「ねぇ、ルフィ。何で殴らなかったの、私のこと」
ウタは噴水のベンチに座りながら横に立っているルフィへ話しかける。ここはウタがよく通っていたエレジアのとある場所を参考にした特別な世界だった。
「言ったろ。俺のパンチはピストルよりも強いって」
「…昔はよくやってきたじゃん。ヘナチョコグルグルパンチ」
「あれは本気じゃねぇ」
「出た、負け惜しみぃ」
ウタは立ち上がってルフィに勝負で勝った後、いつもやっていたポーズをとる。ルフィはウタと視線を合わせようとしない。
そのことに落ち込みながらもウタはルフィに背を向ける。背中越しにルフィがベンチに座るのをウタは感じた。
「…いつの間にか、ルフィの方が背が高くなっていたんだね̶これ、返すよ。私にとっても大事な帽子だから。最後にシャンクスの帽子を被れてよかった」
ウタは麦わら帽子をルフィの頭にかぶせる。その時、数滴の雫が落ちるのに気づくが、何も言わなかった。
ウタはルフィを背中から抱きしめる。
「来てくれてありがとう、ルフィ。ルフィがいなければ私は間違えたままだった…誰も幸せにできず、夢を見失うところだった。̶助けてくれてありがとうルフィ」
ウタは優しくルフィを抱きしめる。ルフィは何も言わず、されるがままだった。
しばらくして、ウタはルフィから離れる。
「それじゃあ、私もう行かなきゃ。じゃあねルフィ。いつかきっと、それがもっと似合う男になるんだぞ!」
ウタはそれだけを告げると、ルフィへ背を向け、その場を去ろうとする。絶対に後ろを振り向かないと心に決めながら。
ルフィは小さくなる足音をしばらく聞いていたが、突然立ち上がるとウタの下まで駆け、後ろから抱きしめる。
「行くなウタ!…頼むから…いかないでくれ」
ルフィは泣きそうなのを我慢しながらか細い声でウタに懇願する。
ウタはルフィの腕を軽く握った。ウタだって離れたくない、別れたくない、そう思っている。それでも、足を進めようとした。
「もう……大事な人を失うのは嫌なんだ…」
しかし、ウタは進むことができなかった。ルフィの泣き声が聞こえたからだ。
昔のように、子供のように泣くルフィを感じる。それにつられてか、ウタの目からもぽたぽたと涙が頬を伝い、地面へと落ちる。
ウタはルフィの腕を解くと、体を反転させる。視界には鼻水を垂らして号泣するルフィが映った。
「私だって…みんなといだいっ!赤髪海賊団のみんなと、シャンクスと一緒にずごしだい!…ルフィと…もっと遊びだいよ!」
お互い体が立派に成長しているにもかかわらず、子供のように泣きじゃくる。
二人は再会した時のように、昔のように互いを抱きしめると泣き叫んだ。二人以外誰もいないはずの場所で空間が閉じるまで泣き続けた。
現実世界。
トットムジカが消え、全ての元凶だったポベウスも倒れた今、そこは静粛に包まれていた。
雨が降り、どんよりとした空はいつの間にか晴れており、夕日がライブ会場を照らしている。
その中央の観客席にウタと赤髪海賊団はいた。目の前には麦わらの一味が眠っている。
体力がほとんどないウタはシャンクスの肩に頭を乗せながら、ルフィの容態を聞く。
「ルフィは…?」
「戻ってきた」
シャンクスが答え、ベックマンが目の端を赤くしながら観客の無事を伝える。ウタとシャンクスの周囲には赤髪海賊団のみんなが集まっていた。
「…よかった…」
ウタはホッとすると頭をシャンクスの肩から落としてしまう。それをシャンクスに抱き留められ、膝に乗せられる。
「ごめんね、シャンクス。みんなを信じきれなくて。なのに、ありがとう。助けに来てくれて」
シャンクスは無言で唇を噛む。口のからは少し血が流れていた。赤髪海賊団のみんなは分かっていた、このままウタを看取らないといけないことに。
その時、海兵たちを引き連れて、黄猿と藤虎が姿を見せた。
「さぁて、そろそろ世界を滅ぼそうとした大罪人を渡してもらおうかねぇ」
ゆったりという黄猿に赤髪海賊団のみんながウタを守るように並ぶ。
