【完結】『侵胎迷宮を抜けて』二次創作   作:サーデェンス・ロー

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白と黒(詰問)

「……合致すると思しき鍵を、見つけました」

 

 上の階での仕込みを終え、何食わぬ顔でサラの結界部屋へと戻ったラフィーアは小柄な小鬼から受け取り、実際に開く事を確認している鍵を提示する。

 

「――――そう、ですか」

「……この階層の探索も終了しましたので、私の用事は終わりました。……此方の我儘に付き合って頂いてすみませんでした」

「い、いえ――私も、上層への鍵を探して貰ったので……」

 

 会釈(カーテシー)も使ったラフィーアの丁寧な態度に驚いたのか、それとも『それ以外の理由』があるのか、サラの表情はどうにも硬さがあり――それをじっと観察している祭服の女性は策略を次の段階に進める。

 

「…………此方は瘴気の汚染を受けておりませんし、休むとしてもサラさんの言う陣地を使いたいと考えていますが――大丈夫でしょうか?」

「――――はい。……大丈夫、です」

 

 そうして続くラフィーアの提案に、苦行に挑む前ように息を飲んだサラは絞り出すように言葉を紡ぐ。

 

「…………上の階層での注意点や、それに対する作戦等はありませんか?」

 

 その所作の1つ1つをじっと見つめていたラフィーアは、次の指標を問いかける。

 

「――――大丈夫です。……元は私が選んだことですから」

 

 しかし、『何か』に挑む事に集中しているように見えるサラは自分を見据えるラフィーアの質問に答えることなく歩き出し、祭服の女性は静かにその背中を追いかける。

 

 そして、小柄な小鬼から引き取った鍵は当然のように階段室への扉を開き――更に顔色を悪くし、歩調も遅くなったサラの事を追い越したラフィーアは出来れば避けたかった『確認』を開始する。

 

「……偉大なる御竜に、……我は願い、……奉る」

 

 ソレを行う場は階段室の下層側であり、先程追い越したサラからある程度の距離を取ったラフィーアは“障壁”を解き、全ての魔力を使えるようにした彼女は唄と共に首に掛けた竜血石を外す。

 

「――っ、なにを……!」

 

 ラフィーアの突然の動きに警戒するサラを無視し、“障壁”を解いた事で入り込んでくる瘴気に辟易しながらも術を進める祭服の女性は手に持った竜血石を容疑者(あいて)の背後へと放り投げ――。

 

「……我は竜姫。……御竜の名を示す光なり」

 

 そうしてラフィーアの求め通りに顕現した『竜の影』はサラの退路を塞ぎ、状況に付いていけない容疑者を見据えた祭服の女性は旦那様の剣を抜き、それを左手に回すと魔石銃の引き金へと指を掛ける。

 

「……さて。……どういう心算なのか話して頂きましょうか…………亜人の情婦さん?」

 

 そうして、今の自分が出せる全力を振るう準備を整えたラフィーアは、ほぼ確定している相手の立場を容疑者(サラ)に告げる。

 

「っ……!」

「……下の階層で聴いた目的は確かだと思えますし、あの壁型の魔物を倒した時の様子を見るに良い人だとも感じていますが――この上は亜人の巣窟です」

 

 サラからすれば思いもしていなかった行動と敵意を前に、目を見開いて固まっている容疑者の反応に心が痛むラフィーアであったが――。

 

 旦那様の“姫(つま)”である自分は身の安全を第一に考えなくてはならず、最悪を避ける努力を怠る事は出来ない。

 

「……そんな場所に、何の説明もせずに私を連れ込もうとする――そんな貴女の意図を知りたい次第です」

「――――」

 

 そう結論付け、詰問を止める心算の無いラフィーアはただ1つの追及をサラへと突き付け、幾分かの敵意を含む言葉を向けられた才女は応えを返せず、重苦しい沈黙が2人の間に落ちる。

 

 ――――そうして、どの位経っただろうか。

 

「――――」

 

 最初に起こった変化として、ラフィーアの眼前に映るサラの吐息が荒くなり――その頬の辺りが赤みを帯び始める。

 

