【完結】狂い咲きオンスロート~殺し屋から少女になった男の殺戮願望~【第二部】 作:詠符音黎
――十年後。
「いらっしゃいませー! 喫茶リコリコへ!」
十年の月日を経て健康的に育った千束の明るい声が喫茶リコリコに響き渡る。
「やっ、千束ちゃん! 今日も来たよー」
「どうもどうもー! おじさんも物好きだねぇ、ささ、こちらの席へどうぞー」
赤色の着物を着た千束が中年の客をカウンター席に案内する。
カウンターの向こうにはそれぞれ紫の着物を着たミカと若草色の着物を着たミズキもいる。
「それで、今日は何にします?」
「うーん、それじゃあパフェで」
「はーい! パフェ一つ入りまーす!」
「あいよー」
千束に答えるミズキ。
一方で、客は店内をチラチラと見る。
「アレ? 今日はいないのかい? 黒花ちゃん」
「私を呼んだか?」
客の言葉に反応して店の奥から出てきたのは、おぼんを持ち黒い着物を着た黒花だった。
黒花もまた、十年の時の流れで大きく成長していた。
身長は千束よりも頭一つ分大きく、長かった銀髪を後ろで軽くまとめながらも前髪はゆらゆらと揺らしている。目は切れ長で、紅の瞳をより一層際立たせている。顔は端正に整い、中性的な美人になっていた。
また、胸は豊満に育ち、着物の下からこれでもかと自己主張している。
誰が見てもスタイルのいい美人、それが今の黒花だった。
「やあおじさん、また来たのかい? リピーターになってくれるのは嬉しいけれど、サイフは大丈夫なのかい?」
「ははっ、大丈夫大丈夫! この前競艇で大勝ちしてね! 今はあぶく銭でいっぱいなのさ!」
「まったく……ギャンブルもほどほどにしないとダメだぞ?」
黒花は困ったように笑う。
その顔がまた綺麗で、客は顔を赤らめる。
「は、ははは! そうだね! 黒花ちゃんがそう言うなら、そうするかねぇ! ははは!」
「はいパフェ一丁ぅー」
そこにミズキがパフェを運んでくる。
どこかつまらなさそうな顔だ。
「おっ、ありがたい。それじゃあいただくとするかね」
そうして客はにんまりとした笑顔でパフェをつつき始める。
黒花と千束は、そんな客に苦笑いしながらもその場を離れ裏に回る。
「いやー黒花も人気だねぇ」
「そういうものかな」
「そういうもんだよー! あのお客さんも黒花目当てだし、うちの売上に大きく貢献してるよー黒花は!」
「それならいいがな。私はどうも接客は苦手だ」
肩をすくめながら笑う黒花。
彼女のそんな姿に、千束は「そんなことないってー」と言いながら手を横に振る。
「黒花はそつなくやってるよー。そのぶっきらぼうな口調も一部のお客さんに大ウケだしねー」
「そうなのか?」
「うんうん! ボーイッシュなかっこよさっていうかなんていうか、そういうのが受けてるからね、黒花は! あ、口調と言えばいつの間にか黒花、一人称が俺から私になったよね」
「そうだな……この体でもう十年は経つから、自然とな」
「この体?」
「ああいや、なんでもない。こっちの事だ」
黒花は少し慌てながら言う。その彼女の姿に、千束は頭に疑問符を浮かべながらも「まいっか」と笑顔に戻る。
「それにしても平和だねぇ。この平和が長続きしてくれればいいんだけど――」
と、千束がそんな事を言ったそのときだった。
近くの壁にあった電話が鳴り響き、それをワンコールで黒花が取る。
「はい、こちら喫茶リコリコ――」
そして、少しして受話器を千束に向けた。
「千束、楠木司令からだ」
「平和が破られた」
千束は少し不満げな顔をしつつも、受話器を取る。そして少し話をした後に、受話器を壁にかけて言った。
「ごめん黒花、お店頼む。急な仕事きちゃった」
「あいよ、お前当ての仕事なら、私に出番はないだろうしな」
軽く笑い答える黒花。
そんな彼女にさっと頭を下げたあと、バックヤードで赤いリコリスの制服に着替え、出ていく千束。
そんな千束の後ろ姿をミズキがチラ見して言う。
「何ー? 仕事ー?」
「そ。私じゃなくて千束当てのな。つまり、人殺しをしない方向の仕事」
「でしょうねー、そこはきっちり分けて連絡するもんねーDAも。ま、それはそれとして黒花、あんたもこっちでちゃんと仕事しなさいよねー、お客さんの相手よろしく」
「はいはい、まったく接客は苦手って言うのに」
黒花は苦笑いしつつも表に出ていく。
そして、店内で楽しく談笑している客のところへ向かい、その輪の中に入っていくのだった。
◇◆◇◆◇
「ふぅ……」
黒花は帰り支度をしていた。
その日は結局閉店ギリギリまで千束は帰ってこず、ほとんどのリコリコの仕事を黒花がすることになった。
千束が戻ってきた頃にはもう客もおらず、店じまいをしているところだった。
