。誰も言葉を出す事ができず、ただ千束を仰ぎ見る黒花と、そんな彼女に銃を突きつける千束の荒い息遣いだけが響いていた。
「……負け、か。私の」
黒花が、ぽつりと漏らす。
彼女に銃を構えたままの千束の瞳は前髪で隠れて見えない。
「……うん」
「そうか……ついに勝敗、ついたのか」
「……うん」
「ああ……なら、思い残す事はないな……。なぁ千束……私の部隊を……ブラックブーケのみんなを……試験管から生まれた哀れな奴らの事を、頼むな」
「黒花司令官っ……!?」
黒花の言葉に666が大きく動揺した顔で叫ぶ。そこに普段の鋭利な雰囲気はカケラもない。
そんな666に黒花は今まで誰にも見せたことがないような優しい表情を向ける。
「悪いな、666。でもUSB渡したときからこの話はしてたろ。私が死んだらこいつらを頼れって」
「それは……ですが、ですがっ!」
「最初からこうなる
「そんな……! 私は、私達は、あなたのおかげでここまで生きて、仮初だった人格から、本当の自分というものを持てるようになってきたかもしれないっていうのに……! ここまで来て、あなたは私達を投げ出すんですか!? まだ、私が楽しめる無駄だって見つけられてないのに……そんなの、無責任、です……!」
最後には泣きじゃくりながら言った666。
そんな666に対し黒花は申し訳ないように眉をハの字にした微笑みを見せた。
「……悪い」
「だったら……!」
叫ぶ666だったが、その場から黒花を助け出そうと走り出す事はできなかった。
黒花の気持ちを、心を無視する事に踏み込む行為が彼女にはできなかったのだ。
「なあ千束、私の気持ちはとっくに分かってたんだろ? だから私が残したデータを素直に受け取った。まあ、簡単にはいかないだろうけどさ、そのなんだ、お前ならやってくれると信じてる」
「…………」
千束は答えない。ただ表情を見せずに銃をじっと構え続けたままだ。
「だからさ……お願いだ。私を、終わらせてくれ。もう一度、ちゃんと。それが私の、最期の願いだ」
「……分かった」
黒花は千束の言葉を聞いて、静かに目と閉じる。
再び生を受け、こうして愛する者に手をかけてもらえる喜びを噛み締めながら。
対して、静かに千束の指がトリガーにかかる。
「……千束っ! 駄目っ!」
たきなが叫び走り出そうとする。再び黒花を手に掛けたら、もう千束の心は耐えられない。なにより、こんな結末見たくない。そう思って。
しかし千束は、銃を――
「――って、誰がするかーいっバッカモーンッ!」
ばっと後ろに投げ捨てながら、大声で叫んだ。
「へっ?」
「えっ?」
「はっ?」
突然の言葉と行為に鳩が豆鉄砲を食らったような顔になる三人。
すると、その直後に千束のデコピンが黒花の額を襲った。
「痛っ!?」
「するわけないだろこの大バカっ! 勝手に一人で盛り上がってさぁ! あんたがそういう独りよがりでカッコつけな事考えてたのなんてとーっくにお見通しなの!」
千束は馬乗りのまま両手を腰に回して怒った表情で言う。だが、その顔は本当に怒っているというよりかは、いたずらな子供を叱るときのような顔つきだった。
「えっ、いや、でも私が生きてたらいろいろと面倒が……それにDAだって……」
「んなこと生きてればなんとかなるっしょ! それにDAも大丈夫! 黒花だけじゃなくてブラックブーケのみんなの事も一緒に楠木さんに話ついてるから!」
「……はぁ!? 冗談だろ!? あの楠木司令から!? 嘘ぉ!?」
大口を開けて驚く黒花。ついでに話を聞いていたたきなも驚いた顔をしていた。
「えっ!? そうだったんですか千束!? あっ! いつだか自分からDAに行ってたのってそういう……!?」
「イグザクトリィ!」
千束はしたり顔でたきなに指を指して言った。
そして再び黒花に顔を向けて自信満々に語りだす。