「……、…………」

 

 それを観察しているラフィーアもまた旦那様に愛されている時のような熱を身体に覚え始めており、話には聞いていた瘴気の悪辣さに耐えるように奥歯を噛み締める。

 

 それから更に、時が過ぎ――。

 

「………………幾つか、この疑問に至った理由もあります」

 

 身に宿る熱に耐え兼ねたラフィーアは、息苦しさに言葉を詰まらせながらもこの階層と上の階層でして来た経緯――魅了の魔眼の事、この階層と上の階層に居た亜人どもから情報を仕入れている事――を開示する。

 

「――――」

 

 亜人どもに対して優位に働く魔眼への驚きか、それとも亜人どもとまぐわっていた事を知られていた羞恥か、これまでと比べ物にならない程の動揺を見せたサラの姿にラフィーアは目を瞑る。

 

「(……旦那様のように“魔力”を読めれば、傷に塩を塗るような真似をしなくても済むのですが)」

 

 そんな詮無いことを思うラフィーアであったが、言葉と表情でしか相手を測れない只人である彼女は自分の言葉がサラの心を抉るとしてもソレを重ねる事しか出来ない。

 

「……最初は信じられませんでしたが、調べていく内に貴女が亜人どもの言う『あの女』である事は疑いようがなくなってしまいました」

 

 自分の身体が発する熱を冷ますように言葉を続けているラフィーアが考え至った予測は2つ。

 

 1つは亜人どもの記憶の中にあった狂乱に晒され続けた結果、表面上は真面に見えているサラも既に狂っており――自分の事もその狂乱に加えようと画策している可能性。

 

 もう1つは、そこに至った経緯に謎が残るものの亜人どもの情婦という過酷な状況に今も耐えており――何らかの策を持っている可能性。

 

 前者はもう取り返しが付かない状況であり、諦めもつくものの――後者は状況を思えば打ち明けられなかった事は理解出来るが、何の共有も無く抜けられるような状況ではないという疑問が残る。

 

「…………貴女は、これからどうする心算だったのですか?」

 

 その疑問の答えを得るべく、ラフィーアは同じ質問をもう一度告げる。

 

 ラフィーアとしてはサラの正体は後者に近く、まだ取り返しが付く状態にあると信じたいものの――それを証明する術はない。

 

 故に、退路を塞ぎ、互いに瘴気という毒気に晒される事を承知でこの状況を作り出したラフィーアは、猶予を失ったサラからその本心を引き出そうと画策していたのだが――。

 

「……っ、サラさん!?」

 

 瘴気が狂わせる熱に耐えられなくなったのか、膝から崩れ落ちるように座り込んでしまったサラに対し、ラフィーアは両手に持っていた剣と魔石銃を放して跳び寄ってしまう。

 

「――――、ぁ――」

 

 見下ろす事があるとは思っていなかったサラの状態はラフィーアにも覚えのあるモノであり――呼吸は先程よりも荒く、辛うじて見上げられた瞳の焦点は微妙に震え、頬は高熱に魘されているように赤く染まっていた。

 

「…………なるほど」

 

 『これが瘴気の毒気に当てられた症状の発露ですか』と、自分よりも先に限界が来たサラの醜態を観察していたラフィーアはこれからどうしたものかと思案する。

 

 答えを得られなかった上に、こうなってしまえば真面な返答は期待できない。

 

 加えて、ラフィーアには旦那様のように“魔力”から本心を読む術が無い為、相手の言葉とその行動で真実を測る他ない。

 

 しかし、1度の間違いで身を亡ぼす可能性が高いこの施設ではその行動を見定める余裕は無く、只人であるラフィーアは元から手詰まりに近い状況だったのだが――。

 

「……いえ、もしかしたら――」

 

 自分を見失っているのであれば魔術への抵抗力も激減している筈であり、高い魔力を持ち、同性でもあるサラに対してでも魅了の魔眼が通じるかもしれない。

 

 そこに光明を見出したラフィーアは、自分の身も焦がしている瘴気の熱を抑え付けながら目に魔力を通そうとするものの――。

 

