【完結】『侵胎迷宮を抜けて』二次創作 作:サーデェンス・ロー
「魔物が、1体も居ない――あの子、どれだけの無茶を……」
瘴気の中を走る黒衣の女魔導士――通信符から届く状況に堪えきれずに陣地から飛び出してしまったサラは、周囲の血生臭い静けさに息を切らしながら言葉を零す。
通信符に聞き耳を立てて情報を仕入れてはいた彼女であったが、聞くのと見るのとでは大きな隔たりがあった。
金属製と思しき壁や床に張り付く様々な色――。
魔物の体液や肉片が余す所なく飛散しているこの惨状は下層の村から根こそぎ引き抜いた亜人型やこの階層で取り込んだ魔物を使った同士討ち結果であり、直視するのを憚られるソレ等はサラが想像していたよりも凄惨な光景を生み出していた。
「――――」
魔物同士を潰し合わせるそれはひどく合理的な戦術ではあるが、複数の魔物を支配するという術理も判らぬ事を実行に移せるラフィーアの魔眼に空恐ろしさを覚えながらもサラは走り続ける。
今の自分にとっては天敵ともいえる瘴気の中、その先にある死地に自ら向かって走っている事実。
それを少しでも鑑みれば、馬鹿な事をしている自覚はサラにもある。
――だが、それでも彼女は足を止める事は出来なかった
『――あんな連中を従えて行くのが判ってしまったら、嫌われてしまいますものね』
『……今刃向かって死ぬのと、そいつと交渉して生き残る可能性――どちらを選びたい?』
通信符から届いていたラフィーアの声は、サラが察していた通りの一面を才女に伝えていた。
しかし、術符から届く白い少女の声は徐々に弱々しくなっていき――。
『……防護を、破壊……します。……脱出の、準備を』
最後に届いた明らかに生彩を欠いた通信の後、ラフィーアがイレスとの遭遇戦に突入した事が判った瞬間――サラは陣地を飛び出し、上層へと走り出していた。
駆け抜けているこの階層に魔物は存在せず、あの悪辣な罠も解除されている。
加えて、ラフィーアが方向を呟きながら探索を進めていた事からサラにも大凡の道筋が把握できており、その行き足に迷いはない。
「はぁ、はぁ――」
唯一の障害は、今のサラにとってはある意味致命的な効力を有している瘴気の存在であるが――。
「――こんな、所で……止まれるものですか……!」
通信符からは今もまだあの白い少女が抵抗を続けていると思しき音は続いており、その戦塵に押されるようにサラは大階段を駆け上る。
「――っ」
そうして最上階に登り、脱出路として想定していたゴミ捨て場(おおあな)のある部屋に踏み込んだサラの目に飛び込んできたのは、触手型に吊り上げられているラフィーアと見知らぬ女性の背中だった。
「(――イレス)」
青い髪をした長身に、灰黒色ローブと黒のケープを纏った妙齢の女性。
サラ自身がその姿を捉えた事はなく、持っている情報は断片的な物でしかない。
しかし、周囲の状況とラフィーアをも下したその実力が彼女の素性を雄弁に示していた。
「此処までの深手を負うだけの――」
だが、今のそいつは肩で息をしており――ラフィーアが余程頑強に抵抗したのか、そいつの意識はどう見てもこれ以上抵抗できないであろう白い少女の方に集中している。
そのまたとない機会を前にしたサラは、この一撃に全てを賭けるべく魔力を指先の一点へと集中させ――。
「――シャドウフレア!」
サラが行使できる最大威力の魔法はその威力を存分に発揮し、背後からその一撃を受けたイレスは影に浸食されながら面白いように吹き飛び、大穴へと落ちていく。
「シェイド! ――シェイドッ!」
排除した敵を目で追うような事をせず、サラは連続して魔法を編み上げる。
放たれたサラの魔法は残る大型の触手型――ラフィーアに巻き付き、吊り上げていたそれ等を影の中に沈める。
「ラフィーアさん! 大丈夫ですか!?」
そうして拘束を解かれたラフィーアであったが、彼女は受け身を取ることもなく倒れ――うつ伏せのまま微動だにしない少女へと駆け寄ったサラは声を掛けながらその身体を見遣る。
捕まりはしていたもののその衣服には殆ど傷がなく、端々に見える素肌にも無理をした形跡はなかった。
下層の殲滅戦、『鎌を持った目玉の魔物』への対処、イレスとの対峙。
装備の消耗は激しいようだが、それだけの激戦を潜り抜けたとは思えぬラフィーアの状態に安堵と恐怖が入り混じったような表情を見せるサラであったが――その混沌とした感情の最後に、静かな吐息を洩らす。
