【完結】『侵胎迷宮を抜けて』二次創作   作:サーデェンス・ロー

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 サラがつい先程まで籠っていた結界部屋にある粗末な寝台に彼女を寝かしつけたラフィーアは、その枕元に肘を付けて相手が目を覚ますのを待っていた。

 

「…………私とお姉様が同い年なら、こんな感覚だったのでしょうか」

 

 視線の先にある絵になる寝顔――ようやく火照りが薄れてきたように思える横顔を眺めていたラフィーアは、そんな詮無いことを呟く。

 

 お姉様は中央の学び舎に入っていた頃の短い間に交友のあった先達であり、サラと同じ黒髪の綺麗な女性ではあるものの顔の特徴は鋭い印象が先に立ち、魔力の才能においては才女とは比べるべくもなく能力の無い人だったが――とても強い人だった。

 

「……やはり、苦い思い出ですね」

 

 ラフィーアが同じ立場にあれば速やかに撤収を図るであろう状況の中、お姉様は力と数を背景に傍若無人な振る舞いを取る南の連中を押さえてあの学び舎の規律を守りきった上、自分の願いを叶えた。

 

 『力が無ければ言葉に意味はない。だが、強い信念は力と成り得る』

 

 その偉業はラフィーアの中にあった常識を大きく揺さぶる事となり、敬愛の念を抱かせると共に彼女にあって自分にはない『強さ』を確りと認識させてくれた恩人でもある。

 

「…………」

 

 そして、まだ詳しく診れてはいないものの、あの地獄を正気のまま耐え抜いたと思しきサラもまた自分よりも強い人間であり――尊敬に値する人なのだろう。

 

「…………こんなにも綺麗で、お姉様と同じ位に強く、才能にも恵まれていて――あんなにも優しい」

 

 サラの身に降り掛かった苦難はその強さを証明した出来事と言えるが、そんな事の為に『綺麗なモノ』を汚した世界に憤るラフィーアは、どう考えても怒り以外の結論が出ない思案とは別の事を考えられるよう努力しながら才女が目覚めるのを待ち続ける。

 

「…………おはようございます」

 

 そうして見飽きぬ寝顔を眺めながら幾つかの思案を回していたラフィーアはサラが意識を取り戻した事にいち早く気が付き、ごく自然に目覚めの挨拶を向ける。

 

「――――」

「……瘴気の毒気やその後の治療で少々強引な手段を取りましたが、身体や意識に問題はありませんか?」

「――――――どうして?」

 

 起き抜けの挨拶の時点から信じられないモノを見るように自分を見据えている青い瞳に対し、ラフィーアが状況を説明しながら体調を問うと、サラは幾分かの恐怖も混じり始めた表情で疑問を投げかける。

 

「……それだけでは意味が判りませんよ?」

「――どうして、あんな事があったのに……そんな風に話せるのですか?」

「…………あんな事とは何ですか? ……口付けされた事は驚きましたけれども旦那様とはいつもしていますし――身体を撫で回されるのはちょっと普通ではありませんが、あの人にもされた事がありますから気にはしませんよ?」

「そういう意味では――」

「……そういう意味です」

 

 サラが吐こうとした言葉を塞ぐように、ラフィーアは才女が目覚めたと同時に魔力を通した魅了の魔眼を強めながらそう断言する。

 

「……肉体関係にはそれ以上も、それ以下の意味もありません。……初めてとこれまでが残念だった事はお気の毒としか言いようがありませんが、愛したいと思った人が出来た時に心を尽くす事に比べれば、そんな事に覚えておく価値もありません」

 

 夢(あの人)と現実(だんなさま)を知ったラフィーアは自分が至った真理を言葉としながら、安心させるようにサラの手を取り、その甲に口付けするとひどく動揺されたが――祭服の女性は『なんて事はない』と示すように、真っ直ぐに見据える(もういちどまがんをとおす)

 

 同時に、サラが経験した事実や経緯を取り出したオーガが、『初めて』を嗜虐心という形で薄っすらとしか覚えていなかった事を思い出したラフィーアの血潮が煮えくり返るものの、その感情は当人の物であると考える彼女は空いている手を強く握り込む事でその激情をやり過ごす。

 

「……あの現実に晒されても尚、人間で在り続けられたサラさんは――私よりも遥かに強い人ですよ」

 

 そも、ラフィーアとてあの人の手によって仕組まれた『夢』の終わりは全部が全部悲惨な結末であった事から、ソレ等を経験人数に数えてしまえば100を優に超える身であり――旦那様に出会えていなければ、『夢』が現実であると錯覚して狂っていた事だろう。

