墓場   作:埴輪庭

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速度遅めを意識
徐々に不気味になっていく感じを意識
バトルアクションはしない
主人公はあくまで傍観者
怪異系
解決にこだわらない
怪異の理由を説明しない

カクコン間に合えばいいけど、無理ならまあいいやくらいのノリで、現代ホラーもの


厭な町1

 K県N郡O町は厭な町だ。

 

 いや、厭な町だった。

 

 過去形なのは、僕がその町から出ていくからである。

 

 正直、うんざりしてしまったのだ──訳が分からな過ぎて。

 

 田舎暮らしなんてもうごめんだ。

 

 空気が悪くても、人が多くて吐き気がしても、水がまずくても。

 

 訳がわからないよりはずっとマシ。

 

 住めば都なんて言葉はもう信じない。

 

 住むなら都──これである。

 

 そんな事を考えながら、僕はあの町で過ごした日々を車窓に写し込んだ──

 

 ◆

 

 僕は昔から()()()過敏だった。

 

 水、空気、ちょっとした雰囲気の変化──そういうものに影響を受けてしまう。

 

 概ね良くない影響だ……不意にぽろりと涙が零れたり、胸の奥でウニがジタバタと暴れてるような痛みを覚えたり。

 

 医者にはHSPだと診断された。

 

 やっぱり僕に都会は合わない──そう考え、心機一転。引っ越しをすることにした。

 

 田舎暮らしが厭で半ば出奔するようにして上京してきたものの、結局田舎に引っ込む事になってしまうわけだが……別にショックはない。

 

 というのも、僕の家系は皆そんな感じだからだ。

 

 敏感というか繊細というか、か弱いというか。

 

 そのくせ都会に憧れ、故郷を出ていく。

 

 でも都会の水が肌に合わず、トンボ帰りしてしまう。

 

 母もそうだったし、母の兄──つまり叔父もそうだったし、祖母もそうだった。

 

 特に叔父は僕や母より繊細だったとか何とか。

 

 父の事は知らない。

 

 僕が物心つく前に亡くなってしまったらしいから。

 

 まあ別に良いさ、と僕は平気の平左を決め込む。

 

 仕事は幸いフルリモートで出来るし、正直なところどこに住んだっていいのだ。

 

 昔とは違い、今は宅配なりなんなり、いくらでも物は手に入る。

 

「いっその事、縁もゆかりもない土地にしよう」

 

 そう吹っ切った僕だがしかし。

 

 いざ場所を決める段になって、やっぱり最低限関東にしようかと日和ってしまった。

 

 物事には段階があり、順序がある──僕はそう自分に言い訳をしたが、結局のところ保守的な面が強く出てしまったのだろう。

 

 物事の変化を余り歓迎しない気質が僕にはある。

 

 どこに引っ越すか──どこでもいいけれど、少しくらいは事前情報が欲しい、でも調べるのもちょっと面倒くさいな。

 

 そんな煮え切らない思いを抱きながら、その日の業務を終えた夜。

 

 K県N郡O町に住む叔父から電話が来たのだ。

 

 ・

 ・

 ・

 

「久しぶりだな、元気だったか」という平々凡々な挨拶から始まった叔父からの話は、その時の僕には願ったりかなったりだった。

 

 叔父の声が電話越しに響いてくる。

 

「実はな、長期出張が入ってさ。僕がK県N郡O町に住んでいるのはもう言ってあるよな。それでな、家を暫く空けることになるんだが……」

 

 落ち着いた声音で、叔父は続ける。

 

「古い木造一軒家で──ああ、でも造りはしっかりしているんだけど。それでな、管理維持費は出すから、暫く住んでくれないか? 家財道具は全部揃ってるから、大きな荷物を運び込む必要もないよ。ほら、人が住まなくなると家の痛みが早くなるって言うじゃないか」

 

「ありがとうございます。実は引っ越し先を探していたところでした」

 

 僕は即答していた。

 

 なんという偶然だろう。まさに今、引っ越し先で悩んでいたところなのだ。

 

「そうか、それは良かった」

 

 叔父の声に笑みが混じる。

 

 そうして他愛もない話へと移っていく。天気の話に始まり、仕事の話、近況報告。

 

 声の調子から察するに、叔父は昔と変わらないようだった。

 

 叔父との通話を終えて、僕は引っ越しの準備に取り掛かった。

 

 土曜日にO町へ向かうのだ。

 

 そうして現地で直接鍵と家の説明を受け、ついでに町の案内もしてもらえるという。

 

 必要最低限の荷物は先に送っておくことにした。

 

 叔父の話では、O町は海岸線沿いの典型的な田舎町だという。

 

 スーパーはあるものの、コンビニは駅前に一軒しかないらしい。

 

 まあその辺りは通販などがあるので問題はないだろう。

 

 土曜日まであと数日。

 

 僕は今からその日が待ち遠しくて仕方なかった。

 

