「いぇ~い!海だぁぁぁぁぁ!!」
太陽が真上から照らす昼頃。絶景のオーシャンビューを望む海辺の別荘に、5人のリバイバーアイドルが足を運んでいた。半袖アロハシャツに短パン、サングラスのラフなスタイルで脇に浮き輪を抱えたザナバルは、乗せてくれたリムジンの運転手であるマルカムに礼を言うと、車から降りた途端に海へ走っていった。
「既に来ている身で言うことではないが、本当に良いのか?」
別荘前の駐車場でリムジンが出ていくのを見送りながら、サトリアは別荘所有者であるカーンに尋ねる。普段から身に付けていたサトリアのサングラスは、今ザナバルに持っていかれてしまった。
「ええ。オーディション直後の合宿ということであれば、ここより絶好の場所は無いと思いまして。ここは、私(わたくし)が幼い頃に両親からプレゼントされていて、マルカムに伝えればいつでも利用できますわ」
透明感のある白いワンピースを身に纏うカーンは、お淑やかな口調で答えた。既に日焼け止めを塗った彼女の肌は、白く輝いている。
「暑いです・・・」
「太陽がラヤラの可愛さに嫉妬してるんだよぉ・・・」
ティムレンとラヤラは、炎天下の屋外から屋内へ避難するように、別荘へ向かっていった。カーンがオートロックの鍵を開けると、清潔感溢れる内装が眼前に広がった。シックなリビングにはモノトーンのテーブルやソファが置かれ、南向きの大きな窓からはオーシャンビューが一望できる。リビングに入ると、シーリングファンが回り、エアコンが起動した。
「食材とアイス、入れとくぞ」
「水道出ます?」
「マルカムが事前に確認を済ませてますわ」
「この家具かわいい~!」
4人がそれぞれ忙しなく動く中、一人で待っていたザナバルが痺れを切らして別荘まで戻ってきた。
「ねぇ、みんな海来ないの~?」
「お前も少しは手伝え!!」
サトリアがザナバルの腕を掴み、強制的に冷たくなり始めた室内へ連れ込んだ。夏合宿が始まる———。
「ただいまより!フライハイトプロのアイドル5人による『ビーチスポーツ大会』を始める!」
持ってきていたメガホンで、ザナバルは声を響かせる。砂浜の上では、練習着姿のリバイバーアイドル達が準備運動をしていた。
「いつの間に事務所名決めたんですか?」
ティムレンが前屈をしながらザナバルに尋ねた。サトリアに背中を押してもらっている。
「良い質問だティムレン君!『フライハイト・プロダクション』は、自由を掲げるリバイバーアイドル達が空高く羽ばたけるように設立された新生アイドル事務所というコンセプトだ」
「あぁ・・・ネーミングセンス的にザナバルさんが名付けたんだろうなと思ってま痛い痛い痛い痛い痛い痛いストップストップストップストップ!!!」
サトリアに背中を押し込まれ、ティムレンは悲鳴を上げた。
「ティムレン君はもう少し柔軟性を身に付けた方がいいな!身体的にも思考的にも」
「なっ・・・何ふざけたこと、ぬかしてんですか・・・」
涙目のティムレンが息も絶え絶えに反論する中、サトリアは手の力を緩めない。
「あっ!この貝殻かわいい~!」
ラヤラはカーンとの準備運動を既に終え、砂浜の上で「かわいいモノ探し」をしていた。手にしたのは宝石のように輝く巻貝の貝殻だ。
「あら、素敵ですわ。わたくしも拾った貝殻でネックレスを作ってみましたの」
カーンは、穴の開いた二枚貝の貝殻を拾い、糸を通して手作りのネックレスを作ったようだ。淡いピンクの貝殻が、彼女の胸元に映えている。
「よろしければ、ラヤラ様の分もお作りしましょうか?」
カーンは目を輝かせている。とても楽しんでいるようだ。ラヤラは、しばらくネックレスに目を向けた後、背中を向けていった。
「アンタのもかわいいけど、ラヤラの方がもっとかわいいアクセ作れるから要らない」
「そうですか」
ラヤラは、振り返ることなく歩き出しそうとした。
「おいそこ!スポーツ大会始めるから集合だ~!!」
ザナバルに大声で呼ばれ、ラヤラとカーンはビーチコーミングを中止してザナバルの元へ走って向かった。
スポーツ大会は、親睦を深めるためのレクリエーションだが、身体能力を鍛えるためのトレーニングも兼ねている。ビーチフラッグやビーチバレー、遠泳を楽しんだ5人は、日が沈むまで激しく動き回った。暗くなってきた辺りで、別荘に戻ってBBQの準備を始めた。肉が焼ける香ばしい匂いが、別荘にある芝生の上で広がった。
