ドルマゲスに転生してしまったので悲しくない人生を送りたい 作:えにぃ
これが闇の覇者ですとか破壊神ですとか大魔王ですとかならまだメンツが保たれるんですけどねぇ、ラプソーンは微妙な小物感をちょくちょく出してくるラスボスさんなので…(例:マルチェロ)
「私を…騙してたんですか?」
思いもよらない、よるわけもない発言を投げかけられ、俺は全ての思考が一瞬停止する。
「え…?」
「ドリィ危ない!貴様!ドリィから離れろ!!」
サーベルトがユリマちゃんに斬りかかるが、まるで歯牙にもかけず動きを止められ、そのまま空に持ち上げられる。
「あの、邪魔しないでください。…邪魔なんですよ。」
「ぐ…これは…!」
「サーベルト!それは重力です!待って…『ベタン』!」
我に返った俺は飛び退き、重力初級呪文を反対向きに放って重力を相殺する。やはり解除できた。闇の遺跡中を引っ張り回されていた時から感じていたが、本気で俺を殺すつもりなら引っ張る必要なんてなく、遠隔から速攻で潰してしまえばよかったのだ。初級呪文で解除できるということは、ユリマちゃん…?ラプソーン?におそらく重力による殺害の意志はなかったのだろう。
「うっ…はぁ、助かった…浮かばせられるまでまったく気が付かなかった…。」
「仕方ないです。元から重力呪文は見えにくい。しかし、詠唱破棄どころか呪文の『名』すら省略して呪文を行使するなんて…」
MPを依代に言霊で精霊─エレメントを呼び出し、ゲートに魔力を注ぐことで魔法を使うドラクエの魔法理論において、『呪文の名前を口にすること』は非常に重要なプロセスなのだ。むしろ呪文の名を叫ぶことが起点となると言っても過言ではない。ある程度の使い手になれば呪文の詠唱を破棄できるようになるが、破棄できるのは長々とした『詠唱』であって『名』は破棄できない。俺や師匠すらそんなことはできない。
しかしそんな離れ業をやってのけたにも関わらず俺やサーベルトをすぐに殺そうとはしなかったのはつまり…肉体の主人が俺を殺すことを躊躇わないラプソーンからそんなことはできないユリマちゃんに変わった…?だが、そう仮定してなお…相手の底は依然見えない。
「邪魔な人はでてってください。私たちは大事な話をするんですから。大事なんですよ、大事な話。」
「サーベルト!」
「二度も喰らうか!!」
サーベルトは素早く横方向に転がり見えない魔法を回避した…かと思われたが。
「なっ!?くっ!ぐうう…」
「(初めから回避先を予測して放っていた…?)サーベルト!?まずい!」
サーベルトはまた捉えられてしまった。しかも今度はかなり重力の内圧が高い。サーベルトの苦悶の表情がそれを物語っている。
「今助けます!『ベタン』!…?『ベタン』!…まさか」
「ぐ…ぐああ…ッ!」
「もうドルマゲスさんの前に姿を現さないって言うなら、誓うなら解除してあげますよ。ほら…苦しいでしょ?痛いでしょう?だから早く言って。『もうドルマゲスさんの前から消えます』って。はい、どうぞ。」
「そんな…そんなことは…ぐああっ!」
「サーベルト!!くそっ!なんだってこんな時に…ッ!!」
MP切れ。分身と融合した際に多少回復したと思っていたが、まさかさっきの『ベタン』一発で底をつくなんて。先のラプソーン戦で限界近くまでMPを消費してしまっていたのか。
どうしよう、このままではサーベルトが………考えろ、考えろ、考えろ!
「(何も…思いつか…)」
「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
水気を含んだような、嫌な粘っこさを含んだ叫びがサーベルトの口から漏れ出る。俺はほとんど無意識に叫んだ。
「サーベルトを放せッ!!やっ、やめろおぉぉッッ!!!!!!」
「あっ、はい!わかりました!」
ぼと、とその場に落とされるサーベルト。呼吸は荒いが命に別状はなさそうだ。…が、今の俺はそれどころではなかった。
「え?」
なんで?
