「暮らしの中に修行あり、激獣拳とは生きる事と見つけたり。それがマスターの言葉だ」
「暮らしの中で修行かぁ……それって毎日が修行って事?」
「まあな。俺も色々やったからな」
USJでの一件後初となる登校日、既に多くクラスメイトが居る中で零一は相も変わらずに尾白と獣拳についての話をし続けている。一応その話には轟も参加しており、積極的とは言えないがその話には耳を良く済ませていた。
「例えば何をやったんだ」
「体育館の床を一人で掃除させられるとか」
「あ~……でもなんかキツそうだなそれ」
「そうだな、雑巾の中には重りが入った上でそれを絞らされたな」
「「ぞ、雑巾……!?」」
聞いているだけでは本当に修行なのかと言いたくなるような物だが、実際にやってみるとこれが中々に辛い。重りが入っているので腕に確りと力を入れた上で強く床を蹴らないと前に進まなかったりするし文字通り床がピカピカになるまで掃除を続けさせられる。
「それ、役に立つのか……?」
「俺も轟と同じ事聞こうとしてた」
「馬鹿にしてるが雑巾がけは体幹を鍛える上では最も優れてる、腹直筋、大殿筋、大腿四頭筋、大腿二頭筋、下腿三頭筋も同時に鍛えられる上に姿勢の維持の為に肩や腕にも力を入れる」
といった風に雑巾がけは思った以上に身体を鍛える事が出来るメニューなのである。嘗て、シャーフーの弟子の一人はこの掃除力で相手を圧倒した事があるという。
「へぇっ……知らなかった」
「……やってみるかな」
と尾白と轟もその話を聞いて興味を惹かれたのか、家に帰ったらやってみようかなと思ったりしていた。轟的には鍛える事もそうだが、家の手伝いにもなるな……と内心で別な事を考えたりもしていた。そんな事もありながらも予鈴がなる時間となった、皆は席に着くが同時に怪我をしている相澤の代わりに誰が来るのか―――
「おはよう」
『相澤先生復帰早!?』
「婆さんが大袈裟だから包帯を巻いてるだけだ気にするな」
と何事もなくミイラ男状態の相澤が教室へとやってくるのであった。既に動けるので授業をするのに差し付けないから動く、合理的ではあると思うがそこは全快するまで休むべきでは……と皆は思ったりもするが相澤は完全に無視して進める。
「俺の事を気にしている暇はない。新しい戦いが迫っている、覚悟しておけ」
そんな言葉に思わず一同は身体に力を入れてしまう。先日のUSJでのヴィラン襲撃、それがまだ続いているのかと皆に緊張が走っていく。誰もが自分達に危機が及ぶのではと緊張感を持っていた、そして相澤の口から語られる言葉に―――
「雄英体育祭が迫っている」
『クソ学校っぽいの来たあああ!!!』
大声をあげて歓喜する、何故ならば雄英の体育祭と言えば学校規模のイベントというわけではない一大イベントなのだから。
雄英高校の体育祭は唯の体育祭の枠では収まらない程の規模と内容を秘めているのだから。日本最難関のヒーロー科を抱える雄英高校、そんな雄英が行う体育祭は個性ありの体育祭。TVでも放送され高視聴率をキープ中な日本の超ビッグイベント。そしてUSJ襲撃があったにも関わらず敢えて開催に踏み切ったのも理由がある。
「開催に否定的な意見もあるが、開催はする。雄英の管理体制や屈しない姿勢を見せつけるいいチャンスでもある。警備やらは例年の5倍以上だ、生徒諸君は安心して体育祭に挑んでくれ」
そんな言葉もあるA組の意識は一気に体育祭へと向けられているが、唯一それに対して情熱を燃やす事がない生徒もいる。零一である。
「(体育祭……か)」
雄英体育祭は何方かと言えば生徒がプロに対してアピールする場の意味合いが強く、此処で好成績を残せば卒業後の進路にも直結する。しかし零一としてはそこまでの興味はなく、良い修行になればいいな程度にしか考えていないので特別なモチベーションは皆無。
「零一、放課後頼むよ!!」
「俺にも」
「ああ分かった」
故に特別な事は何もしない、何も変わらぬ毎日を過ごすと決める。なので今日も今日とて二人に獣拳の手解きをする―――筈だったのだが、放課後になり二人と共に外に向かおうとした自分達を出迎えたのはA組の目の前の廊下を埋め尽くすかのような生徒達の山だった。
