書いてるうちに思い浮かぶやろの精神でしたけど、思い浮かばなかったのでここで燃やします。お疲れ様です
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世の中には "良く分からないけどそうなっている" というモノが沢山ある。
例えば、ブラジルナッツ効果というものがある。
これはブラジルナッツというミックスナッツの缶を振ると、最も重くて大きいブラジルナッツが上に集まってくる。この現象は重力に反しており、いまだに物理学では解明されていない事象の一つだ。
まあブラジルナッツの例は無害だから良いものの、中には非常に危険な事例も存在しており、国内外で犠牲者も出ている。
そんな昨今、政府は国内にこの "良く分からないけどそうなっている" 奇妙なモノが確かに存在する事を認め、そういったモノを "特異事例" と命名し、その取り扱いについて注意を呼びかけた。
そして都内のとある不動産管理会社が管理する物件もそういうモノの一つである。
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野中 ひろみは今年の春から大学生になる。
都内の某私立大学だ。
千葉の実家を出て一人暮らしをすると決まった時は不安も大きかったが、いざ物件を決める段になるとようやく期待が不安を上回った。
ひろみの実家は彼女にとってなんとなく息苦しさを感じる場所だった。
彼女の両親は規則に少し厳しすぎるところがあり、たとえば夜遅くまでの外出はもちろん、友達との長電話や部屋でのゴロゴロする事すら彼女にはちょっとした冒険みたいに感じられる程だった。
勿論厳しいだけではなく、ひろみの両親は彼女にそれと分かる形ではっきりと愛情表現もしてきた。だから彼女にとって家は安心できる場所である一方で、自分が自分らしくいられないような狭い箱のような場所でもあった。
だから大学生活を機に一人暮らしを始めることにした時、ひろみはその決断に少しの罪悪感を感じつつも、どこかで小さな解放感とワクワクを感じていたのだ。
そして今、ひろみは大学の4年間、あるいはもっと長く暮らす事になるであろうマンションの前に立っている。
今日は内見の予定だったが、ひろみはもう心の中で既にこの物件に決めていた。
築浅で小綺麗な見た目。セキュリティ面もしっかりしており、駅から近く、コンビニ、スーパーなども徒歩圏内。
なにより、家賃が安いとくれば否やは無かった。
なにせ8千円だ。
1日8千円ではない。
月8千円なのだ。
ロケーション的にワンルームで7万~10万が相場。なのにこの家賃というのは魅力的に過ぎた。
ひろみの実家とて裕福なわけではない。畢竟仕送り額も相応のものになるのだが、家賃がこれだけ安ければ毎月浮くお金も増えるだろう。
問題はその物件が政府が定める所の "特異事例" であるという点だ。
説明のつかない現象には説明のつかないルールが適用されている場合が多く、"特異事例" に向き合うにあたってはそのルールを守る必要がある。
大切なのは、なぜそんなルールが存在するかではなく、そのルールを守れるかどうかだ。ルールの存在理由などは誰にも分からない。分からないからこその "特異事例" 認定なのだから。
そしてひろみは、不動産屋の話を聞いて "守れる" と判断した。
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内見には落合という名の立ち合い人が同行する事になった。
落合は細身の中年男で、表情も殆ど変わらない。
肌色は余り良くなく、枯れた印象を受ける。ひろみは彼に「栄養失調のゴボウみたい」などという失礼な印象を抱くが、勿論口には出さなかった。
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落合は運転中も殆ど喋らなかった。
気まずい無言の霧が車中に充満し、助手席のひろみは少し息苦しさを覚えてしまう。
「あ、あの」
我慢できなくなったひろみが思わずといった風に声を出すと、落合の耳が少しだけぴくりと動く。
「はい」
応えはあったが、今度はひろみが口を閉じてしまう。
何を言えばいいのか分からなかったのだ。
余りに重苦しい沈黙に耐えかねて思わず呼びかけてしまっただけで、何か特別話したい事があったわけでもなかった。
あれを聞こうこれを聞こう、とにかく何かを話そう……そんな事を思っているうちに車が目的地にたどり着く。
落合はマンションに併設されている駐車場に車を停め、淡々とした様子で車を降りた。
ひろみも慌ててドアを開け、落合の後に続く。
駐車場はマンションの真横で、ほんの数秒数十秒でエントランスまで辿り着ける。そしてエントランスの前に着くと落合は「こちらになります」と言った。
しかしひろみはマンションを見ずに、じっと落合の掌を見る。
落合は掌を上に向け、「さあこちらですよ」という風な所作をとっているのだが、五指がまるで猫の手の様に折り曲げられているのだ。
「ああ、この指ですか」
「はい、これもその、"ルール" の一つ……でしたよね」
「ええまあ」と落合が答え、少しの沈黙を挟んでから話を続ける。
「マンションの住民は "マンションを指さしてはいけない"──……これは大切なルールです。ただ、この"住民"というのは単純に住んでいる人を意味しているわけではありません。かなり広い範囲で適用されているようで、このマンションを管理する管理会社の社員にも適用されます」
「もしルールを守らなかったら……」
ひろみがそう言うと、落合は不意に視線を逸らした。視線を追ってみるとそこには幾つもの献花が並んでいる。
「ああなります」
落合の声には何の感情もこめられていなかった。目の前の事をそのまま言ったに過ぎないとでも言うような、そんな乾いた声だった。
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落合は少し先を歩きながら、ひろみをマンションの入口へと案内した。
マンションのロビーは思ったよりも明るく、清潔感があった。
特に違和感は感じられない。
「エレベーターであがりましょう。"ルール"は覚えていますか?」
落合の質問にひろみは頷く。
「はい、ええと、"必ず4階を経由しなければいけない" でしたよね」
ひろみがそう言うと落合は頷く。
エレベーターを使う際は降りるにせよ昇るにせよ、必ず一度4階に立ち寄ってから目的の階に向かわなければいけない。
だから2階や3階の住民はエレベーターを使わずに階段で1階へ降りたりする。階段を使用する場合は "ルール" 適用されないのだ。
「あ、でも4階の人はどうするんですか?」
「4階に人は住めません。……部屋はあります。しかし、住んではいけないのです。それも "ルール" です」
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彼らが到着したのは見晴らしの良い6階だ。
内見する部屋の前に立ち、ドアを開ける。
室内は広く、日当たりも良い。
間取りは1DKとやや狭いが、一人暮らしなら特に困る事もないだろう。
ひろみはスマホを取り出してメモしておいたルールを確認する。
そして靴を脱ぎ、それをさかさまにして玄関に置いた。
靴は底の部分を上に向けねばならない。