【完結】『侵胎迷宮を抜けて』二次創作 作:サーデェンス・ロー
「…………」
サラの結界はこの悪辣な施設の中にあって人間を守る家を創るような魔術であり、それに加えて魔物に存在を知られないという隠匿手段も備えた優秀な守りである。
しかし、敵の侵入を避ける構造である故にそこに籠って戦闘する事は出来ない。
よって、この施設でのサラの戦闘可能時間――亜人の責め苦を受け続けた事による瘴気への耐性低下もあって――は短く、彼女単体の戦闘能力は大きく低下してしまっていた。
それに対し、ラフィーアの“障壁”はこの施設の毒気に対しては寝袋や防寒具に相当するような機能しか持っておらず、多くの人を守る事は出来ないものの本来の用途が遠距離攻撃への防御術式である事から動き回れるという自由度がある。
故に、この施設でのラフィーアは“障壁”を解除する事がなければその戦闘能力を十全に発揮する事が可能となっていた。
それが2人の大きな違いとなっていたのだが――。
「――シェイド」
ラフィーアの“障壁”という守りの中で魔法を練り上げた暗黒魔導師は、これまでの枷を取り除かれた事でその能力を遺憾なく発揮しており、離れた亜人が居れば狙撃によって削り穿ち、それらが集団となって殺到しようとすれば影の爆発によって纏めて溶かし墜としていた。
「(…………この施設の毒気を受けなければ、これほどですか)」
その殲滅力――重装機竜か連邦の対空戦車に匹敵する火力を振りまいているサラの姿を横目に捉えるラフィーアは、自分が使う魔術とは異なるその力に恐怖していた。
誤解なきよう記せば、ラフィーアも各種術具を揃えれば似たような事は出来る。
だが、サラの魔術はその身一つで成している能力であり、術具無しでは何も出来なくなるラフィーアからすれば、無手でも死を振りまける才女の姿が人の姿をした魔物のように見えていた。
「(…………連邦の人間が私達を恐れているのは、こんな感情の所為なのかもしれませんね)」
極端な例えとなるが――装備を整えた戦場におけるラフィーアはサラよりも戦闘力で勝っているが、町中のような日常の中で事が起これば何の抵抗も出来ずに影に落とされる。
「(……連邦の人間も騎士殺し(25mm)を使えば“障壁”を使っている私を容易く撃ち殺す事が出来ますが……それでも対等とは思えない(こわいものはこわい)のですね)」
ラフィーアが異国の地にあって漸く理解出来た国元の事を想う中、同類を殺され過ぎた亜人どもが魔女達を遠巻きに窺うように退がり始め、敵を失ったサラの手が静かに垂れ下がる。
「――――」
「……どうかしましたか?」
「――――――虚しく、なってきました」
「……いい傾向ですね。……どうでもよくなるか、面倒と思うようになったら教えてください」
疲れたようなサラの言葉にそう返したラフィーアは、亜人どもが隠れているであろう場所に補充の効かない火の魔石弾を投射し、後方で発生した炎に炙り出された亜人どもが再び寄り付き始める。
「――――っ」
結果、サラの意思とは無関係に――殺到する亜人どもへの迎撃が再開される。
「…………」
その虐殺劇を眺めなるラフィーアは、サラが自ら選んだ地獄と自分の成した事をもう一度考える。
身の安全の対価として尊厳を売り渡す。
首謀者の斬首と関係者の虐殺を唆しておいて今更であるが、『取引』の相手が人間であれば今の行動は八つ当たりと言っても過言ではないと考える事が出来る。
「(……私の身で考えれば――南の人間に身売りするような話となりますか)」
『取引』の相手が滅ぼさねばならない魔物と滅ぼした方がいい人間という違いはあれども、そんな相手と『取引』しなければならなかったとなれば――サラの言葉通り、それは『みっともない』となるのだろう。
「(…………旦那様と出会う前でしたら、こんな風に考えもしなかったでしょうね)」
直観的に正しいと思った事を成し、後から成否や奸悪の調整を付けてきた自分があの時のままであれば、自分の思う正道を実現し、それに纏わる禍根を殲滅した所で考える事を止めていただろうとラフィーアは思う。
同時に、魔物相手には正しい判断であったと追認する事は出来たが、もしも相手が『人間』の時には復讐への教唆は行わないか、よく考えた方がいいとラフィーアが結論付けた頃――。
「――――」
ラフィーアの横に立ち、重砲陣地もかくやといった武威をもって亜人どもを削っていたサラは、膝から崩れ落ちるように脱力する。
「――ぅ、……ぅぅ――わた、私は……」
「(…………これで、サラさんは前に進める)」
