戦姫絶唱シンフォギアSpirits 作:柳之助@バケつ1~4巻発売中
――少女の歌には、血が流れている。
私には、大好きなものが二つある。
例えばそれは小日向未来。
一見気の弱そうな、けれど芯の強い女の子。陸上部で、脚が何気に凄い早い。ちょっとだけお節介。私、立花響にとって何より掛け替えのない太陽、暖かな陽だまりである。基本的に頭のよくないし、考えるのより動くことの方が得意な私にとって彼女の存在はなくてはならない。ずっと幼い頃から、彼女はでたらめに突っ走る私のことを見守ってくれて、帰る場所になってくれていた。それはきっとこれから先変わることがない。
立花響にとって小日向未来はなにより大切な日常の象徴なのだ。
そしてもう一つ。
――仮面ライダー。
立花響は仮面ライダーに憧れている。と言っても、私自身実際に目にしたことはない。あくまで、噂を聞いたことがあるだけ。一番最初は、私が生まれるずっと前、もう四十年以上前のことだったらしい。悪の組織『ショッカー』とかいう悪い奴らに世界が狙われた時、さっそうと現れて人々の自由の為に戦い続けた。
それが、仮面ライダー一号。
彼だけではなく。
正義を振るう赤い拳。
力と技と命の風車。
深き海の守護者。
腕を失った科学の徒。
密林の大蜥蜴。
天地人に呼ばれし稲妻。
大空を翔る覇者。
夢の為に宙を守る拳士。
赤き最後の者。
黒き太陽の子。
真なる蝗の騎士。
大自然の使者。
精霊の落とし子。
超古代の戦士。
人類の光の煌めき。
炎を纏う龍の騎手。
闇を切り裂く救世主。
不死者を封じる剣士。
魔を清める猛き鬼。
天の道を往き総てを司る男。
時空を駆け巡る走者。
運命の鎖を解き放つ牙。
世界を壊し創る破壊者。
風の都を守護する奇跡。
宇宙を掴む超銀河の絆。
最後の希望の魔法使い。
かつてそれだけの戦士が世界を守ってきた。
何度も世界は危機に陥りながら、姿を明かすことのない正義の味方に護られてきたのだ。だから私は、彼らのことが大好きなんだ。趣味が人助けの私からすれば、何よりも憧れるべき存在だろう。子供の頃初めてその存在を知った時からできるのならばなってみたいと思ったし、今だってそう思う。
正義の味方。
響きがもうかっこよくてたまらない。女の子の憧れとしてはあまりそぐわないもので、未来やお母さんたちから改めるように言われていたけれど、こればっかりはどうしようもない。
カッコいい物に憧れるのは、ごく普通のことだ。
できることならば一度自分の目で見てみたい。
もっと言うならば、彼らの力になりたい。
アニメやドラマのフィクションなんかじゃなく、本当に存在する正義の味方なんだからそう思っていた。
思っていた。
思っていたのだ。
あぁ、だったら――。
「――セイヤァァァァァアアアアアーーーー!!」
――どうして彼を見て、こんなにも悲しみが胸に溢れているのだろう。
荒廃したアリーナの中、彼は戦っている。
頭に赤、胸に黄、脚に緑を宿した欲望の王。
仮面ライダーオーズ。
私が憧れていたはずの、ライダーの一人。
彼は、戦っていた。
たった一人で。
「ウオオオオオオオ!」
今日はツヴァイウィングのコンサートの日だった。未来に誘われて、よく解らずとも来て、なのに未来は来なくて、結局一人で来たコンサート。天羽奏と風鳴翼によるツインボーカルユニット。ここ数年大人気なのは、こんな大きいアリーナでライブができることから伺いしれるだろう。
実際凄かったのだ。あまり興味のない私が、我忘れて盛り上がるくらいに。そもそもライブとかコンサートも始めての私には刺激が強すぎた。周りのファンたちに交じって、ライブから始まってからはすっかり私もファンになって、跳ねたり叫んだり。
