【完結】『侵胎迷宮を抜けて』二次創作   作:サーデェンス・ロー

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力を見せる

「……負荷が減りましたね」

 

 サラが進んだ先に在ったのは彼女と似た雰囲気の魔力に満ちた部屋であり、その空間に踏み込んだ瞬間から“障壁”に割り振っていた魔力が激減するのを感じたラフィーアは思わず言葉を洩らす。

 

「この階の物置に、私の魔力を流しているんですよ。私、暗い所で結界を張るくらいは簡単にできますし、迷宮の瘴気も防げますから。――維持し続けるのはちょっと疲れますけど」

 

 その驚き方が気に入ったのか、同性からみても可愛らしいと感じる得意顔を見せたサラに目線だけを向けて微笑み返したラフィーアは、その隙に張り巡らされている術式を読み取りに掛かる。

 

「(……見た事も無い術式――魔力の感覚は……力の強弱はともかくとしても、この属性は見た事がありませんね)」

 

 これまでに重ねられた会話の内容通り、サラの結界はこの施設に満ちる毒気を弾く機能も有しているように見て取れる。

 

 とは言え、それでも自身が張り巡らせた“障壁”を解くかどうかを迷うラフィーアであったが――最終的には竜血石への魔力供給を閉じ、使い続けていた神経を休ませる。

 

「――では、改めまして。私は暗黒魔導師のサラと言いまして、聖都の命令でここに来てます。……命令はイレスという人物の調査、できれば捕縛か暗殺となります」

「…………?」

 

 そんなラフィーアの内情を知ってか知らずしてか、話を聞く体勢を整えたのを察したサラは自己紹介の焼き直しと共に盛大な爆弾を放り込んで来た。

 

 聖都やイレスというラフィーアには聞き覚えのない単語を横に置いておく事は出来たものの、捕縛や暗殺といった用語は従事した事もある彼女にとって無視できない言葉であり――。

 

「(…………いえ、やっぱり拙いのでは?)」

 

 初対面の自分に対してそんな事を話しても大丈夫なのだろうかとラフィーアが困惑する中、その沈黙を傾聴と捉えたサラは説明を続けていく。

 

「そうして調査を続けた結果、最終的に辿り着いたのがこの迷宮でして――任務のため複数人で行動していた事や、ちょうどイレスが迷宮を空けた事もあって私は地上から潜入しました」

「(……とはいえ、貴重な情報ではありますね)」

 

 気になる事はあれど、文字通り右も左も判らぬラフィーアにとってサラから発せられる言葉には値千金の価値があり、続けられる情報に意識を集中するものの――語られるサラの内情は拙い方向へと向かっていく。

 

「ですけど、内部の魔物や罠で仲間と離れ離れになって……浅い階層に何とか陣地を作った頃には、もう私一人」

「……魔物と言うのは、この場所にいる敵性生物の事であっていますか?」

 

 そんなサラの経緯を聞いていたラフィーアは、話が確かであるならば彼女は国元における特務のような人なのだと認識しながら自分が知り得ぬ情報を仕入れに掛かる。

 

「魔物をご存知ないのですか?」

「……小鬼や魔狼ならば記憶にありますが、触手状のモノや植物のような魔物は見た事も聞いた事もありません」

 

 先程までの話の中でも何度か辛そうな表情をしていたサラであったが、ラフィーアの問い掛けを前にした彼女は驚きと不審を混ぜ合わせたような表情を見せ、その変化を前にした祭服の女性は逆に戸惑ってしまう。

 

「むぅ……ローパーの事も知らないとなると、ラフィーアさんの出身がどこなのか気になる所ですが――答えはイエス、です」

「……判りました。……話の腰を折ってしまい、申し訳ありません」

「――――では、私の都合に戻りますが……条件こそ厳しいものの、陣地を確保した私は偵察と仲間探しのために下の階と陣地を何回か往復していたんですけど……悪いタイミングでイレスが戻って来てしまって」

「…………下の階層で道を塞いでいた植物系の敵せ――魔物や、近くの道を塞いでいた壁のような魔物はそのイレスという人物の仕業ですか?」

「はい。――あの魔物は魔法に強い耐性があるみたいで……壊す前に私が瘴気で動けなくなってしまうんです」

「…………」

 

 人を襲う魔物を使役する存在。

 

 サラからの説明から察するに、この毒気に溢れた施設を運用している存在。

 

