【完結】『侵胎迷宮を抜けて』二次創作 作:サーデェンス・ロー
それから、十数分後。
「――――コれガ、階段室ノ鍵ダ」
「……ご苦労」
“隠行”の魔術によって亜人から隠れ、“隠行(まじゅつ)”の効きづらいローパーの類を切り捨てながら東端に到達したラフィーアは、魅了の魔眼によって支配下に置いた小柄な小鬼から目的の品を引き出す事に成功していた。
「…………さて、ここには他の亜人が寄り付かないようですし――色々聞かせて貰いましょうか」
尋問場所としては理想的な環境ではあるが、裏を返せば逃げ場の無い区画の端でもあり――受け取った鍵を祭服の裏に仕舞い込んだ彼女は、警戒を怠らないように努めながら思案を巡らせる。
「……まずは――」
この小鬼はこの階層の管理者も兼ねていると思われる事から、ラフィーアとしては自分の身にまつわる事情を聞きたかった。
「…………この場所に、女型の亜人は存在していますか?」
しかし、先ずは身の安全を確保しなければ生きて帰る事すらままならなくなる事を理解している彼女は、自分を突き動かしている情動を脇に置き、喫緊の脅威を問い質す。
この階層に至るまでの間、ラフィーアが大胆に動く事が出来たのは“隠行”を主とした魔術が通じていた為であり、遭遇すれば終わるような存在が犇(ひし)めくような事となれば『何も出来なくなる』。
故に、ラフィーアは先程聞いた『あの女』に纏わる事に最大限の警戒を敷いており、亜人の状態が最悪といえる段階に入っているのであれば、『旦那様の元に帰りたい』という目的が遠のくとしても地上への脱出を優先しなければならないと考えていたのだが――。
「――――ナンだ、ソれは」
「………………」
他の個体よりも知識に優れている筈の小鬼の物言いに、彼女は唖然とする他になかった。
「…………貴方達が人間の女性を積極的に襲う理由にして、貴方達が目指している存在と聞いていますが?」
「――そンなモの、聞いタ事もナイ」
「……………………」
動揺する中、縋る様に続けたラフィーアの追求は――しかし、薄々は気付いていたものの望んでいなかった現実を彼女に突き付ける事となった。
『夢』という形で刷り込まれたあの人の教育と“塔”という知識の宝庫により、年齢にそぐわない経験と知識を有しているラフィーアをしても知らない生物や組織、未知の術式体系に瘴気という人間に深刻な障害を及ぼす毒気。
それらが示すのは『この場所は自分が居たかった世界とは違う世界である』という荒唐無稽な話であり――。
それ至る兆候は幾つもあったが、不倶戴天の仇敵の生殖方法まで異なるとなれば――もう誤魔化しようがない。
「…………いえ、まだ希望はあります」
縁も所縁(ゆかり)もない場所に飛ばされたという事実は、確かに恐ろしい。
だが、唐突に飛ばされたのであれば唐突に戻れる可能性もある筈であり、自分が成すべき事は旦那様に愛想を尽かされる前に『帰れる』ように急ぐ事だろう。
加えて、旦那様の方から動く可能性もあり――愛しい人との微睡の中で聴いた『時を操る竜』や『未来を観る事の出来る竜』が居らっしゃるのであれば、元居た世界の方から自分を探して貰う事も夢ではない――と意識を持ち直したラフィーアは視線を前に向ける。
「…………最近、変わった物は発掘されませんでしたか? ……術具の類であれば、尚良いのですが」
その信頼と知識によって絶望の淵で踏み留まったラフィーアは、自分が出来る事を再開する。
「――――知レる範囲デは聞いてイナい」
「…………誰なら、知っていますか?」
「――イレスの姉御かオーガの屑野郎ナら」
「……そうですか」
イレスという名はサラも話していた存在であり、小鬼の口振りから察するにどうやら女性であるらしい彼女はこの施設の占有者にして最下層での惨状を問い質せねばならない最有力候補でもある。
そして、オーガという存在は先程の豚顔も話をしていた者であり、状況から察するにイレスと亜人達との中間管理的な立ち位置に居る存在なのだろう。
「……オーガというモノは、どこに居ますか?」
「上ノ階に居ル。早ク計画を実施シテ、『あの女』ヲ独占したイ」
「…………『あの女』とは、どんな存在ですか?」
「黒イ服を着タ人間の魔導師。イレスの姉御に壊サレてイナいから抱き心地がイい」
「……………………まさか」
