【完結】『侵胎迷宮を抜けて』二次創作 作:サーデェンス・ロー
魔物の胸に突き刺されたラフィーアの短剣は、サラの魔力を触媒として刻印された魔術を発現する。
選ばれたのは、刀身を光と化す方ではなく、突き刺した相手を光とする魔術。
サラが選んだ訳ではないが、刀身を起点として無数の光が魔物の体中に奔ったのが才女にも判ったものの――しかし、夢から醒めたばかりの彼女はその魔力の流れをぼんやりと眺める事しか出来なかった。
「…………流石は私の魔術。……まだ、猶予を残してくれるなんて」
サラが動揺から立ち直れない中、胸を刺させている筈の魔物はまるで痛みを感じていないかのように呟き、自分を終わらせた才女の事を見上げる。
「――――?」
自分を見上げる緑色の瞳にその名を呼ぼうとしたサラは、その言葉が出てこない事に戸惑い口元に手を当てる。
「(名前が、出て来ない……?)」
「……ごめんなさい、サラさん。……貴女を魅了しました」
そんな言葉と共に後ろに倒れた――否。足が光となって消失した魔物に引っ張られるように倒れ込んだサラは、彼女の頭を守るべくその矮躯を抱えたものの、その両手は殆ど重さを感じなかった。
「――何を、したのですか?」
サラの腕の中で彼女の事を見上げる魔物は、諦めたように静かに微笑む。
「……あった出来事の記憶はそのままに……私という存在を消しゴム代わりにして、この迷宮であった事の詳細をできうる限り曖昧にしました」
「――っ」
そんな中で続けられた応えが切っ掛けになったように、サラの中にあった目の前の魔物に纏わる記憶――最初は名前だけが判らなかったそれが加速度的に広がっていき、彼女が何であったのかすら判らなくなっていく。
「…………怪物とまぐわった事なんて、詳しく覚えていたくなんてないでしょう?」
「そんなこと――私は頼んでいません」
「……私は、もう手遅れでしたし――聞いている暇がありませんでした」
そういってサラにも見えるように掲げられた魔物の左手は、人の形を成していなかった。
「……私は、きっと――頑張っていた貴女を助けたいという、夢なんですよ」
「……夢だと言うのでしたら、見ている人を幸せにしないといけないでしょう?」と嘯く魔物は徐々に光へ返っていく右手(にんげんのて)で自分の胸を刺したまま固まっているサラの右手に触れ、それに罪がない事を示すようにそれを包み込む。
「頑張っていたのは――っ、貴女もそうじゃありませんか! なのに私だけが……!」
「……何を言っているのですか」
サラがどう頑張っても名前を思い出せない少女は、才女の言葉に怒ったように口を尖らせる。
「……私も、幸せだったに決まっているじゃありませんか」
「――――」
そういえば、この魔物は澄ましている時以外はいつもこんな顔をしていた気がする。
サラの脳裏を掠めたその些細な思い出も、気が付いた時には形を失っていく。
「……私よりも強くて、賢い人と一緒に戦って、その人に看取られながら最期を迎える。……それはまるで冒険譚の登場人物のようで――怖い未来しかなかった私がそんな結末を迎えられるなら、悔いが無いに決まっているじゃありませんか」
自分が創った魔術によって消えていく魔物は、虚勢と理想で形作られた言葉だけを吐き続ける。
一緒に居たのは僅かな時間ではあったが目の前の魔物の本質を察していたサラにはそれが嘘だと判るものの、それを紡いでいる彼女の表情を覚えていられない。
それどころか今紡がれた上辺だけが言葉すら『いい思い出』という感傷だけを残して消えていく。
「――貴女も幸せだったと言うのなら、その人の名前ぐらい覚えさせておいてくださいよ」
困難を前に協力した事、譲れない想いによって衝突した事、助けられた事。
そんな魔物の誇らしい成果はサラの記憶の中にしか残っておらず――それが消されてしまえば、讃える事も、悔やむ事も、悼む事もできない。
