【完結】『侵胎迷宮を抜けて』二次創作 作:サーデェンス・ロー
また、原作キャラの登場は次からとなります。
夢に入る。
淀んだ空気が鼻孔を震わせ、地下に居るようなカビ臭さと微かな毒気が閉じていた意識を覚醒させる。
「…………」
光源は不明なれど、周囲を見渡すには十分な明るさ。
そして、その光に照らされているのは、植物の侵食が微かに見られるものの確りとした石造りで組まれた通路と思しき交差路。
ふとそんな場所に放り出された白い少女は確かな知性を感じさせる緑色の瞳で周囲を見回し、幾度となく踏み入れた事のある『夢』とは違なる感覚に警戒を強める。
少女の体格は随分と小柄ではあったが、鎧のように厚手な白い服を着込んでいるのにも関わらずその表面は女性としての起伏をしっかりと表しており、瞳と同色の布飾り(リボン)で纏められた銀の長髪はその色香を静かに引き立てていた。
外見だけを見れば淑やかな印象が残る少女であったが――。
「…………なんでしょうか、この状況は」
しかし、彼女はその唇から戦人のような冷めた言葉を零す。
眠りに落ちた時、あの人の手によって知りもしない情報を頭に捻じ込まれ、見覚えのない『場所(ゆめ)』に放り出される。
そんな『悪夢』を見させられる事は、白い少女にとっては『よくある事』であったのだが――。
「…………」
しかし、今の状況はあの人が見せる『夢』にしては臨場感があり過ぎると感じた白い少女は現実の戦場で学んだ経験をなぞり、流れるように自分の状態を確かめる。
軍務に就き、自分で稼いだ給金で設えた魔石銃――連邦で言う所の突撃銃と同じ立ち位置にある愛銃――は弾倉がはめ込まれた状態で肩に掛かっており、着込んだ布鎧の重さから鑑みるに100発入りの予備弾倉は持てる分だけ(3つ)仕込んでいる。
武装しているのだから当然といえばそれまでだが、布鎧――魔導鋼線で編まれた鎖帷子に防護術式が編み込まれた布を覆った国元の標準的な守り――は上下全てを着込んでおり、独力で刻印した4本の短刀や“自分の杖”もきちんと仕込まれている。
「……場所は――窓がないので地下のようですが……この毒気は――なんでしょうか?」
火山のそれとも異なる感じた事のない毒気に警戒心を示しながらも、今得られる情報を全て取り纏めた白い少女は更なる状況の把握に務めるべく交差路を西へと歩み始める。
「……ぅ!?」
その矢先、悍(おぞ)ましいモノが視界に飛び込んできた。
進んだ先にあったのは、幾つかの鉄格子が並ぶ場所であり――その内の1つに目を凝らせば、鉄格子の奥に倒れている女性に群がる無数の触手状の物体が見て取れる。
「……っ」
白い少女は幾度か戦場に立った事のある身であり、死が乱立する血生臭い地獄には慣れていたものの――凄惨である事には違いないが、方向性が異なるソレに口元を押さえながら物陰へと退避する。
襲われているとはいえ人間を見つけられた事は幸いであるといえるが――その中で起こっている惨状と奥の牢からする同じような気配は、とてもではないが喜べるものでは無い。
「…………」
緩んでいた警戒心を三段飛ばして引き上げ、今の自分は前線に近しい場所に居るのだと意識を改めた白い少女は奇襲を避ける為の魔導鋼線を周囲に撒きながら牢の中の惨状を窺う。
あの人が見せる『夢』により、白い少女の頭の中には同世代の人間よりも遥かに多くの情報が詰め込まれているのだが――彼女の知識の中に、あのような生物は存在しない。
となれば、アレは国元が接触した事のない生物であり――同時に、女性(にんげん)を襲っている事から敵性生物である事は確かであろうと白い少女は推定する。
「…………可能ならば助けたい所ですが――」
命ではなく尊厳を奪っている事から、痛ましい事に彼女等が触手型の苗床にされていると白い少女は考え至るものの、それでもその指は動かない。
「……襲っているのが小鬼の類であれば、多少無理をしてでも慈悲を与えなければ人類の危機になりますが――」
もしもなんらかの攻撃を行えば、見た目通りの下等生物であろうとも此方の存在に気が付く筈であり、牢の数と気配を鑑みれば所持している弾倉1つを注ぎ込まなければ勝ちは望めないと白い少女は予測を立てる。