全然分からない。
「?」
ユリマちゃんはニコニコしながら首を傾げている。数年前までなら非常に愛らしく感じたであろうその仕草も今の俺にとっては困惑、ひいては恐怖の対象だ。本当に訳が分からない。
「…なんで……なんでそんなことを?」
「?だ、だってドルマゲスさんがやめろって言ったから…」
ぜはーっ、ぜはーっ、と苦しそうにしているサーベルトを、本来ならすぐに助けに行くべきなのだが俺は脳のキャパシティを超える困惑にまるで動けなかった。なぜ俺が言えばサーベルトは解放されるんだ?それで相手に何のメリットがある?油断させる罠?余裕の表れ?それとも俺は何かを見落としている?…否、この機会を無駄にするわけにはいかない。俺はすぐに駆け出しサーベルトを拾い上げると相手から距離を取った。相手はそんな俺を眺めていたが、俺がサーベルトの前で構えると我に返ったようにしゃきんと背を伸ばし、自分の頭を小突いた。
「…?……!あっ!私ったら!ドルマゲスさんは私を騙してるかもしれないのに…ついつい言うこときいちゃった…」
「お前は…なんだ…?ラプソーン…なのか…?」
「…」
瞬間、ユリマちゃんの顔から表情が抜け落ちる。まるで出来の良い人形を見ているようだ。その両の目からだらだらと流れる鮮血さえなかったなら。
「…なんで私の前で私以外の人の話ばかりするんですか。ねぇ、ドルマゲスさん。」
「…。」
「私はユリマです。トラペッタに住む占い師ルイネロの娘…小さな時からあなたを見てきた、あなたの隣に立ちたいと追いかけてきた一人の女ですが…覚えてない…?忘れたの?ねぇまさか、忘れたんですか?」
ユリマちゃん?の声色はそう言葉を紡ぎながらあからさまに低くなっていった。俺は未だ困惑から抜け出せないながらも段々と現状を把握しはじめた。なるほど、確かに今はユリマちゃんの人格が表に出ているらしい。人格がラプソーンだったとするならサーベルトを生かす/逃がすという選択肢が出るわけがないからだ。戦闘以外の選択肢が存在する以上、とにかく情報を引き出すためにも会話が重要だ。会話をしながらなら対策を考える時間を稼ぐこともできる。
しかし昔から多少感情の重さの片鱗を見せることはあったが…ここまで酷かっただろうか?
「忘れるわけないでしょう。あなたが何者かはともかく、あなたのその肉体の主はユリマさん。私の大事な、とても大事な人です。」
「!…も、もう、すぐそういうこと言う…」
俺がそう言うとユリマちゃんは一瞬頬を紅潮させ表情を綻ばせたが、すぐにぺちんと頬を叩いて先ほどまでの刺すような眼と冷たい表情に戻った。
「…ドルマゲスさんは本当に道化だったんですね。一人だなんて嘘をついて。私を弄んで自分は仲間と…お、女の子!と旅ですか。随分と良い御身分じゃあないですか。私がどんな目に遭ったかも知らないで。」
「私は一人だとは言ってませんし、あなたを弄んだつもりもありません。ですが聞かせてください、これまであなたの身になに「弄んだ!!!」」
ユリマちゃんの声が部屋に大きく反響する。見ると、ユリマちゃんの両目から流れていた鮮血が頭からも流れ始め、頬を伝って地面に滴っていた。
「嘘…嘘ついてますよ…ねぇ。ドルマゲスさんは私に嘘をついてます…あぁあ、話にならないなぁ!」
「お…落ち着いて…!!私は…」
「そうだ!ドルマゲスさんは悪くない!悪いのはドルマゲスさんを唆して、騙して、取り入ろうとする人たち!」
遺跡の最深部が小刻みに震え始める。蝋燭が倒れ、老朽化の進んでいた柱に蜘蛛の巣状の罅が入った。
「そこの男の人と!…あぁあ、女!女の子!金髪の…ぜっっったいにあの人だ…!ドルマゲスさんのことが好きなんだ…なんでここにいないの!?隠れてる!?来ていないの!?」