 

「(…………まぁ、現実はだいぶ違いましたが)」

 

 それが愛しい人として扱われた事と孕み袋や欲望の捌け口として扱われた事の差であるのかもしれないし、それを確かめたいとは思いもしないが――愛される事と抱かれる事は同一ではないとラフィーアは結論付けていた。

 

「…………将来、愛する人にこの事を話すのが怖いのならば、黙っていたっていいのですから」

 

 友好関係にある状況下での話術や心理戦は女性側が圧倒しており、女性側の都合が悪い事は話そうと思わなければ発覚する事はない。

 

「…………落ち着いたら、結界を張ってください」

 

 そんな経験の下、最初の質問に応えてから沈黙しか返さないサラに1つの区切りを伝えたラフィーアは才女の手を握ったまま彼女に背を向け、寝台に腰掛けながら他人が手を触れてはいけない部分(こころ)が変化を受け止められるようになるのを待つ。

 

「…………」

 

 従軍司祭である自分の経験を生かせば、弱っているサラの迷いを砕き、その身に宿っている害意を敵に指し向ける事で安易な士気の回復を目指す事も出来る――と思われる。

 

 他にも、自分の身に起こった経験をなぞり、相手の“感情”を知っている事を利用して慰めの言葉を向け、弱った心を抱き締めたりすれば立ち上がらせるのは比較的容易だが――。

 

「(………そんな事をするのは無粋ですものね)」

 

 しかし、先程本人にも伝えた通り、サラは亜人どもから垣間見た地獄の中でも折れる事なく立ち上がれるだけの強さを持った人間であり、そんな人に安易に手を差し伸べる事はその強さに泥を塗る行為になる。

 

「(………あと、事が済みましたら残った魔力の線(つながり)も解呪しませんと)」

 

 結果的に無用な工作となったが、錯乱していたサラが気を失う寸前まで打ち続けていた魔眼は才女の内面を探る魔力経路を形成しており、今のラフィーアは才女の心内にある機微をある程度察せる状態となってしまっていた。

 

「(……もしも、旦那様なら――もっと上手く協力できたのでしょうね)」

 

 階段室での詰問は部の悪い賭けであったが、結果的に内側からもサラの本心を知る事の出来たラフィーアはこの幸運に感謝しつつ、そんな人の内側を見てしまった負い目を雪ぐべく彼女を助ける事に力を注ぐ事を決めていた。

 

「(…………今後の方針としては、外面的な区切りはオーガを含めた亜人の処理に関与させる形でいいとして――内面に関しては『亜人どもとまぐわった事』に纏わる記憶に亀裂を入れておく位は許されるでしょうか)」

 

 記憶を忘れさせる事は精神を壊す恐れがあるが、それに傷を付けて風化を早めるだけであれば受け入れたり忘れる事を早める結果しか発生させない。

 

 そんな独善の下で幾つかの小細工をラフィーアが弄(ろう)じていると、サラの手によって結界が張られたのか“障壁”に掛かっていた負担が大きく減ずる。

 

「……私の“障壁”を解いてもよろしいですか?」

「――――はい。お手数をお掛けしました」

「…………もう、大丈夫ですか?」

「――はい。……ですが、私の経緯が判った所で――何も変わりませんよ?」

 

 そうして言葉に応じてくれるようになったサラであったが、その表情は曇ったままであり――亜人どもとまぐわり続ける事に変わりがないと思っているならば当然かと思い至ったラフィーアは、腰を預けていた寝台から立ち上がる。

 

「…………では、手始めに」

 

 そうして寝台の傍らから離れた彼女は既に仕込んでいた策を走らせるべく大きく手を叩く。

 

「――――何を?」

「……私が使っている、扱い難い事この上ない魔術の説明しようかと」

「――? ……ひっ!?」

 

 その唐突な奇行に首を傾げたサラであったが、結界部屋の外から届き始めた小さな足音に視線を向け――その暗がりから姿を表した小柄な異形に悲鳴を上げる。

 

 2人の視線の先に入り込んだ歪な人型はサラを苦しめる要因の1つである小鬼に他ならず、ラフィーアとしてもこの階層に来てから見飽きている筈の怪物であるソレの見え方は大きく変わっていた。

 

「…………」

 

 これまでサラが受けてきた辱めを知った今、ラフィーアの内にはすぐにでもソレを斬り殺したい衝動が生まれているものの――自分の手で片付けてしまう事になんの意味はないと律する事で、彼女はその感情を押し殺す。

 

