【完結】『侵胎迷宮を抜けて』二次創作 作:サーデェンス・ロー
「…………」
眠気を伴った穏やかな思考の中、じっくりと眠ったのは何日ぶりだろうと思ったラフィーアはぼんやりとその微睡に浸る。
寝台の質はそれなりといった程度だが戦地では各種魔術で細工した砂の上で寝る事もあり、それに比べれば真面な寝床で眠れる事がどれだけ幸せなのかを知るラフィーアは手近な寝具を抱きしめる。
「…………あとで、サラさんに――お礼を……」
あれだけ我儘を言った後だというのに身体を拭いてくれたのか、肌には掛けられている寝具の心地よい感触しかなく、目の上に乗せられている濡れた手拭いの冷たさも程よく瞼を墜としにきている。
とはいえ、いつまでもこうしてはいられないと身じろいだ時――右足が動かせない事に気付いたラフィーアの意識は冷めるように覚醒し、背中を縛るように巻いていた筈の内帯の感触も無い事で見開かれた視線が部屋を巡る。
「おはようございます。よく眠れたようで何よりです」
「…………」
その震える視線は部屋の中央に配された椅子に腰掛けていたサラの青い瞳と重なり、動揺を押さえているようなその視線にラフィーアは怯えた猫の様に目を瞑り、掛けられていた寝具を引っ張り上げる。
物理的に視界を塞いだラフィーアの耳には近づいて来るサラの足音がやけに大きく聞こえ、寝台の傍に立ったと思しき彼女は、白い少女を落ち着かせるように額を撫でる。
「先に言っておきますが――足や背中の古傷は、私は見ていませんし覚えてもいませんので聞かれても困ります」
「…………気持ち悪かったでしょう?」
「知らない事を聞かれても困ります。……あと、これは独り言ですが――ポーションでは効果がないようでしたが、この陣地でならばもっと強い薬も作れますよ」
「…………見ていない事を聞かれても困りますが、多分効果がありません。……竜膜――右足に付けていた物と腰に巻いていた包帯、取ってきて頂けますか? ……それらがないと、歩けないので」
在る事を無いと口にし、それを突き通す事の出来るサラは本当に出来た人なのだと思い――それを見習わなければと思うラフィーアは、そんな才女の言葉を借りながら自分の状態を伝える。
「血で汚れていましたので洗ってしまいまして……まだ乾いていませんので、もうしばらく眠っていてください――大丈夫です、イレスの動きはありませんし、脱出路も問題ありませんでしたから」
「…………ですが、私の役目は――」
目を塞いでいた布を下ろし、危惧を伝えようとするラフィーアを見下ろす青い瞳は、伸ばしたままの右手で白い少女の瞼を撫でるように閉じさせ――。
「スリープ」
「…………」
それが何らかの魔法(まじゅつ)であるとラフィーアが認識した瞬間、抵抗を許さぬ眠気がその意識をもう一度眠りの中へと落としていった。
「――慕ってくれる後輩が居たら、こんな感じなのでしょうか」
眠らせた瞬間、思いの他強く右手を掴まれてしまった事で白い少女から離れられなくなったサラは彼女の眠るベッドに腰掛け、空いている左手でその綺麗な銀髪を撫でる。
この迷宮で出会った時からして、サラから見たラフィーアは異質な少女であった。
まるで別世界から迷い込んだかのように常識を知らな過ぎる事。
若輩の身ではあるが聖都直属の諜報部隊として活動してきたサラはその立場に見合うだけの技量を持ち、職務の都合から外法の類も知ってはいるものの――そんな彼女が知りもしない未知の魔法を巧みに使いこなす事。
それらはまだ違和感と切って捨てられる事であったが、この階層に最初に戻って来た時に少女が発現させ、オーガ討伐時にも発現させたその力はまるで――。
「――教会の言う、悪魔の技……というのは、早計でしょうか」
サラとしてはそこまで詳しくない話だが、前の任地で出会ったシスターとの会話で印象に残っていたソレは、このあどけなく眠っている少女の“目”と酷似している。
魔物を手足として操り、統率する存在――すなわち悪魔。
「――――あれから、そう時間は経っていないのですが……随分と変わってしまいましたね」
協同した期間こそ短かかったが、あの妙な魅力を発していたシスターは目的を果たせたのだろうか?
まだ性に疎かったあの頃の自分は、今の自分の事を直視する事が出来るのだろうか?
