ドルマゲスに転生してしまったので悲しくない人生を送りたい 作:えにぃ
ハロー、また杖を見失って少々ブルーな道化師ドルマゲスです…。もうそろそろ杖を持ってた時間が持ってない時間に追い抜かれちゃいそう…。あー、やだなあ。あの杖別に要らないのに。『欲しくないけど必要なもの』ほど厄介なものもそうそうないですよね。厄介ついでに、今度は別方向の問題児にも会わないとなんですよ。トホホ…。
…
「天才呪術師ハワード?そんな輩がおるのか」
「あれ、物知りな師匠ならご存じのことかと思っていましたけど」
師匠がハワード邸の前で足を止めたので、したがって俺たちも立ち止まる。
「生憎、魔法以外のことにはまるで興味が無くてな。…ふーむ、それにしても『呪術師』か…そんなけしからん人間がお前以外にもいるとは。」
「ドルマゲスさんを差し置いて『天才呪術師』だなんて。その人目玉付いてないんじゃないですか?」
「ユリマ、本人の家の前ですよ。あと師匠も。」
ホントにもうこの人たちは人目を憚らないでずけずけと物を言うんだから。後ろの優等生二人を見習ってほしい。
「お名前くらいは城にいた時に何度か耳に挟んだことがありますよ。何でも様々な術を使って依頼を解決し、その報酬で財を築いてリブルアーチで一番の富豪まで上り詰めた名家、ハワード家の現当主様だとか。呪術師…というからにはドルマゲス様とも何か関係がおありなのでしょうか?」
ほら、キラちゃんは言葉遣いも汚くないし博識。二人ともよく見て!この子が模範生ですよ。
…はい、それは置いといて。ハワードの使う、所謂『本物』の呪術には非常に興味がある。俺の呪術など所詮魔物の真似事と、その延長線でしかないのだから。
「あー、私の使う『呪術』は自分で勝手に名付けた我流のものでして、ハワード氏の使う術の数々とは全然異なるんですよ。なので原理もサッパリ。あと、彼と私は親族でもなんでもなく赤の他人です。そもそも私記憶ないですし。」
師匠がそういえば、という風に目を見開く。いいのよ覚えて無くて。ぶっちゃけこの身体の過去なんかこの先関係ないし俺も気にしてないし。変に記憶が戻って俺の前世の記憶とごっちゃになったら面倒だし。
「その当主様が賢者の末裔…というわけではないのか。賢者の末裔を使用人にするとは、ハワード氏は何が狙いなんだ?」
「それは話すと長くなりますので。とにかく、ゼシカさんが来る前にハワード氏に会いに行きましょう!」
…
「…。」
「ど、どうしましょう…!」
「うーん…」
結論から言うと、俺たちはハワード邸の衛兵に追い出された。…普通に不法侵入なので、別にここは咎めるようなところでもない。むしろ歴代の勇者たちはよくもまああんなズカズカと他人の家に上がり込んで、しかも制止されないよな。主人公だから、と言われると言い返す言葉もないが、面倒な手続きが無いのは少し羨ましい。…決して人のタンスを漁ってアイテムを盗っていくのを羨ましがるほど浅ましいわけではないが。
「前みたいに入るしかないですかねぇ…」
「前???」
「…ああ、なるほど!マイエラ修道院の時のようにして入るんだな!」
「前」と聞いてサーベルトはピンと来たようだ。…というのは聖堂騎士団の目をかいくぐってオディロ院長に会うため、姿を消して潜入し、邪魔してくる奴らを眠らせて本丸まで突っ切るという策もくそもないただのゴリ押し完全犯罪のことである。ちなみにサーベルトはいなかったが、ベルガラックのギャリング邸にもこの方法で押し入った。
俺がそう説明すると師匠とキラちゃんにはドン引きされた。だって仕方ないじゃん?