「……っ、何――」

 

 身動きが取れなくなったと考えていたサラの行動――体当たりをするように立ち上がった彼女に押し倒されたラフィーアは、自分の上に覆い被さった相手の表情にゾクリと背筋を震わせる。

 

 ラフィーアが見上げた先にあるのは、同性であっても見惚れる時のあるサラの顔である事に違いはない。

 

 しかし、知性と愛らしさが均衡していたその女性は今、何とも扇情的な表情で眼下に居る相手を見下ろしており――。

 

「――ラフィーア、さん……わたしを、わたしを――」

「……ん」

 

 そうして物欲しそうな顔がゆっくりと近づき――唇に柔らかな感触を得た事で、その距離が零になったのをラフィーアは感じ取る。

 

「(…………認識している限りですと、2人目ですね)」

 

 目の前にある青い瞳を見返すラフィーアは魅了の魔眼を発現させており、自分の唇が蹂躙されているのを他人事のように受け入れながら魔力を通す。

 

 1人目は当然旦那様となるが、「(……女性の感触はまた違うのですね)」と、どこかズレた事を考えながらラフィーアは身体を擦り付けてくるサラの行動に抵抗する事なく思案を巡らせる。

 

 俯瞰的に見ればとても拙い状況であり、組み伏せられた事はラフィーアにとっては致命的な失敗である。

 

 だが、裏事情が発覚した後に不意を突けた中、命まで取らなかったという結果はラフィーアがサラに抱いていた脅威度を大きく引き下げる要因となっており――今のラフィーアの内面は、危機感よりもこの状況への疑問が多くを占めていた。

 

 何故、即座に反撃しようという思いが自分の中に生まれないのか。

 

 何故、そう親しい間柄ではない自分を相手にサラはこうも欲情し、しなだれ掛かっているのだろうか?

 

「(…………そういう事ですか)」

 

 追い込まれた時だからこそ思考が研ぎ澄まされていくのを感じ取ったラフィーアは、幾つか引っ掛かっていた事への答えを得て――無遠慮に撫でられる感覚に身体を震わせながらそれらも、浮かび上がった考えを纏め上げる。

 

 結論から言えば、自分の直感はサラが何らかの秘密を隠している事に気が付いており、それが違和感や警戒心として表れる事でこの才女を避けようとしていた。

 

 だが、それ以外の部分にあってはサラの事をとても好ましく思っており――こんな状況に陥るまで見ないふりをしてまったのだろう。

 

 勿論、最下層で行った自分の行いに負い目を感じていたり、自分には無い技術を十全に扱う才女の技量に尊敬の念を抱いていたりといった理由もある。

 

 だが、それらよりも深くにあるのは『話していて楽しい』という直感的なモノであり、疑念があっても知らず知らずの内に見えないふりをし、最下層の時のように即断出来ずに此処まで来てしまった。

 

 そして、『今』と同じようにあの人に遊ばれた事のあるラフィーアとしては、自分に覆い被さっているサラの行動もそう響く行為ではないというのも抵抗しない一因であり――。

 

 『これが異性であれば大変な事になっているでしょうね』と考え至った所で、ラフィーアは次の気付きに至る。

 

「(…………亜人どもの中にあった感情は、これが原因ですか)」

 

 亜人どもから引き出した記憶には相手を辱め、手籠めにしているという感情が無く、『抵抗していない』という感情を鑑みたラフィーアは『サラが既に壊れているかもしれない』という予想を立てていた。

 

 しかし、瘴気の毒気がこれ程までに意識を乱すとなれば、それこそ相手が誰であろうとも恋人のように求めるのは致し方なく――。

 

 その相手が不俱戴天の仇敵たる亜人どもとあれば、話す事も憚られるのは当然であろうと結論付ける。

 

 眼前で繰り広げられている貞操の危機とは裏腹に、頭の中で幾つかの納得を得た事で警戒を緩めていくラフィーアに対し――抵抗が無い事で大胆になっていくサラの手は、組み伏せている相手の衣服に回る。

 