驚嘆すべき能力を持った子であるが、そこに至るまでに無理に無理を重ねていたこの子をようやく休ませてあげられる。
それはあの苦悦の日々から掬い上げ貰った自分が成さねばならない事であり、未だに身動き1つしない事は気に掛かったものの、先ずはその容態を確認しようとラフィーアの身を起こしたサラは――。
「ぁ……」
自分が間に合わなかった事を、理解してしまった。
サラが覗き込んだ緑色の瞳はどこか遠くを見るように定まっておらず、ただ薄っすらと魔力を帯びた目が彼女の事を眺めていた。
有体に言えば変質寸前、手の施しようがない。
それはこれまで何度も見てきた終わり方の1つであり、受けた想いを何も返せぬままに訪れた別れに言葉が詰まるものの――いつも自分の傍に居る冷静な思考(ぶぶん)は静かに魔法を編み始める。
「――――」
まだ人の形を保っているが、それも時間の問題。
『助ける手段があるかもしれない』という想いはあるが、その願望のままに放置し――魔物の玩具にされたり、事後調査で訪れた人間に蔑まれるのならば、せめて人間として終わらせる。
それが常に正しくあろうとしているように見えたこの子への手向けであり、その重みは左に留めた約束(リボン)と同じように背負って行く。
「――――?」
しかし、揺れる心をそう固めてもサラの指は動かない。
「――――」
聖都の正義の元で幾度となく暗殺こなし、聖都の意向に反する者の秘密を暴き破滅させてきた暗黒魔導士が何を手間取っているのだとサラは自分を叱責するも、それでも自分の指はピクリとも動かない。
「――――目?」
それを妙だと感じたサラがその理由に至った瞬間、彼女は唐突に動いたラフィーアに押し倒され――。
「なっ、……んー!?」
一瞬の隙に押し付けられた唇。その隙間から口腔内に唾液を流し込まれ、一緒に入ってきた舌がソレを吐き出す事を阻害する。
「――っ、ぁうぅぇあっ!」
しかし、サラは唇を押し付けられた状態のまま事前に編んでいた魔法(シャドウフレア)を発動させ――イレスをも溶かし飛ばした影の爆発はシェイドを弾いた少女の守りを突破し、その白い衣装を溶かしながら弾き飛ばし、宙を舞った矮躯を氷柱へと叩き付ける。
「はぁー、はぁー。……ひゅ、っ。はぁー、はぁー……」
とはいえ、それを放ったサラの身体もまた注ぎ込まれた瘴気によって止めどない熱を帯び始めており、疼く身体に悶える才女に残る冷静な部分はラフィーアが帯びていた瘴気の濃さに驚きながらもその姿を追う。
そうして巡らせた視線の先には、背中と右足――昨日見てしまった古傷の所から幾つもの触手を生やし、飛び掛かる前の四足獣のように身を縮め、サラの事を見続けている1体の魔物が見えた。
「(なん、ですか――あれは……)」
耐性のない者が瘴気に触れ続ければ、人でない形に変質しながら死を迎える。
それがサラの知る常識であったが――今、才女が見ているソレは『人が魔物になる』という忘れ去られた真実(あり得ない状況)であり、眼前に現れたソレが自分の事を獲物として狙っているのは疑いようが無かった。
「――――」
理解できない事への混乱に加え、元になった少女の事を思えば強力であろうソレと対峙しなければならない恐怖がサラの身を焦がすも――。
あの少女の事を知る自分こそがこの魔物を消さなければならないという使命感と、目に映る相手の状態が瘴気に蝕まれている才女を踏み留まらせる。
シェイドでは傷一つ追わせられなかったあの白い装備は既に見る影もなく、外気に晒された肌には幾つもの傷を負い、人間と魔物のそれが混ざった血を流している。
今ならばきっとシェイドでも溶かせる。
あと一撃。もう一度だけでもシェイドを打てれば終わらせられる。
そして、出会ったのが自分だけであればラフィーアが魔物に堕ちた事を誰も知る事はなく、彼女は人間として終われる。
だが、それでもサラの身体が動かない
「魔眼――」
ラフィーア自身が忌避していた彼女の強み。
それに自分が囚われている事を知覚したサラは、生兵法ではあるが自分の目に魔力を集中するようイメージし、目を逸らす事で魔眼から逃れようと足掻き続ける。
「こ、の――」
瘴気に晒された事で思考を止めようとする身体を動かし、自分の事をあんなにも想ってくれていた白い少女が自分以下の存在になる事を食い止めねばと強く想い――それに応えるように動いたサラの身体が地を蹴って視線を剥がした瞬間、衝撃と共に彼女は突き飛ばされる。
