【完結】狂い咲きオンスロート~殺し屋から少女になった男の殺戮願望~【第二部】   作:詠符音黎

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9.Hacker

「ウォールナットが狙われている?」

 

 リコリコ閉店時間からしばらくした夜。黒花はいつものセーフハウスで“仕事仲間”からそう連絡を受けた。

 ちなみに今の彼女はシャワーを浴びたばかりであり、ショーツ一枚で首にタオルをかけている状態であった。

 彼女はベッドに腰掛けながらまだ湿った耳を電話にかざす。

 

「相手は? ハッカー仲間? なら知ったことではない、放っておけ。確かに私達はあいつとビジネスをした。だがそのビジネスは終わった。なら、私達が関わることじゃない。……ああ、そうだ、この前の仕事先、素人の写真に撮られていたのを独断で消しに行ったな? あれほど独断行動はやめろと言ったはずだぞ。おかげで逆に注目を引いた。おそらく、その写真のデータを元にDAがそっちの周囲を嗅ぎ回るだろう。最悪、私に火の粉が降りかかるかもな。……でもじゃない。いいか、これからは私の許可なしに独断で行動するのは止めろ。今度そんな勝手な真似をしたら……分かってるな? それじゃ」

 

 黒花はそれだけ話すと、電話を切りブラジャーをつけ、服を着る。

 

「それにしても、身内同士の争いか。醜いものだな。……って、私が言えたことじゃないか」

 

 DAにいながら犯罪行為を行っている自分の事を思い、黒花は自嘲した。

 

「ま、私には関係のないことだ。せいぜい生き残る努力をするといい、ウォールナット」

 

 彼女はそのまま、髪を乾かしながらタバコを吸い、眠るまでの僅かな間一服するのだった。

 

 

「ハッカーの護衛任務ぅ!?」

 

 翌日、黒花は店の裏で聞かされた話に思わず聞き返してしまった。

 

「うん。なんでもウォールナットっていう超凄腕ハッカーさんが国外逃亡したいから手を貸して欲しいんだって。もう前金もたんまり貰ってるとか」

「はー……」

 

 黒花は思わず声を上げた。

 運命のいたずらかと思うめぐり合わせに、軽くクラっと来てしまった。

 

「どうしたんですか? 黒花」

 

 そんな黒花の顔をたきなが覗き込む。

 ――しまった、つい顔色に出してしまった。

 

「ああいや、ウォールナットって言えばこの国でも伝説級のハッカーだろ? そんなハッカーから依頼が来るなんて、ずいぶんとウチも有名になったもんだと思っただけだよ」

 

 なので黒花はとっさに嘘をついた。

 さすがに苦しいかと思ったが、二人は納得したような顔をする。

 

「へぇー黒花ってそのウォールナットの事知ってるんだ。そんな凄い人なんだねぇ」

「私も知りませんでした。黒花は博識ですね」

「お、おう……」

 

 案外すんなりいって良かった。黒花は内心ほっと胸を撫で下ろす。

 

「で、どんな人なの? そのウォールナットって」

「え? ああなんでも三十年以上何度も殺されては蘇りをしてきた日本最高峰のハッカーだとか……」

 

 黒花は裏社会で一般的に知られているウォールナットの情報だけを伝える。

 それ以上のことを伝えたら逆に怪しまれると思ったからだ。

 

「うへーすげー、そんなハッカー、映画の中だけかと思ったよ」

 

 千束は感心するように言う。

 

「任務を受けた以上は完遂します。それが、ここでの私の仕事ですから」

 

 一方たきなは真面目にリコリスとしての返答をしていた。

 それからすぐ、二人は任務へと向かっていった。

 リコリコには黒花とミカが残される。なぜかミズキはいなかった。

 

「あれ、先生。ミズキは?」

「ああ、実はな、今回の仕事はちょっと仕込みがあってな。それに、あいつが一枚噛んでるのさ」

「……?」

 

 黒花は笑いながら言うミカの言葉に少し頭を傾ける。

 

「まあいいや。それじゃあ、二人で店を?」

「いや、私も少ししたら出ていく。留守番頼んだぞ、黒花」

「留守番? まあ、別にいいが……」

 

 なんだか自分だけ仲間外れにされているような感覚を少しだけ味わう黒花。

 その後、夕方になったら本当にミカは店を出ていってしまった。

 

「……ったく、なんなんだか」

 

 仕方なく店のカウンターで一人佇む黒花。

 そんな彼女達の前に、千束達が全員揃って帰ってきたのは、夜になる直前だった。

 しかも、一人の幼い少女を連れて、である。

 

 

「へぇー、この子があのウォールナット……」

 