華麗に舞い歌う双翼へと声援を送っていた。
そんな最高の舞台も、一瞬で最悪の惨劇になってしまった。
認定特異災害ノイズ。
どこからともなく現れる極彩色の化物は人間の兵器で斃すことはできず、逆に彼らに触れられたら一瞬で人間は炭素に分解されてしまう。恐ろしいことに、これらは災害なのだ。ショッカーのような悪の組織ではなく、台風や地震のような天災の類。だから、これまでノイズと戦うライダーなんて聞いたことはない。少なくとも、公表はされていなかった。
そんなノイズがアリーナに現れ、多くの人は死に、仮面ライダーは現れず――戦場に歌姫が降り立った。
天羽奏と風鳴翼のツヴァイウィング。
彼女たちが剣と剣を携え、ノイズと戦っていたのだ。
それは仮面ライダーではない、私の知らない戦士たち。
戦場で歌を歌いながら戦う歌姫。
そして、私を庇って――天羽奏は命を落とした。
『生きるのを諦めるな!』
私にそう叫び、命を救ってくれたはずの彼女は、頭をからっぽにして、心の底から思い切り歌って、炭素になって散っていた。私自身胸に致命傷らしいものを受けたから意識は途切れ途切れで、けれどその言葉と散っていく彼女とむせび泣く風鳴翼だけが嫌に鮮明だった。
そこで終わっていたはず惨劇は――それなのに終わらなかった。
化物が、現れたのだ。
風鳴翼を取り囲む六つの影は形容し難いそれらはノイズとは決定的に違った。ノイズのように、なんだかよく解らない形のよく解らないものなんかじゃなかった。人の形をしている。けれどそれは人ではない。
虫のような、猫のような、魚のような、象のような、鳥のような、恐竜のような化け物。
化け物というより――怪人だ。
怪人たちは風鳴翼を取り囲み、彼女は涙を流しながら我を失って動けない。そんな光景を私はただ見ていた。
そして、仮面ライダーは現れた。
遠目からではハッキリとは見えなかったが、青年が翼さんの前に飛び込み、変身したのだ。
場違いな歌と赤黄緑の光の中に欲望の王、仮面ライダーオーズは姿を顕したのだ。
私の、憧れだったはずの仮面ライダーが。
「ハァアアアアアアア!!」
そして今、彼は戦っている。
六人の怪人相手に、たった一人で。全身から血を流し、装甲がボロボロになりながら彼は雄叫びを上げ拳を振るう。
時に分身し。
時に超速で駆け抜け。
時に重力を操り。
時に液体となって。
時に空を舞い。
彼は戦っている。
「――ぁあ」
それらを私は目に焼き付けながら、血と共に涙を流す。
――なんて、痛々しいのだろう。
私は、彼の戦いを見てただそう思った。理由があったわけではない。彼の事情を知っていたわけではない。寧ろこの時私は名前くらいしか知らなかったのだから。それでも堪らなく悲しかったのだ。
稲妻がオーズを焼いた。
熱の爪がオーズを切り裂いた。
鋼の一撃がオーズを打撃した。
津波がオーズを叩いた。
灼熱がオーズを焼いた。
氷河がオーズを飲み込んだ。
怪人の攻撃一つ一つで一体私は何回死ねるのだろう。一桁では話にならない。二桁だって足りないだろう。或は四桁にすら届くかもしれない。
それでもライダーは戦う。
全身血に塗れながら、武器も砕けながら、何度か変身が解けてしまっても、生身で凌ぎながら再び変身し。
彼は戦う。
戦い続ける。
私が覚えていたのはそこまで。
記憶は途切れ途切れで意味が解らないし、目が覚めた時ツヴァイウィングの二人や仮面ライダーのことなんてなかったことにされていた。誰かに話すこともなかった。そもそもあんな戦いの中で私みたいなただの子供なぜ生き残れたかという話だし。
ただ、この日から私は――仮面ライダーに憧れなくなった。
少女の歌には血が流れ――戦士の手からは命が零れていく。
作風はタイトル通りSpiritsで。