「サトリアのパフォーマンスを見て思った。自由に活動するにしても、最初から素人一人で何とか出来るわけじゃねぇ。でも既存の事務所でアタシがやっていける気もしねぇ。だから、アタシが自分で事務所を作ればいいって考えたんだ。作曲担当と広報担当と、もう二人くらい集めればやっていけそうな気がする!」
ザナバルは嬉々としてアイデアを語る。突拍子もない案だが、先日のサトリアとのバトルライブを通じて得たものがあったのだろう。
「ボクは、乗ります」
ティムレンは同意を示してくれた。残るは、今を時めく新進気鋭のリバイバーアイドルだけだ。
「うーん、活動資金や活動場所はどうするの?」
「拠点はとりあえずChibetrayだ。しばらくしたら、空いたオフィスでも探そうと思う。資金は・・・」
ザナバルは数刻固まった後、続けた。
「ひとまずアタシらのバイト代で」
「「自腹かい(ですか)!!」」
自費負担で行き当たりばったり。最悪の駆け出しだ。
「でも、まあ・・・とりあえずチェインプロには相談入れてみるよ」
「おお!マジか!!」
最悪の駆け出しでも、メンバーは強力だ。微かでも希望はある。
「ただし、条件が一つだけある」
サトリアが、少しずつ崩れていく空間の中でザナバルに近付いていく。
「ザナバザールは私の永遠のライバル。だから———」
サトリアはライブ中、いつだって笑顔を崩さない。アイドルとしての矜持だ。たとえどんな時でも。
「今後ザナバザールが私以外のアイドルに負けるのは、絶対に許さないからね」
ザナバルは、目前のサトリアに対して「ああ」と軽く返事をしたが、発言の真意はよく理解出来ていなかった。
~~
「さて、ここをアタシらの仮拠点とする」
Chibetrayのラウンジにあるテーブルの上に、「ザナバザール事務所(仮)」と書かれた紙製の小さな立て看板が置かれた。
「誰が勝手に事務所を立てていいなんて言ったよ」
オーナーは許していないようだ。
「頼むよ、ばーちゃん!一時的!一時的だから!」
「馬鹿野郎!他人のライブハウスの中に事務所を設立する奴がどこにいるってんだ!どうしてもってんなら利用料を払ってもらうよ!」
「利用料払えばいいのか・・・」
オーナーの意外な発言に、普段モードのサトリアは思わず言葉を漏らした。オーナーは、今夜の開店のために準備を始めた。
「・・・昔、アンタと似たようなことを言ってた奴がいたよ。自分で活動していくための一時的な仮拠点にさせろって」
「その時はどうしたんですか?」
咄嗟にティムレンが尋ねた。
「追い返したよ。でも何度もうちに来た。往生際の悪い奴だったね」
オーナーは、レジの準備をしながら当時を振り返る。
「そうこうしてるうちに、ソイツはいつの間にか町内会を味方に付けて事務所のオフィスと練習場所を確保してきやがった。他人を振り回すことに関しては一流だったよ」
「すげぇ・・・」
オーナーの話を、ザナバルとティムレンは熱心に聞いていた。サトリアは聞く意味が無いと判断したのか、スマホに入った不在着信にかけ直すため、二人を残してライブハウスを出て行ってしまった。
「ザナバル。アンタが一人で勝手にアイドルやるだけなら、それは全部自己責任だ。でも、もし“誰かを巻き込んで何かを成し遂げたい”ってんなら、その責任は自分だけのものじゃなくなるってことを、忘れんじゃないよ」
オーナーはそう言いながら、レジが置かれた台の上に無造作に置かれた郵便物の中から一枚のチラシを手に取り、ザナバルに手渡した。そこには、赤く大きなゴシック体で、「空きオフィス利用者募集中!!」と書かれていた。
「ティムレン、曲の方は?」
「もう出来てますよ。試聴お願いします」
「サンキュー。サトリア、オーディションの希望者は?」
「・・・二人だ」
「はぁ!?もっといるだろ!?」
広い2階のオフィスルームで、アイドル達が3つの机にそれぞれ向かっている。けたたましい電話の着信音が、室内に反響していた———。
「・・・なんて、そんなに仕事があるわけじゃないんだけどな」
———実際は、電話なんて鳴っていなかったが。
「ザナバルさんも仕事してください。丸投げは規約違反です」
「次のライブの会場やイベントを探してるから、仕事してないとは言わせねぇよ」
「ならば、なぜ料理店のサイトを開いている・・・」
「ばっ・・・!お前勝手に他人のPC画面覗いてくるな!これはフードデリバリー用だ!」
ザナバルのPCのスクリーンには、巷でも有名な料理店の公式サイトが表示されている。イカのマークが特徴的だ。結局、三人は昼飯をデリバリーしてもらうことにした。
「そろそろ着く頃だな。ティムレン、受け取ってきてくれるか?」
「・・・分かりました。代金は立て替えておきます」
ティムレンがオフィスルームを出て1階に降りていく。その様子を見計らって、ザナバルはサトリアに話を持ち掛ける。
「・・・ごめんな」
「謝ってほしかったとでも?」
「でも、事務所を辞めることになるなんて・・・」
「アイドルも過労死しそうになるくらい多忙な事務所から解放されて、むしろ気が晴れている」
サトリアは、ぼさついた黄緑の髪を揺らしながら自分の椅子に戻る。サトリアのPC画面には、「サトリア、事務所を電撃脱退!?」と見出しが表示されたニュース記事が映し出されていた。
「だが、私がチェインプロに入ったのは、間違いではなかったと思っている。実際に本格的なアイドル活動をしてみて、得られたものも多かった」
「そっか・・・」
二人の間にしばしの沈黙が流れた後、二人から発したタイピング音によって静寂はかき消された。
「改めて、これからよろしくな」
「こっちのセリフだ」
所変わって、ティムレンは配達員から料理を受け取って事務所へ戻ろうとしていた。
「ん?」
配達員の乗る自転車が去っていくのを見計らって、一台の黒塗りの高級車が路傍に駐車してきた。
「り、リムジン・・・!」
ティムレンは思わず声を上げた。運転席から、白髪の女性が姿を現す。年齢は30代くらいだろうか。タキシード姿で、長い髪は後ろで一つに束ねられている。彼女は、すぐ後方のドアを白い手袋をした手でゆっくりと開けた。
「ありがとう、マルカム」
「気を付けていってらっしゃいませ。お嬢様」
車内から現れたのは、透き通るような青い髪色の女性だった。白いパーティードレスを身に纏い、赤いヒールを地に付ける。あまりにも美しい白い肌と整った顔立ちに、ティムレンは目を奪われその場に硬直していた。美女はティムレンに接近すると、ドレスの裾を掴んで軽くお辞儀をし、穏やかな笑顔で優しく尋ねてきた。
「ごきげんよう。わたくしは『カーン』と申します。新しく設立されたアイドル事務所のオーディションに参加を申し込んでいるのですが、受付はこちらでよろしいですか?」
遠くの木陰から、ピンク髪の少女と青髪の女性が小さなオフィスビルに消えていくのを目撃する一人の女性がいた。特徴的な橙色の短髪は、周囲の通行人の目を引いていた。
「いよいよ始まるんだね、オーディション。あー楽しみだなぁ・・・!ラヤラの新たなキューティー♡ライフ」
一人称が「ラヤラ」の女性は、事務所に向かうティムレン達を追って、オフィスビルに入っていった。
次回、4th stage。