「どうですか?」
ライブハウス「Chibetray」の向かいにあるカフェで、身長差のある二人組が茶をしばきつつ、作戦会議をしていた。「チベロック」の数日後、ティムレンが早速作ってくれたという曲を、ザナバルが聴いていたところだ。
「良いと思うよ。これでいこう」
「他には?」
「他!?いや、えーっと・・・特に、無い」
「はぁ・・・」
ティムレンは大きな溜息をついて、目の前に置かれた冷め切ったSサイズのホットティーに口を付ける。彼女曰く、「熱すぎるのも冷たすぎるのも体に良くない」とのこと。単に猫舌で腹を下しやすいだけなのでは・・・とザナバルは勘ぐってしまった。
「ボクたちは契約関係にあります。ザナバルさんが依頼主(クライアント)で、ボクが制作者(クリエイター)です。TPOにもよりますが、“良いもの”を求め続けるクライアントは、クリエイターが持ってきた最初の作品にすぐに満足していてはダメなんです。もっと求めていかないと」
「そう言われてもな・・・」
ザナバルは困惑しながら、ティムレンの黒い瞳を見つめる。幼げな見た目にもかかわらず、いくつもの修羅場を潜り抜けてきたかのような闘志が宿っているのを感じた。
「もう少し分かりやすく言うと、ボクはザナバルさんが求めるアイドルの理想像、そしてザナバルさん自身が持つ考えや意思を知りたいんです。そういった情報が、作品にアイデアを注ぎます」
「アタシは・・・」
そう言いかけて、ザナバルは言葉に詰まる。まるで事務所のオーディションで面接官から質問を受けている時のような感覚を覚えたのだ。こういう時には確か、こう返していたっけ。ザナバルは、目の前でカップの半分残っていたLサイズのアイスティーをストローで一気に飲み干して、続きを応えた。
「『自由なアイドル』を目指してる」
「自由・・・ですか。経緯を伺っても?」
「そう。まだアタシがガキだった頃、『エオカ』って名前のローカルアイドルに出会ったんだ。地元でしか活動してなかったけど、底抜けに明るい笑顔と人懐っこい性格で、地元の連中の間ではトップアイドルみたいな存在だった。ある日偶然エオカと会って話してた時、エオカが言ってたんだ。『アタシは自由にアイドルやってる今が一番楽しいんだ!』って。それでアタシも、エオカの生き方に憧れた。こんなに自由に自分を表現できる世界に、足を踏み入れたくなったんだ」
ザナバルは再びストローに口を付けるが、空になっていることを認識し、店員におかわりを注文した。
「なるほど。それが原点(オリジン)だったわけですね」
「そっからは、この前話した通り。養成学校に入って、サトリアと出会って、卒業して今に至る」
ザナバルの話を聞きながら、ティムレンはノートの上でペンを走らせていく。ノートの表紙には「社外秘」と書かれている。
「では、ザナバルさんのオリジンが分かったところで。先程の曲をもう一度聴き直してみてください」
ティムレンに言われるまま、イヤホンを右耳に戻す。和ロックな雰囲気は先日のバトルライブの時と似ているが、逆に言えば、メロディを少し変えただけのように感じる。
「もう少し、意外性があってもいいのかな。サビ辺りとか」
「なら、転調等を試してみましょう」
ザナバルのイメージが、ティムレンに伝わり、具体的な作曲技法に落とされていく。ザナバルの前に置かれたアイスティーに入った氷が、カランと音を立てて静かに解けていった。
数日後に完成した新曲は、1週間の準備期間の後、Chibetrayで初披露された。これまでのザナバルのイメージはそのままに、敗北を糧に、リベンジを誓って這い上がってくるようなパワフルな曲となった。ライブの様子は動画サイトに投稿され、再生回数は少しずつ伸びていった。
「ようやく・・・バズり始めましたね。ボクの曲」
ティムレンは、Chibetrayのラウンジでヘッドホンをかけ、昨夜投稿された動画のコメントを閲覧している。椅子にもたれかけ、大きなため息をつく。
「かなりセンスのある曲を作るんだな」
「ひやっ!?」
突如背後から声が聞こえる。飛び上がりそうになりながらも振り返ると、そこにいたのはぼさついた緑の長髪が特徴的な、スーツ姿のサトリアであった。
「・・・敵情視察ですか?」
「まさか。目的はアイツの様子を見に来たのと、もう一つ」
サトリアの赤茶色の瞳が、ティムレンに狙いを定める。
「ティムレン。君に私の曲を作ってほしい」
「は?それってつまり」
「ザナバルとの契約を解消し、代わりに私と契約してほしいんだ」
ティムレンは、すぐに状況が呑み込めなかった。今や新進気鋭の大人気リバイバーアイドルがなぜ急に自分を・・・?