「時間もないので私は早速行こうと思っていますが、誰か一緒に来ますか?一人くらいならリスクなく潜入できますけど」
「わしはパスだな。そのハワードなる呪術師がどんな輩か知らんが、わしとはどうも反りが合わなそうな気がする」
そうですね。わたくしもそう思いまするよ。
「「じゃあ、わたし(俺)が」」
「…。」
声が重なったユリマとサーベルトは、お互いの顔を見合わせた。
「お兄さん、ここは大丈夫ですから、わたしに任せてゆっくり英気を養ってください」
「ダメだ。何もしないでいることは今の俺には耐えられそうにない。今は少しでも先に繋がることをしたいんだ」
「呪術と聞いたら黙っていられませんよ!わたしだってちょっぴり使えるんですから!」
「それを言うなら俺だって同じ賢者の末裔に会いたいさ!」
「…。」
……ゴメン、もう一人で行っていい?二人ともこうなると頑なだからなあ…どうしよ…。
俺が困っているとそれを察知してくれたのか、仲間内で「唯一」柔軟な思考ができるキラちゃんが助け船を出してくれた。キラちゃん様マジ天使。
「でしたら、サーベルト様は私とライラス様と共にこの街を回りませんか?街の案内人の方はここには誰も来ていないと仰っていましたが、もしかすると暗黒神は既に街のどこかへ潜んで賢者様を襲撃する機を窺っている、という線も考えられます。なので我々と共に安全の確認を。…どうでしょうか?」
「おい、わしを勝手に巻き込むな。…まあだが他にやることも無し、付き合ってやってもいいが…あまり目立つなよ?」
「…。…よし、そういうことなら。ドリィ、俺はライラスさんたちと共に行動することにする!」
「OK、承知しました。ラプソーンに気取られぬよう、あまり大きな騒ぎを起こさぬようにお願いしますね。もし何かあればキラさんに。キラさんが
「お兄さん、感謝します」
サーベルトは少し考えて納得したのか、キラちゃんたちと共にリブルアーチをパトロールすることにしたようだ。ということで俺はユリマと共にハワードの屋敷に潜入する。潜入してハワードに会い、闇を弾く結界の作成を急いでもらうのだ。原作では間に合わなかったが、もしラプソーンの初回の襲撃までに結界が完成していればそこで無事に終わるはず。そうしてラプソーンを杖に追い込み、今度こそ回収するのだ。
「ユリマ、手を」
「…。てっ、手だけでいいんですかぁ?もっと密着した方が…なんて」
「手だけでいいですよ。すみません急いでるので」「ごめんなさい」
しおらしくなってしまったユリマを見てちょっとだけ罪悪感を感じてしまう。しかし時間があっても余裕があるわけではない今、許して欲しい。後で何か買ってあげるからね。俺はユリマの手を取り、呪術を発動させた。
「…よし、ではみなさん、行って参ります。『
俺の手のひらから発生する振動が、光の波を、音の波を、波動の波を屈折させる。これで俺とユリマは誰からも見えず、聞こえず、感じられない状態になったはずだ。
「消えた…!?…『レムオル』か?それとも「きえさりそう」…いや、どちらも違うな…フン、なかなか興味深いことをする」
「頑張れよドリィ!ユリマ!」
「行ってらっしゃいませ!」
サーベルトもキラちゃんも俺たちの立っているところとは全然違う方へ手を振っている。よしよし、ちゃんと知覚できなくなってるみたいだな。『ラグランジュ』の効果を確認した俺はユリマを抱えてハワード邸のベランダまで飛ぶと、『アバカム』で窓のカギを開錠して屋敷に潜入した。不法侵入も三度目ともなれば慣れたものである。
…
「…」
屋敷の中では使用人たちが甲斐甲斐しく働いている。汚れた食器が運ばれているところを見ると、おそらく食事の時間は終わったのだろう。であればハワードは自室にいるはずだ。俺たちは階下の使用人の動きに注意を払いつつ、姿を消したまま2階にあるハワードの自室に向かった。原作でのチェルスの発言によればハワードは愛犬レオパルド以外には心を開いていないらしく、それが原因か否かは知らないが、ハワードの部屋がある2階には使用人がいない。近寄らないよう言いつけているのか、使用人が近寄りたがらないのか、その両方か。なんにせよ侵入者たる我々にとっては幸いである。
「(ドルマゲスさん。このお屋敷、外観と違って中身は意外と簡素な作りなんですね)」
物珍しそうにあたりを見回してユリマがポツリと呟いた。確かに、壁はほぼ全面が無地の紫と緑、絨毯の模様も派手なものではなく、額縁なども飾られていない。家自体がだだっ広いせいか、リブルアーチの他の家と比べても確かに少し寂しい感じはするな。石像や燭台があるぶん、質素とは到底言えないが。
「(まあ、シンプルイズベストと言うでしょう。私はこういう内装もキライじゃないですよ)」
「(しんぷ…?神父るいず…?)」
「(単純なものほど素晴らしい、という意味です。…さあ、この先におそらくハワード氏がいます。…ああ、ユリマ?単純なものが素晴らしいとは言いましたが、単純と短絡的を履き違えないでくださいよ?)」
「(?…はーい!)」
要はハワードに何かいらんことを言われてもすぐ突っかかったりしないでね。ってこと。あんまり期待はしてないけど。
俺が部屋の扉を開けて中に入ると、奇抜な服装に身を包んだ中年の男、ハワードが突然開いたドアを見て固まっていた。床には本が散乱しており、読書中であったことが窺える。そんなことを考えながら俺がドアを閉めようとした瞬間…
「(…!!?危ない!)」
突然ユリマが俺を突き飛ばし、その瞬間白く輝く物体が俺の目の前を横切った。
「…っ!」
通過した光の弾はそのまま壁にぶつかり、大きな音を立てて弾けた。突き飛ばされた拍子に俺とユリマの手が離れたことで『ラグランジュ』は解け、俺たちの姿が露わになる。今のはハワードの攻撃か…?
