誰がこんな展開を予想しただろうか、雄英体育祭始まって以来の快挙とも言えるだろう。無個性である生徒が体育祭のトーナメントの決勝戦にまで勝ち上がっている、それだけでも異常な事態なのにその生徒は獣拳という個性にも負けないような力を扱うのだ。しかもその力はエンデヴァーの子供も扱っていたのにも真正面から打ち勝つ程。これによって一気に獣拳への興味が集まっていき続けている。
「……」
そんな話題の中心にいる無個性の獣拳使いこと、無月 零一はというと……
「キッツ」
素直に自分の状態を吐露しながら控室で項垂れるかのように机に顔を伏せていた。此処までの試合での零一は激気や臨気を使い続けている、10年以上の修行を積んでこそいるがそれでも数多くの激技による消耗や疲労は積み重ねっている。特に轟の対決では獣拳武装まで行ったので流石に来ている。
「まだ動けるけどキツい……これから決勝だけど、どれだけやれる事やら……」
そもそも零一にとっての目標である轟と尾白の仕上がりを見るというのは既に達成しているしマスター達にも十分活躍は見せる事が出来ている、此処で自分は棄権しても良いという気持ちがある。なので其方を検討しようかなぁ~……と思っていると控室の扉が乱暴に蹴り上げられた。思わず其方に視線を向けるとそこには決勝で激突する爆豪の姿があった。
「あっ?何でテメェが此処に、控室―――此処2の方がクソが!!」
如何やら控室を間違えたらしい。フォローを入れようかと思ったが彼の性格して何か言ったらキレられる思ったので沈黙で返す、そうしたら―――
「部屋間違えたのは俺だけどよ、決勝で戦う相手にどこ向いてんだゴラァ!!?」
もうどうしたらいいんだよ、と素直に思うのであった。フォローしたら恐らくキレる、だから敢えてないもしない選択肢で触れないようにしたらそれはそれでキレられる、もう何なんだよこいつ……と零一は思うのであった。
「おい獣拳野郎、テメェ最初からあれで来いや」
「主語を入れろ主語を、それでお前の事を察してやるほどテメェと付き合いねぇんだこっちは」
「この位分かれやクソカス無個性野郎が!!!」
本当に好き勝手言ってくれる奴だ……と思っていると律儀に何を求めているかを語る。
「テメェが半分野郎との試合で使ったラストの奴だ」
「あ~……獣拳武装?」
「それ以外あると思ってんのか!!それを上から、完膚なきまでに叩き潰してやる!!!」
それで零一は爆豪の性格を凡そ把握できた、こいつは言うなれば早熟の天才肌で自分に圧倒的な自信がありそれを証明する為に相手にも全力を求めて来る。その上で勝つ事で完全な勝利を手に入れたい、完璧主義者。理解出来なくはない、やるなら完全な勝利というのが一番うまいというのも同意してやれる……だが
「エ~……」
「ンだそのやる気ねぇ反応はぁ!!」
爆豪のそれに理解は向けてやれるが……それ以上は何も思わない、自己満足する為の我儘でしかないそれに付き合う此方の身にもなってほしい。
「獣拳武装をお前にねぇ……」
「テメェ、俺が半分野郎よりも弱いとでも言いてぇのか!!」
「あ~……え~……」
「濁してんじゃねえクソがぁ!!ぜってぇ思ってるだろうが!!テメェの獣拳っつうのはその程度か、所詮無個性はその程度って事か!!!」
無個性、自分を構成するうえで如何足搔いても目を反らす事が出来ない物だ。だが残念だが無個性というのは自分を侮辱する要素にはなりえない、だが……このまま言わせて獣拳の事まで言われるのは気分が悪い。
「吐いた唾は呑めねぇぞ……ちょいと疲れてるが、良いだろう―――爆豪、本気で潰してやる」
「ハッ最初からそう言えやァいいんだよ!!!」
欲しかった言葉を手に入れたので爆豪は笑みを浮かべながらも控室から出て行く。まんまと乗せられてしまった感じがしなくはないが……もうここまで来てしまったのだから折角なら優勝という錦でも羽織らせて貰うとしよう。
「やるか」
そう言うと零一は改めて椅子に座り直すと座禅をするかのように足を組むとそのまま瞳を閉じて、心の奥へと深く潜って行く。そしてそこにある―――地獄に再び立った。
