【完結】『侵胎迷宮を抜けて』二次創作 作:サーデェンス・ロー
下層での探索と休息、そして思わぬ知識の収集――比重に偏りがあるのには自覚がある――を終えたラフィーアが階段室を抜けると、見知った顔がすぐ隣に居た。
「……サラさん? ……まだこんな所に?」
「――っ。ラフィーアさん、ですか」
隣の扉の前で膝を付けていたサラは声を掛けられた事に驚きながらも立ち上がり、ラフィーアの方へと向く。
「扉を魔法で開けられないかと思ったんですけど……対策されちゃったみたいでして。鍵穴が魔力を吸収する素材に変えられて、足止めされてしまってます」
そう嘆くサラに対し、ラフィーアの表情は――控えめに言って、顎が外れる程に驚いていた。
「…………魔術で、鍵が開くのですか?」
「影を鍵穴の中に注ぎ込んだあと、実体化させてくいっと。この階を調査していた時は、この方法で開け閉めしてました」
「……完全に未知の術式体系ですね」
魔力を魔石のような形として残す事は、ラフィーアはもとより国元の魔術師であれば誰でも簡単に出来る事である。
しかし、成すがままの単純な形ではない任意の形での物質化など、国元の常識では秘術の類だ。
「えっと――それが出来ない以上、鍵を探し出すか……少し現実的ではありませんが、鍵を壊すしかないかと」
そう言ってサラが指さした扉の鍵は取って付けたような粗い造りであり、扉から露出しているそれは確かに壊し易いように見て取れた。
「……実際に壊してしまっても?」
「構いませんが……どうやって?」
サラと同じように、術者であるラフィーアにも物理的にモノを壊す技術はない。
だが、今のラフィーアの手には旦那様の剣があり、サラからの了承を得られた祭服の女性は少し離れた所で剣を抜き、可能な限りの魔力を補充した遺物を鍵の端っこに当てる。
「――――」
「…………流石は旦那様の剣ですね」
その威力は歴然であり、刃筋も立てずに『ただ当てただけで』で鍵の一部を欠けさせた事に目を見開いて驚くサラを尻目に、ラフィーアは惚気にも似た言葉を洩らす。
とはいえ魔力を吸収する素材と称されていたのは伊達ではなく、剣の中に収まらなかった分の魔力や表面に刻印していた魔術は鍵に触れた事で砕かれてしまっていた。
しかし、一部とはいえ『壊せた』のは確かであり、魔力の再充填と刻印の付与を繰り返しながら切り続ければ、そう時間を掛けずに鍵としての機能を潰す事は出来るだろう。
「……このように強行する事も可能ですが――下の階層と同じように、この階層も探索したいと私は考えています」
そう自分の方針を伝えつつ、“干渉”を砕かれた事で持っていられなくなった剣を手放したラフィーアは、地面に落としてしまったソレに刻印を付与しながらサラの応えを待つも――。
「――――――」
「…………サラさん?」
応えが無い事に疑問を覚えたラフィーアが声を掛けると、サラは困ったように目を瞬かせ、『何か』に怯えるようにその視線を泳がせる。
「……ぁ、いえ――、はい。……時間――そう、壊してしまえば警戒される事から、時間を掛けてもいいかどうか――ですよね?」
「…………はい」
その所作に対し、初めて会った時に感じたような違和感を覚えたラフィーアであったが、『“塔”から賜った遺物の力を前にすれば驚きもしますね』と自分の感情を納得させた彼女は“干渉”の刻印を終えた事で持ち上げられるようになった剣を鞘に納める。
「――――上の陣地には、戻らないといけませんが……急いでいる訳では――――いえ、大丈夫です」
「………………判りました。……鍵の破壊で手を貸せますので、サラさんの結界にお邪魔しても構いませんか?」
「――そんな理由が無くても歓迎しますよ。……こちらです」
そうして、2人の魔女が動揺と違和感を覚えながらも場所を移そうとした時、小さな足音がその耳に届く。
「……っ」
それに気付いたのは同時であったが、この施設で接近戦に慣れてしまったラフィーアはサラが魔法を練るよりも早くにソレへと肉薄し――。
「ア? お前ェ……」
「……ぇ? ……喋った?」
そのまま緑色の体皮が毒々しい歪な人型を、奔りながら抜き放った剣で両断したラフィーアは――それを振り抜いた姿勢のまま固まってしまう。
「――っ、ラフィーアさん! 大丈夫ですか!?」