「…!」
ユリマちゃんは突然荒ぶり、神鳥の杖であたりの蝋燭を薙ぎ払った。
…いや、あれはユリマちゃんではない。人格こそ彼女のままだが、精神にラプソーンが潜んでいることで負の感情が増大しているのだろう。それによって豹変してしまった似て非なる別人だ。俺は相手をそう断定し、視線を相手に向けたままカバンをまさぐった。
「(…!一つだけ残ってたか!助かった!)」
『エルフの飲み薬』。MP回復アイテムはすぐ取り出せるような場所には保管していなかったと思っていたが、ダメ元でも探してみるものだ。俺はすぐさま不思議な香りのする液体を飲み干すと、サーベルトと自分に『ベホマ』をかけた。
「ドリィ…さっきから俺は役立たずだな…」
「(ぐえぇ、まっずい…)いいんですよ。まだまだこれからです。…しかしどうしたものか…」
ユリマちゃんも原作のゼシカみたいに叩けば治ったりするのだろうか?まずは神鳥の杖を奪わないことには何も始まらないが…。俺が少し思案していると、ユリマちゃんが少し落ち着きを取り戻した様子を見せたため、相手の動きに集中した。どうくる。どう来ても対応してみせる。否、対応しなければこちらが殺られる。
しかしユリマちゃんの取った行動はあまりにも予想外だった。俺が咄嗟に対応できたのはほとんど偶然だった。
…
「えっ!?なっ、ちょ──」
「あは!やっぱり『中』まで来てたんですね!泥棒の猫さん!」
ふと動きを止め、口角を吊り上げたかと思うと、なんとユリマちゃん──ユリマは空間を手で引き裂いて『開き』、何も状況を把握できていないキラちゃんを『引きずり出した』。そう、俺がサーベルトをここに連れて来た時のように。
「!?!?キラ!?何故ここに!?おいドリィ…ッ!」
「は!?いや、まっずい…!!!」
今の精神的に不安定なユリマの前ではキラちゃんも五体満足でいられるとは考えにくい。何しろキラちゃんは一度ユリマに殺されているのだ。俺の脳裏に夜の草原で魂を引き剥がされたキラちゃんの亡骸がフラッシュバックする。
「ここは、!?あな、たは…」
「私はユリマです。あなたですよね?金髪の女って。返してください、奪わないで。私のものなんです。」
「…ぅ…!」
「『ジゴフラッシュ』!」
見間違いだろうか、ユリマは俺が
俺は尻もちをついているキラちゃんを抱きかかえると、サーベルトの方へ放り投げた。乱暴で申し訳ないが、今はユリマから引き離し、もっとも安全な場所へ最速で移動させるのが吉だ。この戦いが終わって生きてさえいれば後でいくらでも謝ることはできる。
「ごめんなさいキラさん!」
「けほっ!う…ドルマゲス様!私は平気です!」
「…なんで。」
「なんで…その子を庇うんです?護るんですか?…大事な人だからですか?」
「サーベルト!キラさんはあなたに任せます!いいですか!『絶対に守れ』!!」
「応!任せろ!俺が命に代えてもキラを守り抜く!」
「話を聞いてよ…ドルマゲスさん…」
「キラさんは壁を背にしてできるだけ死角を無くしてください!前面はサーベルトが守ってくれます!…よし」
「わっ、わかりました!」
「聞いてくれないなら…」
ユリマはサーベルトに向かって『メラミ』を放った。しかしその火球は俺の張った見えない壁によって阻まれる。ギィンと鈍い音を立てて空気が震えた。
「これは…結界…!?」
「…ギリギリ間に合いましたね。…はい。私と貴方を囲うようにキューブ状の結界を張りました。貴方の攻撃はサーベルトたちには届きません。もちろんサーベルトたちも入れません。」
「えっ!それってつまり…」
「…これで、二人きりですね…。話を、しましょうか。」
「!!!!!」