「――――っ」
それは自分から目を逸らすのを待っていた魔物の体当たりであり、サラに組み付いた彼女は目の前であの目を――理性を失った泥のような緑色の瞳を才女に突き付ける。
一度は引き剥がせたその魔眼を前に、サラは首を振って逃れようとするものの魔物は腰から垂れ下がっていた触手を使ってその行動を阻害し、残った触手はじゃれつくようにサラの脇や首、耳をくすぐってくる。
「――――くっ」
自分の両腕は既にソレの両手によって押さえつけられており、相手が軽いといっても完全に組み伏せられている状態では振り払うのも難しい。
「(入れられたら終わる……その前に魔法を――)」
加えて、オーガ達に散々蹂躙されてきた身体は今の遊ぶような接触だけで『その次』を待ちわびてしまっており――戦おうとしているサラの理性を阻害する。
「――――っ」
いつ堕ちてもおかしくはないサラがその熱に抗っていられるのは、今の自分は1人が終わるだけでは済ませられない現実を背負ってしまった為だ。
ラフィーアは事ある毎に『来ては駄目』と言っていた。
だというのに、自分はこの場に訪れてしまい――彼女の献身を無意味な物にしようとしてしまっている。
それは許されない。ラフィーアは居なくなってしまったが、あの優しさとその決意を無意味にする事など、自分の命を以てもしても償い切れない。
サラはその一心で自分の身体が発する熱、亜人によって開発し尽くされてしまった疼きに抗い、逆転の機会を見つけようともがくも――。
「んぁ――」
再び合わせられた唇と流し込まれる瘴気(ねつ)。そして至近距離で発せられた魔眼の魔力を前に、サラは途切れるように意識を失った。
サラが次に気がついた時、その目の前には最後に見た魔物の瞳ではなく、いつもの色を湛えた銀髪緑眼の少女の顔があった。
「あ、うぁ……」
同性相手に何を焦る必要があるのかと思うものの、頬に熱が溜まるのを感じたサラは『それだけで済んでいる事』に違和感を覚えながらも可能な限り顔を離そうとし――。
「あぅ」
すぐ後ろにあった床に後頭部を強打する羽目になり、涙目で少女の事を見上げていると、目の前の彼女は唐突に頬を赤く染めながら両手で顔を覆う。
「…………私、初めてでしたのに……あんな――2回も……」
「……私は、もう何度も……」
そんな初々しい反応を羨ましいと覚えながらも、どこか混乱しているサラはそんな言葉を零す。
何かを、『忘れている』気がする。
それは気が付いた瞬間からサラの脳裏に張り付いている思考であったが、その危惧は自分の言葉から連想された『亜人達に何もかもを蹂躙され続けた苦い記憶』によって隅へと追いやられ――。
「――――っ」
恥ずかしがっていた筈の少女が真顔となって自分を見据えていた事――怖いほど真剣な眼差しに寒気すら覚えたサラは思わず身を震わせる。
「……大丈夫です。私は何とも感じていません」
「――――初めてがこんな私だと、気持ち悪いでしょう?」
「………………サラさんは口で言っても判らない人ですので。……証明としてもう1回します」
そう口ずさみながら破顔した少女の顔はいつになく楽しげであり、そんな彼女からの視線を受けたサラは命にまつわるモノとは別の危機感に押されて拘束から抜け出そうとする。
「いいです、そんな証明いいですから! ~~っ、反則! なんかその変な強化魔法使うのは反則ですぅー!」
体格ではサラが圧倒しているものの、我が身を顧みなければ巨大な鉄塊をも振り回せる少女の魔法の前にはそんな差など無意味であり――。
「むー……んー!」
自分よりも小柄な少女の片手によって両手を握り抑えられた才女は少女の思うがままに唇を蹂躙され、その最後にいたずらっぽく細められた瞳で見据えられる。
「……昔、偉い人は言っていました」
「――なんですか」
「……どんな経緯があろうとも、最後に私の横に立っていれば幸せにしてやる、と。……今のサラさんも聡明で、可愛くて、綺麗です。……私が証明します」
そう言ってサラの上から退いた少女は才女の手を取り立ち上がらせる。
「そんな証明をされても、私は――」
その手に引っ張られて立ち上がるサラの内に、『亜人の玩具にされた女を愛せる人など居るものだろうか』という思いが浮かぶものの、自分を見据える緑色の瞳に見据えられているとその悲観的な感情が溶かされるように薄れていく。
「…………話は変わりますが……コレを見てください」