しかし、どう考えても補給が望めない場所での戦力消耗は木乃伊(みいら)取りが木乃伊(みいら)になる未来が確定する下策であり、例えこの場から救助したとしても、消耗しているであろう彼女達に安全と休息を提供する事が出来ないと判ってしまった少女は静かに踵を返す。
「…………ごめんなさい」
同性としては最後の慈悲だけでも与えておきたいと思う白い少女であったが、右も左も判らない出来る事は無いと自分に言い聞かせた彼女は重い足取りでその場を後にする。
「…………」
そうして最大限の警戒心と幾分かの自責を抱いた白い少女は交差路へと立ち戻り――他の道の探索を再開した彼女は、音もなく魔石弾を投射する魔石銃を駆使する事で自分が進む道を確保してく。
触手型の敵性生物は牢屋とは違う場所でも自生しているらしく、探索を進める白い少女を見つけたとなれば手足を持たぬ身とは思えぬ速度で彼女に迫って来る。
しかし、いくら強靭な生命力を有していようとも装甲で覆われていないソレ等には火の魔石弾がよく通り、1発1殺という慎重さで近づく敵性生物を排除していく白い少女は自分が現れたこの場所を徐々に把握していく。
床面がむき出しの土となっている未整備の通路、身動きの取れなくなった巨大な敵性生物(ミミズ)、ゴミ捨て場と思しき大広間。
探索を進める内に判ったのは、ここが地下であるという事の確信と、この階層で動ける範囲が思いの外狭いという事実であったが――。
「……こふ――くっ……いったいどこなのでしょうね、ここは」
この階層全域に充満している妙な毒気が目下最大の脅威であるというのが白い少女の考えであり、歩みを進めていくだけで削られていく意識の中、警戒を続けながら最後の分岐へと足を踏み入れた彼女の視界に巨大な植物が映り込む。
「…………見た目は植物ですが、実情はこれまでの触手型と同類の存在――でしょうか……?」
踏み込んだ通路を埋め尽くしている植物の隙間から見える先にはまだ道があるようであり、他の道は全てが行き止まりだった事を考えればコレを排除する以外に進める道は無い。
「…………」
接近戦は論外。故に白い少女が取れる手段はこれまでと変わらない。
「……植物であればよく燃える筈ですが――」
背後を警戒しながら退がれる所まで後退した白い少女は射点を確保すると共に警戒用の魔導鋼線を周囲に撒き、満を持して魔石弾の投射を開始する。
予備弾倉の物も含め、白い少女が所持している魔石弾は国元で最も使われている火の魔石であり――。
対抗手段を持たない人間に撃ち込めば、ただの1発をもってその身を火達磨にする事のできる凶悪な魔石弾は未知の植物に対してもその威力を遺憾なく発揮し、数発を叩き込んだだけでその巨体が炎に包まれる。
「……っ、意外と持つ――!?」
しかし、その植物は本体が燃え盛っているというのにシュルシュルと蔓状の触手を白い少女に伸ばしてきており、自身に迫るソレ等に根源的な恐怖心を抱きながらも彼女の両手はその大本へと魔石弾を当て続ける。
「………………驚かせてくれましたね」
更に十数発――本体を構成するモノを満遍なく焼いた所で迫っていた蔓が動きを止め、通路を塞いでいたそれが焼け落ちるように床に落ちたのを確認した白い少女はようやくその手を下ろす。
「……殺れたとは思いますが、警戒し過ぎるという事はないのでしょう」
部屋の中で蠢くのは植物型を焼いている残り火だけであるが、それでも歩いてその上を歩く事を躊躇った白い少女は“風舞”の魔術を衣服に行使し、残り火の上を跳び抜ける。
「……動きは無し、焼き殺せたのは確実でしょうか」
着地と同時に振り返りながら魔石銃を向けた白い少女は、黒炭に変わりつつある植物型を確かめると開かれた通路へと視線を戻す。
「…………人間が作った施設を、敵性生物が利用しているだけなのだと考えたい所ですが――」
その視線の先に在った物――整備された石造りの階段を見遣った白い少女は、思い至った最悪の想定に恐怖しながらそれに足を掛けた。