「その動画、私も観させてもらった。アイツ一人で作れる曲じゃないことはすぐに分かったよ。それで色々調べてみたところ、かつて君が動画サイトに投稿していたオリジナルの曲とコード進行が似ていた。事務所の調査力をなめてはいけないということだ」
サトリアは向かいの席に座ると、鞄から書類の束を出してきた。
「大方、口約束の契約だろう。ならば、こちらで正式に書類上の契約で上書きすることは可能だ」
「・・・断ったら?」
「断る理由が無い。うちなら報酬と作業環境、加えて人気も保証する」
確かに、クリエイターにとっては絶対に逃せない好機だ。書類に手を伸ばしかけたその時、嗅ぎ慣れた匂いを知覚すると共に目の前の書類が周囲に散らばっていった。
「ヘッドハンティングとは、事務所仕事が板に付いてきたみてぇだな。“サートゥルナーリア”」
「その名前で呼ぶなと言ったはずだ。敗北から立ち直ったようで何よりだよ、“ザナバザール”」
「ティムレンはアタシの専属作曲家だ。他の誰にも渡すつもりはねぇよ」
「君一人のために使い古されるには惜しいほど優秀なクリエイターだ。彼女の返答次第では、こちらが契約を上書きすればお前の意見など不要だ。さあ、答えを聞かせてもらおうか?」
サトリアは、選択を迫る。迷うことなく乗っていいはずの誘いだ。だがなぜだろう。ザナバルが来る前からずっと、伸ばす手を止めようとしてくる心がある。
「迷っているのか?」
「・・・すみません。もう少し考えさせてください」
俯いてしまうティムレンを前に、サトリアはしばし黙考したのち、突如ティムレンの手を引っ張って歩き出した。
「おい!どこへ連れてく気だ!」
「彼女の心に問い掛けるだけだ。“私達らしいやり方”でな」
ティムレンが連れてこられたのは、Chibetrayのスタジオだった。まだ昼頃で、客は誰もいない。
「まさか・・・」
「お前はそこで見てろ。今から私が、彼女の内に秘めた想いを引き出してあげる!」
話しながら、サトリアは髪を結び、瞬時に衣装に着替えて“アイドルモード”に入った。周囲の空気が一気に変化するのを、ザナバルとティムレンは感じた。
「おいで!私達の世界に踏み込むことで、自分の中に見えてくるものもあるって教えてあげる!」
サトリアのエネルギーがスタジオ内を充満する。出店の並ぶお祭りの会場が、一瞬で展開された。
~~
「見てみてー!チーズめっちゃ伸びてる!」
「焼きたてのたこ焼きだよ~ぅ!いらっしゃ~ぃ!」
「ママあれやりた~い!!」
来場客も一緒に展開された騒がしい空間に、ティムレンは一人取り残された。
「・・・」
人の多い場所は好きになれない。激しい無力感に苛まれるからだ。ここにいる人々に勝るものを、ここにいる人々を惹きつけるものを、彼女は持ち合わせていない。
「ティムレン!」
背後から元気溢れる声が聞こえる。振り返ると、周囲の人ごみにも紛れない凄まじいオーラを放つサトリアがそこにいた。
「一緒に屋台回ろ?」
「・・・はい」
ラウンジにいた時とはあまりにも異なる雰囲気に戸惑いつつも、ティムレンはサトリアに付いていくことにした。
「チーズドッグあるよ!食べてく?」
「この空間でものを食べると、現実にどう影響するんですか?」
素朴な疑問を口にする。
「端的に言えば、『食べた人の中に眠っている、その食べ物に関する記憶』が想起されるの。焼きたてのたこ焼きは熱い!とか」
サトリアとティムレンは、人ごみをかき分けて進んでいく。
「ザナバザールと私のライブを見てた時、あなたずっと後ろの方にいたでしょ。人が多いところが苦手なのは何となく分かったけど、それならどうしてChibetrayなんかに来たの?」
「それは———」
誰かに勝てる可能性を探していたから、と答えようとしたが、言葉にはならずに飲み込まれてしまった。周囲の人々が、ティムレンの方に目を向け始める。ティムレンは目を閉じ、耳を塞いだ。もうサトリアの歌も聞こえない。