「はぃ?」
『自分の内にある何かを変えられたような気がする』という新たな疑問と、『忘れてはいけない何か』に思考を振る隙を与えないように預けられたのは、投擲用と思しき小さな短刀であったが――。
「――う、うわぁ…………」
それに施された細工とその意味を理解してしまったサラは、その魔道具に集中せざるを得なくなる。
「……1本作るに1ヵ月は掛かりっきりなる、私の傑作品です」
「な、なんて非効率な……」
それが消耗品と考えると――サラ自身も調合を嗜むだけに頭が痛くなってくる。
「……確かに自分でもあまり創りたくない品ですが、魔力を通すだけで発動できる優れものでして――殺しきる事は出来ませんでしたが、イレスに一撃を加えられた功労品です」
「イレス――――あぁ! 奇襲という形でしたけれど、見ましたか!? 私の集大成とも言える魔法!」
何かとても大事な事を忘れている――違う、シャドウフレアの威力はこの○○も知っている――気がしたものの、互いの切り札を自慢しあうという約束を叶えるべく、サラは目を背けてはいけない筈の違和感を見逃し、少女の敷いた道筋に乗り続ける。
「……はい。……目が霞んでいて術式までは見えませんでしたが、威力のほどは確かに」
「凄いでしょう、えっへん!」
「……ふふ。……イレスには魔石弾が弾かれてしまいましたから、きっと“炎息”並――人間が行使できる最大の魔術なのでしょうね」
まるで子供のように立派な胸を張るサラに最大限の賛辞を送る少女は、その両掌で才女の右手を包み込み、才女が浅く持っていただけの短刀を強く握りこませる。
「……でも、私の術具も凄いのですよ? イレス相手にはその効力を速度に全振りしましたが、威力に全振りすれば相手を塵も残さず光に還せるのですから」
「い、意外と物騒なものですね」
「……武器は全部物騒ですよ? ……私達のような術士の場合には、存在自体がそうですけど」
その威力の程に怯えを示したサラに対し、下手な冗談を混ぜる少女の静かな笑顔にサラも釣られて笑い返すものの――才女の中に残る引っ掛かりは晴れない。
そう――この十日にも満たない僅かな間ではあったが、長年競い合った姉妹弟子のように語り合い、戦友のように支えあった少女は、とても穏やかに笑っている。
でも、その瞳の光は――。
「……先に死ぬという、親不孝をしてしまったのは残念ですが……1人の力ある魔術師として戦って、人として死ねるのなら……私は、満足です」
「――? ラフィーアさん?」
「……あぁ、でも――サラさんとの魔術講義、楽しかったなぁ……」
その変化や危惧に思い至れないまま、少女が瞳を閉じた事でどこかぼやけていたサラの思考がしっかりとした形を取り始める。
「また、こうやって話せばいいだけじゃないですか、どうして――」
「…………もう、持たないかな。……ごめんなさい――嫌な事を押し付けて」
歪められた思考が徐々に目を覚ましていく中、いつかの時の様に少女の両手がサラの両肩に乗せられる。
「…………我は魔物、なれど光と命を識る者なり」
それは少女が得意だと言っていた“浄化”の魔術(まほう)であり――。
「……さようなら」
霧が晴れるように確かになっていくサラの意識と共に疼き始めた瘴気の熱――それを霧散させた少女の魔術により、彼女の見せていた夢が終わる。
「――え?」
その靄が晴れた時、最初にサラが気付いたのは『自分の右手が動いた』という感覚だった。
次に意識したのは、これまでずっと一緒に戦ってきた『誰か』の――変わってしまったが、穏やかな笑顔。
そして、預けられた術具(たんとう)をその胸に突き刺している自分の右手だった。
ゴブリンの玩具、肉○○を混ぜ合わせて亜人の玩具としました。
オーガの該当項目は無い上、肉○○なんてこんな場所では書けんし。
別記:
サラさんも、『どちら』なのか判らないんですよね……。
異常なまでの精神強度にて遠慮なしの瘴気漬けにされない限りは持ち続ける脅威の人材(本作と著者は此方を採用)なのか、はたまた夢ラフィーと同じようにプツンと切れる寸前の糸でありながらもそのままであり続けているのか。
追記(2023-08-13)
『世界の卵』基準で書いていましたが、後に開示された情報で『侵胎迷宮を抜けて』時代の人間は人が魔物になる事を知らないとの事で一部を書き直しました。
方向性の指針となりますので、評価、感想、お気に入り登録など、お待ちしております。