 そして、彼女のような人物――国元における特務――を派遣されるような存在となれば、イレスというのは人間にとって生かしておいてよい存在ではないのだろう。

 

「(……加えて、地下の惨状を作り出した者であるとすれば――果たさねばならない責任もありますし)」

 

 そう結論付けたラフィーアはイレスという存在と接触する事を心に決めながら、これまでに得られた情報に対する対価をサラに向ける。

 

「…………サラさんは偵察で下層に潜っていたとの事でしたが、ここより下の階の情報は必要ですか?」

「はい。――ラフィーアさんがどうしてここに居るのかも、併せてお聞きしたい所です」

 

 話が『確かであるならば』という前提条件はあれど、協力体制を敷く事を前向きに検討する方向へと舵を切ったラフィーアはサラが気を引きそうな話題を振り、重ねられた問いも併せて誠心誠意知っている限りの事を開示する。

 

 もちろん、先程も暈した通り国交が無い国に対して国名を明かす事は危険である事から国元の事は伏せたままとし、あの人の手によって『今の様な体験(あくむ)』を何度も体験していたという荒唐無稽な話も伏せたものの――。

 

「(……それらを省いたとしても、『気が付いたら最下層に居ました』は流石に厳しいでしょうか?)」

 

 説明を続けるラフィーア自身が信じられない内容も混じっていたものの、彼女自身も困惑している事が伝わったのか、それともサラの人柄によるものなのか「――所々で記憶が飛んでいるのは瘴気による記憶障害の影響でしょうか?」と好意的な相槌を得られた事で話は滞る事なく進んでいき――。

 

「……構造の見解としては、要所に向かう為に整備された通路と無秩序に掘削された魔物の道に、ゴミの載積場があり――整備された牢には多くの女性が触手状の魔物に組み伏せられていました」

 

 最下層に居た女性達の境遇にまで、話が届いてしまう。

 

「…………」

「……先に述べた施工記録の近くに彼女達の経過観察を『実験』として記した記録もありましたが――何の目的でそんな事をしているのか、ご存知でしょうか?」

 

 ラフィーアの質問を受けたサラは苦々しい表情を見せたが、この場所の世情を知る必要のある祭服の女性は態度を崩さない。

 

 そう――状況から察するに最下層の惨状は限りなく黒に近い悪行であるが、もしも彼女等が何らかの罪を帯びており、その罪科に対する処置を邪魔してしまったとなれば面倒な事態となる。

 

「――魔物の習性、と言うのが正しいでしょうか。――――ただ嬲る事が目的である事もあるようですが、苗床にさせる為でもあると考えられています」

 

 しかし、サラの答えはラフィーアの危惧を否定するものであり――悍ましい事に変わりはないが、『あの判断』がそう間違っていない事にラフィーアは深く息をつく。

 

「――――残念ですが、救助するだけの余裕は……私にはありません」

「………………いえ、既に事切れている方々の話ですので……サラさんが気に病む必要はありません」

「――そうですか」

 

 説明に続いたサラの言葉に対してラフィーアが杞憂である事を告げると、黒衣の才女は祭服の女性を真っ直ぐに見据える。

 

「…………」

 

 その視線を咎められていると感じてしまうのはラフィーアの罪の意識が成せる錯覚なのかもしれないが、彼女は自分が成した事を把握された可能性があると認識しながらもサラの反応を待つ。

 

「――今後の事ですが、私としてはやっぱり上の階に敷いた陣地まで戻りたいな、と考えています」

 

 幾分か重い沈黙が流れたものの、場を仕切り直すようにサラは口火を開く。

 

「……道を塞いでいる魔物はどうしましょうか? ……堅そうではありますが、横槍さえなければ排除は可能だと考えています」

「先程拝見した限りですと、その剣の能力は異様と思えますが……ラフィーアさん。もしかして貴女、怪我とかしていませんか?」

「…………気付きますか」

 

 次に進んだ話題の中、唐突に振られた指摘にラフィーアは少し驚く。

 

「使い魔ちゃんとの戦闘から対面に座るまで、左腕を使う素振りが見えませんでしたので」

「……古傷ですが、すぐに治療出来なかった関係で可動域に少々問題が出ていますね」

 

 その驚きを肯定と捉えたサラが種明かしをすると、ラフィーアもまた知られたのであれば隠す必要もない左腕の状態を詳らかにする。

 