特務に従事しているとは思えぬ細い指で顔を覆い、どこにでも居る普通の女性のように涙を流す事の出来たサラの前に立ったラフィーアは、才女の大事な時間の邪魔をさせぬようにと剣を抜き、魔石銃を構え直して前に出る事で村に残る亜人どもを牽制する。
復讐は自分の身に返ってくる可能性の高い愚行と言われている。
だが、旦那様ですらソレを成さねば先に進めなかったように、その感情を持ってしまった人間は『区切り』を付けなければ進めなくなってしまう。
「(…………『復讐は何も生まない』等とほざける聖人ばかりであれば、そんな事はないのでしょうけれど)」
物語ではよくある絵空事を蔑むラフィーアは、理想とは正反対の情動――溢れる感情を前に泣きじゃくるサラに寄り添いたいという自分の想いも縫い留める。
「…………」
ここで手を差し伸べるのは簡単だが、それは自分が旦那様にして貰った事と同じ事であり――そうなれば人間は1人で立つ事が難しくなる。
「(……あの恥辱の中から立ち上がれるサラさんは、私よりも強い人ですからね)」
戦力というちっぽけな物差しで測れば自分の方が勝っているかもしれないが、一度折れれば立ち上がれない自分は、旦那様に寄り添わなければそう遠くない未来に自滅していたであろうとラフィーアは考えていた。
しかし、一人で立ち上がれる才女には手を伸ばす必要はなく――同時に、ずっと寄り添える存在でない者がソレをしてはならないと考えるラフィーアは、感情を縫い留めたままその人が立ち上がる為の時間を守り続ける。
「(…………可能なら、未知を既知とするべく探求する魔術師の同士として長く付き合っていきたい所ですが)」
そんな中、詮無くも楽しげな未来を夢想したラフィーアは――しかし、長く付き合えば付き合う程に有り得る未来にふと恐怖する。
『自分よりも優れた女性であるサラに、旦那様との接点を持たせるのは怖い』
脳裏を過ぎった感情はそんな言葉であり、祭服の女性は自分の中から浮かび上がったその醜悪な感情を拭い払うように首を振る。
あれだけの地獄に晒されても傷一つ残していない身体を維持しているサラに対し、銀髪の運命からも、不器用ながらもこの身を守ろうとしていたあの人からも逃げ続けた自分の身体は――それ相応の報いを受けている。
単純な話、服を脱いでその身を晒せば死体を縫い合わせた人形と言われても反論できないような深い傷を負っている自分は、1人の女性として見た時にはサラに敵わない。
「…………」
逃げ続けた結果とした自分を守り続けられた経歴に対し、亜人に犯し尽くされたサラの事を蔑む男性(バカ)も居るだろう。
だが、ラフィーアの旦那様は『里の“姫”は求められた数を誇っているが、人間の世界ではどうなのだろうか?』等と宣う常識の外に居る人であり――。
同時に、魔力や感情を表す“色”を見れる彼は、外見よりも“魔力”が織り成す要素である才能や技能――人の内面を形作る在り方に重点を置いている。
「(…………羨ましい。……そうか、これが本当の意味での嫉妬という感情なんだ)」
私しか知らない旦那様は、この身体の事を考慮に入れていないのか『綺麗だと』言ってくれる。
だが、自分より魅力的であろうサラを見た時、旦那様はどう思うのだろう?
「(………………醜くなりましたね、私は)」
勝ちが決まった後とはいえ、戦場で想うには相応しくない思案にラフィーアが染まっている中、彼女の背後にある気配は涙と感情を堰き止め、立ち上がりつつあるようだった。
「…………会いたい、です」
そんな中、自分に課せられた銀髪の業を遮ってくれた旦那様を信じきれない我が身を呪ったラフィーアは、その感情から逃げるように目を瞑り、剣と魔石銃を持ったまま自分の身体を抱き締める。
この施設に現れてからの自分の行動は、己の感情を竜信仰の理念に落とし込み、それが本当に正しいのかを考え、その理念に沿ったものを選んで来れたとラフィーアは信じていた。
だが、それに伴う責任はこんなにも重く、果たした成果はこんなにも苦しく――この場所に来る前まで支えてくれていた旦那様が、こんなにも恋しい。
しかし、それと同時に――。
「(…………こんな感情も、あるのですね)」
この“想い”を見る事が出来る愛しい人が――今は、すごく怖い。
亜人の屍が山のように積み重なり、流れる血が村を染まる中――黒衣の才女は立ち上がる事で次を見据え、祭服を纏った女は己の中にある心に怯え、その心が凪ぐのを待ち続けた。
サラの魔法が25mm重機関銃よりも劣っているという訳ではなく、障壁の魔術相性によるのです。
無力化の限度は、対物理は12.7mm、魔力系だと竜を滅ぼせる概念がなければだいたい無力化。
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