ドルマゲスに転生してしまったので悲しくない人生を送りたい 作:えにぃ
ライラスとサーベルトが賢者の保護任務から帰ってくる前のこと。キラは執務室で一人、書類の整理を行っていた。例の高台を除く世界中の魔物たちから提出された、街や国の最新情勢やドルマゲスの痕跡の捜査、魔物の活性状況などの情報は、全て書類としてまとめてキラに届けるようにと魔物たちは命令されている。ライラスは実験に忙しく、サーベルトはあまり事務が得意ではなく、ユリマはドルマゲス以外の情報をあまりに軽視しすぎる…というわけでこうした業務はキラに一任されているのだが、これまで王や王妃のお世話をしていただけのキラにとっては重労働もいいところ。流石に脳が疲労してきた彼女はひと段落したところでドルマゲスが開発した「いんすたんと」の紅茶を淹れて一休みしようかと考えていた。
ゴン
「ひっ!?」
突然部屋のドアが叩かれる。部屋の外のモグラが不意に資材をぶつけてしまったのでなければ、今のは「ノック」ということになるが…。『マナー』の講習を受けさせられている魔物のほとんどはノックも正しい作法で行う。でなければ懲罰を食らうからだ。それをしないということは、未だに矯正の済んでいない魔物か、あるいは懲罰の存在を意に介さない強気な魔物か…。キラは緊張した面持ちで内ポケットの
「…はい。どちら様ですか?」
「ライドンだ。開けてくれねェか」
「…ああ、はいっ!今すぐ!」
キラは胸を撫で下ろすと、小走りで部屋の入り口に向かい、ドアを開けた。部屋の前に立っていたのは老いてなお快活な偉丈夫、リブルアーチの『天才彫刻家』ライドンである。彼はキラに促されるまま応接用の椅子に腰かけた。
「おはようございます。ライドン様」
「キラ?だったか。嬢ちゃん、あんたに相談したいことがあってな」
「はいっ、もちろんです!ちょうど今は―――」
コン、コン、コン
お茶を、と言いかけたキラの言葉を遮るようにまたもやノックの音が鳴る。しかし今度は正しく、控えめなノックだ。キラはライドンに一礼するとドアを開けた。部屋の外に立っていたのは以前までの高圧的な覇気がなくなり、眉も下がって少し弱弱しくなった中年男性、リブルアーチの『天才呪術師』ハワードだった。
「リブルアーチ町長のハワードだ。キラ代表代理は…おられるようだな。」
「おはようございます。ハワード様。」
「…おう、なんだハワードか。キラ女史は忙しいから後にしてくんな」
「ライドン…顔を合わせなくなって久しいが、自分本位なところはまるで変わっておらんな」
「そういうお前もな」
ハワードは先客を見て苦虫を嚙み潰したような顔になったが、そのまま踵を返すようなことはなく部屋へと足を踏み入れた。
「わしは前もって彼女に時間を作ってもらうよう頼んでいた。ほれ、貴様はさっさと出て行くのじゃ」
「こういうのは早い者勝ちよ。お前みたいな軟弱野郎は家でミルクでも飲んでやがれってんだ」
「なっ、なにおうっ!?」「なんだ?やるってのか?」
「まあまあ、お二人とも落ち着いてくださいませ…今二人分のお茶を用意致しますので」
中年同士の諍いなど放っておいても碌なことにならない。と…ドルマゲス様ならきっとそう仰られる。即座にそう考えたキラは二人がヒートアップする前に、自分の為にと沸かしていたお茶を二人分のカップに注いだ。自分の分はまたすぐ沸かせばいいだけの話だ。
「ハワード様にはリブルアーチ住民の皆様やこれからのリブルアーチについてのお話をしたいと予め仰せつかっていたのです。」
「そうかい。おれはこっから何をすればいいのかってのを聞きたくて来た。当然、前から頼まれてた施設の修繕はとっくのとうに終わったぜ?そんで、おれに契約を持ちかけてきたあの若造がいなくなったってんで、あいつの秘書だっていうキラの嬢ちゃんに訪ねに来た次第だ」
「…わかりました。ではせっかくの機会ですのでお二人一緒に諸々のことをお決めしましょう。」
「お?」「な、なんだと!?それはどういうことですかな?」
「いえ、深い意味はなく…。個別にお話をすることもできますが、三人で落としどころを付けながらお話した方がお二人の後のトラブルも少ないと思いまして…。」
「……な、成程。貴女の言う通りだ。突然大きな声を出したりしてすまなかった。」「おれァどっちでもいい。だが早いところ終わらせてくれよ。」