「・・・」
串焼きを囲むザナバル、ティムレン、サトリアの3人の姿を、カーンは遠くから眺めていた。久々に誰かと遊んだことによる心地の良い疲れを癒すため、少し涼んでいたのだ。潮風を浴びながら、カーンはふと物思いに耽っていた。
「どうした?」
サトリアが両手に串を持って歩み寄ってきた。
「サトリア様は、全体をよく見ていらっしゃるんですね」
「創立者が“あんな感じ”だからな。ティムレンはまだアイドル活動の経験が浅いし、自信も持てていない。だから、私が見てるといったところか」
「ザナバル様はリーダーなのですか?」
「一応、な。ああ見えても、事務所を立ち上げるだけの行動力と野望はある。何より、周りを巻き込んで動かせるだけのカリスマ性がある」
カーンは、再び黙って考えた。ザナバルは、どんな野望を持っているのか。周りを巻き込むほどのカリスマ性とはいったい何なのか。
「食べるか?」
「ありがとうございます。頂きます」
カーンは、玉ねぎの刺さった串を受け取り、上品に齧りついた。何層にも重なる玉ねぎの中心部は、まだ熱々だった。
「・・・美味しいです!」
「いっぱい食べて、話したい気分になったらいつでも話すと良い」
「うおおおおすげぇ!!!めっちゃ飛び跳ねてる!!!」
「みなさ~ん!ラヤラと一緒に花火アート作りませんか~?」
BBQも終わり、いよいよ花火大会が始まった。夏の思い出を締めくくる、色鮮やかな花が咲き乱れる。美しく儚い原風景に、清楚な少女が踏み込んでくる。
「カーンさんも一緒にどうですか?線香花火、まだ沢山残ってますよ?」
カーンは、ティムレンの誘いに答えなかった。しばしの沈黙の後、姫は口を開く。
「皆様は、ここへ何をしに来られたのでしょうか?」
「・・・え?」
唐突に投げかけられた質問に、ザナバル達4人は戸惑いを隠せなかった。答えたのはザナバルだった。
「親睦会を兼ねた強化合宿だけど・・・」
「存じております」
「じゃあ何で」
「これが“強化合宿”ですか?」
カーンから発せられる聞いたことの無い冷たい声が、4人の脳裏に響き渡る。
「私(わたくし)は、リバイバーアイドルとしての活動に心血を注ぐと決めました。果たすべき使命があり、満たすべき欲望があります。そんな私(わたくし)からすると、今日の合宿内容はどうにも生温くて仕方ありませんでした」
「いや、その割には結構楽しんでたような・・・」
「ええ。皆さんと切磋琢磨できる環境に身を置くことが出来て、大変喜ばしく思っております」
そこに、ラヤラが割り込んでくる。
「貝殻でネックレス作ってたのは誰だっけ~???」
「あれは、ラヤラ様を試していたんです」
「は?」
「貴方の求める『かわいさ』というものが何なのかを。アイドルとしての矜持なのか、それとも単なるお遊びなのか」
「っ!!」
ラヤラの感情に火が付いた。踏み出したラヤラをサトリアが制する。カーンは気にも留めずに続けた。
「皆様のことも、私(わたくし)はライバルとして認識しております。故に、私(わたくし)を黙らせるだけの誇りと実力があると信じているのです」
ザナバル達の足元に海水が流れ込んできた。否、これは———。
「まさか、ここでバトルライブ始める気か!?」
瞬く間に、5人の足元は濁流のようにうねる海水で満たされ、カーンは海中から出現した城塞の上に立っていた。花火や木々、別荘は流され、暗くなった世界にはカーンのエメラルドの眼光だけが煌々と輝いていた。
「私(わたくし)の名は、『カーン(Khaan)』。私と、応援してくれる方々との間で大帝国を築き、この大海原のようなアイドルの世界に君臨すべく、日夜鍛錬に励んでおります」
カーンの口上が述べられる。さながら、演劇のようだ。
「さあ、私(わたくし)と一戦、交えて頂けますよね?」
相手を睨み潰すような表情で挑発するカーン。荒れ狂う大海原で、最初に旗を上げたのはサトリアだった。サトリアはアイドルスタイルに身を包み、「大漁」と書かれた旗を掲げる漁船に乗っていた。
「海のように広く深い志。そして限界を知らないストイックさ。とっても素敵だと思う!確かに、今日一日が遊びすぎに見えても仕方ないよね。でも———」
サトリアは笑顔のまま、大波を超えていく。
「カーンちゃんの思うほど、私達は遊んでばかりいた訳じゃないよ?」
「・・・では、見せてください。この海原を超えんとする貴方の誇りと実力を!」