「いきなり突き飛ばしてごめんなさい!…け、ケガはないですか?」
「大丈夫です。『
そんな俺たちの前で見下したような笑みを浮かべる悪人面の小男、ハワードはでっぷりと肥えた腹を張り、ふんぞり返って鼻を鳴らした。
「フン、予想よりも少し早かったが…他愛ない。…貴様ら、わしを大呪術師ハワードと知っての狼藉じゃろうな?二人で来ようと、姿を隠そうと、そんなことでわしを欺けると思うてか。…わしはわしで貴様らが来ることくらい占星術でとっくに予知しとったのじゃ。故にわしを殺そうとする杖使い女を退治するまじないも既に会得済みというわけじゃ。」
なるほど、ハワードは俺たちこそが自分の命を狙う賊だと思ってるのか。うーん、今のところは申し開きができないほど俺たちが悪いので、ひとまず誤解を解いておこう。
「お言葉ですが、僕たち…杖、持ってないんですよ。なので杖使い女ではないです。ね?ユリマ?」
「はい。というか、それくらい見て分かってほしいです。やっぱり目玉ついてないんじゃないですか?だいたい…」
やはりというかなんというか、ユリマはハワードに突っかかっていきそうだったので、俺はユリマの背中をつねった。ひぅん、と情けない声を上げてユリマは沈黙する。
「…ぬ?」
「偉大なる大呪術師のハワード様とお見受けします。突然の、しかも正規の手続きを踏まない訪問を失礼します。しかし火急の要件故、とりあえず我々はハワード様の敵ではない、ということを分かっていただきたく。」
俺がそう言うと、ハワードはなめ回すように俺たちの姿を凝視する。…ん?ゆ、ユリマ!何えずいてんの!?ここで吐くつもり!?
「(うぅ…汚い男の人の視線に曝されると気分が…)」
…俺がもしこんなことを言われたら泣く自信がある。今ここで頭を下げさせたいくらいデリカシーのない発言だが、小声で言っただけ成長と言えよう。
「…ふむ、なるほど。どうやら確かに杖使い女ではなさそうだな。しかし小僧、そして女よ。貴様らもただものではなかろう?何者で、そしてこのわしに何の用じゃ?」
それは──。俺が口を開こうとした瞬間、半開きだったドアがバンッ!と音を立てて完全に開かれた。
「それ以上近づくなっ!!」
「…あ」
「何者だか知らないが、ハワード様に手を掛けようというのならこの僕が容赦しないぞっ!!」
駆けこんできたのは土色のみすぼらしい服に身を包んだ線の細い青年。冴えない糸目の彼こそが七賢者が一人『大呪術師』クーパスの末裔、チェルスである。チェルスはハワードを庇うような形で俺たちの前に立ったものの、その足は震えていてとても何かができるようには思えない。しかしその声の奥底からは、たとえ自分がどうなろうと主君の命だけは助けてみせる、という強い覚悟が感じられた。
「なーにがこの僕が!じゃ。お前が容赦せんかったからと言って何ができるんじゃ、このボケナス!」
庇われたハワードは憤慨し、チェルスを蹴り飛ばした。守るはずの主君に後ろから蹴られたチェルスはつんのめって顔から床に激突する。
「はっハワード様っ」
「そもそもお前は今更ここへ来て何をしようというのだ!来るならもっと早く駆け付けんか!この役立たずが!」
「そんな、私はハワード様のお部屋から大きな音がしたので胸騒ぎがしてすぐに…」
「そんなことはどうでもええわい!…もうお前はレオパルドちゃんにご飯でもやってこい!わしはそこの二人と話がしたいのじゃ!」
「は、はい…」
チェルスは立ち上がると、そのままトボトボと部屋から出て行った。…本当に可哀想。自分が命の危機に瀕した時、そこへ己の身を挺して駆けつけてくれる人がいる者は果たして世界に何人いるだろうか?ハワードはもっとチェルスを大事にすべきである。
「さて、愚図のせいで話が逸れてしまったな。…改めて、貴様らは何者で、此処へは何の用で来たのか?」
