戦姫絶唱シンフォギアSpirits 作:柳之助@バケつ1~4巻発売中
「はっ、はっ、はっ、はっ……!」
走って、いた。
これまでの人生でこれ以上全力で走っていたことがあるかと考えれば思い当たらないくらいに、立花響は全身全霊で両足を動かしていた。運動神経は悪い方じゃない。寧ろ女子にしてはいい方だと思う。流石に元陸上部の未来のような体力や走力はないにしても、一般的な女子としては運動はできる方だ。
それでも、
「ノイズッ……!」
焦りと恐怖が全てを支配し、徒に体力を削っていく。
昨日映司さんや未来たちと話していた通りに、私は放課後翼さんの新しい特典付きCDを買いに街へと走った。本当だったら未来も一緒に行くつもりだったけど、彼女に放課後も用事があったことと遅れれば売り切れになってしまうから私だけで学校を出た。予約というものを次からちゃんとしようと心掛け、足取りも軽く街を歩いてた。
そんな私が見たのは、炭素の塊になった人のなれの果て
それがどういう意味なのか。私は即座に悟った。悟らされた。
認定特異災害ノイズ。
極彩色の雑音達。
世間一般では都市伝説、通り魔レベルの認識しかないが、私は違う。かつて実際にそれらの出現の場に居合わせ、命を落としかけたのだ。それから――余り思い出したくもない目にも何度もあった。
だから、走っている。
あれらはどこから現れるか解らない。どこからでも、そのあたりの空間からにじみ出るように出現するのだ。明確な発生条件は解っていないし、それほど多い物でもないのだ。インターネットで遭遇確立を調べたら生涯に通り魔事件に巻き込まれる確率よりもさらに低いなんて話も見た。
それなのに立花響のノイズ遭遇は人生で二回目。
「あたし完全に呪われてる……!」
普段呪われるかもなんてことをよく呟くけれど、これはもう完全に呪われてるとしか思えない。
いや別に本当に呪いにでも掛けられているとは思っていないが、碌でもないことはちょこちょこ起きていたから思わず呟いてしまったのが悪いのだろうか。それにしたって返し風が辛すぎる。
思い込みの報いが死だなんて。
冗談じゃ、ない。
さらに笑いごとじゃないのはこんなことに巻き込まれたのが私一人だけではないということ。
「お姉ちゃん……!」
涙と共に私の背に背負われた女の子。名前は知らないが、聞いている場合じゃない。自己紹介している時間があったらその分走るしかない。ノイズの出現を突き付けられた直後に耳に届いた悲鳴。その下に駆けつけてみれば彼女がいたのだ。多分母親と一緒に買い物にでも来ていたのだろう。けれど、彼女は一人で、母親がどうしているのかは解らない。
今は、逃げることが最優先だ。
ただしかしそれでも状況が好転することもない。
「シェルターから遠ざかっちゃった……!」
我武者羅に逃げていたが、気づけば海にまで出ていて、シェルターからかなり遠ざかってしまった。リディアンの地下に緊急避難用のシェルターが存在するわけだが、大分離れている。
先は海で、背後はノイズ。
逃げる場所も無ければ、隠れる場所すらない。
「きゃっ……!」
恐怖で足がもつれて、派手に転んだ。元より幼いとは女の子一人を抱えた状態で極限状態で全力疾走していたのだ。寧ろよくここまで走れたものだと自分でも思う。
「クッ……はっ、はっ……!」
喉の奥が痛い。息が完全に上がっていて、身体が酸素を欲している。鬱陶しいくらいに心臓は早鐘を打ち、それでも取り込む酸素は足りない。
「う、うぅ……!」
一緒に転がった女の子の呻き声が耳に届く。あたしだって泣きたい。
それでも泣いてる場合じゃない。
疲労でチカチカする視界の中、これまで走ってきた道の奥にノイズが迫っていた。
いや、ノイズだけではなかった。
「……なに、あれ……!?」
ノイズといのは基本的に極彩色で、形状に関してはなんとうか出来の悪いずんぐりむっくりの人形という感じだ。色々種類はあるが大雑把に言ってしまえばそんな感じだ。それなのに、その中で変なものが混じっていた。明らかな人型の、けれど人ではないナニカ。
カマキリとかオウムとかネコとかライオンとクラゲ、エイとサイの入り混じり、それに他にも動物を模したような人型の化物がノイズを引き連れるように十数体。おまけに下手くそなミイラみたいなものがノイズに交じってもう数十体。
あれが何なのか。
その答えもまた私は知っていた。
あれは――怪人だ。
二年前、ノイズと同じように私は怪人もまた目撃していた。
「は、はは……」
思わず笑いが零れた。
胸の中に言葉にできない感情が溢れる。ソレは多分、絶望なんて風に呼ばれるものだろう。アァ全く冗談じゃない。ノイズに遭遇するだけならまだしも、あんな怪人まで現れるなんて。
もう駄目だ。
生き残れない。
立花響はここで――。
『生きるのを諦めるなッ!』
「――ハッ! ……ウウウゥゥゥッッ!」