「……夢は、消えるから夢なんですよ」
そんな綺麗事を言い続ける魔物の身体はもう殆ど残っていないが、それでも彼女は言葉を紡ぐ。
「…………そんな事を覚えている暇があるならば、どうか――」
その最後に、サラの事を見上げていた緑色の瞳が閉じられ――。
『貴女は、幸福になってください』
魔力を通した魔眼が彼女を見送るサラを見据え、その●●を才女に押し付ける。
「――――」
その目に込められた願いを最後に――終わってしまった少女は、ただサラの幸福な未来を願いながら光に還っていった。
「――ぇ? ……なんですか?」
何の連続性もなく、唐突に地面に放り出されたような感覚を覚えたサラは混乱しながらも左右に視線を振る。
周囲は魔法によるものと思われる氷柱や霜に溢れており、その床に跪くように倒れていた自分の身体は――タイツ越しの足はともかく、一部が露出している指先は凍える程に冷たい。
「――――?」
喫緊の問題である冷気から逃れるべく立ち上がったサラが指先を温めながらもう一度周囲を見渡せば、激しい戦闘の痕が幾つも見て取れ、彼女の近くには見慣れない装備や同僚が遺した剣が転がっていた。
「剣――そう、たしか……」
亜人の村でこの剣の持ち主に自分の行いを叱責された私は、剣の持ち主と共に亜人の村を制圧。
守勢を主張する自分に対し、剣の持ち主は牽制と攪乱を目的とした攻勢に出ると言い出して――。
動くなと言われていたのにも関わらず、自分は剣の持ち主がイレスと接触したと判った時に居ても立っていられずに走って――。
剣の持ち主が半死半生でイレスの注意を引いていた隙に、背後からシャドウフレアを撃って――イレスを倒した。
「――そのあと、この剣の持ち主は……」
イレスが残した人を模した触手型に殺され――瘴気に侵されて身動きの取れなくなった私はその人が大穴に落とさるのを見ているしかなく――。
全部が終わってしまった後になって、ようやく動けるようになった私は――自分の魔法でソレを倒した。
「――なのに、どうして……?」
袋小路に居た私を引っ張り回した剣の持ち主の行動はあまりにも鮮烈で、名前を覚えていない筈がないのに――その存在は『思い出が無い』程にひどく曖昧だ。
そう――剣の持ち主が居なくなったのはこの迷宮で、ここで初めて出会っただけの同輩。自分と同じ任務に殉じた事に敬意を払えども、覚えておく必要もない他人――。
「そんなの、卑怯ですよ……」
一度は立ち上がったサラは膝を付き、誰に向けたのかも判らない言葉と共に両手で顔を覆う。
誰が何をしたのかも判らない。
誰に対して泣いているのかも判らない。
だが、ここは瘴気が渦巻く迷宮であり、長居してしまえば剣の持ち主の成した全てが無駄になる。
「――――行かないと、いけないのですね」
自分の背中は、もう何人もの無念を背負っている。
このまま立ち止まる事は許されない。
「その先で私は――」
『望まれた幸福を掴まないと』
そう心から願った黒衣の才女は周囲に散らばる迷宮の遺産を持てる限り回収し、自分が苦悦の中で掘り進めた脱出路へと急ぐ。
その最中、自然と流れた左手が髪を留める思い出に触れるものの、その約束が●●を覆す事はなく――託された想いを果たすべく彼女は歩き出した。
結局の所、ここまでやってようやく原作中でサラにあそこまでさせた彼女の強度の源が判らないという結論に至った次第。
サラの深層に至れなかった事もあり、前話で夢ラフィーが魔物化してからはしがらみを全て捨てた彼女が徹頭徹尾自分の為だけに動いて誤魔化すような終わり方としました。
愛憎は表裏一体。
え? 悪意に見えない? 後日談を待ちなされー。
(これが無いとこの世界の軸となる人が多分生き残れないので、サラさんは元より世界の危機)
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