「いやー説得するの大変だったんだよ? でもやっぱあの人ってプライドより実利を取る人だからさー! 黒花が心を入れ替えてそんで一緒にいるメンバー全員でこれからDAに協力するなら特別に許してあげるってさ! 書面にサインもさせたし、しっかり録音して言い逃れできないようにしたんだけど聞く?」
「い、いや今はいいっす……」
スマホを取り出しチラチラさせる千束に黒花は思わず変な口調になって返してしまった。
だが黒花の懸念はそれだけではなかった。
「あ、いや、でもブラックブーケのメンバーにはそういう方向をヨシと思わない奴がいるかもしれんし……」
「大丈夫大丈夫! そっちもしっかりアンケート取って全会一致でオッケー貰ったから!」
「……えっ、そうなの?」
黒花はすっと666の方を見て聞く。
しかし彼女は目を腫らした顔でブンブンと手を横に振った。
「い、いえ!? 私はそんな話は今初めて聞いたんですけど!?」
「――そりゃそーでしょー。だって666に言ったら絶対口を滑らせてたもーん!」
すると666とたきなの背後の出入り口から突如明るい声が聞こえてきた。
そこにいたのは明るい笑顔でブロンドカラーをしたサイドが長いミディアムアップな髪をした琥珀色の瞳の少女である623、そしてその隣にスカイブルーのストレートロングで紫色の片目を隠した少女の716が気持ち暗めな面持ちでよそ見をしながら立っていたのだ。
666に言葉をかけた方の623はひらひらと手を振りながら、その後ろで716が下を見ながらたきな達のところに歩いてくる。
「シ、623!? それに716も……あなた達は知ってたの!? というか、いつから後ろに!?」
「んーしっかりとちーちゃん達と連絡取ったのはちょうどドローンで分断されてピンチー! ってなってたときだねー。そんときクーちゃんから連絡あって『うおっこのジャミングの嵐な状況で連絡取ってくるとかすげー!? ウィザード級すらびっくりじゃーん!?』ってなって、んでそのあとお話聞いてみんなにアンケートって感じかなー」
「あのタイミングだったんですか……また人に黙ってこっそりとやって……ていうか、そのちーちゃんとクーちゃんっていうのはもしかして千束とクルミの事ですか……? また随分と馴れ馴れしいですね……」
「うちの623がごめん……」
顎に指を当てながら思い出すように言う623に対し、頭を抱えた後じっとりとした視線を向けるたきな。そしてそんなたきなに666がペコリと頭を下げる。
「あっ……で、わ、私達が後ろにいたのは……し、司令官がやられて、湿っぽい空気出し始めたあたり……かな……正直さっと出てっても、よかったんだけど……な、なんか、666もすっごい盛り上がってたから、コレ、こっそり録画したら、面白いだろうなって……ふ、フヒヒ……」
そう言って716がニタニタしながらスマホを出す。そこには背後からさっきのやり取りがしっかりと録画されていたようだった。
「なっ!? ななななななな……!? ……こっ、壊すっ! そのスマホ今すぐぶっ壊してお前も殴ってやるうううううううううっ!」
「おっ、落ち着いてください! あなたが感情に任せてそのゴリラパワーで全力で殴ったらそれこそ洒落になりませんから!」
「誰がゴリラだああああ! がああああああああああああっ!」
腕を振り上げて興奮して突進しようとする666を羽交い締めにしてなんとか制止しようとするたきな。
その様子を悪い笑みで716と623が見ている。
「そうそうやめときなってぇ! それにもう手遅れなんだよねー! その録画はもうアタシの端末経由して秘密のクラウドにアップロードしたしコピーも取りまくってクソ固いパスワード付きでダークウェブに分散させたからもう一生消えないコンテンツになりましたー! ま、個人で楽しむ範疇に抑えとくから安心しなってー!」
「うっ、ううっ……うごおおおおおおおおおおおおおおっ……!」
「……お気持ち、お察しします」