さて、そんなことは気にも留めていないハワード。彼は尊大に構えているが、一見無防備に見えてこちらへの警戒は解いていない。後ろ手に輝く光弾がその証拠だ。ここで相手を刺激するようなことを言っても特に良いことは無いので、俺たちは一定の距離を保ったままここまでの経緯と暗黒神の脅威について事細かに語った。
…
「ほう…そういうことか。にわかには信じられんが…坊がトロデーンを滅ぼした張本人というのだな?そしてそちらのお嬢が杖の二代目の持ち主、そして現在杖を持っているのがわしが占星術で予知した三代目の杖使い女というわけじゃ。」
「ええ。そして我々がハワード様の元へ参上したのは先ほども申しました通り…」
「わしの会得した結界術では杖使い女を迎撃できないというのだろう?…この結界は魔物すら通さない高等呪術、正直そんなことが有り得るとは思えんな。お前の言葉…嘘をついているようには見えねど、信用するに足る証拠は無い。…貴様、一体何が狙いなのじゃ?」
ハワードは声のトーンを一段落として凄んでみせた。顔が(物理的に)デカいこともあり、なかなか迫力があるな。…そりゃ普通の魔物は通さないかもしれないですけどね。今回の相手は普通じゃないので…
「なんですか!わたしたちはあなた(正確には賢者)の命を守るために警告に来たんですよ!もっと強い結界を作った方が良いってアドバイスしに来ただけなのに!」
「…僕から言えることは、杖の持ち主は三大国の内の一つを単騎で陥落させるほどの魔力を擁し、しかもその力は今ではさらに増幅しているということだけです。どうか良い答えを期待しています。」
「ぬぅ…」
一国を一人で滅ぼしたという話を強調すれば流石のハワードもたじろぐ。いくら彼が優れた呪術師であろうと、自分一人で国を一つ滅ぼすことは可能だろうか?そう考えれば歴然たる実力の差はおのずと分かるはずだ。
「…お前さんらの言い分はわかった。しかしわしの用意した結界以上に強力な結界の術となると、流石のわしでも簡単にはできん。…そうじゃ、遠路はるばるわしの元へ警告を届けに来てくれた礼も兼ねて、お前さんたちに仕事をやろう。それが達成できればひとまずお前さんらの言葉を信用してやるわい。わしのためにここまで来たということは、わしのために働くことを承知したも同義。引き受けてくれるな?」
俺はまた心配になってユリマの方を見たが、ユリマは流石にもう突っかかったりしませんよ、と肩を竦めた。
「…暗黒神の野望を阻止するためです。引き受けますよ」
暗にお前のために動くんじゃないんだぞ、という意思表示をしつつ俺はハワードの依頼を引き受けることになった。
「安心せい、わしのために働けるということは名誉なことなのじゃからな。…では本題じゃ。実はこの街にクランバートル家という古くからの彫刻家の家系があってじゃな。その家に代々伝わる『クラン・スピネル』という二つの宝石には強力な魔のチカラが宿っておるのじゃ。わしも以前から譲ってくれと頼んできたのじゃが、なにしろ先代が頑固者でな。聞く耳をもたんのじゃ。そこでお前さんにクラン・スピネルを譲ってくれるようクランバートル家に頼んで欲しい。いくら頑固者とはいえ、誠心誠意頼めば気持ちは伝わるじゃろ。…まあ、
ハワードは最後の一言を妙に強調して言った。…ははあ、なるほど。このセリフ、当時は「そんなに偉いアンタが頼んで無理なら一般人の俺が頼んでも意味ないだろ」と思っていたのだが、今ので納得がいった。…要するに「貰えないなら奪ってこい。だが責任はお前らが取れ」という意味だ。卑劣だが、他人を信じないハワードらしいといえばらしい。
「あの宝石なくしてはお前さんらの言うような結界は作れんからな。わしが占星術で算出した杖使い女の到着時刻まではもう間もない。急いで頼むぞ。」
「なるほど。…ところで、ハワード様の算出されたという、杖使い女がここに現れる時刻とはいつごろでしょうか?」
「おおよそ一日後…明日の夕方じゃろうな。わしの占星術は必ず当たる故、間違いはあるまい。」