「す、凄い人……何事なんだろ」
「敵情視察ってのが妥当な所だろ」
「同感」
轟の意見に同意する、雄英ヒーロー科であるA組が授業中にヴィランの襲撃にあったが無事に撃退されたという話は出回っている。ヴィランの襲撃を生き延びた奴らが自分達の脅威になるのかどうかを見に来た、という所だろう。
「おいモブども邪魔だ、無意味なことしてねぇで退け」
「爆豪君!君は取り敢えず知らない人をモブ扱いするのを好い加減にしたまえ!!」
御尤もな意見を飛ばす飯田だが、そんな時に人の波から一人の少年が顔を見せた。紫の髪と目の下のクマが印象的な男子生徒だ。
「噂のA組がどんなもんかと見にきたがずいぶん偉そうだな、ヒーロー科に在籍する奴は皆こんななのか。ちょっと幻滅するなぁそう言うのを見せられると」
「ンだテメェ」
爆豪の剣幕にも負ける事もなく、彼は言葉を続けた。それは明らかな挑発と宣戦布告だった。
「俺は普通科の心操ってもんだが……アンタら知ってるか、普通科とか他の科ってヒーロー科落ちたから入ったって奴結構いるんだよ。そんな俺らは体育祭の
「オウオウオウオウッ!!!隣のB組のもんだけどよぉ!!!ヴィランとの話聞こうと思ったけど偉く調子に乗って生意気な事言ってくれるじゃねぇか!!」
そんな心操に同調する訳ではないだろうが、爆豪の言葉遣いが気に入らないのだろう。これで少なくともA組は完全に他のクラスからのヘイトを集めた事になるのだが―――
「なら一々こんな所で馬鹿な事やってないで修行しろ」
そんな言葉を投げかけたのは零一だった、それにB組の生徒も呆気に取られつつも直ぐに怒声を上げた。
「馬鹿だと?」
「馬鹿でくだらねぇよ。宣戦布告か、結構な事だが結局お前がしたいのはヒーロー科の編入だろ、だったらもっとやるべき事があるのに何故それをしない」
「っ……」
煽りをぶつけて挑発しようと思っていた心操からすれば思っていた以上に冷静且つ正しい意見に思わず息を呑んだ。零一の瞳は何処までも冷淡で此方を蔑んでいるような色をしたのも大きい。だが心操は直ぐに気持ちを切り替える。
「ハッ言ってくれるな、じゃあこれだけは言っておく。俺はお前達に勝つ、個性だけで認められた奴らには絶対に負けない」
「個性だけねぇ……だったら無個性の俺はどうなる」
「……何?」
その場の全員、いや怒声を上げていたB組の生徒、鉄哲を止める為に教室から出て来たB組の面々もそれを聞いて思考が止まった。無個性なのにこの雄英にいるのかと。そのまま零一は続ける。
「今こうして視察に来ているのは体育祭だから頑張ろう、鍛えようと思ってる奴らばかりじゃないのか。鍛錬は常日頃からするもの、お前の言うリザルトを出すのはそういう事をして来た奴だ」
暮らしの中に修行あり、その言葉に従って生きている零一からすれば目の前で屯しているのは普段からそれをしてこなかった者達、してきたが足りなかった者達、ならばこそ今は修行に熱を入れなければ目指す場所で活躍するなんて夢のまた夢。
「尾白、轟、こいつらに構っている時間が惜しい。早く行くぞ」
「えっああうん、そうだね。俺は俺のやる事があるし」
「分かった」
二人を連れて廊下へと歩みを進める、語った言葉のインパクト故か零一の進もうとする道を溢れていた生徒達は自主的に譲っていた。そしてその言葉受けた心操は……
「上等だ、ひっくり返してやるよ」
自らの鍛錬へと向かう、それに続くように一人、また一人と続いていく。その様子を見たA組の面々は零一の凄味を改めて感じ取った。
「あいつが無個性だっていまだに信じられねぇよ……何だよあの凄味」
「然り。だが正論、奴は我らの幾重も超える程の鍛錬を重ねて来たに違いない」
無個性なのに此処に居る、獣拳を会得する為に重ねてきた修行、その積み重ねで彼は此処に居る。ならば自分達もそれに続くべきだと自分のやるべき事を見据えて動き始める中で緑谷はうつむきながらも拳を握り締めていた。
「……そうだ、僕は何て愚かなんだ……僕は全然皆と同じ立ち位置じゃないんだ……!!」