【完結】狂い咲きオンスロート~殺し屋から少女になった男の殺戮願望~【第二部】 作:詠符音黎
「さて、そろそろか……」
街にいくつか存在する、黒花のセーフルームの一つ。
紫煙漂い、灰皿と最低限の衣食住を満たす用品、そしてテレビだけが置かれたその部屋で黒花は腕時計を眺めていた。
彼女の時計は朝の六時を示している。
それは、彼女が仕組んだ『取引』の時刻だった。
DAに掴ませた偽情報でリコリス達は見当違いの取引現場を襲撃する。その間に黒花の指示した取引は無事成立する。
そういう算段だった。
――Prrrrrrrr……!
そんなときだった。黒花の“私用”の電話が鳴り響いた。
黒花は電話を取る。
「もしもし」
『あ、黒花ー? 私、千束ー!』
電話の相手は千束だった。
心なしか息が荒い気がする。
「ああ千束、どうしたこんな時間に?」
『うんそれがねー? 急な仕事が入ってさー、朝の開店準備悪いけど先にやっててくれない?』
「ん? ああ、それはいいが……」
そこで黒花はピンと来る。千束の急な仕事とは、黒花のしかけた偽取引の事だと。
手筈では凄腕ハッカーのウォールナットにDAとリコリスの現地部隊の通信を途絶させるように指示してある。きっと、その煽りを受けて千束が出動しているのであろう。
それが黒花の一人での開店準備に繋がったと考えると、彼女はなんだかおかしくて吹き出しそうになる。
が、ここで吹き出しては千束に妙だと思われかねない。
ありえないだろうが、ここからしっぽを掴まれるかもしれない。
そう考えて、黒花はぐっと笑いを堪えた。
「ま、そっちはそっちで頑張ってくれ。こっちはこっちでやっておくから」
『ありがとー! それじゃ!』
そこでぷっつりと電話が切れる。
「ふっ」
そこで黒花は軽く笑い、開店準備までの時間をタバコを吸って過ごすのだった。
「はいみなさん注目! 彼女が今日から私達の新しい仲間になる、井ノ上たきなちゃんです! はい拍手ー!」
「井ノ上たきなです。よろしくお願いします」
「お、おう……」
翌日。
さすがの黒花も驚いていた。
なんと、リコリコに新しくリコリスが増えることになったのだ。
どうにも話によると、目の前にいる黒髪長髪のセカンドリコリス――井ノ上たきなは先日の偽取引でミスをし、ここにやって来たらしい。
いわゆる左遷である。
――相変わらず、臭いものには蓋をする体質なようで。
黒花は口には出さなかったものの、内心そう思った。
「どうも、はじめまして」
と、そんなことを考えていると、たきなが黒花に話しかけてきた。
「ん? ああ、はじめまして、たきなさん」
「はい。あなたは……」
「私は黒花。平等院黒花。そこの千束と同じく、ファーストリコリスだよ」
「あなたもファーストリコリスなんですね! よろしくお願いします、黒花さん!」
たきなは大きく頭を下げる。
第一印象は、礼儀正しい子、というものだった。
「ああ、黒花でいいよ。どうせ呼び捨てでいいって千束から言われているだろ? なら、私も呼び捨てでいい。私だけ“さん”付けなんて気持ち悪いしね。その代わり、私も呼び捨てにするよ」
「はい、分かりました黒花」
「おお、順応早いねぇ」
黒花は笑った。
この子も千束ほどではないが面白そうだと、そう思った。
「それじゃあ仕事の説明なんだけど――」
「――はい、暗殺ですか? 警護ですか? 巡回ですか?」
「ああ、そうじゃなくてお店のね?」
挨拶を終えたたきなに千束が言い、返してきたたきなの言葉に千束が困惑している。
どうやらたきなは、根っからのリコリスらしい。
そんなたきなに、黒花は言う。
「ああ、たきな。そんな肩ひじをはらなくていいぞ、ここでは。確かに私と千束はファーストリコリスだが、DAから自分で離れている不良リコリスでもある。敬意を払う必要なんて、まったくないからな」
「ちょっと黒花ー! まったくないってことはないんじゃないのー!?」
「少なくともお前にはないよ」
「なにぃー!?」
口を膨らませて抗議する千束。彼女をニヤついた目で見る黒花。
そしてその二人を少し呆気にとられた様子で見るたきな。そんなたきなに、ミカが近づいて来て言う。