「……驚きました」
攻撃後に硬直してしまったラフィーアの事を心配したサラが駆け寄ってくるものの、当のラフィーアには返り血を弾く為の魔術(かぜ)を行使するだけの余裕があり、剣に残った血を振り払いながら切り捨てた死体に目を向ける。
「――――ゴブリンも、見たことがないのですか?」
「……いえ、国元に存在している小鬼は人語を解する事が無いと聞いていたので……?」
ラフィーアの戸惑いを目に止めたサラは訝しむような問を向け、その不審に釈明を返した祭服の女性は振り返った先にある才女の表情に首を傾げる。
同性でも見惚れそうな程に端正なその顔には幾分かの恐怖が残っており、喫緊の脅威が去ったというのに緊張した面持ちを崩していない。
それに疑問を抱いたものの、元を正せば予想外の事に動揺した自分の失態であると認めたラフィーアは広間から伸びる2本の通路を正面に捉え、警戒を強める。
「……立ち話も危ないと思いますので、移動しても?」
施設の構造と方向から考えてゴミ捨て場の方から歩いて来たとなればこの道が小鬼の動線となっているのは確かであり、ラフィーアがそう促すとサラもすぐに応じる
「判りました。――ですが、その前に」
そう言って物言わぬ死体となったモノへと指を向けたサラは「シェイド」と呟き、放たれた魔術が階段室に残るソレを影の中へと溶け落とす。
「……?」
「死体を残しておくと説明が面倒ですので。――付いて来てください」
そうして歩みを再開した2人の魔女の後には静けさを取り戻し、誰が居た痕跡も残さない石造りの階段室だけが残された。
「…………差があるのは言語が人間と共通している事ぐらいで、他は私の国元と同じように駆除すべき敵性生物である、と」
サラの結界部屋でこれまでの情報交換を済ませたラフィーアは、ため息と共に嫌になるような現実を吐露する。
小休止の間にサラから得られたのは、彼女の編む結界が小鬼のような亜人型に対して極めて高い効果を発揮する事、上の階層にあると聴いていた陣地がこの直上階にあり、そこで脱出する為の準備をしているという事。
それらも重要な情報であったが、ラフィーアの中に強く残ったのは――どこであろうとも人間の邪魔しかしないあの怪物どもの事だった。
「(……とはいえ――言語を理解できるというのは、使える情報かもしれませんね)」
通常の亜人型は魔力――この場合には魔術への抵抗力――が無きに等しい筈であり、下層では目を持った魔物が居なかった事から使う機会に恵まれなかった魅了の魔眼も、ここでなら使用できるかもしれない。
「……どちらにしても、触手型よりも与し易いのは確かでしょうか」
「えっと…………警戒する所はあると思いますが。――特に、力が成人男性並みにある上、動きが素早くて数が多いとか」
「……? 人間には魔力がありますから子供でも1対1なら勝ちを拾えますし――戦人の類なら傷を負う事すら恥では?」
そんなラフィーアの呟きに対してサラが半ば呆れたように小鬼の脅威点を指摘するものの、ラフィーアの反応は素気のないものだった。
流石に小鬼の有利な場所――2人が居る洞穴のような場所では話が変わってくるものの、平野でその自我比戦力差(キルレシオ)が維持されていなければエクスリックス王国の西部は人間が住む事の出来ない魔境と化している。
それがラフィーアの常識であったが、違う常識を持つサラはその言葉に対して一筋の寒気(あせ)を流す。
「え~と……ラフィーアさんの国は、国民全員が魔導師だったりするのですか?」
「……? 全員という訳ではありませんが、嗜む程度には熟せないと黒髪や白髪の方々のように日常生活の段階で苦労しますし――才能のある方も魔導騎士や搭乗者を目指すので、その落ちこぼれや特殊な思考の持ち主がなる業種……でしょうか?」
サラの言う魔導師――国元での魔術師(どうぎょうしゃ)――を端的に言えばピンとキリの差が非常に激しい存在であり、その頂点は複数人の魔導騎士をも圧倒する力を持った地方の顔役となっているが、最底辺に目を向ければ魔石を作って日銭を稼いでいるだけの者もいる。
それがラフィーアの常識であり、人材に恵まれた相手の事情を察したサラは静かに目を伏せる。
「――――なんとなくですが、色々察しました」
「……? ……解消したのでしたら幸いですが――?」
