【完結】『侵胎迷宮を抜けて』二次創作 作:サーデェンス・ロー
壊れた指標で正確な指標を作れないように、『自分の何が間違っている』のかが判らなくては“浄化”はその効果を発揮できない。
「…………我は咎人、なれど光と命を識る者なり」
魔導防壁を解除された先、最上階へと至る大階段の途中で再び座り込んだラフィーアは、あまり効果のない“浄化”を発現させてから布鎧の内側から取り出した薬瓶を煽る。
そして、それが最後のマジックウォーターだった。
「………………」
元々こんな霊薬が無くても自分の居た世界では戦えていた事から、ただ自分の能力を発揮するだけであればこの浪費は問題にならない。
身体の芯、下腹の奥を擽(くすぐ)るような疼きは徐々に熱へと変わってきており、黒衣単眼と出会うまでは効果のあった鎮静剤も効かなくなっていた。
「…………」
それも判っていた事だったが、持っていても重いだけの鎮静剤(くすり)を煽るが、熱はやはり引かず――薬の副作用である頭痛だけが残る。
「……彼の手とは、違う」
私と似たような目を持った黒衣単眼は多くの指のような手を持ち、それを巧みに操る事で様々な事を同時にこなす。
それは敵性生物、サラを含めた人間の敵であり――1人で考えるべく階段の上下へと追いやった親愛なる彼等は、殺さなくてはならない存在。
「…………」
自分自身の手を見遣るだけで2つの相反する思考が同時に走り、その亀裂が頭痛となって自分を苛むのを認識したラフィーアは静かに目を瞑る。
今のラフィーアには、もうどちらが正しいのか判らない。
サラから預かった瘴気の汚染を低減させるというミアズマトライズという薬も試したが、汚染の原因が瘴気に起因していない事から効果は殆ど表れなかった為――本当に手の打ちようがない。
「……私の、役目は――防護の破壊」
これは多分合っている。
「……私の、想い――私の、願いは――」
そうして聞くべき事、確認すべき事をまとめたラフィーアは出立時に預かっていた通信符を起動させ、その術具に言葉を向ける。
「……サラさん、聞こえていますか?」
「――大丈夫です、聞えています。どうしましたか?」
「…………上の階層を突破しました。……今は、最上階へ向かう階段に居まして――あと少ししたら、迷宮の防護の捜索と破壊に移ります」
「えっと……なにか、問題が発生しましたか?」
「(…………大丈夫、私の役目は壊れていない)」
自分の言葉とサラの返答から自分の行動目的が書き換えられていない事を確認したラフィーアは、次の答え合わせに移る。
「……ううん、大丈夫。……ただ――――話しておきたい事が出来て」
『もう戻れない気がするから』
瘴気の汚染も進み、朦朧とした意識にあっても『ソレ』を口にしなかった自分を褒めながら、ラフィーアは集めていた通りの言葉を続ける。
「…………亜人の村を初めて見た時に私がした事ですけれど――あれはサラさんを思っての事じゃなくて、結局は自分の我儘を通したかっただけなんですよ」
「――? ラフィーアさん、すみません。話が唐突過ぎて――」
「……私の未来も、似てるの。……沢山の知らない男の人に犯されて――子供が産めなくなるまでそれが続くのが決まってるの」
「――――」
初めて出会った時のサラが自分の髪を見ても何の変化も見せなかった事から、この常識はこの世界にはない。
故に、こんな話をしてもサラを混乱させるだけだという事はラフィーアにも判っているが、自分自身の在り方すら確かではない白い少女にはその反応すらも貴重な指標であり、唯々言葉を続ける。
「……私の世界の銀髪の持ち主はね、まぐわった相手の血をとても強くするの」
「――――」
「…………これは実例ですけれど――火球しか扱えなかった者とまぐわって子を成せば、業火を扱えるだけの才能をもった子を生み、業火を扱える程の者とまぐわれば、竜の力である“炎息”を扱えるだけの才能を持った子を生めるの」
サラからの応えは無い。まだ、ある筈がない。
あの才女は思慮深い人であり、よっぽど間違った事でなければ全てを受け止めた後に判断を下す筈。
それが判っているラフィーアは、その応えによって自分自身を観測するべく今の自分を言葉にし続ける。
「……そんな銀髪を持つ私達は、魔術の大家に献上されて――その家の後妻として何人か子を生んだ後にその派閥の者に下賜されて――その先でも同じ事を繰り返させて、派閥全体の質を高める存在。……そんな風に見られているの」
これは嫌な事。
「……でも私を預かっていたジェフスティア家は変わり者で、魔術に関わる派閥が存在しないから家の人達とだけ仲良くしていればよかったのだけれど――あの人が怖かった私は、家の人が長年に渡って準備していた儀式を台無しにしちゃった」
これは私の咎。
「……あの人は『失敗するべくして失敗した』と言って私の背中と足の傷を治してくれたけど、北や南との関係改善の話が出る度に売られるんじゃないかって怖くてしかたなかった」
これは仕方のない事。
「……外に出る事を許されて、色々な人と会って、あの人以外からのも教えを受けたけれど」
これは、楽しい事と嫌な事が半分ずつ。
「…………結局、私の居る世界は、私の事を血を高める道具としか見てくれなかった」
これは――まだ、諦められなかった事。
「……状況が全然違うのは判っていますけれど、サラさんが命令に全てをつぎ込んで――あの扱いを受け入れているのが許せなかった」