『さぁ、雄英体育祭もいよいよラスト!!雄英1年の頂点がここで決まる、盛り上がれテメェら!!いよいよトーナメントの決勝、FINAL LAST GRANDだぁあ!!』
遂にこの時がやって来た、大注目雄英1年の頂点が決まる戦い。爆豪、零一の激突に全員がその開始の時を待っている。
『爆豪はもう来てるんだが、無月はまだか~!?らしくもなく緊張してるのか!?~』
既にステージに上がっている爆豪は零一が来るのを今か今かと待ち続けている。だが零一はまだ来ない、こんな事は無かったのに如何したのだろうかとミッドナイトも心配している。その時だった、零一側の出場口の方から音がし始めた。それを聞いたバエも実況に参加する。
「おっと~来たようですよ~!!さあ改めてご紹介します、雄英体育祭1年の部、ガチバトルトーナメント決勝戦!!ヒーロー科 爆豪 勝己君!!対するは同じくヒーロー科 無月零一君!!この対決の実況もこの私、バエが確りとさせて頂きます~!!さあ遂に零一君が姿を―――っ……!!」
バエが息を呑んだ、何故ならば……出場口から見えたそれに何も言えなくなってしまったからだ。コツ……コツ……と聞こえてくる足音、だがそれと同時に暴風が吹き荒れてステージの傍に設置され、盛り上げるための炎の飾りが一瞬で掻き消された。
『な、なんだなんだぁ!!?無月の出場口からやべぇ風が吹いて来なかったか!!?』
「これは、臨気……成程、零一君は此処までの消耗をそれでカバーするのですね」
『おいおいおいブラザー説明プリーズ!!?』
目論見を察知したバエは一人で納得しているので思わずマイクは説明を要求した、それはスタジアムに居る全員も思っている事だ。だがバエは敢えて詳しくは語らない。この放送を見ているヴィランの事を警戒しての事、だが何も言わないのも不味いので上手くフォローする。
「一つだけ言いますと……今の零一君はMAXパワーという事です、恐らくこれまでの試合の疲労なんてなくなっているに等しいという事です」
『って事はぁ~……超最終決戦って事に期待しちまってもいいのかな~!!?』
「いいとも~!!」
『何言ってんだ』
相澤の冷静なツッコミが飛んでくる中で遂に姿を現した零一、その身体からは絶え間なく臨気が溢れ出し続けており暗い闇を纏っているかのような様子だった。その中でも瞳だけは青白く光を纏っているのか一際よく輝いている。そしてステージへと上がった零一に爆豪は好戦的な笑みを浮かべたまま両手から早くも爆破を繰り返している。上限知らずに興奮していくスタジアムの熱とは半比例するかのように零一は何処までも冷淡になっていた。
「零一、大丈夫かなぁ……」
「なんじゃお主はあやつを信用しておらんのか?」
「そんな事ありませんってば!!師匠が弟子を信じない理由はありませんって!!」
そんな零一の様子を見て心配を浮かべていたのはシャッキー・チェン、あの時の様子は自分が初めて零一と会った時の様子に極めて似ている。今までもあんな姿を見た事がないわけではないのだが……あの姿を見る度に自分は不安になってしまうのだ。
「でも、あの引き出し方はやっぱり不安になりますって」
シャッキーの言葉はシャーフーとて理解出来る。消耗している身体をカバーする為に激気と臨気を高めて臨んでいる、その為に零一が行うスイッチ……それは自らが全てを失った時の記憶、それへと潜っていく事。自分にとって最大の地獄と言っても過言ではないそこへと飛び込んでいくという狂気染みた方法は拳聖としてあまり褒められる事ではない……だが
「あやつはそうと決めたのじゃ、どれだけ辛い思い出だろうとも己の糧ととすると。決して忘れてはならぬ、目を背けてはならぬ、無駄にしてはならぬと誓いを立てた」
「……はい」
もう二度とあんな悲劇を繰り返させたくはない、その為に自分はこの地獄を忘れないという正義の心。その地獄で自分が味わった家族、友人全てを失った絶望、苦しみ、悲しみ。その二つをもって激気と臨気を増幅させる。決して色褪せる事のない地獄が零一に力を与える。
『んじゃまあ……そろそろ始めようじゃねぇか!!さあ決勝戦―――爆豪ヴァアアアアアサス、無月!!!いざ、開始ぃぃぃぃいいいいいっっっ!!!!』