たきなが拘束を解くと共にこれまでになく苦悶の声を上げながら床に丸まるように頭を抱える666。その肩をたきなはとても同情した様子でポンと叩いた。
「ま、まあ……666の爆笑動画は……と、ともかく……」
「爆笑動画言うなあああああ……!」
「ひえっ……! ……う、うんまあ……私達はみんな、身柄が保証されて、司令官もやってけるなら、なんも問題ないって感じ、なんだよね……フヒ……なんか、戸籍と名前もしっかり、用意してくれるとか、なんとか……」
「もちろん! クルミとそこの623ちゃんが二人で協力してそういうプログラム作ったりハッキングしてやったんだってさ。さすがですぜスーパーハッカーコンビ!」
「へへーん! 凄いでしょー! まあこの国のネットセキュリティなんて永久フリーパス付きかよってぐらいにガバガバだからマジチョロチョローんって感じだったけどさ!」
「戸籍有りって私達リコリスより待遇良いじゃないですか……いいんですかそれ……あとその制作に関しては千束はなんも偉くないですからね」
自慢げな顔で腕を組む千束と623にまた呆れ顔をより深くするたきな。
一方で黒花は未だ驚きの中にいるのが丸出しであった。
「……どうしてだ? どうして、そこまで……」
「そんなの決まってるじゃん。私が黒花と一緒に生きたいと思ったからだよ」
ふと出た黒花の言葉に、今度は本気の怒りが混じっている顔で千束は言った。
「あのさぁ、誰が好き好んで家族を……いや、愛してる相手を二回殺したいって思うやつがいるのさ?」
「……千束」
黒花は千束の「愛してる相手」という言葉にまた驚く。一方で、千束の顔つきはふっと優しさにあふれる柔和なものになっていた。
「黒花、言ってくれたよねあのとき。私のこと『愛してる』って。それでさ、その後気づいたわけよ。私にもおんなじ気持ちがあるってっことにね。でもそれは後の祭りだったわけなんだけど……でもこうして黒花は戻ってきてくれた。だから、私はもう二度と間違いは起こさない。そう決めたの。そのためなら、私はなんだってやってやる。お前と一緒にいるためなら世界だって敵にしてやるぜぃ」
千束はそう言って黒花の上から降り、きりりと澄ました顔で立って黒花に右手を差し伸べる。
「だからさ、黒花も頑張ろうよ。殺人衝動があろうとなんとかやっていけるって。私だって黒花に教えられた、そういう人だっているって事を。でもそれでも言う。私と黒花は、一緒に生きていけるって。殺すために銃と取る人間と、活かすために銃を取る人間が同じ場所にいれないなんてそんなのは決めつけだよ。逃げだよ。だからさ……黒花」
千束はそして、確固たる意志を感じる強い笑顔で言った。
「私と一緒に、生きよう」
差し伸ばされた手。千束の顔。それを見比べ、黒花は――
「――はっ、ははははははははははははははっ……!」
大声で笑った。目元を左手で覆って、笑った。
「まったく! ああ、負け負け! 私の負け! 完敗だっ……! さんざんバカだバカだと罵られたわけだけど、本物には勝てないよ! 返してもらうどころか一生かけても返せない借りができちゃったよ! ははっ! はははっ……!」
笑い続ける黒花。だが、その隠されている瞳からこっそりと一筋の涙がこぼれていた。
それは本人すら気づかない、おとなしい雫であった。
そして黒花は覆っていた手をまた横に投げ出す。下の表情には、いつもの不敵な彼女の笑みがあった。
「ああいいさ。乗ってやろうじゃないか。でも油断するなよ? 私はまたいつ気が変わってやらかさないとも言えんぞ?」
「大丈夫。そのときはまた私がぶん殴ってやるから」
「はっ、言うじゃないか。なら私は今度はうまく避けてカウンターをお見舞いしてやるよ。私のベアトリーチェ」
二人はニヤリと口角を上げる。そして、黒花は上体を起こし、千束の手を取った。
空の曇天はいつしかすっかり晴れ、ヘリの音が船に近づく中で東京の市街では見られないような満点の星空が輝いていた。
次回が第二部最終回となります。