一瞬キラに足蹴にされたと感じ、不服を申し立てようと立ち上がったハワードであったが、キラからそうではないと伝えられると大人しく非礼を詫びて座りなおす。反対にライドンは何でもいいから早くしてくれという風に両手を組んで頭の後ろに置いた。
「では…早速始めましょうか」
『あの方の代わりになります』と自分が言ったのだ。
そして、キラ×ライドン×ハワードという、世にも奇妙な三者面談が始まる。
…
「リブルアーチの皆さんのここでの様子は如何でしょうか?」
「半信半疑……と言ったところだ。ドルマゲス氏始め、あなたがたがリブルアーチを守るために駆けずり回ってくれていたことは皆が見ていた。だが、そうは言ってもやはり魔物と寝食の空間を共にすることに抵抗の多い住民も多い。中にはあれはドルマゲスによって仕組まれた襲撃だと声高に叫び不安を煽る住民もいた。」
「おれの弟子の中にもそうやって相談してくる奴はいたな。『ドルマゲスはおれに新たなインスピレーションと機会をくれた男だ、疑うことは許さねぇ』って突っぱねて全員に無理やり納得させたけどよ」
「それは…なるほど、貴重なご意見は今後の参考にさせていただきます。そして先日はご不便、ご心配をおかけしました…。しかし皆様がここで快適に過ごしていただくためには必要なことですので、何卒ご理解をお願い申し上げます」
「ああ、扇動した住民が『懲戒委員会』なる場所に連行されたことか?それなら気にしなくてよい。重ねて申し上げるが、半信半疑というのはここにいる『魔物に対して』であって、ドルマゲス氏を疑っているのはほんの一部に過ぎぬのじゃ。彼らが連れて行かれた時はむしろ皆せいせいしたと言っていた。半日後には全員無事に帰ってきたことじゃしな。」
「本当に怖ェのは懲戒なんちゃらってのじゃなくて、この施設に徘徊してる悪鬼悪霊の権化みてェな女だぜ?ドルマゲスについて少しでも懐疑的な態度を取ればどこにいてもすぐすっ飛んできやがる。おれにとっちゃむしろ懲戒何某はあの女から町の奴らを守っているように見えたな。」
『悪鬼悪霊の権化』とは随分酷い言い草だが…キラはそれに否定も肯定もせず微笑みで返し、自分のカップに紅茶を注いだ。どうやらユリマは魔物だけではなく、人間の治安維持にも一役買っているらしい。
「この施設にいるアスカンタ王国の住民とも少し話をして、わしはドルマゲス氏が興したというこの施設を信用することにした。その上でいつまでも『難民』ではいられないという話を先程集会を開いて演説してきたばかりなのだ」
「そういや遅くなったが…ハワードよ、チェルスのことは残念だったな。別におれァあいつと親しいわけじゃなかったがよ、時折おつかいに来やがるあいつの口から出るのはいつもお前がいかに優れた呪術師かって話だったってことくらいは覚えてるぜ。」
「その節は………。チェルス様のお墓をここに建てるという申し出はやはり受け入れられませんでしょうか?」
「ライドンよ、お悔やみの言葉はありがたく受け取っておく。正直…わしもチェルスのことは未だに悔やんでも悔やみきれぬ。わしのくだらぬ見栄と誤解のせいで彼には本当に酷い仕打ちをしてしまった。その上わしを庇って死なせてしまうとは……。キラ代表代理、チェルスの墓の件…今日はそれを踏まえた訪問なのです」
ハワードの言葉を受け、キラはチラリとライドンへ目線を流す。ハワードとは事前に約束を取り付けていたとはいえ、先に相談を持ち掛けてきたのはライドンだ。下手なことをして片方の機嫌を損ねると後が難しい。しかしライドンはキラのその微細な仕草を知ってか知らずか、椅子の背に大きくもたれかかった。
「…ま、おれァ後で口挟むからとりあえず聞いてやんな」
「…承知いたしました。ではハワード様、聞きましょう」
「うむ。わしは住民たちと共にここを出て、かつてリブルアーチがあった場所に新たなリブルアーチを建設したいと考えており、その意見は実際に有権者から全会一致で可決された。もちろんここでの生活が不満なわけではないが、慣れ親しんだ故郷が破壊されたまま泣いてばかりいるわけにもいくまい。…それこそチェルスの墓も……然るべき地に立ててやりたいのだ。」
