【完結】『侵胎迷宮を抜けて』二次創作   作:サーデェンス・ロー

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悪臭の園

「…………」

 

 立ち込める悪臭に耐えながら、ラフィーアは亜人の巣窟の中を悠然と進んでいく。

 

「……抵抗力が低そうだとは思いましたが――こうも上手く行くとは思いませんでしたね」

 

 その最中、思わず零れた言葉に近くを横切った豚顔の亜人が左右に視線を振るものの――その大柄な亜人は、視界に入っている筈のラフィーアの事が『見えていない』ように首を傾げ、立ち去っていく。

 

 その異様な光景はラフィーアが行使している“隠行”の効果であり、同じ魔術師や抵抗力の高い存在であれば容易に看破されてしまう可能性のある魔術ではあるものの、この階層に居る亜人型には特段の効果を発揮していた。

 

「(……下の階層で挙げた『魔物は魔素を本能的に利用している』という仮説と矛盾してしまいますが――その辺の研究や実証は余裕があれば、ですね)」

 

 鼻が曲がりそうになる悪臭に対して思案を回す事によってソレを考えないようにしているラフィーアは、コロコロと思考を変えながら劣悪な環境の中を進んで行く。

 

 この階層の階段室でサラに伝えた通り、ラフィーアは亜人を知ってはいるが見た事はない。

 

 そもそもとして、ラフィーアの国元における亜人は人間という種に対する不倶戴天の仇敵であり、その警戒度合いは亜人の危険性を爆増させる女型の小鬼の発生要因となる人間の女性が亜人の出現範囲に近付く事すら許されない程である。

 

「……ですが、この場所においてはサラさんがそんな場所に派遣されている。……その辺りの事も調べておいた方がいいのでしょうね」

 

 旦那様の居る国元への帰還を第一とするラフィーアの目的は変わっていないが、下層で読み漁った無数の本しかり、魔術師たるもの未知のモノを既知としなくては存在する意味が無い。

 

 そんな感情に寄った決意を心に抱きつつ、彼女はこの階層の西側区画を進んで行く。

 

「…………調度品の類は下層の倉庫にある品々よりも数段劣り――そして、人肉も食する、と」

 

 そのまま踏み込んだこの区画はすれ違う亜人の多さから連中の拠点の類であるのは確かであり、その西端の厨房では調理中と思しき食材からその悍(おぞ)ましい生態を。

 

 そして西北側の寝床では不衛生な環境をものともしない生命力と総数。加えて大まかな生活様式といった情報を把握していく。

 

「……事を成すならあの辺がいいでしょうか」

 

 そうして西側区画の入口へと立ち戻ったラフィーアは丁字路を西に向かい、先程調べた寝床を素通りして厨房と食事場が合わさった場所と思しき所に足を踏み入れ――旦那様の剣を抜き、それを左手に持ち替えながら魔石銃へと右手を伸ばす。

 

 この場に居る亜人型の数は、奥の厨房に豚顔が1体、食事場と思しき広間には先程よりも減った小鬼が3体。

 

 食事が済めば数は減り、主な作業場である中央と動線が交わらない事から尋問に最適であると定めていたラフィーアは、その始まりとして手近に居た小鬼の首を音もなく切り落とす。

 

「――アぁ?」

「ナんダ?」

 

 “隠行”によってラフィーアの姿は亜人達には見えていない筈だが、同族が倒れたとなれば流石に異常に気が付き、残った小鬼の視線は“隠行”から外れた彼女の持つ剣に集中する。

 

「……貴方達は要りません」

 

 混乱する小鬼に対し、ラフィーアはその片割れに風の魔力弾を撃ち込み――隣に居た同族が唐突にバラバラに切断された事に驚き、動きを止めた残りの1体に“風舞”で肉薄。

 

 そのまま左手の剣を無造作に振るう事でソレを切り捨てたのと時を同じくして、騒動に気付いた厨房の豚顔がドシドシという重苦しい音と共に駆け寄ってくる。

 

「ナんダぁ! オまえはァ!」

「…………黙りなさい」

 

 手近にあったのであろう肉切り包丁を振り上げ、怒声と共に走り込んでくる豚顔に対して薄っすらと光りを帯びた目を向けたラフィーアは『彼等では抗えないであろう命令』を発する。

 

 ラフィーアの行使した目の正体は魅了の魔眼という生まれつきの才能に寄った魔術であり、“隠行”と同じくこの階層でなら有効に使えると考えていた手札の1つである。

 

 尚、此方も効かない相手にはとことん通用しない使い勝手の悪い魔術であるが、それでも異性や気を許した者、抵抗力に乏しい者には非常に有効という嫌らしい術となり――。

 

 使っているラフィーアとしても心情的には好かない魔術となるが、行使する相手が滅ぼさなければならない亜人とあらば躊躇いはない。

 

「(…………女型の亜人を産ませる都合上、種の違う人間も情欲の対象になるのは理解できますが――亜人というのは何処の世界でも悍(おぞ)ましいものですね)」

 

 抵抗力が低ければ通用すると踏んではいたが、ここまで深く入れると思っていなかったラフィーアは自分が交配の相手と見られていた事に嫌悪感を抱きながらも魔眼で縛った情報源へと歩み寄る。

