墓場   作:埴輪庭

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 ◆

 

 パパ活──それは彼女が望んで飛び込んだ世界ではない。

 

 地方の実家からは学費も生活費も出ない。

 

 むしろ月末が近づくたび、母親からやれ「急に医療費が必要になった」だの「父が仕事を辞めた」といった名目で振込を要求するメッセージが届く。

 

 奨学金とカフェのアルバイトで賄ったはずの生活費は、そのたびに吸い上げられ、撮影課題に必要なカメラを買うどころではなかった。

 

 教授は「器材がないならレンタルでも何でもしなさい。作品がなければ評価はできない」と突き放す始末だ。

 

 家賃と光熱費を払えば口座残高は四桁に落ち込み、昼食を抜く日が続いた頃、同級生の亜沙子がスマホを揺らしながら笑った。

 

「芽衣も、SNSでパパ活募集してみれば? ハッシュタグつけて流すだけ」

 

 冗談と思いながらも背に腹は代えられず、芽衣はSNSにサブアカウント《meimei》を作り、一行だけポストした。

 

 #パパ活募集 1h/1万円 食事のみ

 

 投稿直後、DM欄は瞬時に膨れ上がり、下心の温度を隠そうともしないメッセージがスクロールの終点を奪い合う。

 

 ──ホテル直行でいい? 二十万出すからさ♡

 

 ──制服オプション希望。写メ送って! 

 

 ──家出中? 泊めてあげようか? 

 

 中には陰部の写真を送りつけてきた者さえもいる。

 

 芽衣は次々ディスプレイをスワイプしては既読も付けず次へ飛ばした。

 

 やはり、やめておくべきだったか——そう思いかけたとき、おすすめタブに一本のポストが現れた。

 

 おすすめタブはAIによって随時カスタマイズされ、趣味嗜好に合ったものがピックアップされるのだ。

 

 芽衣は日頃から映画関係のポストをリポストしたり、いいねを押したりしていた。

 

 ──『※※※※』」という作品をIMAX リマスターで観た。過剰な光量が当時の記憶を上書きしてしまったが、それでもラストの長回しからは往年の粒子が漂っているのを感じた』

 

 投稿者は “Taka_Ng”。フォロワーは十数人、プロフィール画像は書棚と温度計を並べただけの無機質な写真。

 

 まあ感想自体もさほど大層なものでもない。

 

 しかし、他のポストもそうだがそのアカウントのポストときたら映画の感想ばかりだ。

 

 どこどこの映画館に観に行った、というポストから、都内に住んでいる事が分かる。

 

 ──—こういう人となら、映画の話ができるかもしれない。まあでも、こんな人がパパ活なんてしないよね

 

 そんなことを思いながらも、芽衣は DM ボタンを押した。

 

 ──『初めまして! 突然ですけどパパ活に興味ありませんか? 1h/10kでお食事から……仲良くなればその先も! 写真送りますね♡』

 

 自分でも営業文句が浮いていると感じたが、亜沙子が言うには“鉄板”だそうだ。

 

 亜沙子曰く、単刀直入でなければ埋もれるだけとのこと。

 

 この文を送信して五分、返信が届いた。

 

『パパ活とは?』

 

 拍子抜けするほど簡潔な提案。

 

 そうしてとんとん拍子に初対面の日取りが決まる。

 

 初対面の隆司は、写真よりもひときわ冷たい空気をまとう男だった。

 

「話に付き合うだけでお金を払うんですか」

 

 芽衣はうっ、と呻く。

 

 はっきり言って芽衣自身も「それでいいのか?」という想いがある。

 

 だが金が必要なのだ。

 

 とはいえ隆司の反応は芳しくない。

 

 ──やっぱり、だめだよね

 

 そう思っていると、意外にも「いいですよ」という返事。

 

 それが南雲 隆司と芽衣のパパ活ライフの始まりである。

 

 ◆

 

 呪いの動画の話は四日前に持ち上がった。

 

 ゼミの先輩である園田がMacBookの前で手招きしてディスプレイを示した。

 

 赤地に〈66〉の数字が浮かぶサムネイルを芽衣に見せてにやっと笑う。

 

 再生時間は 06:66。

 

「見たら死ぬって拡散されてるんだ。ネタ動画に再エンコードしてバズらせようぜ」

 

 怪談系チャンネルを運営する彼が Premiere Pro を立ち上げ、興奮気味にタイムコードの異常を語る。

 

 芽衣は半ば義理で付き合う事にし、園田が再生ボタンを押した。

 

 ノイズが走り、フレームを埋め尽くす白い手形──—その途中で園田が激しい吐き気を訴え、停止キーを叩きつけた。

 

 結末は見ていない。

 

 翌朝、園田は講義に姿を見せず、LINEは既読にならなかった。

 

 仲間は寝落ちと笑い飛ばしていたが……。

 

 しかしその日以降、芽衣の周囲では奇妙な事が起き始める。

 

 時計アプリの秒針がときどき逆送りになり、ロック画面は見知らぬフレーム番号を示すサムネイルで埋まる。

 

 まあそこまでならアプリや端末の不具合という事で片づける事もできなくはない。

 

 それでも不安に思った芽衣は、隆司に相談したのだが相手にもされなかった。

 

 だがそれから奇妙な現象はエスカレートしていく。

 

 止めてあるはずのエアコンから夜半に氷のような風が吹き込み、深夜にドアノブがガタガタと激しく

 

 講義ノートの余白には、ペンを置いた覚えのない灰色の手形が滲み出し、シャワールームで振り返れば誰もいないのに水滴が五本指の跡となってタイルに留まる。

 

 この時点で芽衣の精神は既にガタガタだったが、ついに決定的な事が起きる。

 

 それは夜半の事だった。

 

 芽衣が布団を頭までかぶり震えていると、天井から乾いた破裂音が響いた。

 

 蛍光灯のカバーが裏返ったまま落下し、畳に粉雪のような破片を撒き散らす。

 

 芽衣の心臓が跳ね、「嘘でしょ」と小さく呟いた。

 

 テーブルに置きっぱなしだったマグカップが弾かれ壁で砕け、破片が強風に吹かれている様に部屋中を乱舞する。

 

 ──ここから、逃げなきゃ

 

 芽衣は這うようにドアへ向かった。

 

 が、台所で包丁立てが倒れ──

 

 芽衣の目の前で刃先がドア板を貫き、金属音が響く。

 

 まるで誰かが「逃げるな」と警告しているかのようだ。

 

 芽衣はベッドへ転がり込み、頭から布団を被った。

 

 布団の外ではガラスと金属が乱雑に舞って、顔を出す事すら出来ない。

 

「おじさん、おじさんッ……!」

 

 こんな時、思い出すのは隆司の事であった。

 

 スマートフォンを探す手が震え、指紋認証に三度失敗する。

 

 LINEを開き、「助けて、おじさん」と入力した。

 

 送信ボタンを押すと同時にベッドサイドのスタンドが横転し、鉄のヘッドが脇腹を打つ。

 

 痛みと共に息が漏れ、視界が涙で滲む。

 

「ひっ、ひっく……」

 

 布団の外では刃物同士がぶつかる甲高い音が続いており、芽衣は生きている心地がしない。

 

 そして──

 

 

 

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