「左目も見えていないようですし――今にして思えば、右足の動きにも少し違和感があったように思えます」

 

 しかし、そんなラフィーアの説明から続けられたサラの言葉は的を射っており、取り繕っていた筈の状態を須(すべか)らく看破されたラフィーアは素直に驚嘆する。

 

「…………サラさんは、見掛けに寄らず修羅場を潜り抜けた方のようですね」

 

 戦闘力が身体能力に直結する魔導騎士の類であれば気付きもするだろうが、身体を鍛える必要の無い術者の類で自分の状態を看破出来る者など、国元でも何人居るだろうか。

 

「そんな方に無理をさせる訳にはいきません。私も余裕がある訳ではありませんが、時間を掛ければ爆弾を調合して魔物を吹き飛ばせますから、ラフィーアさんはこの部屋で休んで下さい」

「…………無力と思われるのは心外ですね。……力を示すとしましょうか」

 

 その観察力に続き、こんな場所で爆発物を作れる事に内心では驚いていたラフィーアであったが、自分の目的の為には独自行動を取る必要があると考えていた祭服の女性は主導権を奪いに掛かる。

 

「――何をする心算ですか?」

「……上への道を塞いでいるあの面妖な敵性生物――魔物を排除する必要があるのでしょう? ……その過程を、ご覧になってくださいませ」

 

 加えて、よく判らない相手に興味を持たせるには力をひけらかす事も必要であり――そう簡単に動きそうにないあの魔物が相手であれば、自分の能力を示すにはちょうどいいだろうとラフィーアは絵図を描く。

 

 

 

 その後、ラフィーアの事を止めようとしたサラは『戦闘態勢になると中身を開いて無数の触手を伸ばして来るので危険』、『各種魔法に強い抵抗性を有しており炎の類も通じない』等々の忠告を伝えていたのだが、それらを敢えて聞き流した祭服の女性は階段室前の広間へと足を踏み入れる。

 

「……では、此方で待っていてくださいね」

「――――」

 

 自信に溢れたラフィーアに対し、サラの表情は苦々しさを伴っていたが――祭服の女性は通路を塞ぐ魔物を視界に収めながらソレを横切り、ゴミ捨て場に至る通路を背にする事で排除対象である魔物と警戒はしている才女の両方を視界に収める。

 

「…………いきますよ」

 

 そうして準備を整えたラフィーアは、まず竜血石への魔力供給を断つ事で“障壁”を解除し、自分の魔力を全て使えるようにする。

 

「……っ」

 

 次の瞬間、迷宮内満ちる毒気――サラの言葉が正しいならば瘴気と言うらしい――がラフィーアの中に入り込み、身体はその異物を取り除こうと息を拒み、咳き込もうとする。

 

「……偉大なる御竜に、……我は願い、……奉る」

 

 しかし、時間を掛けた分だけ瘴気を吸ってしまう事が判っているラフィーアはその無駄な反応を無視するように唄を紡ぎ、その自己暗示によって高めた集中により、彼女が知りうる中で最も面倒な魔術を組み始める。

 

「――――――」

 

 そうして浮き上がる影にサラが息を呑むのを感じたラフィーアであったが、『盟友』を呼び出す為にはここからが肝要であり――形を得た『竜の影』は、その姿を確かなモノとするべく術者である彼女から魔力を吸い上げ始める。

 

「…………っ」

 

 まるで命まで吸われているような脱力感は何度行使しても慣れるものではないが――。

 

「……我は竜姫。……御竜の名を示す光なり」

 

 竜血石を通じて自分を見ている『竜の影』を信じるラフィーアは、その身を形作る為の魔力を与え続け――意味のない唄と共に加えた術式で繋がりを深めれば、彼女の眼前に黒く巨大な『影』が実体化する。

 

「……ベネイア、まずは火炎から」

 

 全高4m、全長にすれば7m強にもなる『竜の影』はラフィーアを乗り手と定めた『盟友』の『影』であり、彼女を守る“障壁”の触媒でもある竜血石に刻まれた竜の記憶は乗り手の意に従い、動かぬ魔物に業火を吹き掛ける。

 

 サラの忠告では炎の類も効かないとされていたが、『竜の影』の奥の手ではこの施設自体にも大きな損害を与えてしまう可能性がある。

 

