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薄暗い坑道のような、ただし、坑道より縦も横も広いその通路で、しょぼくれた外見の中年親父が絶叫している。
親父の名前は鍋川良助。
登録探索者名は『ナベッチ』。
今年41歳になる中年探索者だ。
ナベッチの眼前では身長3メートル近い巨大な大男が両の腕を振り回しながら暴れている。
「よ、陽平くん!どどどうしたらいい!?」
『大丈夫だ、ナベッチ!屈んで!坑道大鬼は上下の移動が苦手なんだ!』
「わかった!」
ナベッチは“陽平君”の助言に従って、ぐっとしゃがみこんだ。
大男、いや、緑色の肌をした坑道大鬼が不意に視界から消えたナベッチを探して周囲を見回している。しかし下方は見ない。
『ナベッチ!おへその部分を貫くのよ!そこに核があるわ!』
さらに助言が飛んだ。
今度は“陽平くん”ではない。
“影魅ちゃん”だ。
「ありがとう影魅ちゃん!」
ナベッチは礼を言って、SZKコーポ製汎用ハンド・ランスの柄を握り締め、思い切り坑道大鬼の部分を突いた。
坑道大鬼の皮膚はしなやかで、更に耐貫通性に富むために普通は刺し貫く事などは出来ない。
ただし、ヘソは別だ。
ぎゃあともガアともつかない断末魔の後、坑道大鬼は膝を突き…そして消えた。
後には握り拳大の黒い鉱石が残される。
これが核だ。
ダンジョンに巣食うモンスターの、いわば心臓。
ナベッチはそれを拾い上げ、荷物袋の中に仕舞った。核は役所に持っていく事で金になる。
これだけの大きさなら50万円はくだらないだろうな、とナベッチはほくそ笑んだ。
「今回もありがとう、陽平君、影魅ちゃん」
感謝を伝えるも、その場にはナベッチ以外には誰もいない。
当然だった。
“陽平君”も“影魅ちゃん”も、ナベッチが頭の中でつくりだした妄想なのだから。
ナベッチは独りぼっちの探索者なのだ。
誰もナベッチと一緒に探索に行ってくれない。
なぜならナベッチは顔の半分が溶けたように崩れているからである。
戦傷だ。
かつてナベッチがもっと若かった頃、ダンジョン探索で顔に大怪我を負ったナベッチは見るも無残な姿となってしまい、その姿を気味悪がった彼の妻は子供をつれて家を出て行き、周囲の者達もナベッチから去っていった。
独りぼっちになってしまったナベッチは余りの寂しさに脳内で友達をつくりだした。
それが陽平君であり、影魅ちゃんだ。
だが、完全な妄想の産物というわけではない。
彼等はナベッチの旧友がモデルとなっている。
ではオリジナルの彼等はどこにいるのだろうか?
あの世だ。
オリジナルの陽平君も影魅ちゃんも故人である。
とあるダンジョン探索で死んだ。
ナベッチはその時顔に大怪我をしたのだ。
3人は仲が良かった。
いつでも3人一緒だった。
今はもう、ナベッチは独りぼっちである。
ダンジョンの奥に広がる暗がりをじっと見つめて、ナベッチはぽろりと涙を零した。
おっさんの涙なんて、とナベッチ自身も思う。
しかし、ダンジョン探索中でしか2人は話しかけてくれない。
危険な敵に相対した時にしか2人は助言してくれない。
「陽平くん、影魅ちゃん。俺はまだまだ新米だよ。だから2人から助けてもらわないとすぐに死んじゃうんだ。さぁ、奥に進もう。深部はきっと危ないだろうけど、大丈夫さ、2人がきっと助けてくれるんだから」
ナベッチには現実と妄想の区別がついている。
しかし、あえて区別をつけないようにしている。
なぜなら、区別がついてしまったら本当に独りぼっちになってしまうからだ。
だから今日も、明日も、きっとこれからも。
ナベッチは独りでダンジョンを探索し続けるだろう。