墓場   作:埴輪庭

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最近SF書いてるので、ちょっと異世界恋愛にも挑戦したいなとおもって書き進めています。いやあ、でもなかなか難しいなあ。向いてないかなあ。殴ったり斬ったりしたいなあ


異世界恋愛試し中、序盤だけ

 ◇

 

 ユージン・エル・トゥール・ホラズムという青年がいた。

 

 彼はホラズム王国の王太子である。王太子とは王位継承権一位の王子を指すのだが、ホラズム王の子は彼だけだ。

 

 ユージンという青年を一言で言い表すとしたら"凡庸"であろうか。

 

 ユージン・エル・トゥール・ホラズムはその外見において、目立つような特徴を持たない青年である。

 

 彼の顔立ちは春の空のように平穏で安心感を与えるが……"無害そう"……言ってしまえばそれだけだ。

 

 存在感もない。

 

 風がそっと吹き抜けていくようなものである。吹き抜ければああ風だと気付くが、すぐにそのことを忘れてしまう。

 

 ユージンの存在感とはその様なものだった。

 

 彼の髪はホラズム王国ではもっとも多い色あせた栗色で、その瞳は静かな池の水面のように穏やかだが、深い感情を湛えているわけでもない。

 

 ユージンの凡庸さは、彼の外見だけでなくその性格や行動にも表れている。彼は決して先頭に立って物事を引っ張るタイプではなく、どちらかといえば風見鶏的だ。声が大きい者の言葉にふらりと傾いてしまう。

 

 ただこれは彼特有の悪癖というよりは、所謂 "凡庸な者" 全般に見られる気質でもある。だから彼自身の人間性が劣等云々の話ではなく、王太子としてどうなのかという話でもあった。

 

 要するに、王太子としての華やかさや力強さとは程遠いのだ。多くの貴族が彼の王太子としての資質に疑念の目を向けるものの、それで困ってしまうのはユージンである。

 

 一応彼は王太子としての役割を果たそうと努力してはいるのだ。しかしそれが結実した試しはない。

 

 ユージンは自分自身が凡庸であることに深いコンプレックスを抱えており、その自己評価の低さが彼をさらに控えめな存在にしていた。

 

 ◇

 

 この様に冴えない王太子、ユージンではあるが、そんな彼にも婚約者がいる。

 

 エリザベス・フォン・ガーデンベルク、彼女こそがユージンの婚約者であった。

 

 ホラズム王国では誰もが知る名門公爵家の長女だ。

 

 美しく、気高く。……そしてキツい性格で知られている。

 

 とにかく舌鋒が鋭い。彼女の舌は磨き上げた剣の鋭さで相手をズタズタにしてしまう。

 

 彼女は自分の意見をはっきりと述べ、その強い意志と自信に満ちた態度は多くの者を畏怖させる。

 

 これは欠点というよりはむしろ美点と見る事も出来るのだが、残念ながらホラズム王国は女性は三歩下がって……というような気風の国なので、エリザベスの様に遠慮のない女性は敬遠される傾向にある。

 

 しかし、美しい。

 

 彼女の長く流れる金色の髪は、まるで暗い夜空を舞う黄金の流星のように輝いている。

 

 瞳は星の涙とも称される蒼晶石のように深く鮮やかな青に染まっており、この目で見られると人は視線を逸らせなくなる。

 

 彼女の肌は陶磁器のように白く、その細い手は常に完璧な手入れがされている。

 

 服装一つとっても抜かりはない。

 

 ドレスの色は夜明けの空を思わせる淡い青だ。生地は繊細で高品質なものを使用しており、微細な刺繍が施されている。それはまるで朝露に濡れた花びらのようでもあった。

 

 だが、言うまでもないが彼女は美しいだけの女性ではない。

 

 彼女の気質を表す出来事として、この様な事があった。

 

 ・

 ・

 ・

 

 宮廷の壮麗な夜会中で、エリザベス・フォン・ガーデンベルクはとある伯爵家の嫡男と口論になった。

 

 彼はエリザベスの気質を嫌ってはいたが、その外見には男のとしての下心を向けていた。この時はまだエリザベスには婚約の話は出ておらず、故に彼も "あるいは" と思ったのであろう。

 

 伯爵家の嫡男は堂々とした態度でエリザベスに近づき、彼女に論戦ともつかない論難を吹っ掛けた。

 

 なぜ下心を向ける相手に論難を吹っ掛けるのかという向きもあるが、これは彼が些か考え足らずであったからとしか言いようがない。

 

 この嫡男はあろうことか、自身の知的な部分をエリザベスに見せつければ彼女が靡くと考えていたのだ。

 

 彼は "知的" とは何か、吹っ掛ける前に一度考えてみるべきだったが、残念ながらそういった慎重さには欠けていた。

 

 

 伯爵家嫡男はエリザベスの男性を立てない態度を非難した。

 

「エリザベス様、あなたのような自己主張が強すぎる女性はホラズム王国でははしたないとされています。女性としての謙虚さを忘れてはなりませんよ」

 

 と彼は言い放った。

 

 これはこれで間違ってはいない。少なくともホラズム王国ではその様な気風がある。

 

 だが、彼は言っている事は間違っていなくとも、言う相手と言う場所を間違えていた。

 

 エリザベスは反論する。

 

 この時、エリザベスの視線には氷の冷たさとナイフの鋭さが同居しており、伯爵家嫡男は思わず息を呑んだ。

 

 軽蔑というのは不可視なれど、極度に強められれば生身の肉体を裂く事もできる……思わずそう考えてしまうほどに彼女の目は冷たく、鋭い。

 

「私はホラズム王国の女性が皆、男性に従順であるべきだという時代遅れの考えに賛同できません。ただそれを誰かに押し付けているつもりもありません。私の考えはあくまで私の中だけで完結しております。私には幾人もの親しい友人がおりますが、彼ら、彼女らに私の考えに同調してくれとも協調してくれとも言った覚えはありませんわ」

 

 伯爵家嫡男は苛立ちを隠せずに続けた。

 

「しかし、そのような態度は公爵家の長女としてふさわしくありません。貴女はもっと控えめであるべきです」

 

 エリザベスは再び口を開いた。

 

「私は自分の立場を理解しています。しかし、それを以て私が自分の意見を述べることを禁じられているわけではありません。私は自由に思考し、自由に発言する権利があります。ところで一つお尋ねしたいのですが、なぜ貴方は私が友人と歓談を楽しんでいる所へ突然訪れ、いきなりその様な事を言って来たのです?」

 

 エリザベスの瞳に烈気が(たぎ)る。

 

 伯爵家嫡男は彼女の背後に無数の凍刃が自身へ切っ先を向けているのを幻視した。

 

「私とて他人の意見に耳を傾けることはありますが、それは尊重の精神からです。しかし貴方のように、一方的な価値観を押し付けようとする者に対しては私は一歩も引きません。私がどのように振る舞うかは私自身が決めることです。下がりなさい、無礼者」

 

 伯爵家の嫡男は顔色はおろか指先まで蒼褪め、立ち尽くし、やがてよろけるような足取りでその場を立ち去っていった。

 

 この口論は夜会に居合わせた貴族たちの間で大きな話題となる。

 

 エリザベスの毅然とした態度と彼女の言葉の鋭さは、彼女の自立心と強さを明確に示していた。

 

 しかしその自己主張の強さは保守的な価値観を持つ者たちからは批判の対象となった。

 

 ◇

 

 そんなエリザベスと凡庸王子ことユージンの婚約が決まったのは、先の夜会から数えて1年後の事になる。

 

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