これは、羨ましい事。
「……私がサラさんを助けて、オーガを殺したのはこんな理由だから――」
『私の事なんて気にしないで、サラさんは、サラさんの願う幸いを叶えてください』
それは、私の願い。
『私も望まれた事に従い――最愛の人『だけ』と結ばれ続ける事を諦めます』
それは、従いたくない声。
「…………私が、追いつかなくても――振り返らないでください」
――これが、確認したい事の全て。
「…………」
そうして、会話にもならない感情の垂れ流しによって『自分が認識している自分の全て』をさらけ出したラフィーアは、それを観測した者からの返りを待つ。
「――――私には、貴女の世界の事情なんて関係のない事ですから、ラフィーアさんの苦しみや悩みに応えてあげる事は出来ませんし、そもそも常識が違い過ぎて理解できるかもあやしい所です」
「……はい」
「……ですが、そんな私でもはっきりと判かっていて、ラフィーアさんにも自信をもって言える事は――自分を傷付けてまで私の事を助けてくれた貴女はとても優しい人で、そんな貴女に私はとても感謝しているという事です」
「…………」
「だいたい、自分の為に何かをするなんて普通の事ですよ? それがどんな思惑の下であろうと、私と居た貴女の行動は褒められる事で――私も見習わなくてはと思っていますよ」
「(…………大丈夫。――サラさんの反応を見るに、私の話した事に齟齬はない)」
サラの応えにどこかが壊れた心が暖かくなるのを感じながら、ラフィーアは言葉から自分の心の在り方を確認する。
「この迷宮を出た後にまた会ったら、また魔法の事を語り合いましょう。――私は聖都の使い走りですけれど、直属の諜報部隊だけあって融通出来る事は多いんですよ?」
「…………うん」
同時に、サラがやはり素敵な人であるという事を再確認する事も出来たラフィーアは、そんな彼女にもう会えない事を寂しいと思いながらも、その暖かな言葉に応え続ける。
「それに、ここにはそんな風習はありませんから――ラフィーアさん位に可愛くて強ければ引く手数多ですよ? ――あ、でも貴族さんに見染められるのは面倒なので止めた方がよろしいかと」
「……うん、そうだね……。……うん――少し、元気が出てきました」
「――本当に大丈夫ですか? 今からでも援護に――」
「……ダメですよ。……もしもサラさんも倒れてしまったら、これまで戦った人の命が無駄になります」
「そんな言い方――」
「……大丈夫です。……防護は必ず破壊します。…………その後、まだ隠していた切り札を見せびらかしますから、手拭を噛んで悔しがる準備をしておいてください」
「――言いましたね? 出会った時の魔法ではラフィーアさんの守りを抜けませんでしたけれど、次に会った時はそれを抜けるだけの魔法を見せて驚かせてあげますから――覚悟しておいてください」
「……うん。……通信、終わり」
『信じますからね』と言うであろうサラの約束が紡がれる前に、ラフィーアは通信を切る。
「…………これで、終わりですね」
話をする限りでは自分自身の認識にまでは影響は受けていないように感じられたが――実際に会った時に自分がどう動くかは、ラフィーア自身にも判らない。
例えば、階段の上下に退かせた親愛なる彼等は忠実な配下ではあるものの人間に対する敵性生物であり、今のラフィーアはこの迷宮を離れる前には殺し尽くす心算ではある。
だが、もしもサラと再会した時、近くに親愛なる彼等の同類が居たら――自分はどう動くのだろうかとラフィーアは考える。
親愛なる彼等の望むままにサラへの動きを封じる可能性もあるし、既に襲い掛かっている彼等をただ見ている事しか出来ない可能性もある。
「……でも、まだ私には出来る事がある」
熱にうなされ、瘴気によって思考が霞んでいたとしても消えない意思が灯る。
サラの幸いは、自分が思う幸いとは違う所に在るのだと思う。
故に才女は、自分では絶対に許容出来ない事が出来た。
だが、例え違う幸いを追っている理解の出来ない人であろうとも、頑張った人には相応の報酬がないのはおかしいと考えるラフィーアは自分に灯った種火に残っている全てを注ぎ込む。
(「(……私は、そんなサラさんが幸いを得る為の邪魔になるかもしれないから、もう会えないけれど――)」)
好ましいと思える人を助け、人間として死ねるなら――嫌な方ではあるものの、『夢』をなぞるよりもずっといい終わり方だ。
「………………」
国元で自分を生かしてくれた人達から受けた恩を返せずに終わるのは、心残りではある。
「…………行きますよ」
だが、人間と共に生きるのが叶わなくなった以上、せめて最期まで人間で在り続ける事を強く自分に刻んだラフィーアは、大階段の前後に散らしていた親愛なる彼等を招き寄せる。
「(……でも、もしも生き残れたら――)」
瘴気からも人間から離れ、自分がまだ人間である事を確かめられたら――自分から言い出した約束を果たしに行こう。
そんな願いを紡いだ白い少女は、最後の階段を上り始めた。
この夢に来た頃のラフィーアは八方塞がりの捨て鉢状態。
その2割程は勘違いが入っているので救いもありますが、そんな彼女が諦めていた夢であった幸福ではなく、自分の幸いを見つけ、諦めなくなるようにするのは筆者の勤めであり――本作が終わったら頑張ります。
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