海はさらに荒れる。転覆してもおかしくないほどの大波を、サトリアは軽々と超えていく。そこへ、高さ18 mはあろう巨大な波が、サトリアの乗る漁船を飲み込んだ。
「トップアイドルに最も近いとされるサトリア様ですら、この有様とは・・・っ!?」
カーンは、城壁に大きな鎖が二本伸びていることに気付いた。外見はおそらく、「船の錨」だ。巨大な波によって出来た水塊から、眩しいほどの集魚灯の光と共に、サトリアの漁船が顔を出した。カーンの熱にも飲まれない、サトリアの強い意志が現れる。大漁旗を右手で持ったサトリアは、そのまま錨の鎖を辿り、カーンのいる城塞に乗り込んだ。
「うん。若いね。隙が多い」
「・・・そうですか。しかし、到達したのはサトリア様のみで」
「それは違います」
声のする方を向くと、海上に見慣れないステージが立っていた。海上特設ステージは、簡素な造りではあるものの、巨大なアンプとスポットライトが設置されており、波の音もかき消すほどのサウンドが展開していた。
「ボクの音は、カーンさんの耳にも届いているはずです。まだ粗削りですが、いつか必ず、世界を震わせる曲を作り、自らのパフォーマンスで彩ります」
「準備運動の時は実力不足と判断しておりましたが、どうやら見誤っていたようですね」
カーンは、態勢を整えようと城塞の奥へ入ろうとした。しかし、そこには小悪魔のような笑みを浮かべたラヤラが立っていた。
「なぜここに・・・」
「ラヤラの方が“かわいい”からだよ」
ラヤラは、カーンにゆっくりと歩み寄る。
「アイドルはかわいい子ほど人気が出るの。だから、世界一かわいいラヤラは世界一のアイドル。アンタみたいなこわ~いアイドルは、せいぜい一部の人からしか人気出ないよ?」
「っ!!」
カーンは、拳を握り締めた。この女は、明らかに自分を敵視し、挑発し返している。
「はぁ・・・はぁ・・・」
息を荒げて、城壁を上ってきたのはザナバルだった。
「アタシは・・・自由なアイドルを目指してる」
「自由、ですか」
カーンは、ザナバルの瞳をじっと見据える。嘘偽りのない、本音であることは確かなようだ。
「自由とは、何でしょうか」
「それは・・・」
聞かれて、ザナバルは言葉に詰まる。
「『自由なアイドル』というコンセプトは、私(わたくし)も未だかつて聞いたことがありません。非常に抽象的な表現ですが、具体的にはどのような様を自由と表現するのですか?」
ザナバルは、必死に答えを探した。咄嗟に出てきた答えは、ひどくシンプルだった。
「何者にも囚われない。それが『自由』だ———」
「・・・」
周囲はいつの間にか、元の花火大会会場に戻っていた。穏やかな波音と海風で揺れる木々の葉や枝が、静寂を満たしていた。
合宿の二日目からは、特訓が始まった。当初からこのつもりで計画していたらしく、カーンは「昨晩は見苦しいところをお見せしました。謹んでお詫び申し上げます」と深々と頭を下げた。反省を止めないカーンを何とか宥めつつ、合宿はあっという間に終わりを告げた。
合宿から数日たった月曜日、事務所のレッスンルームで、ザナバルは一人考え込んでいた。自由なアイドルとは、何なのだろうか。あの日憧れたアイドルに感じた姿を表現するとしたら、「自由なアイドル」以外に無い。しかし、それは本当にアタシの目指すべき姿なのだろうか。考えを張り巡らせながら、郵便受けに入っていたチラシに目を配る。「マジックマッシュルームのような幻覚がもたらす奇跡」と書かれた怪しい広告はとりあえずゴミ箱に捨て、もう一枚のビラに目を向けた。それは、シンプルな書体と体裁で、金色のステゴサウルスのイラストが載せられており、以下のような文が書かれていた。
「世界一のトップリバイバーアイドルが決まる!玉座に座るのは誰だ?『第1回ステイゴールド・アイドルトーナメント(SAT)』開幕!!」
どうやら、リバイバーアイドルによるバトルライブ形式のアイドルライブイベントらしい。事務所の皆で出場すれば、知名度アップに繋がるかもしれない。
「よし、とりあえず提案してみるか」
ザナバルはビラを折り畳んで立ち上がり、レッスンルームを出る。扉のドアノブに手を掛けると、扉が少し開いていることに気付いた。閉め忘れていたのだろうか。だが、深く気にすることなく、消灯して部屋から出て、扉を閉めたのだった。
次回、5th stage。