 黒花はまじまじと店の裏で目の前の押入れの中で座る少女を見つめた。

 彼女は確かにウォールナットに仕事を依頼した。だが、その正体までは知らなかった。

 ゆえに、その少女がウォールナット――名をクルミと言うらしい――だということは、純粋に驚きであった。

 

「そんなまじまじと見るな、僕は珍獣じゃない」

「リスがアイコンの癖に」

「それとこれとは話が別だ」

 

 ミズキに茶化されながらも、クルミは言う。

 

「悪かったよ。改めて、私は黒花。平等院黒花だ。よろしくな、クルミ」

「ああ、よろしく黒花」

 

 黒花の笑みに、クルミはぶっきらぼうな表情と声で答える。

 あまり対面での人との会話に慣れていないような印象を黒花は受けた。

 

「にしてもさー、やっぱあの千束の泣き顔をすごかったなぁ。ねぇ黒花、見る? 千束の泣き顔、見る?」

「え? 見たい。見せて」

 

 横でミズキがスマホを振りながら言った言葉に、黒花は飛びつく。

 それを阻止しようと手が伸びてくる。当然、千束の手だ。

 

「あーダメダメダメ! あんなのドッキリみたいなもんだしズルでしょズル! コラ! 黒花も乗らないのー!」

 

 わちゃわちゃと戯れる三人。その一方で、たきながため息をついているのを、黒花は聞き逃さなかった。

 

「もうまったく、油断も隙もあったもんじゃない……あ、それでさークルミー」

 

 スマホを奪取した千束の興味はクルミに移る。

 その合間に、黒花は聞いてみることにした。

 

「……不服だったか? 今回の任務」

「黒花……ええ、今回の任務、私達がしっかりと二人で任務に当たり、対象を処理していれば済んだ話です。それなのに、なぜ千束は……」

「……ま、お前の気持ちは分かるよ。でもな、それが千束って奴なんだ」

「だから、諦めろと?」

 

 たきなが不満げな表情で聞く。それに、黒花は首を横に振って答える。

 

「いんや。ただ、千束と対等になりたいなら、選ぶ事だな」

「選ぶ、ですか?」

「ああ。千束と同じ道を歩むか、徹底的に相対する道を歩むか、をな」

「……黒花は、どちらを選んだんですか?」

「私か? 私は……」

 

 そこまで言い、黒花はたきなの口元に人差し指を当て、言った。

 

「秘密だ。今はまだ、な」

「…………」

 

 たきなは黒花の答えに納得していないような表情を浮かべる。だが、黒花はそんな事は気にしなかった。

 今の自分の心のうちは、決して誰にも明かさない。

 それが黒花の今の守るべき秘密の一つだったからであった。

 

「おーい、千束ちゃん、黒花ちゃん」

 

 と、そんなときだった。

 カウンターから、声が聞こえてきたのだ。

 

「ん? あ、ヨシさーん!」

 

 千束が明るい声で出迎える。

 そこにいたのは、最近来るようになった吉松シンジという男性客だった。

 

「お、ヨシさんじゃないか。どうも、いらっしゃい」

 

 黒花もまた、笑顔で迎える。

 

「ごめーん今こっちちょっと立て込んでて! 黒花相手おねがーい!」

「はいはい、ということでヨシさん。私で悪いね」

 

 千束はクルミとのやり取りで忙しく、表に出てこられないようだった。

 なので、代わりに黒花がシンジとミカがいるカウンターにいく。

 

「それでヨシさん、ご注文は?」

「わざわざカウンター前にいるのに注文を取るのかい?」

「それが仕事なもんで」

「ははっ、勤勉だねぇ」

 

 そう言って笑い合う黒花とシンジ。そこにミカがシンジの前にコーヒーを置く。

 

「あ、先生。そうやって先んじて出すから私の仕事がなくなるんじゃないか」

「いいじゃないか、楽で。お前も裏に行ってきたらどうだ? あっちのほうが賑やかにやってるぞ」

「……なるほどね」

 

 黒花は言外に二人にして欲しいという雰囲気を感じ取った。

 故に、黒花は「それじゃ、私は千束達にちょっかい出しにいきますか」と言いながらその場を去る――

 

「……ミカ、あの子と今どんな仕事をしている?」

 

 ――フリをした。

 黒花は直ぐ側で二人の会話を盗み聞きした。

 それは、ほんの好奇心からだった。

 だが、そのシンジの言葉から、そして黒花の長年の殺し屋としての経験から、悟る。

 シンジが、ただの客ではないことを。

 

「……ふむ、きな臭くなってきた」

 

 二人の会話がかすかに聞こえる直ぐ側の裏で、黒花は一人呟くのだった。

 

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