ユリマは濁った右目もハイライトのない左目もキラキラと輝かせて、嬉しそうに身体をくねらせる。俺は額から今もなお流れ続ける冷や汗を、彼女に悟られぬようにこっそり拭った。
…
「ドルマゲスさんと二人っきり…!ふふ、えへ、何年ぶりかな?」
俺は暗黒神本人ではないので詳しいことは分からないが、今のユリマはラプソーンを自力で抑え込み、人格を保持している。ラプソーンの精神汚染を抑え込むのは俺や原作マルチェロですら苦労するのに、ユリマは割と平然としているように見える。つまり精神力でラプソーンを上回っている可能性が高い。
そんな相手とまともにやって勝てるはずがないので、俺はできるだけ相手を刺激しないように言葉を選びつつ相手の情報を探ることしかできない。その後のことはまだ…
「あなたは…何故私の異空間に干渉することができるのですか?ベルガラックで私が保管していたその『神鳥の杖』を持ち出したように、今回キラさんを連れてきたように…」
ユリマはまたもや不機嫌そうな顔になると、左手で髪の毛を弄り始めた。
「へーぇ。あの子、キラって言うんですね。ふーん。…まあ、あとでドルマゲスさんに謝らせて、どこか遠い遠いところに追放するつもりなので覚える必要もないんですけど。」
「はぐらかすな。どうやって『
俺が語気を強めると、ユリマは一瞬きょとんとし、ゆっくりと俯いた。
「ドルマゲスさんはそんな荒っぽい言葉遣いをしません。」
「…」
「優しいドルマゲスさんに戻ってください…」
「…。どうやって私の『イデア』に入ることができたのですか?」
一対一だと絶対に敵わないことが分かっている以上、俺が相手の機嫌を損ねるような事は極力避けねばならない。避けられる戦闘は避けるべきだ。
「…ドルマゲスさん、覚えてます?『呪術』の練習をしてた時、よく遊びに来ていた私に言ってくれましたよね。『呪術が使えるようになるためには霊力の存在を信じることが大事』だって。」
確かに言った…。というか呪術を習得しようとしていたあの時期、ほとんど口癖のように言っていた。魔法薬の開発中だった師匠にはうるさいと怒鳴られ、幼少期のユリマにはよく「またそれ言ってる~」と笑われたものだが…。
「…!まさか…」
「うん!ふふ…そう。私も信じました、霊力。正確には『霊力を信じるドルマゲスさん』を信じてました。」
「…。」
俺は内心で頭を抱えた。そうだ、あくまでも一般人である俺が扱えたのだ。なぜ他の人間がそこに至ることを想定していなかった?
「お父さんには何度も言われてたんですけど、私、ドルマゲスさんを『盲信』してるらしいです。私自身はそうは思ってないんですけど…。でも、やってみたらできました!えへへ!」
「…な、るほど…ではあなたは、私がトラペッタを去ってから何を?」
「……。…ああ、やっと話せる。ドルマゲスさんに。私は──」
ユリマは俺がいなくなってから毎日が辛かったこと、俺からの手紙を読んで師匠の薬を持ち出してトラペッタを発ち、海に流されてマイエラ地方まで流されたこと、俺を探してパルミドで潜伏していたこと、パルミドの情報屋から俺がベルガラックにいることを突き止めたことなどを事細かに語った。
「パルミドはすごく怖かったです…。毎日男の人が襲ってきて…酷い目に遭わされそうになったことも一度や二度ではないんですよ?でも、ドルマゲスさんを助けるためだと思ったら…その、我慢できました…えへ…♪」
ユリマは顔を赤らめてもじもじしている。その仕草は年相応の乙女のようで……本当に、本当にこういう時どういう顔をすればいいのかがまるで分からない。ただ、このまま相手のペースに乗せられるのだけはダメだ。
「で、ではベルガラックで一度杖を奪ったのは何故ですか?」