「……ん」

 

 そうして胸部周りを暴かれた事で“干渉”の魔術が解かれ、胸が重くなるのを感じたラフィーアは思わず声を洩らす。

 

 とはいえ、身体を蹂躙されながらも魔眼を通し続けている彼女の目的は果たされつつあり、命の危険が薄い事から「(……快楽を欲しているのなら、相手よりも自分の胸を揉んだ方が良いのではないだろうか?)」と、祭服の女性はまたもやズレた事を考えていたのだが――。

 

「…………っ」

 

 『そも、私は揉まれるよりも舐められる方が好き』と考えている自分がいる事に気が付いたラフィーアは自身の思考にも変質が始まっている事を自覚し、その事実にこそ危機感を抱いた彼女は魔眼による干渉を中断して『竜の影(ベネイア)』を呼ぶ。

 

 そう――この危機的状態でラフィーアが冷静で居られたのは、組み伏せられた状態でも相手を殺せる術が幾つもあったからに他ならず、乗り手に呼ばれた『影』は今の状況を楽しむようにゆっくりと近付いてくる。

 

「(…………判っているのなら、助けてくださいよ)」

 

 そうして2人の頭上に到着し、自分達の事を見下ろし始めた『盟友』にラフィーアが視線を振ると、『影』はニヤリと笑うように口角を上げる。

 

「…………」

 

 ラフィーアの国元における竜という存在は崇拝の対象でありながら現実に存在する力の象徴であり、国元の人間の大半がそう思っているように、彼女もまた尊敬の念を抱いていた。

 

 しかし、旦那様との逢瀬を重ねる事でその本性を聞き教えられ、寝物語で教えられた術を用いて『盟友』の本質を覗けるようになった今の彼女は、この方の性格があの人並みに性質(タチ)が悪い事を理解しており――何の呵責もない不満を『影』に向ける。

 

『――――』

 

 しかし、そんな感情を魔力の線(つながり)越しに受け取った『影』はさも愉快そうに肩を震わせ、笑みを強くする。

 

『(――そんな私の力を借りないといけないのは、どんな気分?)』

 

「…………」

 

 ラフィーアが旦那様から教えられた術はまだ竜の声を聞けるまでに至っていないものの、そんな幻聴が聞こえて来そうな視線を彼女に向けた『影』は静かに身を屈め、錯乱状態にあるサラの背中に右手を軽く当てると――。

 

「きゃぅ!?」

 

 触れている部分に甚大な魔力を発生させ、その衝撃によって雷に打たれたように震えたサラはラフィーアの上に倒れ込み、意識を失ってしまう。

 

「……まぁ、最適解ですね」

 

 竜の魔力は人間にとって猛毒であり、怪我をしていたりする時に汚染されていれば治癒力等に悪影響が出て後遺症が残ったりする。

 

 しかし、健常者にぶつければ物理的に気絶させるよりも穏便に無力化する事が可能であり、『あとは清浄で安全な場所で休ませれば回復しますね』と考えたラフィーアはサラの体重に潰されながら『影』を見上げる。

 

 その視線の先に居る『影』は自身が纏う“障壁”を調整したらしく、寄って来た瞬間から呼吸が楽になっているのを感じていたラフィーアが「(……仕事は素晴らしいのが尚憎らしい)」という想いを抱いていると、『盟友』はまた愉快そうに口角を引き上げる。

 

「…………魔眼は通りました。……結界はもう消えている筈ですが、サラさんが使っていた部屋に籠って、この人の瘴気を抜きながら意識が戻るのを待ちます」

 

 処置無しな自分の『盟友』に方針を告げると、『影』は気を失っているサラの事を器用に摘まみ上げ――漸く自由になったラフィーアは通路に放ってしまった武器を拾い、『影』を先導するように通路を戻り始めた。

 




 ベネイア(影)の視点を人間に例えると、最愛の愛犬(♀)が何処ぞの好みで綺麗な犬(♀)とキャッキャウフフしているのを微笑ましく見守っているような状態。
 尚、相手が♂だったら容赦なく踏みつぶしていた模様。




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