【完結】『侵胎迷宮を抜けて』二次創作 作:サーデェンス・ロー
(殆ど新規製造ですが)
夢に入る(業火)
淀んだ空気――潜航を続ける潜砂艦の中に居るような、懐かしくも息苦しい感覚が閉じていた彼女の意識を覚醒させる。
「…………?」
その緑色の瞳に映るのは漸く馴染み始めた聖堂の私室でも、旦那様の宿舎でもない場所であり――見覚えのない所で気が付いたという状況は、心に決めた相手の居る彼女の思考を大きく乱した。
加えて、視界を占めるのは石造りと思しき地下道の一角であり、光源は不明なれども周囲を見渡すには十分な照度が確保されている事がその違和感を更に際立たせる。
「…………あの人が創った『夢』? ……“搭”の外で?」
何の脈略もなしにそんな場所に放り出された彼女は周囲を見回し、旦那様と出会うより前の頃には幾度となく放り込まれていた『夢』と似た感覚に警戒を強める。
周囲を警戒するその女性は随分と小柄ではあったが、竜信仰の祭服――竜の体色を模した焦げ茶色のローブに原初の竜の色を真似た多くの飾り布をあしらった外衣――に遅れを取らない気品を帯びており、瞳と同じ緑色に染められた布飾り(リボン)によって纏められた長い銀髪が、それを静かに引き立てていた。
「…………なんでしょうか、この状況は」
その表面だけを見れば淑やかで近寄りがたい印象を与える祭服の女性であるが、しかし、彼女はその慎ましやかな唇から戦人のような言葉を零す。
眠りに落ちた時に知りもしない情報を頭に捻じ込まれ、見覚えのない『場所(ゆめ)』に放り出される。
あの人の手によって行われていた『夢(ソレ)』は倒れた先人の経験を継承する最悪の学習方法であり――その結果として、祭服の女性の頭の中には同世代の女性を遥かに越える経験が刷り込まれていた。
以前は同意もなく行われていたソレを恨みもしていたが、その苦行のおかげで旦那様と吊り合う人間に成れたと考えられるようになった今となっては『感謝しなくてはならないかもしれない』と思える経験であったが――。
「…………」
しかし、今の状況はあの人が見せる『夢』にしては臨場感があり過ぎると感じた祭服の女性は、現実の戦場で学んだ経験をなぞり、流れるように自分の状態を確かめる。
旦那様が目的を達した時に負った傷によって除隊を余儀なくされたものの、竜信仰における準司祭の資格を持っていた事から従軍祭司に転向した彼女は軍籍を外された後にも戦場に近い場所に居続けていた。
とは言え、それでも武器を携帯するのは稀な事であり、少し前までは違和感を覚える事もなかった右肩の負い紐には当然のように魔石銃が吊るされており、左側の腰には旦那様の剣が鞘に収まった状態で留められていた。
この魔石銃は連邦でライフルに相当する武器となり、女性の誕生日に武器を贈る旦那様の感性を疑ったものの――そんな彼の目論見通り、暇ができれば改良を加えてしまっている彼女の術具であり、愛銃となる。
そして、祭服の女性の身の丈程もある剣は旦那様が“搭”から賜った正真正銘の遺物であり、長さに反して一般的な長剣と変わらぬ剣身はソレに細身な印象を与え、樋の周りに施された緑色(かぜ)の刻印によって美術品と見紛う程の美麗さが目を引く両刃の片手半剣となる。
こちらは祭服の女性の所有物ではなく、旦那様が休暇に入る度に彼女が解析の為に預けてくれるように強請っている品であり――魔術師である彼女にはこれを剣として扱うだけの技量はなく、振るうとすれば攻撃力が異様に高い術具として使う事になるだろう。
「……流石に予備弾倉は持っていないようですが――準司祭(この)服を着た状態で武装しているのは、本当に謎ですね」
尚、祭服の裏に自力で刻印した4本の短刀や“自分の杖”を仕込んでいるのはいつも通りであるが、そこは貞操を守る為の女魔術師の嗜みと流しておく。
「……竜血石もちゃんと首に掛けて――あぁ、それならば」
そうして自分が身に付けている装備の確認を終えた祭服の女性は首に掛けている赤い宝石に魔力を通し、“障壁”を発現させる事で気が付いた時から感じていた息苦しさの排除を始める。
その効果は覿面であり、思考を鈍らせるような感覚は呼吸を続ける度に薄まっていき――最後には息苦しさも感じなくなる。
「…………鍛錬の成果ですね」
竜と縁がある事の証である竜血石の加護に変化を付けられるようになったのはつい最近の事であり、旦那様の教えを受けていた事によって周囲に満ちる毒気に苛まれないようになった祭服の女性は安堵の吐息を零す。
そうして今得られる情報を全て取り纏めた彼女は、更なる状況の把握に務めるべく歩み始めるも――。
「…………」
その足は、“遠見”の魔術が捉えた悍(おぞ)ましいモノによって留められてしまう。