ウタは自分を守ろうとしてくれるみんなの背中を見て、涙がこぼれる。こんなに自分に優しくしてくれたみんなを、愛してくれたみんなを信じることができなかったことに悔いが残った。
シャンクスは力強くウタを抱きしめると、黄猿たちに怒号を響かせた。
「こいつはおれの娘だ!おれたちの大切な家族だ!それを奪うつもりなら̶死ぬ気で来い!」
シャンクスの体からとてつもない量の覇気が放たれた。海面が波立ち、空気が震え、ライブ会場にひびが入る。
一般の海兵だけでなく、一部の中将の意識も持っていかれ、黄猿の頬に冷や汗が流れる。
「これが四皇の覇気か…」
「やめときやしょう。市民の皆さんを巻き込むわけにはいきやせん」
「そうだね~。それに元凶は別の奴だったみたいだし。ここは手を引くとしよう」
黄猿と藤虎たち海軍はその場から撤退する。先程の戦闘の疲れもあるのに、四皇と戦うわけにはいかないと判断し、軍艦に乗り込んだ。
海軍がいなくなったライブ会場でウタは暮れかけた空を見上げる。
「…ファンのみんな大丈夫かな」
私がいなくなっても、ウタワールドがいなくなっても辛くないのかなとウタは心配する。シャンクスはそんなウタに大丈夫だと声をかける。
「人間はそんなにヤワじゃない。それに…新時代は目の前だ」
力強く言い切るシャンクスの視線の先には寝息をたてるルフィの姿があった。
「だから…安心しろ、ウタ…」
「シャンクス…?」
シャンクスは涙を流すまいと、ウタの目の前では弱みは見せないようにしていた。しかし、徐々に元気がなくなる娘を見て、我慢ができず涙を溢してしまう。
それはシャンクスだけでなく、ベックマンやヤソップ、赤髪海賊団のみんながそうだった。
ウタは自分のために泣いてくれるみんなに本音を吐く。
「私…みんなともっと一緒にいたいっ!…もっと一緒に旅をしたかった…」
ウタはルフィに言ったことと同じことをシャンクスたちに告げる。もう遅いと分かっていながらもそう呟いた。シャンクスのズボンがずぶ濡れとなる。
ウタと赤髪海賊団が声を殺して泣き続けていると、ビチャッという音と共に何か濡れたモノが自分たちのいる場所に立っていることに気づいた。
ここまで接近されていることに驚いた赤髪海賊団は即座に臨戦態勢を取り、気配がする方を見る。
「お前は…」
「シャンクス?…ポベウス」
シャンクスの纏う気配が強くなるのを感じたウタはみんな見る方向へと顔を向けると、そこには全身が濡れ、上半身が傷だらけのポベウスが立っていた。
ポベウスは自分へと向けられる殺気をものともせず、シャンクス、正確にはウタに目を向ける。暗く淀んだ目でウタを見ていた。
「何の用だ…」
シャンクスは目を細め、刀に手をかける。ベックマンたちも各々の武器をポベウスへと向けた。
しかし、ウタの手によって遮られる。ウタはまっすぐポベウスの目を見つめる。
「なぜだ、ウタ…君はみんなを…幸せにするんじゃなかったのか…」
途切れ途切れにウタへ伝えるポベウス。体をふらつかせながら前へと足を進める。
シャンクスたちは警戒しつつも手を出さず、彼の行動を注視する。
「私は…」
ウタは顔を俯かせ、消えそうな声で話した。
「歌でみんなを幸せにしたい…その思いに嘘はない。でも…」
ウタは顔を上げ、自分が本当に叶えたい夢を伝える。その目に迷いはなかった。
「誰かから求められて歌うんじゃない。私は―自分の夢を叶えるために歌う。歌でみんなを幸せにして見せる!」
ウタは立ち上がって、そう宣言した。自分の足で地面に立っていた。だが、すぐに地面へと倒れこんでしまう。
シャンクスは右腕で彼女を抱き留めた。
「…そうか…君は…」
『みんなを…幸せにする』『みんなに夢を与えたい!』
ポベウスは自身の夢を語るウタに、かっての自分と娘を重ねた。
ウタの前まで来ると膝をつき、血の気の引いた表情でウタを見る。しかし、その目には光が戻りつつあった。
「まだ夢を、あきらめていないのか…」