ふむ、一日か。勇者たちが杖使い女(=ゼシカ)よりも早くここに来ることは有り得ないので、そう考えると思っていたよりは時間があるようだ。ちょっと行きたいところもあったし助かる。
「…承知いたしました。ちなみに、魔石と言えば私はこんなものを持ち合わせておりますが、これでは代用できませんか?」
俺は『
「…!?こっ…これは『アルゴンハート』か…!?クラン・スピネルに並ぶ希少鉱物が、しかもこんなに…」
「あと、お望みなら『ビーナスの涙』を持ってくることもできますが」
「!?!?」
サザンビーク地方の、王族と管理人のみが入山を許される『王家の山』でしか産出されない魔石『アルゴンハート』。(勇者たちから預かったままになっていた)
そしてパルミド地方に在る難攻不落の迷宮『剣士像の洞窟』に秘された魔石『ビーナスの涙』。(勇者たちが攻略していなければそのままになっているはず)
これらの所有を匂わせたことで、ハワードは目玉が飛び出るほど驚いた。いい気味だ。ユリマも掌の上のアルゴンハートを見て目を輝かせており、こういう宝石に憧れるようなところは年相応というか、なんか微笑ましい。
「せ…世界三大宝石の内の二つを既に所持しているというのか…?ますます正体の掴めぬ奴よ。…しかし…。よし、お前さんがそこまで言うならばこのアルゴンハートと、ビーナスの涙も貰ってやろう。じゃが結界のカギとなるのはやはりクラン・スピネルじゃ。クランバートル家はわが敷地の噴水の下に住んでおるからな、頼んだぞ!」
むぅ、アルゴンハートとビーナスの涙では不十分だったか。これでクラン・スピネルの代用になればもっと時間が短縮できたのだが…。作れないなら仕方ない。
「はい。…ちなみにハワード様?結界の作り方は既にご存じで?」
「…あ、当たり前じゃろう。わしを誰だと思っている?偉大なる大呪術師ハワード様とはわしのことじゃぞ!」
どーだか。原作にして材料が全部集まってから初めてレシピを取りにいかせるようなヒトだからなぁ。俺たちはハワードに一礼して退出し、そのまま屋敷を後にした。
…
「ドルマゲスさん、いやーな感じでしたね、さっきの人!わたし、ああいう人は本ッッ当に苦手なんです!」
「ですね。…しかしユリマ、ハワード氏の使う未来予知、『占星術』はかなり高精度ですよ?いっそ彼に弟子入りして男性嫌いの克服、そして『リリィ』の性能を底上げ…なんてのはどうです?」
「えっ…」
軽口をたたいたつもりだったのだが、ユリマは本当に泣きそうな顔で俺の顔を見てきた。あー…、この子は俺がやれっていえばなんでもやっちゃいそうだもんな。本当に弟子入りしに行くかもしれない。もっと気楽に構えてくれていいんだけど。
「あー、冗談ですよ、冗談。もう貴方をどこにも置いていったりしませんから。」
俺がそう言うとユリマはコロリと表情を変え、嬉しいです、と笑う。俺がそんな調子のよい彼女と共に門を出ようとした時、後ろから呼び止められた。
「あ、あのっ!」
「…貴方は」
「ハワード様の屋敷に仕える使用人のチェルスと言います。…さ、先ほどは申し訳ありませんでした!あなたたちをハワード様の命を狙う賊と勘違いしてしまって…」
チェルスはさっき部屋で見た時よりも少し汚れていた。おそらくハワードの愛犬レオパルドに餌をやった際に後ろ脚で砂でもかけられたのだろう。現実でも物議を醸したチェルスの「例のシーン」を知っている身としては、こういった泥汚れすら痛ましく見える。
「気にしないでください。僕たちがこの屋敷に不法に忍び込んだのは事実ですから。むしろ、ハワード氏を庇った貴方の忠誠心に心を動かされたほどです。」
「…あなたも大変ですよね、あんな人の下で働かされて。仕事を辞めたくなったりしないんですか?」
「…なんでしょうか、不思議とそういう気持ちにはならないんです。私がこの屋敷で働けることには何か運命的なものを感じていて…それに、私自身もハワード様のこと大好きですから…」
「…」