「いやー本当にごめん! 相手がなかなかにしつこくてさー!」
「へぇ、千束がそこまで苦戦するんなんて珍しいね。どんな相手だったんだ?」
「いやーこれが結構な人数の集団でさー、一人一人はそこまでじゃなかったんだけど、とにかく数がねー」
着物から黒の下着姿になり、大きな胸を揺らす黒花は、そんな千束の話を聞き、うなずいていた。
「ああ、一人で多人数を相手するのは面倒だよな。ま、お前なら弾全部避けられるしその面倒も他よりは楽だろうけれど」
「もうー意地悪言わないでよー大変だったのは本当なんだから」
「はいはい」
軽く笑いながら黒花は千束と同じ赤いリコリスの制服に着替える。マーダーライセンスとも言えるリコリスの制服だ。
「ま、こなせたならそれでいいだろう。今日は客も少なかったし、特に問題はなかったよ」
「そっかー、それなら一安心……」
「…………」
「…………」
「…………?」
と、そこで急に千束が顔を赤らめもじもじし始める。その様子を不思議に思った黒花は言った。
「なんだ? トイレにでも行きたいのか?」
「違うよー! その、ね……ハイ、コレ!」
すると千束は急にカバンから小さなラッピングされた小包を渡す。それは明らかにプレゼントだった。
「え? 千束……?」
「そ、そのね! 黒花、今日確か誕生日だったでしょ? まあ私達リコリスの誕生日はDAに来た日って事だからちょっと違うけれど……まあ誕生日でしょ! だからね、これ。お祝い」
「……いいのか? こんな私に」
「いいに決まってるじゃん! だって黒花は、ソリも合わないとこもあるけど、なんだかんだ同じ目標を持って十年一緒にいたわけだし、その、なんていうかさ、姉妹みたいに思ってるからさ……だからさこれ、貰って欲しいなって」
「……千束……ありがとう」
黒花は柔和な笑みを千束に向ける。千束は、そんな黒花の笑顔にエヘヘと照れ笑いをする。
「さっそく開けても?」
「う、うん。いいよ」
黒花は包みを開き、中の小箱を開ける。すると、そこに入っていたのは赤い髪留めだった。
「これは……」
「うん、黒花さ、髪長いじゃん? だから、髪留めあったほうが便利かなーって。ほら、赤だから私のリボンとおそろい。いいでしょ」
「……ああ、素敵だよ。ありがとう千束、さっそく使わせてもらうよ」
そう言って黒花は髪留めを左の前髪につける。
「どう? 似合うかな?」
「うん! とっても! いやーさすが私! ナイスセンスぅ!」
「はは」
自慢げに言う千束に、黒花は笑う。穏やかな空気が、更衣室に流れるのだった。
◇◆◇◆◇
深夜、とあるホテルの個室。
そこで、一人の太った男が全裸で倒れていた。
首元には、赤黒く細い跡。それは絞殺された跡に他ならなかった。
そして、その直ぐ側のベッドには、下着姿の黒花が座りながらソックスを履き直している姿があった。
「まったく、男というのはどうしてこうも性欲に頭を支配されやすいのか……ま、そのおかげで『仕事』がやりやすいのはこの体に感謝だな」
そう言いながら服を着ていく黒花。
そしてスカートを履き終わったところで、側に置いてあった“仕事用”の電話が鳴り響く。
黒花はまだ上を着ていない状態で、その電話を取る。
「はい、もしもし。……ああ、お前か。私の方はうまくやったよ。これで、裏社会での武器と金の巡りはより良くなる。それにしてもだ、お前、ヘマをしただろう。せっかく私が教えてやったのに、結局取引の場をDAに感づかれたな。そういうヘマをされると困るんだよ。あまり無能を見せると、今度はお前の命が危ないということを知っておくべきだな。……ああ、そうだな。大丈夫だ。私自身は勘付かれてない。私がDAの情報を裏に流している獅子身中の虫であること、個人で殺しの仕事をしている事はな……」
言いながら、黒花はニヤつく。千束と話しているときとはまた違った、邪な笑みを。
「ああ、ああ。そうだな。そろそろ大型の取引をしても良い頃だ。大丈夫、DAに偽の情報をつかませる準備はしてある。ウォールナットって知っているだろ? あれに電波妨害を頼むつもりさ。ああ、DAには私から偽の取引を掴ませる。たまには、そろそろ自分のところのAIを疑ってもいいころだよ、DAは。じゃあな、お互い、うまくやろう」
そこまで話すと、黒花は電話を切った。そして電話をカバンに入れると、途中だった着替えに戻る。
ふと、手が止まる。それは千束からもらった髪留めを手にしたときだった。
彼女はそれを見て微笑む。
「さあ千束、そろそろだ。もうそろそろ、時が満ちる。そのときが来たら、存分に楽しもうじゃないか。私とお前の、一世一代のゲームをな」
そこまで言って、彼女は髪留めを再びつけ、タバコを取り出して火をつけたのだった。