「ティムレンちゃんって、リバイバーなの?」
小学生くらいの女の子が話しかけてきた。ティムレンは、自分がかつて通っていた小学校の教室で、椅子に座っていることに気付く。うん、と返事をすると、少女は目を輝かせた。
「すごい!何ていうリバイバーなの?」
ティムルレンギア、と答える。
「聞いたことない。恐竜?」
ティラノサウルスの祖先に近いらしい、と答えると、少女は再び目を輝かせた。
「すごーい!じゃあ、きっと強いリバイバーなんだね!」
強いリバイバー———ティラノサウルスの名前を出すだけで、周囲は皆ティムレンのことをそう表現する。だが、現実はそうではない。クラスメイトと口論になりケンカにまで発展した時、ティムレンは人間相手に敗北を喫した。元々小型の獣脚類で、さらに子どもであるが故の未熟さだったが、少女に細かいリバイバー事情など分からない。
「大丈夫?ティムレンちゃん・・・」
突き飛ばされて、泣き喚いて、逃げ回って。辿り着いた誰もいない廊下で、ティムレンは一人蹲っていた。見つけてくれた少女の声も、ティムレンの顔を上げさせるほどの力は無かった。ケンカだけではなかった。勉強も、運動も、ゲームも、お絵描きも。良くて平均レベル。どれだけ熱心に努力しても、大した結果は得られなかった。必ず誰かに負けた。ティムレンの中では少しずつ、現状の無力さに対する不満と、抗えない欲望が蓄積していった。次こそは、誰かに勝ちたい———!
現代音楽に目覚めたのは、ちょうどその頃だった。全身の血液が沸き上がるような、新鮮な刺激。早まる鼓動が抑えきれなくなるのと同時に、強烈な創作衝動に取り憑かれる。生まれつき、耳は良い方だった。周りの小さな音もよく聞こえる。それ故にノイズの多い人ごみは苦手だったが、この分野では数少ない武器だ。ティムレンは、作曲の勉強を始めた。音楽に関しては、誰にも負けたくないし、負けられないのだ。
「なるほど。強い創作意欲と承認欲求が、ティムレンちゃんの原動力だったわけだね」
空間は、再び祭りの会場に戻っていた。しかし先程と異なり、来場客も店主も誰もいない。
「誰にも負けたくない自己表現者。それはつまり、私達にとっても強力なライバルってことになる」
「・・・なぜですか?」
「私達リバイバーアイドルだって、立派な自己表現者だからね」
作曲とライブパフォーマンス。どちらも自分の個性や魅力をオーディエンスに届けるという意味では、近いのかもしれない。
「さて、決断を聞くよ。ティムレンちゃん、君はどうしたい?」
櫓の上に立つサトリアが、笑顔を崩さぬまま真剣に問い掛ける。ティムレンは、櫓から少し離れた位置に立っていた。櫓の提灯の光も、ここには届かない。それでも———。
「ボクは、曲を作りたいです」
灯る明かりへ、ティムレンは一歩踏み出す。
「誰もが何度もリピートしたくなるような最高の曲を———」
空間が、崩れ始める。
「ザナバルさんと、サトリアさんと———自分のために!!」
周囲の出店の地面から、沢山の鉄骨や鉄パイプが生えてきた。ティムレンの前には、大きなターンテーブルやスピーカーが出現する。辺りは、より騒がしい空間へと遷移していく。ミラーボールとカラフルな照明で照らし出された、“フロア”の誕生だ。
「あー、参ったねぇ。クリエイターを甘く見てたかも。全部取ろうとするのは想定してなかったな・・・」
「それなら良い案があるぜ」
ティムレンとサトリアが声のする方に顔を向けると、そこには先程まであった出店で買ったであろう屋台フードを両手に抱えながら、チーズドッグを頬張るザナバルがいた。
「作曲者がアタシとサトリアのために楽曲提供するんだ。なら、アタシらも作曲者のために環境を用意しねぇと」
ザナバルは、チーズドッグを棒きれになるまで食い尽くすと、ホールに響く声で言い放った。
「アタシら三人で、事務所を作ろう!!」
次回、3rd stage。