「…特に他意はないです。私がようやくドルマゲスさんに会えた時、あなたは宿屋で眠っていました。その寝顔を見ていたらそれだけで満足しちゃって、起こすのも忍びなくて。また次の日に会いに来ようと思っていたんです。でもその時急に頭が痛くなって…気づいたらこの杖の入った箱を持って宿屋を飛び出してました。もしかしたらドルマゲスさんに追いかけてきてほしかったのかも。」
「(なるほど…そこでラプソーンの精神汚染が…)」
「でもここでやっと会えた。ドルマゲスさんを守ることができる。そこの男の人から、女の子から、世界から!」
「わ、私は虐められているわけでは…」
ゴキキ、と嫌な音を立てながらユリマはこちらを振り返った。首が有り得ない角度までねじれている。
「それは違いますよ?ドルマゲスさんは『せんのー』されてるんです。だから酷い目に遭わされていることに気が付いていないだけなんです。」
「私は何も酷い目に遭わされたことは無いです。なにか、勘違いをしているのでは?」
「…私、道中でドルマゲスさんの敵になりそうな魔物や人間はボコボコにしました!」
俺の言葉も無視し、シュッシュッとボクサーのような動きをしてみせるユリマ。俺の脳裏に異常なまでに小さく圧縮されたオセアーノンの遺体がよぎる。今なら彼の遺言も意味が通る。オセアーノンはユリマにやられたのだろう。あの重力魔法を見れば納得だ。
「ドルマゲスさんを酷い目に遭わせたイカさんも、ドルマゲスさんのことを嗅ぎまわっていたパルミドの
「…!」
「あぁ、素敵な服、サラサラの髪、キリっとした眼、変わってない…背は、ちょっとだけ小さくなりました?…あぁ、私が成長しただけ?ですよね。ふふ」
「何で…私、を……助けに…?」
「………。あなたが、一人だから…。私を救ってくれたドルマゲスさんを、今度は私が救うんです。ねぇ、帰りませんか?トラペッタに。誰もドルマゲスさんを責めてなんかないんですよ。ライラスを殺したかどうかなんて私にはどうだっていいんです。あなたが、あの町に、私の近くにいてくれるんだったら…。」
「!」
「…ねぇ、私、頑張りました。すごく、すごーく。あなたの為に…。昔みたいに『ごほうび』くれませんか?…ほ、ほら!凄いですねぇ、偉いですねぇ、って言いながら頭を…撫でて…欲しい、です。」
褒めて褒めてと頭を差し出すユリマは、俺に頭を撫でる意志が無いとみると、自分で俺の手を掴み頭に乗せようとした。その行動に得体の知れない恐怖を感じた俺は思わずその手を振り払ってしまった。
「…。」
「…は?」
「ユリマさんは心優しい子です。私の師匠を呼び捨てにしたり、その命を『どうでもいい』なんて評するはずがありません。」
「……あの、いや、え?」
「…私にはあなたを正気に戻す責任があります。さあ、まずはその杖を渡して…」
「…え?はは、やだなあ、私は正気ですよ…あの、ドルマゲスさん?」
この子をこのまま野放しにしていてはいけない。ここで確実に元に戻しておかないと、ある意味でラプソーンよりも危険かもしれない。聞けば、こうなったのには俺の存在が関わっているようじゃないか。だったらなおさら俺の手でユリマを元に戻さなければなら──
バツンッ
「!?け、結界が…!?」
金属を凄まじい力で引きちぎったかのような音がしたと思うと、俺のすぐ後ろの結界に、スプーンでくりぬいたかのような丸い穴が空いていた。通常、結界は破られるにしろ蜘蛛の巣のような亀裂が直前に入るはずなのだが、今回は穴が空いた場所以外まるで損傷がない。つまり損傷部にのみとんでもない圧力がかけられたということだろう。……なんて出鱈目な魔力…。