口からぼたぼたと真っ赤な血を垂らす。
ライブが始まる前にネズキノコを食べていたポベウス。その毒が彼の体を蝕んでいた。
彼はシャンクスたちへと視線を向ける。
「…私のポケットに、ネズキノコの解毒薬がある…それを彼女に…」
「だが、もうウタは…」
「…」
シャンクスたちはポベウスの言葉に一瞬喜びの声を上げるが、すぐに落胆の表情へ変わる。ウタは何も言わない。
もうウタの体力はほとんど残っておらず、ネズキノコの毒がすでに全身へ回っていた。シャンクスたちはもうウタが助からないと思っていた。
しかし̶
「彼女が食べたネズキノコは、火を通してある…そこの船医なら、この意味が分かるん、じゃないのか…」
「!本当か!?」
ポベウスは息も絶え絶えに伝えた。口からはより一層血が溢れている。
ホンゴウはその容態に気を配りながらも彼の言葉に驚き、ポベウスのポケットから解毒薬を取り出す。
「おいホンゴウ。どういうことだ」
シャンクスはホンゴウに問いかける。赤髪海賊団のみんなもホンゴウを驚きの表情で見ていた。
ホンゴウは目に涙を滲ませながら喜びの表情を浮かべ、赤髪海賊団のみんなへ振り替える。
「ネズキノコの毒は熱に弱い…ならまだ解毒薬を飲んでも間に合うはずだ!」
「それは本当か!」
「あぁ!早くウタにこれを飲ませろ!」
ホンゴウは手に持った解毒薬をシャンクスへと投げる。シャンクスはそれを受け取ると、ウタに解毒薬を差し出す。
ウタは自分が助かるべきではないと考え、拒もうとする。
「ウタ、私に君の新時代を見せてくれ…君が望む、夢を…」
しかし、ポベウスの言葉を聞き、シャンクスたちの顔を見て、意を決し、薬を飲む。薬を飲んだウタは薬が効き始めたのか、それとも安堵故か、すぐに意識が朦朧とし始めた。
シャンクスはウタが薬を飲んだのを確認すると、ポベウスへと薬を差し出す。
「おい、お前も飲め」
「…いや、私にはもう、必要ない…私が食べたのは、彼女とは違う…」
シャンクスはポベウスの言いたいことを感じ取る。手に持った瓶を地面へと置き、ウタを大事そうに抱きしめた。
ウタはシャンクスに抗議の目を向けるが、シャンクスは無視をする。
「なぜ…ウタにはそうしなかった」
「…なぜ、だろうね…」
シャンクスはなぜウタには調理済みのネズキノコを食べさせたのかという意味でポベウスに問う。
その質問にポベウスは暗くなり始めた空を見上げた。上空では星が爛々と輝いている。
「子供には…おいしく、食べてほしかった…からかな…」
「…感謝する」
ポベウスは視界がぶれる中、お互いに信頼し合っているウタとシャンクスを見て、笑った。
「…家族からは、目を、離すんじゃ…ない…よ…」
ポベウスの意識が徐々に混濁し始める。目からは生気が無くなっていき、腕が地面へと落ちる。
ウタはその光景を見て、意識が朦朧とする中、消え入りそうな声で歌を歌う。
【風のゆくえ】。子供の頃にフーシャ村で何度も歌った、ゴードンとポベウスが嬉しそうに聞いてくれた思い出の曲。
ウタの穏やかで美しい歌声を聞き、ポベウスは安堵の表情を浮かべ、瞼を閉じた。
『パパ!』
二十年以上聞くことはなかった、しかしはっきりと覚えている声。突如聞こえてきた娘の声に目を開いた。
視界には明るい世界でこちらに手を振っている娘と赤子を抱いた妻の姿が広がっていた。ポベウスはその光景に涙を浮かべる。
『オーニラ…ブラウ…』
ポベウスは立ち上がって、手を伸ばし走る。娘と妻の下へたどり着いたポベウスが彼女たちを抱きしめると、彼女たちは満面の笑みを浮かべた。
『おかえりなさい、あなた』『おかえり!パパ!』
『あぁ、ただいま…』
ポベウスは涙を流し、彼女たちを強く抱きしめた。彼女たちもポベウスを強く抱きしめる。その中央で赤子が泣き始めていた。
二十年以上の地獄の日々によって傷ついた心は、一人の幼き少女によって救われた。
ウタは歌声で一人の人生を救ったのだ。
ラストはウタの誕生日10/1に投稿します。