 

「……貴方は私の手足。……貴方は私の疑問に答えるだけの存在。……応えは?」

「――――アあ」

 

 その応えとなる言葉からでも相手の知性はだいたい把握でき、その予想通りな反応に辟易しながらもラフィーアは尋問を始める。

 

「……貴方達は何の為に此処に居るのですか?」

「イレスの姉御の命令で発掘を」

「……何を探しているのか、聞いていますか?」

「聞いてイナい」

「…………イレスという者の目的を知っていますか?」

「知らナい」

「………………」

 

 『知らされていない』という事も十分な情報であるが、ここまで無知蒙昧であるとなればその不毛さに気が滅入ってくるのをラフィーアは感じていた。

 

「……最近、変わった発見や出来事はありましたか?」

 

 そんな中、『流石にもう何も出ないだろう』と思うラフィーアがなげやりな質問を飛ばすと――。

 

「――『あの女』ガ戻っテ来ナイのガ不満」

「……っ!?」

 

 唐突に返って来たその爆弾にラフィーアの目が猫のよう見開かれ、その衝撃に震えた彼女の総毛が逆立つ。

 

 この階層に置いてラフィーアが縦横無尽に歩き回れたのは相手が『抵抗力の低い亜人』であった事が大きい。

 

 しかし、女型の亜人から生まれた亜人はそれ単体で魔導騎士並みの能力を有しているとされており、それは並みの魔術師で対抗できる存在ではない。

 

「……………………」

 

 その災悪の起点となる状況――亜人が女性を抱いているという事実は、人間の女性が拐わかされている段階か、既に女型の亜人が存在してしまっているという最悪に近い状況であり、ラフィーアの血の気を引かせるには十分な情報だった。

 

「(……1体や2体ならベネイアの『影』で焼けますが、亜人というものはこの拠点のように集団行動を基本としていると聞きます)」

 

 魔力を能動的に扱えるのであれば魅了の魔眼も効かない筈であり、同じ理由で“隠行”も効き難いとなれば1人であるラフィーアが数で勝る亜人側に負けるのは確実であり――。

 

 楽に死ねれば幸いであるが、下手に生かされてしまえば人類に仇なす最悪の孕み袋にされてしまう。

 

「………………『あの女』、とは?」

 

 身勝手な思考であるとは思うが、拐わかされたのが魔力の乏しい黒髪や白髪であったり、女型の亜人がまだ出産に至っていないのであれば対処できる可能性はある。

 

 そんな希望の下、災悪を回避するべくラフィーアが質問を重ねると――。

 

「――抱キ心地の良イ女。オーガの旦那ガ満足しタ後にシカ抱けなイのが不満。シバらく見てイナい」

 

 豚顔の女性(ひと)を人とも思わぬ物言いにラフィーアは眉を顰めるものの、『あの女』という存在が『身重でない』事に彼女は光明を見出す。

 

「……その行為は、女型の亜人を生ませる為に?」

「――――孕むト抱キ具合ガ悪くナる」

「…………?」

 

 憚られる話ではあるものの、聴かなくてはならない問いを重ねたラフィーアに返ってきた答えは――彼女が思いもしないものであった。

 

「(……この場所に居る亜人が人間(?)の女性を求めるのは、女型の亜人を生ませる為の行為ではないと? …………いえ、コレ単体の情報が正しいとも限りませんし、1か所に長居するのも危険ですね)」

 

 まだ確定といえる情報ではないが、この亜人が女型の亜人を求めていない事。

 

 そして、ソレがまだ発生していない可能性が高い事を確認したラフィーアはこの個体から引き出せる情報はもう無いと判断し、この尋問の締めに入る。

 

「…………この階層の鍵を、知っていますか?」

「東のテイマーが持っテイる」

「(……次はそいつに聴くとして――あとは、此処の隠蔽工作でしょうか)」

 

 そうして周囲を見回したラフィーアは、亜人の血に染まったこの場所をどうしようかと思案を回す。

 

 ここまで“隠行”で忍び込んで来たものの、流石に死体が残っていては『何者かが侵入した』という結果が知られる事は避けられない。

 

「…………こいつ等は、人肉も食べるのでしたね」

 

 その事実すら消すにはどうするかと頭を捻っていたラフィーアは『人間と亜人の肉』に『調理場』という最悪の方程式を思い付いてしまい――自分自身が考え付いてしまった悪魔の発想に辟易しながらもそれを実行する。

 

「……食堂に転がっているのは『人間の子供』の死骸です。…………細かく砕いて処理しなさい。……その後に『ここの掃除』を終えれば貴方は自由ですが――その時、貴方は『私の事も覚えてない』」

「判っタ」

 

 その命令を肯定し、豚顔が動き出したのを確認したラフィーアもまた移動を始める。

 

「(……次はこの階層の反対側ですか。……集中だけは途切れないようにしなくては)」

 

 女型の亜人から始まる災悪の事態は発生していと思われるが、楽観はできない。

 

 同時に、その危惧に気をやって注意が散漫になった結果、只の亜人に発見されれば目も当てられない。

 

「…………行きますよ」

 

 “隠行”が通じる事に緩んでいた意識を引き締めたラフィーアは武器を収め、気配を消しながら東側へと歩き続けた。

 




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