先程の豚顔と同様の物言いに辟易したラフィーアであったが、ふとその内容を思案に乗せれば、その小さな背に得も言われぬ油汗が滲み出てくる。
「…………残る区画――ここの南側の事と、上層階の事……その知りうる限りを教えなさい」
『1つの情報で物事を確定してはならない』
それは物事を進める度に敵を作り続けていたラフィーアが、旦那様より教わった最も大切な事であり――1つの指標を得た彼女は、その情報を自分の目で確かめるべく再び歩き始めた。
「……………………」
最後に見て回った南側の区画には小柄な小鬼の言葉通りラフィーアの望むモノは無く、完全な無駄骨に終わった。
そうしてこの階層での探索を終えたラフィーアはサラの結界部屋に戻り、「……亜人の行動活発になっているようでしたので、暫く身を潜めている方がよろしいかと」と伝える事で相手の動きを制限し――。
同時に、最後に接触した小鬼に魅了の魔眼を仕込み、亜人の拠点とゴミ捨て場とを勤勉に往復させる事で現実的にもサラが身動きを取り難い状況を作り出したラフィーアは、入手した鍵によって閉ざされていた階段室を抜け、上層階への侵入を果たす。
上の階にあるもの――亜人の村の状況は亜人どもから得た情報の通りであり、“隠行”と魅了の魔眼の効果を再検証したラフィーアはここでも自分の魔術が通用する事を確認すると同時に探索を開始。
その最中、触れる寸前まで近づかなければ察知できない魔術師の工房らしきテントにぶつかりそうになるというアクシデントに見舞われたものの、この階層の調査はつつがなく完了した。
尚、この村で一番肝を冷やしたのはその工房らしきモノであり、イレスの物――サラもこの階層に陣地があると言っていたのでそちらの可能性もある――は、亜人どもに纏わる事を片付けたとしても、場合によっては大きな懸念材料となるだろう。
「……魔力を持った亜人の存在は確認出来ず、女型に関してはその痕跡も見付けられなかった。……私的には悪くない状況ですが――ろくな所ではありませんでしたね」
村の調査中に『イレスのお下がり』と言われるモノ――。
ラフィーアが最下層を焼く前に最下層から引き上げられたのであろう女性の形をした者達も見掛けており、亜人どもに犯される様や事切れた事で『食材』にされている所を見る羽目にもなった。
あのような末路を辿るのであれば焼いたのは正しい判断だったという独善が脳裏を過るが、そも助けられる力がない事を恥じるべきであり――最早、何に対して向けているのかも判らぬ激情がラフィーアの中に渦巻いていた。
そして、そんな感情の坩堝の先にある『どうしようもない事』。
「…………」
ラフィーアの眼前で魂が抜けたように座り込んでいる緑色の体皮をした巨躯――オーガから引き出した情報は、彼女の沈み込んだ感情を更に深みへと落としめていた。
「…………下の小鬼が言っていた事は事実。……ここ最近に下層で発見された物に特異な物はない――本当に、どうしようもないですね」
少し下がって考えてみれば、予想できる可能性だったが――どうせ飛ばされて来るならば『事が起こる前に飛ばしてくれれば良かったのに』という詮無いことを思わずにはいられなかった。
「……取り敢えず、一旦戻りましょうか」
ここに送られてしまった『人間だった物を終わらせておきたい』という思いはあるが、既に『取り返しがつかない物』を終わらせるよりも、まだ『取り返しが付く可能性のある者』の真偽を確かめる事を優先しなければならない。
「…………旦那様は、本当にずるいですね」
群を成さねば何もできないが故に、些細なすれ違いが発生する言葉を使ってまで交わり、錯覚と勘違いを重ねる事で信頼を形にするのが人間の常であり――。
個々が強大な力を持つが故に、衝突する事を徹底的に避ける術を持ち、自己の完成と他者への諦観を持って相手を理解するのが竜の常である。
人間でありながら竜の世界で育った旦那様は、多くの事を見通せる竜と同じ“目”を持っており――魔眼に似たその力は、言葉を介さずに相手の本質を容易く見抜く事が出来る。
そうしなければ生きて行けない世界で育ったのだから仕方ない話だが、これから自分がする事を思うラフィーアは――自分の愛しい人が持つ術を羨(うらや)まずにはいられなかった。
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