どうにも釈然としないモノが残ったものの、話に区切りがついたとあれば聞きたい事は山ほどあるラフィーアは速やかに話題を変える。
「…………サラさんの髪は、潜入の為に染めている訳ではないのですよね?」
「はぃ? まぁ、地毛ですが……?」
ラフィーアとしては気になって仕方のない疑問であったが、サラは『何故?』といった表情を向けてくる。
「……不思議ですね」
お姉様は自らの黒髪を信じ、あの人は何故か白髪を対象とし――魔術を使えない筈の彼等にも扱える有用な魔術がある事を証明しようと奮戦していた。
ラフィーアもそれらの研究を否定する心算は無いが、国元で行われている状況の遥か先に居るサラの事を興味深い目で見ていると、視線を向けられている彼女もまた好奇な視線を返してくる。
「――私としては、魔法や瘴気を弾く魔法を張り続けられたり、竜のような使い魔を呼び出せるラフィーアさんの方が不思議でならないのですが」
「…………使いこなしているのは認めますが、私は誰しもが使える術具に魔力を通しているだけですよ?」
「え゛、そうなのですか?」
「……はい。基本的には創った物――術具や魔石に術式を魔力で描くか彫り込んでおき、ソレを触媒として発動させるのが私の魔術です」
「――――つまり、何も身に着けてなければ何もできなくなる、と」
「……自分の身体に術式を通して殴りかかる事はできますね」
「うわ、最後の武器はステゴロですか」
「…………私はもう出来ませんが、普通の人はそうなりますね」
ラフィーアの応えに嫌そうな顔で驚くサラに対し、自分の身体を理解しているラフィーアはその状態を嘆くように言葉を零す。
旦那様を助ける前のラフィーアであれば“干渉”や“強化”で補強した鈍器を振り回すような事も出来たであろうが、足が更に脆くなり、左手も器用に動かせなくなった今の彼女は日常生活の段階で術具の補助を受けている状態であり――国元での戦闘に堪えられる身体ではなくなってしまった。
「(……間合いの掌握ぐらいは辛うじて出来ますが――今にして思うと、随分と使える魔力も減ってしまいましたね)」
そんな実情を今更のように思い出したラフィーアは『例え“身体強化”の類が使えない者であっても、組み付かれれば逃げる事は不可能ですね』と自分の欠点を再確認しながら話題を振り戻す。
「……話を階段室の所に戻しますが――鍵の破壊は、本当に先送りにしてもよろしいのですか?」
下層で聞いたサラの目的はこの悪辣な施設やその持ち主の情報を聖都という組織に伝える事であり、従軍経験のあるラフィーアとしては目的や行動は迅速であるに越した事はないと理解していた。
よって、突破できるというのに自分の都合を待とうとするサラの判断に疑問を抱いていたのだが――。
「――――はい。……此方の都合で、ラフィーアさんに負担を掛ける訳にはいきませんし――すぐに脱出に移れる訳でもありませんので、可能な限り発覚を避けないといけませんから……鍵を探す努力をしないと」
「……私は警戒された状態で探索を進めても――いえ、それこそ此方の都合ですね」
言葉を重ねてもサラが消極的な対応を覆す事はなく、その反応を『らしくない』と感じたものの、自分の方針もまたイレスと接触する事を狙っている私心が入っていると思い至ったラフィーアは続きそうになった言葉を引き下げる。
「……鍵の破壊は最終手段とし、私もこの階層の探索を続けながら鍵の捜索を行います」
「――――はい。……ラフィーアさんも、気を付けて」
同時に、その落ち度に引け目を感じてか思わず会釈(カーテシー)で応じてしまったラフィーアはどことない気まずさを覚えながら踵を返す。
「…………やはり、なにか妙な感じですね」
そうしてサラの結界の領域外へと出たラフィーアの口から、この階層で再会してから強く感じている感覚が言葉となって零れ落ちる
『サラと深く関わる事を避けている自分が居る』
理由こそ判らないが自分が感じていた違和感をそう言語化したラフィーアは、自分やあの人よりも善人であろう才女に対してそんな感情を抱いている事に釈然としないものを感じつつも、目的を果たすべく歩き出した。
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