ハワードはかつての使用人であるチェルスを馬車馬のごとくこき使っており、時には彼の人権を全く無視した辱めさえも厭わなかった。ハワードは自分こそが賢者の末裔だと思い込んでおり、故に傲慢だったのだが、実際はチェルスこそが真の末裔だった。それを知って自らのこれまでの愚行を強く恥じたハワードがチェルスに正式な謝罪を申し入れるより前に、チェルスは妖魔ゲモンの手によって命を落としてしまった。それ以来のハワードは誰に対しても傲岸不遜だったその態度を徐々に改めつつある。町民もそんなハワードの姿を見ているからこそ彼の提案に大人しく承諾したのだろう。
「…。」
「ハワードさんのお考えは分かりました。しかしリブルアーチの再建には大量の資金と人手が必要だと思われますが…?」
「お恥ずかしい限りだが…いかに我々リブルアーチの民が優れた技術を持つ彫刻家、建築家を多数抱えていると言っても、資材がなければ何もできない。なので…我々の活動のための資金を援助してもらいたく、今日はお願いをしに参った次第じゃ」
「…ふん」
ハワードの言葉にライドンは顔を顰めつつ、しかし黙ることしかできない。彼自身も彫刻家かつ建築家であるゆえ、管轄違いのハワードごときに彫刻や建築を分かった風に語られるのは癪なのだが、資材が無ければ作れる家も作れないというのは事実。趣味にしろ、生活にしろ、開拓にしろ、再建にしろ…何をするにも金は必要である。
「成程。」
キラは一度口を噤み、思案を巡らせる。進んで援助を申し出ることもできるし、丁重にお断りすることもできる…キラ個人の感情としては全面的な無償支援を提供したいところだが、彼女も今はこのU.S.A.の代表代理。U.S.A.の資金だって無限ではない。
…であれば。
「そういうことであれば我々も協力しない理由はございません。しかし…条件があります。これを呑んでいただければすぐにでも計画を練り始めましょう。」
「…聞かせていただけますかな、その条件とやらを」
「(ふぅー……頑張れ私…!見ていてくださいドルマゲス様…!!)」
「…ひとつ、作業には建築に心得のある者
キラは一呼吸置くと、一息で三つの条件を言い切った。そして言い終わるや否やデスクの引き出しから白紙の契約書を取り出して先程の内容をさらさらとしたためていく。
「必要資金の3割はこちらが援助として負担しましょう。残りの7割についてはそちらに負担していただきますが、融資は受け付けます。ローン年数は10年単位でご自由にご選択いただけます。」
「ま、待ってくれ。一つ目の条件は分かった。二つ目は何と仰ったか?」
「作業員の2割以上はU.S.A.の派遣した魔物を雇用すること、です。比較的従順で温厚な魔物を提案いたします上、こちらの提案した魔物の中からそちらでご自由に選んでいただく形となっておりますので、そこは安心していただけると幸いです。」
「むむ……三つ目は?」
「復興後、リブルアーチとU.S.A.は継続的に商取引を──」
「(…巧いな。一見相手に寄り添った提案をしているように見せちゃあいるが、その実ほとんどの条件が将来的に嬢ちゃん側の利になるもんだ。3割の費用負担にしても、ローンの年数や開拓した今後の商取引によっちゃ資金回収は十分視野の中。雇用規定はこの施設が擁する魔物の有用性の誇示…そんなところか?抜かりねェな。)」
ライドンは生粋の職人ではあるが、職業柄、商談の場面に立ち会うことも少なくはない。キラのやり方は彼から見ればまだまだ雑で粗削りだが、ライドンは契約の内容というよりも、あの年の少女が年上の男性に物怖じせず仕掛けられるということの方に強い感心と軽い恐怖を覚えていた。
「リブルアーチの再建作業にはライドン様も参加していただきたいと思っています。」
「お、おお?スマン、聞いてなかった。」
「では、もう一度申し上げますね。ドルマゲス様とライドン様が交わされた契約を解釈すれば、ライドン様を始めとしたリブルアーチの職人の方々と我々の魔物従業員が共に作業を行うことでも契約内容の一つである、技術交流は成されると私は考えております。そうなればリブルアーチの復興後、我々はライドン様の塔の建設の支援に集中できると思っての提案でございますが…いかがでしょうか?」
「(挙句、おれまで無茶苦茶に巻き込んで終わらせようってか。まったくまだまだヒヨッコの青二才かと思ったら、とんでもない傑物のタマゴじゃねェか!)…うはははは!なるほど、気に入った!ならおれに断る理由なんてねェ。むしろ願ったり叶ったりだ!さあハワード、あとはお前が首を縦に振るだけだぜ」
「むむむ……」