「…………先程もお話ししましたが、私の目は国元では禁術に指定されている魔眼を有していまして――魔力を持たない者や抵抗力の無い異性を操る事が出来ます」

「――――」

 

 心を律した事で平淡になった言葉もあってか信じられないモノを見るように視線を振ったサラは、その視線の先にある薄っすらと魔力を灯した緑色の瞳に声を失い、凍り付いたように顔を引き攣らせる。

 

「……あまり使いたくない才能ですが、こんな状況で出し惜しみをしてこの身に何かあれば旦那様に顔向け出来ませんので」

 

 この極限状況で優先すべきは倫理よりも身の安全であり、相手の尊厳を貶める悪魔の術であろうとも、それで守れる人間の命や尊厳があるのであれば使わない理由はない。

 

 それに、この『慣れ』が度を過ぎて人の道から逸れようとも――その時は旦那様が止めてくれる。

 

 その信頼の下で禁術の封を開いたラフィーアであったが、そんな彼女の内面を知りようのないサラの表情は恐怖と警戒の色が強くなっており、才女に繋いでいる魔力の線からも不信の感情が強く出ている事をラフィーアは掴んでいた。

 

「…………」

 

 『魔眼の性質を思えば致し方ないか』と、この問題も先送りにしたラフィーアは虚ろな表情で2人を見ている小鬼へと視線を向ける。

 

「――――」

 

 視線の先に居るソレは精神や思考を砕きに砕いた廃人寸前の成れの果てとなり、実験中に使い物にならなくなった他の2体も含め、ソレ等は亜人どもに向ける魔力の加減を調べる指標になってくれた敵であり、その最期にサラの感情を慰める礎となれるのなら本望だろう。

 

「……魔眼の説明を判り易くする為に引き込みましたが、もう必要ありません。……そこの小鬼、サラさんの命令を聞きなさい」

 

 論より証拠を見せる意図もある独善の元、ラフィーアは小鬼に命令を下すものの――。

 

「――誰ダ、ソれは」

「……っ」

 

 小鬼から返ってきた思わぬ言葉の意味に、ラフィーアの感情が赤く染まる。

 

「…………『あの女』の、命令を聞きなさい」

 

 そんな中、ラフィーアは握り過ぎて感覚が無くなってきた左手に更に力を込め、努めて平静にした感情を以って言いたくもない言葉を吐く。

 

 好ましく思う人に対する、許し難い亜人どもの認識――。

 

 サラを『個人』として認識していない現実を前にしたラフィーアの手は、一度でも気を抜けば剣の柄頭に伸びそうになるものの――この感情は才女だけが抱いてよいものであると自分を強く戒める中、小鬼の視点がようやく動く。

 

「…………先の階段室ではサラさんが亜人どもと繋がっている可能性を捨てきれず、失礼な事を言いってしまいましたが――私はサラさんの助けになりたいと考えており、私の魔眼は亜人に対して大きな優位性がある。……それらの証明として、アレを使ってください」

 

 そうして更に平淡になったラフィーアの声と、目の前にある現実(ゴブリン)を前にして漸く状況を受け入れ始めたサラの顔は、表情の抜け落ちた能面のように変わっていき――。

 

「――――――――ゴミ捨て場から、身を投げてください」

「アあ」

「……では、付いて行って確かめましょうか」

「――――」

 

 その一言で今ある感情の全てを使い切ってしまったサラの手を引いたラフィーアは、張り直した“障壁”によって結界部屋の外にある瘴気を跳ね除け、運悪く遭遇した亜人型を風の魔力弾で細切れにしながら小鬼を追って行き――。

 

「――――」

 

 2人の先を行く亜人は、そのまま階段でも降りるようにゴミ捨て場への奈落に落ちていった。

 

「…………私は、他にも手札を持っています。……あまり美しくない魔術を使った者を信じるのは難しいかと思いますが――望みもしない行為を続けるよりも前に、お互いの状況と願う未来、考えている作戦と能力を話してみませんか?」

 

「――――――――」

 

 自分の身体をいいように扱っていた存在が、自分の命令で命を終えた現実。

 

 その結果を受け止める事に震えていたサラの耳にラフィーアの言葉がにじり寄り、その魅惑的な提案を前にした才女は幽鬼のように視線を巡らせ、自分よりも僅かに下にある祭服の女性と視点を合わせる。

 

 自分を見つめるサラの表情は鬼か悪魔を見るように凍り付いたままであったが――その奥に微かな期待が混じっているのを見つけたラフィーアは、静かに微笑み掛けた。

 




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