「ま、こういうところだ。お前も気を楽にして、早く慣れるといい」
「は、はあ……」
困惑するたきなを前に、千束と黒花は軽口を交わし合っていた。
◇◆◇◆◇
「それじゃ、お仕事行ってきます。いくよ、たきな」
「はい!」
それからすぐの夜、二人は仕事の依頼が訪れその仕事をこなすこととなった。
DAからではなく一般からの依頼で、警護任務だ。リコリコでは一般からも依頼を受けている。
「……あの」
と、リコリコを出ようとしたたきなが不思議そうな目でリコリコのカウンターに座っている黒花を見る。
黒花はその視線に気づき、言う。
「ああ、私は基本千束とは一緒に仕事をしないんだよ。私は、基本ソロでの仕事がメインなんだ。だから、千束からゆっくり仕事の事を教わるといい」
「……はい、分かりました」
たきなはよく事情を理解していないというような顔で外に出ていく。
そしてリコリコには、黒花、ミカ、ミズキの三人が残る事となった。
「……大丈夫かね、あの新人は。千束の不殺スタイルに面食らわなきゃいいけど」
黒花は自分で用意したカフェオレを飲みながら言う。
「ま、なんとかなるでしょー。誰だって千束のスタイルには最初びっくりするけど、そのうち慣れて感化されていくのが流れなんだから」
「それもそうか」
酒を飲みながら言うミズキの言葉に、黒花はフッと軽く笑いながら答える。
カフェオレはアイスで、ちょうどいい味がした。
「逆に、お前には感化されんほうがいいかもしれんな」
と、ミカがカウンター奥から現れて、黒花に言った。
「おいおいひどいこと言うじゃないか。私が新人育成に悪影響だって?」
「まあな。お前のスタイルは敵をすべて殺すスタイルだ。私はそれを否定するつもりはないが、今のたきなに必要なのは千束の生かすスタイルだと思っている。だから、しばらくはあの二人だけで仕事をやらせるつもりだ」
「へぇ、私はお払い箱?」
「そんなつもりはない。むしろ、リコリコで必死に働いてくれ」
「あいよ」
残ったカフェオレを啜りカップを空にしながら答える黒花。
そんな彼女に、ミカからの視線が刺さる。
「……どしたのさ、先生」
「……いや、スタイルはともかく、お前も千束にずいぶん感化されたと思ってな」
「私が、千束に?」
それは少し驚きの言葉だった。彼女にとってはそんな自覚はない。むしろ、彼女の目的は今まで一切ブレていないと思っていた。
「へぇ、どういうところが?」
なので、黒花は聞いた。純粋に興味があった。どこらへんが自分が千束に感化されたというのか、それを知りたかった。
「……秘密だ」
だが、ミカは答えてくれなかった。彼はプイと後ろを向き、カウンターに置いてあった黒花のカップを奥の台所へと運んでいった。
「おい、ちょっと! ……そりゃないって」
まるでごちそうを目の前でお預けを食らった気分だ、と黒花は思った。
と言っても、今まで彼女は生前も含めて食で大きな喜びを感じた事はないのだが。
「ふふふ、代わりに私が教えてあげようか? あんたは――」
「――いや、いい。ミズキから聞いても多分見当違いの答えしか帰ってこないから」
「なんだとー!?」
憤るミズキを尻目に、黒花はリコリコの外へと出ていく。
「あ、ちょっと何処へ行くのよー!」
「外の空気を吸うだけだよ」
黒花は外で空を見上げる。夜空には都会の電光に負けじと星が瞬いている。
そこで再び思い出す。先程のミカの言葉を。
「私が千束から影響を? そんなこと――」
ありえないと言おうとして、言えなかった。
彼女とずっとそばにいて、影響がなかったかと言われると、あったかもしれないと思うほどに、彼女は自分が柔らかくなっているのを自覚するところがあったからだ。
錦木千束。
彼女はまさに太陽だ。周囲の人間を満遍なく照らす強烈な光。
それは、影である自分も同じなのだろうと、黒花は思った。
でも、だからこそ――
「私とあいつとは、対極でいなくちゃならない。そのために、私は私の目的を完遂する」
黒花は夜空に右手を伸ばし、握った。
彼女のその思いが、やがて千束という太陽に大きな影を落とすことを、今はまだ誰も知らない……。