「――私も、少し動揺しているのでしょうか」
そんな詮無い事へと逸れた思考を、サラはそんな言葉によって振り戻す。
最初の申し出からの協力に始まり、この階層で自分のした事を我が事のように憤り――その勢いでオーガの単独討伐まで成してしまった事から、サラにもこの少女の心根が優しい事は十分理解できている。
同時に、この少女が容易く無理をしてしまう事も、十分過ぎる程に理解できてしまった。
この階層に戻って来た時――自分と少女との間に亀裂を生じさせた時の行動も常軌を逸していたが、オーガ討伐後に倒れた彼女を診た時の状態はサラに戦慄すら覚える程だった。
通じぬ攻撃をオーガに打ち込んでいた少女の右手は自分を投げた時と同じように青と赤の斑に染まっており、自分を抱えてオーガの元へと跳んだ時の反動なのかその症状は両足にも発生していた。
そして、それらを治療しても収まらない発熱に他の傷の存在を疑い、暴いた右足と腰には動かせるとは思えぬ程に深い古傷が残されており――ここでもサラは自分の目を疑う事になった。
今にして思えばこの少女は出会った時から右足を隠しており、魔法で眠らせる寸前に洩らした『歩けない』という言葉を考えれば、彼女はこんな古傷を抱えたままずっと戦い続けていた事になる。
つまる所、この少女はずっと無理をしており――それが普通となってしまった彼女は、それこそ死ぬまで止まれない。
「――――」
ふと思い至ったそんな不吉な考えを、サラは頭を振って捨てる。
「……このままにしておくのは、よくない事だとは思いますが――」
そう零すサラは、自分の左髪に留められた赤いリボンに触れる。
私には譲れない約束があり、その為に幾つもの修羅場を超え、あの苦悦の日々も進み抜いた。
自分もまた止まれないし、止まる気もない。
それこそ――もしもこの少女と自分とを天秤に掛けなければならなくなった時、自分を選ばないとその約束を果たせない。
「――頭では判っている心算ですが、多分無理なのでしょうね」
今まで任務を違えた事こそ無いが、その冷徹さを徹底できていればあのシスターの事も見捨てていただろうし――今、こうして悩む事もなかったとサラは思う。
「――――」
自分の中にある感情の粟立ちを言葉とする事で整理したサラは、その視線を白い少女へと戻す。
つい先程見せられた感情――親を見失った子供のような表情がこの少女の本質であり、出自が妙で能力に優れていようとも彼女にまず必要なのは安息なのだとサラは直感していた。
「ですが、本当に止められるのでしょうか……」
自分を苦しめていた元凶であるオーガを倒して貰った事だけを取っても自分はこの少女に返しようのない恩が出来てしまっているが、彼女はそれに留まらず上層まで行く心算であると言っていた。
そう豪語する少女の強情さもまたサラはよく理解していたが、何としても止めなければこの少女は本当に――。
「…………いらっしゃいませんね」
それから暫くして、再び目覚めたラフィーアが視線を巡らせた先にサラの姿は見えず、半身を起こしてもそれは変わらなかった。
オーガを殺し、亜人型の大半を掌握した事でサラがその身を挺してこの場所を隠す必要は無くなった。
ではどこに行ったのだろうとラフィーアは首を捻るものの、竜膜を付けていない彼女は動く事すらままならない状態であり――。
「……結局、迷惑を掛けてしまいましたね」
身を起こしている事にも耐えられなくなった身体は寝台へと倒れ込む。
対オーガ戦の最後に実施した予定外の事も含めてこの階層で起こした事の全ては自分の我儘となり、それを1人で完結させられなかったとなれば子供の駄々と同じであり――不甲斐なさと恥ずかしさにラフィーアは頭を抱える。
「…………右足と腰の傷も、見られてしまいましたものね」
それらは幼い頃とはいえ短慮な行動に走った自分の咎の証であり、進んで説明したい事ではないが気を使わせてしまっているとなれば話さなければならないかもしれない。
「…………?」
そんな予感を前に頭を悩ませているラフィーアがふと感じた物音の方へと目を遣ると、部屋の中にあるには不釣り合いな穴が見え――。
「ようやく戻って来れまし――」
「…………」
その穴から這い出して来たサラと目が合った。
「………………」
「――――――」
制止を振り切って勝手に行動した挙句、その最後に手を差し伸べられた上に治療まで受ける事になったラフィーア。
自分を苦悦の日々から引き上げてくれた恩人ではあるものの、あれほどぶつかりあった手前から話し掛ける事に引け目を感じているサラ。
2人の間に走ったのはそんな沈黙であったが――。
「――お加減はどうですか、ラフィーアさん」
「…………はい。……元から動かない所以外は、特に問題はないようです」
「それはなによりです」
「…………」
その沈黙を先に打ち破ったのはサラであり、人生経験の差か白い少女よりもよく気の回る才女は自分の中にあるわだかまりを溶かしながら言葉を続ける。
「――ラフィーアさんのお陰で、私はオーガやオーク、ゴブリンに邪魔される事なく作業が出来るようになりました」
「……そうですか」
「――――私の事を助けてくださって、ありがとうございました。手を拭ったらすぐに服を持ってきますので、待っていて下さい」
「…………」
その大人な対応に羨望の眼差しを送る事しか出来なかったラフィーアは静かに目を伏せる。
「――こちらで全てですよね? ……私は部屋の隅の方で砂汚れを落としていますので、何か必要な物がありましたら言ってください」
「……はい。――――サラさん」
そうして何事も無かったようにラフィーアの枕元に彼女の衣服を置き、静かに立ち去ろうとする背中を白い少女は何とか呼び止める。
「なんでしょうか」
「……………私を見捨てないでくれて、ありがとうございます」
「――ラフィーアさんのサポートをするのが最近の私の役目でしたから。……準備が出来ましたら情報の共有と今後の計画を話し合いたいのですが、大丈夫ですか?」
「……はい」
ラフィーアの言葉はサラの後追いであったが、そんな白い少女の言葉を静かに受け止めた才女は静かに歩みを再開する。
「(…………本当に、羨ましい)」
自分には出来ない事を事もなげにこなしてしまうその背中を見つめていたラフィーアは、その視線を剥がすのに苦労しつつも自分の身支度を整え始めた。
花開く魔種もいい作品ですよ
聡明で、強くて、○○○大人の女性は好きですか?
ハイ、ダイスキデス。
容姿が直撃から少しずれており、彼女自身の幸いがキチンと完結まで至っているので苛まれる事はありませんでしたが、それでもシナリオを主軸に強く印象に残っている良作です。
あと、準新作でほんの少しでしたが重要な役が見れたのは幸いでした。
方向性の指針となりますので、評価、感想、お気に入り登録など、お待ちしております。