ユリマは有り得ないものを見るような眼でチェルスを凝視している。…すごいな、リブルアーチに来てからユリマはどんどん成長している。最初は悪口も憚らなかったのにそれも小声で言うようになり、今やめちゃくちゃ嫌な顔をするだけに留まるとは!やっぱりハワードに弟子入りさせようかしらん。
「…そうですか。であれば僕からは何も言いませんが…。せめてこれを受け取ってください。」
俺は袋から虹色の小瓶を取り出し、「ふしぎなサプリ」を渡した。チェルスは不思議そうな顔で受け取った錠剤を眺めている。
「…これは?」
「それを飲んで、その上で今の自分を省みてください。選択する権利は誰にだって与えられるべきなのですから。」
「…よく分かりませんが、ありがとうございます!(栄養剤みたいなものかな?)」
チェルスが屋敷に戻ったのを確認し、俺たちは今度こそ門を出た。
「選択する権利か……」
「…ドルマゲスさん?どうかしました?」
賢者クーパスが編み出し、初代ハワードの施した「因縁の呪術」によって、ハワード家とクーパス家は絶対に離れられない運命にある。チェルスが仕事に運命を感じていたり、現ハワードがチェルスを嫌っているのにクビにしないのはその呪術によるものなのだ。ある意味では二人とも先代たちの被害者である。言うなれば二人は運命の奴隷なのだから。
…しかしそれは俺もどうだろう?先の展開を知り、それに従って自分の行動を決定している俺も運命の奴隷とは言えないだろうか?たった今頭に浮かんだ疑問だが、考え始めると深みに嵌りそうだ。
「…?」
「…。ふふっ、失礼。何もありませんよ。…ユリマ、髪にゴミが付いてます」
「えっ!?…ああっ本当だ!…絶対さっきの家で付いたんだ…許せないです」
主人を心配する犬を彷彿とさせるユリマの顔を見ていると、面倒なことを考えるのがバカらしくなってきた。…大丈夫、俺はやりたいようにやってる。これまでもこれからもそれは変わらない。
さて、クラン・スピネルを貰うにはリーザス様の協力が必要だろう。俺はクランバートルとアルバートの架け橋である『彼』を探して階段に足を掛けた。
侵入者から押し付けられた怪しい薬を躊躇いなく受け取るチェルス不用心すぎる~!そこもいいところではある~!
原作を知らない方への補完
チェルスは「三角谷(ドルマゲスも超昔に行ったことあるよ!)」出身の人間で、人里に出てきて行倒れそうになったところをハワードに拾われてそのまま使用人として雇われている。しかし、ハワードはチェルスの顔を見るだけで苛立つほど相性が悪く、しかし何故かチェルスをクビにしようとは考えることができない。ハワードはそんな現状を「わしはきっと奴を死ぬまでいびり倒したいのじゃろうな」と自己分析している。一方のチェルスは自分の命を救ってくれたハワードに対して強い恩義を感じている。
一見偶然に見えるチェルスとハワードの出会いだが、これは「因縁の呪術」と呼ばれる呪術によって運命づけられたものである。ハワードの隠し書庫に収められていた初代ハワードの記録によると、賢者クーパスは弟子である初代ハワードに呪術を託した後何も言わずに消えてしまったが、「賢者クーパスの血筋を守る」事を一族の使命だと誓った初代ハワードは因縁の呪術を行使する。その内容は「世界に危機が訪れた際、クーパスとハワードの末裔は再びめぐり合う」というもの。なのでチェルスはハワードとの出会いに運命を感じており、またハワードもチェルスをクビにすることができない。
賢者クーパスと初代ハワードの誤算は、ハワード一族がその力に驕り「賢者の末裔を守る」という宿命を忘れ去ってしまっていたこと、さらに暗黒神が動き出したこの時代、当代ハワードとクーパスの末裔チェルスの相性が絶望的に悪かったという事実である。長い月日が経って自身の存在意義をも忘れてしまった両家にとっては、「因縁の呪術」もただの枷でしかなかった。
あれ?なんか前回といい今回といい全然話が進まないな?