 その為、此方が通じるのならばそれで仕留めたいのがラフィーアの本音であり――サラの言動が正しいかを試す意図もあった竜の業火は魔物を包む。

 

「…………これに耐えますか」

 

 しかし、連邦製の鋼鉄すら容易く溶かし、魔導騎士ですら耐え続ける事の出来ない炎に晒された壁のような魔物は堪えた風もなく存在し続け、攻撃を受けた事で漸く動き始めたソレ等は中身を開放する。

 

「……ベネイア。……遠慮は無しで」

 

 キノコのような身体を割り、そこ現れた無数の触手は『竜の影』とその後に居るラフィーアを絡め捕ろうと迫り、幸いな事に狙われなかったサラが苦々しい表情と共に介入しようとするものの、祭服の女性は動揺1つせずに次の手を乞う。

 

『――――』

 

 その言葉に応えた『影』の口腔に魔術の光が集まり――幾つもの術式で編まれた魔術が完成したのと同時に、その光が魔物に向けて放たれる。

 

 炎息。

 

 竜の力の象徴となるその魔術(ひかり)は竜の業火に耐えた魔物の外皮を苦も無く貫き、光を撃ち続けている『影』が僅かに首を動かせばソレは無慈悲な斬撃となり――3体居る内の1体を両断した所で、その光は途切れる。

 

『――――――』

 

 まだ2体も残っている内に炎息が途切れた事にサラの表情が凍り付くものの、彼女が術を紡ぐよりも早くに同じ光が『影』の口に集まり、放たれた第2射はラフィーアに幾分か近付いていた2体目を容易く両断する。

 

「…………づっ!?」

 

 このまま押し切って貰おうとしたラフィーアであったが、彼女は唐突に表れた身体の不調に耐え切れずに膝を付く。

 

「(……瘴気以外の毒? ……まさか、今の奴が散布した?)」

 

 倒された際に毒を撒く悪辣さにラフィーアが眉を顰める中、第3射を詠唱中だった『影』に最後の1体から伸びた触手群が到達し、その黒い外皮に隈なく巻き付いた触手は『影』の頭を他所へと逸らし、ラフィーアにもその魔手を伸ばそうとする。

 

 その危機を前にしたサラはついに動き出してしまうものの、ラフィーアは辛うじて動いた左手を上げる事でソレを制する。

 

「……この、程度で――」

 

 度重なる忠告を無視した相手にすら手を伸ばそうとするサラを疑っていた自分を恥じつつも、この程度で竜が封じられたと思われるのは心外だと感情を灯したラフィーアは『盟友』を見上げ、その熱に応えた『影』は炎息の詠唱を続けながらその強靭な四肢と牙を振るう。

 

 竜の現身である『影』を一時とはいえ拘束出来た触手の力は驚嘆に値するも、人が神に等しい存在と崇める竜に只の生物が敵う筈が無い。

 

『――――』

 

 その信仰を示すように『影』は爪を持って拘束を引き千切り、口からはみ出ている乱杭歯によって顔の周りを覆っていた触手を切り裂く事で射線を修正し、最後の1体へと炎息を照射する。

 

「………………ざっと、こんなものです」

 

 最後の本体が倒れ、広がっていた触手が力を失ったと同時にラフィーアは『影』を消し、すぐに“障壁”を展開し直した彼女は瘴気を押し退けながらサラへと笑いかける。

 

 しかし、倒した時に浴びてしまった毒――身体の感覚が薄れている事から察するに麻痺毒の類――は残り続けており、ラフィーアは膝を付いたまま動けなくなってしまう。

 

「(……完勝とは、いきませんか)」

 

 力を示す事で自分に利用価値がある事を印象付け、その最中に見せた咄嗟の行動からサラの人となりを知る事が出来た。

 

「――ラフィーアさんっ! 大丈夫ですか!?」

 

 そんな風に値踏みされているとは知る由もないであろうサラが駆け寄って来るのを見遣るラフィーアは、忠告を無視し続けた自分(あいて)を心配できるお人好し(このましいひと)に対し、別の事を考えていた。

 

「(…………そもそもとして――何故、私は彼女を信用できないと思ったのだろう?)」

 

 言動を思い返せば『良い人』であると思いそうなものだが、出会った間もない時から違和感を覚え、警戒心を解かなかった自分自身に疑問を覚えるも――。

 

 その答えには、まだ辿り着けそうになかった。

 




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