【完結】チートツール×フールライフ! ~女神から貰った能力で勇者選抜されたので頑張ってラスダン前まで来たら勇者にパーティ追放されたので復讐します~ 作:黒片大豆
最終話【その1】
「イザム様には、魔王攻略を一時停止してもらっています……って! 毎度毎度! どこ触ってるんですっ!!」
「仕方ないだろっ! 魔王討伐前に転落死なんて、まっぴらごめんだ!」
サックは、クリエの腰にしがみついた状態で空を飛んでいた。クリエは背中に天使のような光の羽を生み出し、それを羽ばたかせていた。しかしその速度は、普通の鳥の比ではない。
空気抵抗は殆ど感じず、目的地まで、何も邪魔されない細い円筒の中を抜けていくような感覚──クリエが使える能力、『女神のつばさ』。
「対価は高くつきますよ、アイサック様」
「サックだ。アイサックはもう居ない」
「……? まだそれ言いますか? まあ、いいですけど。今回の運賃はそうですね……私の目の前で、魔王討伐を見せてください」
「簡単に言ってくれるぜ。でもそれで支払ってやるよ、釣りはいらねぇ」
「やっと、トントンってとこですよ」
そんな、他愛もない会話を交わしながらも、目的地はすぐに見えてきた。
魔王城前に造られた、最終キャンプ地──人類と魔王の最終決戦地だ。
全く慣性を感じることなく、サックとクリエは地面に足をつけた。
「──道理で冷えるわけだ」
刹那、サックが呟いた。飛んでいるときには、そこまで気が回っていなかった。
「──あ」
そしてクリエの口からも、声が漏れた。彼女のメガネに、小さな白い粒がぽつぽつと張り付いた。
雪がちらついていたのだ。
吐く息は白く凍り付き、地面には積雪があった。じんわりとつま先から冷気が染みてきていた。
最北端、イン=サクル。この世界の果てと言われている。これよりさらに北には、なにもない。ただただ、魔王城への入り口……ゲートが渦を巻いているだけである。
「アイサック様っ!」
「アイサック様が戻られた!!」
国の威厳をかけた戦争の前線基地。ゲート前のキャンプには、多くの兵士たちが戦いに備えていた。そして彼らは、七勇者のことも良く知っている。
例に漏れず、アイサック=ベルキッドの顔を知らない兵はいない。
「きたか、アイサック!」
その中で一際目立つ人物が歩み寄ってきた。他の兵とは明らかに、醸し出す風貌が異なる。
「リオ総大将。すまん、待たせた」
サックは、『彼女』と挨拶を交わした。
最終キャンプの統括を任された、ベテランの女性兵士だ。年齢性別を思わせない筋骨粒々な体型で、男でも重たいはずの重装備一式を着こんでいるにも関わらず、軽々と、あくせく動き回っている。肩まで伸びた髪は、丁寧に三つ編みにして後ろで丸めて束ねられていた。
余談であるが、リオ総大将は、あのジャクレイの姉である。
顔つきは非常によく似ていて、すっきりと通った鼻筋や、二重の目の明瞭さはジャクレイのそれに重なる。
なお、彼女には四人の夫がいるという。ジャクレイ共々、異性に非常によくモテるのは何かの血筋だろうか。如何に重婚が認められているといっても……この姉弟、底なしである。
「戻ってくると信じてたぜぇ。勇者よ」
リオは鋼鉄で囲まれた小手を身に着けたまま、サックの胸を小突いた。金属の塊で叩かれた箇所は非常に痛むも、彼女なりの挨拶であると知っているため、サックは苦笑いで答えた。
それを見て、リオも笑顔になるが……しかし、疲労は色濃く現れていた。
「リオ総大将。早速だが、他の勇者たちに会いたい。ここで待っているんだろ?」
サックは一刻も早く、馴染みの仲間達に会いたかった。ボッサの件、アリンショアの件、そして、力を取り戻して戻ってきた自分のことを伝えたかった。
しかし、リオ総大将は先ほどの威勢とは裏腹に、急に
「……リオ総大将殿、まさか……!」
クリエが、何かを察した。サックもリオの態度から、あまり良くない事情を感じとり、辺りを見回した。
「……あそこのテントか」
サックが指差した方角には、白い厚手の幌で組まれたテントがあった。キャンプの中でもかなりのスペースを割いていて、重要な施設であることが伺えた。
すると、リオ総大将はサックたちを見据えた。彼女は、サックたちをそのテントへ案内する覚悟を決めたのだった。
「こちらだ」
リオに案内され、テントの中に入った。入り口には『医務室』の文字が記されていた。
中には所狭しと簡易ベッドが並べられていた。おおよそ半数が埋まっている状況だったが、リオはさらに奥へ、サックたちを導いた。
厚手の布で隔離されていたその場所は、外気をあえて取り込み、テントとしては温度が低く保たれていた。
目に飛び込んできたのは、二つのベッドだった。そこに横たわっていたのは、丁寧に布にくるまれた人間大の物体。
ベッドの一つは、横に金色に輝く巨大な戦斧が立てかけてあった。
もう一つのベッドには、絢爛豪華な装飾が目立つ、踊り子用の扇が二本、供えられていた。
「……なんでっ! 待っててって、言ったのにっ!!」
その場でクリエは膝を付き泣き崩れた。相当ショックを受けたようだ。
サックは静かに、二人の遺体を見続けていた。しかし強く歯を食いしばり、拳は固く握られていた。
「……第5層の攻略寸前だったらしい。ネア様とユーナリス様は……お互いを庇いあうように亡くなったそうだ。イザム様とヒメコ様の回復術では……」
リオは唇を噛んで俯いた。彼女たちを担いで戻ってきたイザムたちを、最初に迎えたのが彼女だった。全てが手遅れで何もできなかった自分が不甲斐なく、悔しかった。
七勇者の二人が、魔王城で命を落としていた。
「……本当、遅くなっちまったな……」
サックが二人が眠るベッドに近づいた。彼はあえて、顔は確認しなかった。サックの職業柄、隠されていても見えてしまっている。
「借りるぞ」
するとサックは、彼女たちの武器を手に取った。
大人二人掛かりでやっと運べる巨大斧『ムーンエクリプス』を、彼は片手で軽々と持ち上げ、肩に担いだ。重さをものともせず、その斧を装備したのだ。
そして、二本の扇……『羅刹芭蕉扇』と『天下泰平』も、腰のベルトに挟み込んだ。
「イザムたちは?」
「お二人を連れ出したのち、すぐにまた魔王城に入っていった。それから暫く出てこない」
つまり今現在、イザムとヒメコのたったふたりで、魔王城に挑んでいるということだ。
「……急いだほうがよさそうだな」
サックは旧知の仲間の遺体に、簡単な祈りをささげたのち、踵を返しテントから出た。彼女たちの武器を握りしめ、魔王城の入り口の方角へ歩みを進めた。
「……待ってください!」
「クリエ、状況が状況だ。残ったほうがいい」
サックが元々考えていたプラン通りに、残っていた勇者4人全員と合流ができていれば、クリエも同伴を許すつもりであった。しかし、その予定は大きく崩れたのだ。
「俺一人では、お前を守りながら魔王に挑める自信がない」
「構いません」
先ほどまで大粒の涙を流していたとは思えない、気丈な顔立ちであった。メガネの奥には、力強くサックを見据える瞳があった。──気持ちの整理がついたのか。彼女自身、覚悟を決めたのか。
「自分の命は自分で守ります。足を引っ張るつもりはありません。ですので、私も連れて行ってください!」