「…ねぇ、ドルマゲスさん?なんでそんな酷いこと言うんですか?私が私じゃないとか正気じゃないとか…ねぇ。私、別に恩を売るつもりできたんじゃないんです。本当にドルマゲスさんを助けたくて…だからこんなことはあまり言いたくないんですけど、……それが助けに来てくれた人への態度ですか?」
「…ユリマさん、あなたは間違っています…が、それは貴方のせいじゃない!さあ、杖を…」
俺はもはや汗をぬぐうことも忘れ、ただ結界内を駆け巡る闇のオーラに耐えながら相手から目を逸らさないことで精一杯だった。
「…この杖が大事なものだってこと、知ってます。でも、私がドルマゲスさんにこの杖を渡したら、ドルマゲスさんはあの男と女の所へ帰らないといけないじゃないですか。私がドルマゲスさんを守るためにはこの杖は私が持っていないといけないんです。そうすれば永遠に二人のまま…。」
「そんな、何を根拠に…」
「根拠なんて必要ですか?私が貴方を助けたいと思う気持ちに理由が要りますか?あっあっ!ごめんなさいドルマゲスさん、怖い顔してしまって!ドルマゲスさんが私の助けが不要だと、そう言いたいように聞こえてしまって…そんなわけないですよね!…あぁあ、きっと私の言うことも信用しないように『せんのー』されてるんだ…ゆ、許せない…」
「(……ま…まるで話が通じない…)と、とにかく落ち着いて!!」
ユリマは無言でその場に杖を刺し、
「…
「…ユリマ、さん、私は──」
「……まあ、答えはもう『観え』てるんですよ。大丈夫、すぐに私がドルマゲスさんの『せんのー』を解いてあげますから!」
「(来るっ!)」
ユリマは身を翻すと、遠心力を利用して杖をハンマーのように叩きつけてきた。俺はできるだけ少ない動きで避けると、右手に持っていた「ふぶきのつるぎ」を上に投げて視線を誘導、左手に隠し持った「オリハルコンの棒」でユリマを突き飛ばした。
「う……痛い…けど、それは私を殴るドルマゲスさんの心も同じ、ですよね。私を傷つけたくないのに…ごめんなさい、ごめんなさい…私がすぐに助けますから…!」
「(んー…傷つけたくないのは、その通りなんだけどな…)」
「オリハルコンの棒」を使う判断をしたのは別に相手を嘗めているわけでも、騎士道だとか、同情だとかに乗っかっているわけでもない。殺傷能力はないが、ひたすら硬く、軽い。それが今の戦闘に最も適していると思っただけだ。
もうこうなったらタイマンで相手を戦闘不能まで追い込むしかない。絶対にこんな状態のユリマをサーベルトやキラちゃんに近づけてはいけない。あくまで憶測にすぎないが…おそらく、ユリマは俺を殺さない。向こうも同じくこちらを戦闘不能にしようとしているのだろうが、地力が違う。俺は全力を出しても相手を殺せないが、相手は俺を一捻りで殺せる、故に手加減をしなければならない。
そしてユリマは…昔から手加減が下手だった。そのラグを祈って戦うしかない。
「…やるなら…とことんです。私と踊りましょうか、お嬢さん?」
「ドルマゲスさん、情熱的…♪そんなところも大好きです!さあ、早く横になって、眠っててくださいね。すぐに終わらせますから♪」
直後、2つの『メラゾーマ』が激突し、結界内は爆炎に満たされた。
ユリマが途中サーベルトに『メラミ』を放ったのは体積の大きい『メラゾーマ』を放つと直線状にいるドルマゲスに当たってしまうからです。ユリマのドルマゲスへの愛は本物です。…偏愛ですが。
「オリハルコンの棒」:DQSに登場する武器。「竜皇帝バルグディス」を倒すと一度だけ入手できる。攻撃力は低いが、オリハルコンでできているためDQSでは最強の剣の素材となる。本作ではオリハルコンの加工技術をサザンビークの老魔術師から学んだドルマゲスが、作業の傍らでできた切れ端を繋いで完成させたもの。物理はもちろん、魔法にも強い。