バトルロワイヤルのはずだった三者面談は、いつの間にやら2対1の構図へ。まさかこれも戦略なのか?ハワードはそう疑わずにはいられなかったが、結局のところ、契約内容はリブルアーチにとっても破格の条件にほかならない。最終的には結局契約書と共に一度持ち帰り、町内で再度議会を開いてから結論を出すことに決定したが、おそらくこの提案は可決されるだろう、とハワードは薄々感じていた。天才呪術師としての予感ではなく、町長としてのカンである。
…
「キラ代表代理、最後にあなたがたが派遣してくださるという魔物について知っておきたいのだが…」
「あら!でしたら適任がいらっしゃいますよ!少々お待ちください!」
キラはカップを片付けながらニッコリと微笑むと、執務室の壁に取り付けられた数基のレバーの内、右から三番目のものをぐいと下ろすと、壁から現れたパイプ状の送話口の前でハンドベルを三回鳴らした。
「…?」
しばらくすると廊下からドスドスと騒々しい足音が聞こえ始めた。それはドアの前で止まるとノックを三回し、キラが応える前に入って来た。
「キラ女史、何用モグ?いやあ、ドルマゲスにもらったハープの調子が良くて…あ、一曲歌って欲しくて呼んだモグ?」
「い、いえ、それはまたの機会に…お久しぶりです、ドン・モグーラさん。こちらはリブルアーチの町長であらせられるハワード様です。」
でっぷりと太ったモグラの親玉「ドン・モグーラ」。彼はかつてアスカンタ王国を対象に大規模な盗みを働いた窃盗団の頭領だったが、その際征伐に来たドルマゲスとサーベルトに敗れたことをきっかけにすっかり改心し、今では仕事と音楽を生きがいにする非常に高尚な精神を持つ魔物となっていた。
「リブルアーチぃ~?ああ、最近ニンゲンが急に増えたと思ったら!その町長が何の用モグ?」
「この度、そのリブルアーチを復興しようという機運が高まっていましてですね、こちらからもスタッフを派遣しようと思っているのです。そこでドン・モグーラさんにはハワード様に『カタログ』を見せて、実際に色々教えてあげて欲しいのです」
「なんだ、そういうことモグ。ならさっさと行くモグよ~」
「いっ、いや!わしは何も実際の魔物を見たいとは──」
「モーッグッグッグ!遠慮はいらないモグ~!」
ドン・モグーラは慌てるハワードを軽々と小脇に抱えて出て行った。ドン・モグーラはあれでいて面倒見の良い魔物なので、きっとハワードも納得のいく人事となるだろう。連れ去られるハワードを恭しいお辞儀で見送っているキラを見て、ライドンも腰を上げた。
「おし、じゃあおれもそろそろお暇するか」
「ライドン様、本日はご足労いただき誠にありがとうございました。」
「…キラ女史よ、あんたは将来きっと大物になるぜ。今日の相談…ほぼ商談に近かったが、まるでドルマゲスを見ているようだった。おれは奴とは一度しか話しちゃいねぇが…よく覚えてる。やり口、話し方、その速度…寸分違わない、イヤ~な感じだ。…もちろん誉め言葉だぜ?野郎とアンタが違うのは、べっぴんのお嬢さんか、笑顔がおっかねェ道化師かどうかくらいだな!うはははは!」
「そっ!そうでしたか?それは………!」
キラの顔がぱあっと明るくなった。その顔にライドンはまだ幼かった頃の娘や息子の面影を見て、今までの豪快な笑いとは違う、少し自嘲気味な笑みを浮かべた。
「そんだけ気が合やあ、野郎のい~いヨメになれるぜ、嬢ちゃん」
「そっ……そそっ…!!!」
「うはっ!うはははは!やっぱりおもしれェなあんた!…さァて、詳しい事が決まりゃあハワードの奴がおれを呼びに来んだろ!もしドルマゲスの野郎が帰ってきたら、『お前よりキラ女史のしゃべくりの方が上手かったぜ』って伝えといてくれ!じゃあな!うはははは…!」
ライドンはそう笑いながら部屋を後にし、顔を真っ赤にしたままのキラだけが取り残される。
「(それは勿論嬉しいですよ…?まるでドルマゲス様みたいだって言われて、嬉しいのですけども…っ!)」
緊張からの開放と、ライドンの余計な一言が相まって考えれば考えるほどぽっぽぽっぽと赤くなる頬。すっかり紅茶を飲み直す気分じゃなくなってしまったキラはふらふらと立ち上がり、とりあえず気分転換に散歩でもしようとエントランスへとぼとぼと歩きだすのだった。
「 誰 が 誰 の い い お 嫁 さ ん に な る っ て ? ( ^ ^ ) 」
それではACT8でまたお会いしましょう。