 ・

 ・

 ・

 

 ◆

 

 そして一日経ち、二日経ち。

 

「明後日だな……」

 

 そう呟きながら、僕は隙間時間を使ってO町の情報を調べるにした。

 

 といっても、ネットでさらっと調べる程度のものだが。

 

 O町は人口およそ三万人。漁業と観光業が主な産業だという。

 

 海岸線に位置し、夏場は海水浴客で賑わうらしい。

 

 町の中心部には商店街があり、小規模ながら映画館もあるとか。

 

 ふと思い立って、クチコミサイトを開く。

 

『MY TOWN』という捻りもなにもない名前のサイト──シンプルで良いとおもう。

 

 まあとにかく、今の時代、何でもかんでもレビューがついているものだ。

 

 街の評判だって例外ではない。

 

 だが。

 

「おかしいな、クチコミが何もない……」

 

 僕は思わず呟いた。

 

 いくら探しても、O町について誰かが何かを書いている形跡がない。

 

 そんなことがあるだろうか? 

 

 試しに今住んでいる大田区で検索してみる。

 

 すると──

 

 ──『良い点:商店街に飲食店が充実していて、わざわざ遠出しなくても色々な食事を楽しめます。近所で済ませられるのが便利ですね』

 

 ──『悪い点:蒲田駅前は深夜でもうるさく、時々警察官が職務質問している姿を見かけます。治安面では少し不安があるかも』

 

 こんな具合に、たちまち大量のレビューが目に飛び込んでくる。

 

 なのになぜ、O町についてのクチコミは皆無なのか。

 

「まあ、そういう事もある……のかな?」

 

 僕はそう思い、まあいいやとうっちゃってしまった。

 

 ◆

 

 引っ越し当日。

 

 大田区から電車を乗り継いでO町へ向かう。

 

 地図で見るととてつもなく遠く感じたが、特急に乗れば意外にもすぐだった。

 

 車窓からの景色は徐々に都会らしさを失い、代わりに青々とした山並みが目に入るようになる。

 

 そうしてO駅で下車。

 

 叔父とは駅前で待ち合わせという事になっており、待ち合わせ時間はあと20分ほどある。

 

 ──少し早めに着きすぎちゃったかな

 

 そう思う僕だが、初めての場所での待ち合わせは少しだけ早く来ておいて損はない。

 

 僕は駅を出て、改めて外から周囲を見回してみた。

 

 駅舎は木造で古びており、屋根の端が少し反り返っている。

 

 改札を出ると、そこには田舎によくある小さな広場があった。

 

 裏手には緑が生い茂る丘のような山のような盛り上がりが見える。

 

 僕はしばし、都会では見られないのどかな田舎の風景に目を奪われていた。

 

「……ん」

 

 僕はふと目の奥に鈍痛を感じた。

 

 原因はわからないが、しばしばこうして目の奥がぎゅうっと痛くなるのだ。

 

 医者にもかかったが、結局理由は分からなかった。

 

 ただ、あるいはと思って心療内科にも通ったことがあるのだが、この時は面白い事を言われた。

 

 何でもそういう時は "場所" との相性がよくないかも──との事だった。

 

 ──『場所、ですか』

 

 ──『ええ、中々説明が難しいのですけどね。相性が悪い場所っていうのがあるんです』

 

 例えばその場所の日差しの掛かり方、周囲の建物や自然の色合い、緯度だとか経度だとか、諸々。

 

 そういうものが "なんかしっくりこない" と、その不快感が体調不良となって現れる人もいるらしい。

 

 ──『相性が悪い場所だなと思ったら、深く考えずにその場を離れる事をお勧めしますよ』

 

 先生はそう言った。

 

 僕は目を瞑り、瞼周辺をグニグニと揉みしだきながら『ああここも相性が悪いのかな』と思っていたが──

 

 何かがおかしい。

 

 僕は周囲を改めて見回した。

 

 駅から出てきた人もいなければ、駅に向かう人もいない。

 

 通行人の姿さえ見当たらない。昼下がりの駅前に人影が一つもないのだ。

 

 まるで時が止まったかのような静寂が、不自然に辺りを包み込んでいた。

 

 空には雲一つなく日差しは明るいはずなのに、何故か暗く感じる。

 

「ここは、なんだろう」

 

 僕は口に出して呟いてみた。

 

 ──『相性が悪い場所だなと思ったら、深く考えずにその場を離れる事をお勧めしますよ』

 

 頭の中で、心療内科の先生の言葉が何度か木霊した。

 

 そして我知らず、じり、と後退りをすると──

 

「おーい!」

 

 聞き覚えのある声がした。

 

 見れば、向こうからTシャツ、ジーンズというラフな服装の中年男性がこちらへと向かってきていた。

 

 叔父だ。

 

 僕は手を振り返し──目の奥の鈍痛が収まっている事に気付いた。

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