遠くを見通す魔術が見せているのは幾つかの鉄格子が並べられた牢屋のような場所であり――その内の1つに魔術を凝らせば、女性に群がる無数の触手状の物体が見て取れた。
「……ろくな所ではありませんでしたか」
前線から離れた身ではあるものの、祭服の女性は幾度か戦場に地獄を作り出した事のある人物であり――死が乱立する血生臭い状況には慣れていたものの、凄惨である事に違いはないが方向性が異なるソレを前に嫌悪感を抱いた彼女は近くの壁の影へと身を潜める。
襲われているとはいえ人間を見つけられた事は幸いであるといえる。
しかし、その中で起こっている惨状と奥の牢からも同じような気配がする状況は、とてもではないが喜べる状況では無い。
「…………」
周囲の探索網として使える術具の類を持っていない事に不安を抱きつつも“隠行”の魔術を組み、身の丈に合わぬ剣を苦労しながら引き抜き、ソレを扱えるように魔術的な細工をした祭服の女性は壁の影から牢の中の惨状を調べる。
あの人が見せていた『夢』に加え、“塔”に残されていた知識を得る機会に恵まれていた彼女は多くの知識を有しているのだが――その知識の中に、あのような生物は存在しない。
となれば、アレは国元が接触した事のない生物であり――同時に、女性(にんげん)を襲っている事から敵性生物である事は確かであろうと彼女は推定する。
「…………可能ならば助けたい所ですが――」
命ではなく尊厳を奪っている事から、痛ましい事に彼女等が触手型の苗床にされているのだと祭服の女性は考え至るものの――それでもすぐには動けない。
「……襲っているのが小鬼の類となれば、最期の慈悲を行わなければ人類種の危機となりますが……」
しかし、その惨状を成しているのは未知の敵性生物であり、彼女等がどのような経緯であのような仕打ちに晒されているのかも判らない。
「………………」
力が無ければ選ぶ事も出来ずに逃げる事しかできない。
だが、悩ましい事に選べるだけの力を持つ祭服の女性は迷い、考える。
助ける事を選んだとしても、何も判らない状況では救助した後で手詰まりとなり――消耗しているであろう彼女達に安全と休息を提供する術がない。
そして、あの惨状が罪科として課せられているのであれば助ける事自体が罪となり、あり得ないとは思うが自ら進んでその状況に入っていた場合、それを阻害しても罪となる。
故に、この場を見捨て、状況を把握して補給を受けられる状況になってから戻るという選択肢もあるが――。
そも、生きてここに戻れるかどうかも判らない上、保護出来る場所を見つけ出せたとしても――あのような責苦を受け続けて生きていられるのだろうか?
「…………無理ですね」
祭服の女性が知る愛する人との逢瀬は気を失う程に激しいものだが、それでも身体を壊さないで済んでいるのは相手の配慮や情愛があってこそであり、それらの無い過剰な肉欲はただ苦しんで死ぬだけの苦行となるだろう。
「………………」
迷う彼女は“遠見”の魔術を使い続け、牢の周囲を見渡し、その仔細を調べる。
魔術が見せる遠くの女性の顔は苦悶に満ちており、望んでそこに居るとは到底思えず――もしかしたら、心は既に死んでしまっているかもしれない。
「………………………」
『この判断は性急に過ぎないだろうか?』
『だが、どちらにしても結果は変わらない。それならばせめて苦しまない方が――』
「………………偉大なる御竜に、……我は願い、……奉る」
祭服の女性が迷いながらも遠くを見渡す中、比較的近くの空牢に彼女等の結末と思しき人骨が無造作に放置されているのを見つけた彼女は、決意と共に唄を呟く。
「(……この判断の責任は全て自分に、この行動が正しかった場合に残される彼女等の無念は――その元凶に)」
それは今の苦しみを終わらせられる唯一の手段であり、自分の守りである“障壁”を解き、己の魔力を全て使えるようにした彼女は唄に沿った魔術を組み続ける。
「……我は竜姫。……御竜の名を示す光なり」
その意志と決意の下、祭服の女性は自らの身を守る竜血石を触媒とし、自身が行使出来る最大の魔術を発現させる。
そうして顕現するのは竜の暴威であり、閉鎖空間で吹き付けられた炎はその相手を区別する事無く焼き尽くす。
炎と熱に混じって微かに届く悲鳴を前に、祭服の女性は膝を折ってその感情を心に刻む。
「…………貴女達の無念はここに」
自分が此処に居る理由も判らないが、自分は正しいと想う事に力を行使し、取り返しのつかない結果を成した。
故に、自分は世界の算盤に則り、彼女達を害した責任を果たし――彼女達をその惨状を生み出した者と向き合う事を誓いながら、祭服の女性は踵を返した。
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