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アルベルト・フォン・クロイツェルは貴族の嫡男だった。
しかも伯爵家という上級貴族の嫡男だ。
過去形なのは、彼がすでに廃嫡された身だからだ。
彼自身が特段何かをしでかしたわけではない。
敢えて言うならば、貴族らしからぬ容姿、そして生来内にこもりがちなその性格であろう。
率直に言ってアルは容色優れるどころか、その正反対といっていい。
ぎょろりとした大きな目、ふとぶとしいその体躯、かといって貫禄があるといったことではなく、要するに肥えていた。
例えるなら人間の皮を被ったヒキガエルといったところか。
それでも陽気な性格であるとかそういうモノがあればまた話は違ったであろう。
しかしアルは陰気を通り越していっそ不気味ですらあった。
そのぎょろりとした目でただただ見つめてくるのだ。
見つめ、ぼそりぼそりと何かを呟き去っていく。
害を為すわけではない、ただただ不気味な男。それが周囲が見るアルという男だった。
それに対して、アルの家族は上級貴族としての格に相応しい態度、容色だった。
アルの父、クロイツェル伯爵はアルをその不気味さゆえに愛することができなかった。
母…クロイツェル伯爵夫人同様だ。
彼らは二人とも互いの連れ合いの不貞を疑っていた。
無理もないだろう、アルは二人のどちらにも似ていない。
もちろん、アルが二人に全く似ていないのは極めて…きわめて不幸な偶然にすぎないのだがそんな事は二人とも知る由もない。
それでもアルが伯爵家でただ一人の跡継ぎであるなら後の不幸は起こらなかったに違いない。
アルには弟と妹がいたのだ。弟は父に似て、妹は母に似ていた。そして弟妹達もまたアルを疎んでいた。
ここまで語れば十分だろうが、結論から言えば誰からも愛されなかったアルは廃嫡された。
ただ、廃嫡はそれ相応の瑕疵がなければ為されない。
アルは不気味ではあったが、悪事を働くような事は決してなかった。
「だから」伯爵夫妻は一計を案じた。
侍女の強姦。
やってもいない悪辣な犯罪を被せられ、アルは11年暮らしていた屋敷を追い出された。
アルは反論しなかった。
というより出来なかったのだ。
会話がうまく出来ないから。
アルは産まれてからずっと無視されてきた。
話かけても誰も彼に言葉を返す事はなかった。
アルと会話することを伯爵夫妻が禁じたから侍女や下男たちもアルと関係を築くに至らない。
いわゆるネグレクトである。
誰もアルに話しかけなかった。
だからアルは会話の仕方がわからない。
だからアルはいつもボソボソ不気味な呟きを発する。
だからアルは一層気味悪がられ、嫌悪されていく。
屋敷のとある下男は追放されるアルに激烈な暴行を加えた。
彼は真実など知らない、しかし婦女暴行は憎むべき犯罪だ。
それでもアルが貴族のままなら彼もそこまではしなかっただろう。
だがアルはもはや貴族ではない。
殴る蹴るの拷問まがいの暴行でアルの目は半分開かなくなってしまった。
腫れあがったぼってりした瞼、全身に青あざを浮かべ、とぼとぼ街を去っていくアルの姿を街の者は皆嘲笑した。
アルは家族に嫌悪されていることを「知っていた」。
アルはそれでも家族を「愛していた」。
だが、愛とは不変なものだと誰が言ったのだろう。
アルの愛はこの日、憎しみに変わった。
アルはこの時点では学のない少年にすぎない。
後に貴族の継嗣に相応しい、いや、それ以上の魔導の才を見せるとしても。
この時点は無力な、そして哀れな少年に過ぎなかった。
だから自らの身に降りかかる理不尽を払い除けるどころか、その生育環境の為に自分が抱く黒いモヤのようなものに名前をつけることすらできなかった。
しかし彼が自らに眠る才を端を掴んだ頃、アルはあの時自分が抱いた感情こそまさに「憎しみ」であった、と気づくことになる。
もしも当時、去っていくアルの瞳をのぞき込む者がいればとても彼を嗤うことなどできなかったであろう。
アルの憎悪に彩られた瞳は、まるで黒い炎のようであった。