フラッシュバックしたのは、私を護る為に命を引き替えにして歌を歌った人。どこまで羽ばたいていけるような片翼。二年前、彼女が告げたたった一つだけの言葉は、どうしようもなく私の胸に残っている。
彼女のことを多くは知らない。
けれど、優しい、力強い、それでいて本当に楽しそうな歌を口ずさんでいた。
だから、私の胸の歌が体を突き動かす。それによって立ち上がり、
「……っ!?」
音が聞こえた。
記憶にあるような歌ではない。もっと単純な空気の振動。
バイクの排気音。
「きゃ……!?」
壁を飛び越えて
ビックスクーターに分類される大きなバイク。それに騎乗する赤黄緑の三色を纏う戦士。やはりというべきか、彼のこともまた私は知っている。ノイズと怪人と同じように二年前に目撃していた。
あの時戦っていた。
その手から命を零してた戦士。
「仮面ライダー……!?」
「早く逃げて……って、響ちゃん!?」
「え?」
私たちの前に立ち塞がり、怪人達から庇うように現れた仮面ライダーは私を見て何故か驚いていた。
いや、待て。今のこの仮面ライダーの声、私はどこかで聞いたことがあるような……。
「くっ、今はそんな場合じゃないか。逃げて響ちゃん! 速く!」
「は、はい!」
拒否を許さない声に思わず返事をし、女の子の手を握り直して走り出す。その間にも仮面ライダーは剣を取り出して怪人たちに向けて走りだしている。
「ハァ!」
振るった剣が似非ミイラやノイズを容易く斬り裂き、怪人たちに吹き飛ばしている。拳や蹴りの一撃毎に雑兵とも言えるノイズたちの数を削っている。十人近くいる怪人達すらとも互角に戦っている。
あれが、仮面ライダー。
あぁやっぱり――堪らない。
●
「はぁ……はぁ……はぁ……ッ」
たどり着いたどこかの建物の屋上で、ついに力尽きた私たちは荒く呼吸を繰り返す。体は疲労しきっていた。多分これ以上は私も女の子も動けない。
「私たち、大丈夫かな……」
「……」
声に希望が混じっていたのは仮面ライダーが現れたからだろう。去り際に見えていた圧倒的戦闘力。あれならノイズがいくらいても関係ないだろう。実際二年前のあの戦いに比べれば些細慣れベルのはずだ。
勿論、今回のことにしたって私は簡単に死ねるのだけれど。
「……それにしても、あの声は」
確証はないが聞き覚えが会った気がする。それも最近。多分これまでにもかなり頻繁にというレベルで。しかし酸素が足りない頭では考えが追い付かない。
一先ず落ち着こうとして深呼吸。ついでに何気なく視線を動かし――その先にノイズがいた。
「ヒッ!?」
ノイズとはどこからともなく空間からにじみ出るように現れる。だから、そう安全な場所なんてどこにもない。怪人やミイラもどきがいないなんて有利にならない。ノイズ一体いるだけで、私は完全に死ねる。
「お姉ちゃん……!」
「ッ!」
女の子を抱きしめながら、屋上のギリギリまで後退する。屋上はほとんど完全にノイズに占められている。逃げ場所はない。飛び降りることも無理だ。
「――」
諦めることはできない。
胸に響く歌と言葉がそれを許さない。
「私にできることは……!」
今のこの絶対絶命に私に何ができるのか。出来の悪い頭で、碌に動かない頭脳で考えて、考え抜いていく。
私にできること。
できることがきっとあるはずだ。
「生きるのを諦めないで!」
その言葉は少女に、そして自分にも向けられている。
仮面ライダーが颯爽と現れて助けてくれるなんて考えない。
考えちゃいけない。そんなの私は絶対に嫌だ。
あんな様に助けられるのだけは――死んでも御免だ。
そしてその想いが胸から詠を零れさせていた。
『――Balwisyall Nescell gungnir tron』
●
胸から溢れるオレンジ色の輝き。
それが光の柱となって私の身体を包み込んでいく。
周囲に光の膜と二条の光の円環の中――立花響の肉体は改造されていった。
肉が、骨が、内臓が、指先から頭の先、細胞の一片一片に至るまで。ほんの少しづつ、けれど決定的に違うものとなって変わっていく。痛みはなかった。ただ理解不能の衝撃と驚愕が全身を支配する。
立花響が作り変えられる。
気づいた時身に纏っていたのはリディアンの制服ではなく、白とオレンジのボディスーツ。さらに背から翼のように膨大な機械類が生じ、私の身体に潜り込んでは消える。結果生じたのは四肢の装甲だ。手甲と脚甲。SF映画みたいな、パワードスーツ。
「なっ!? これは……!」
跳躍で現われた仮面ライダーもまた驚愕の声を漏らすが構っていられなかった。
この時のことを後になって思えば。
私は間違いなく歓喜していた。
突然生じた力を手にしたことに私は喜んでいたのだ。
欲しかったものが手に入ったって無意識の内に気付いていたから。
だから――この時私の口は不気味なくらいに孤を描いていた。
ガイムの映画特別編会に出てきた怪人なんかRXみたいかと思ったのは私だけだろうか。