【完結】『侵胎迷宮を抜けて』二次創作   作:サーデェンス・ロー

30 / 48
途中で切る場所が無かったので長いです。


方針開示(吹雪の魔女)

「ラフィーアさんは、これからどうする心算なのですか?」

 

 オーガを殺し、残った亜人どもの無力化を済ませた事でこの階層を制圧した2人は、思う所はあれどもこの村で最も整った家屋であるオーガの住処を作り変えるべく清掃と改造を続けていた。

 

「……? ……私の目的は、ここの制圧前にお話しさせて頂いた通りですが?」

 

 そんな中で投げ掛けられたサラの質問に、内装の端々に刻印を施していたラフィーアはその手を緩める事なく今後の方針を伝え直す。

 

 定期連絡を行っていたであろうオーガは既に居らず、村にあれ程居た亜人どもも数えられる程にまで減ったとなれば『この施設を掌握している存在』も異常に気付く筈であり、そう遠くない未来に『そいつ』はここを訪れる。

 

 ソレと接触し、『幾つもある用事』を済ませるのがラフィーアの目的であり――今は『その瞬間』に向けてオーガの住処であった家屋の掌握と改修に努めつつ、『歓迎会』の準備を進めている所となる。

 

 改造の方向性としてはサラが練っていた結界部屋を目指しており、敷設者である才女自身が手伝ってくれている事で術式の解析は恙無(つつがな)く進んでおり、亜人除けの解析と刻印化にまではこぎつけていた。

 

 とはいえ、亜人であるオーガの住処であった事から悪臭が酷く、その汚れ様はラフィーアが魔力切れで倒れるのを覚悟して“浄化”を使いたくなる程であり――。

 

 手伝ってくれているサラも、場所が場所だけに時折立ち止まってしまう事があり――攻撃や防御に転用出来る刻印の敷設にまで手が回っていない現状から、魔術師の工房というには憚(はばか)られるのが現状となる。

 

「――――イレスと接触する事に変更は無いのですね」

「……この施設の事を最もよく知る存在でしょうから、私が自分の居場所に帰る為には会わない訳にはいきません」

 

 そんな中で零れたサラの言葉に、ラフィーアは覆す事のない断言をもって応じる。

 

 最下層で成してしまった事を伝えていない為、もう1つの理由を知る由もないサラから見ればラフィーアの行動は火中の栗を拾おうとしているように見えるのだろう。

 

 しかし、果たさねばならない責任も有しているラフィーアにとって『接触しない』という選択肢は選ぶ事は出来ない。

 

「――この迷宮に飛ばされて来たという話は、本当だったのですね」

「…………まぁ、そうなってしまった自分自身ですら信じられない内容ですが……私という存在がここに居る事が、それ以外の可能性はないと証明していますので」

 

 同時に、転移魔術などという現象はラフィーアの常識では御伽噺の内容であったが、起こってしまった事は覆しようがなく――驚くべき事にサラの常識ではそれに類する魔術が不可能ではないという言葉が、この突拍子もない仮説を裏付けていた。

 

 尚、これから相対するであろう存在があの人と同等の存在である可能性があり、危険性がこれまでとは比較にならない事はラフィーア自身も理解しているものの、この階層を含めた下の階層に手掛かりがなかった事からそれ以外に手は無いと覚悟を決めていた。

 

「…………理由等は判りません。……ですが、私がこの施設に呼ばれたというのであれば、この施設を占拠しているイレスという存在が呼び出した可能性が高く――そうであるならば、本人を問いただすのが一番早い」

 

 そして、「……オーガを排除するのを手伝ったのは、その上役であるイレスを引っ張り出す為に必要だったから行っただけです」と、身の危険を把握しているラフィーアが前振り(ことば)を続けると、サラは呆れたような吐息を零す。

 

「――ラフィーアさん。……貴女、私を助けた事を『無かった事』にしようとしていませんか?」

「…………私は、私の都合をお話ししただけです。……サラさんも、これからはご自身の都合を優先して下さいね?」

 

 しかし、そんなラフィーアの動きは本題に踏み込む前に出鼻を挫かれる形となり、それでも彼女はサラを遠ざける為の行動を取り続ける。

 

 互いの利害が完全に一致するのは此処までであり、ここで別れなければ自分の都合によって、自分とは関係のないサラの身を危険に晒す事になる。

 

 それがラフィーアの結論であり、離れてしまう事を心細いと思うのは確かであるものの、速やかに別れなければ命の保証が出来ないと判っている彼女は、自分よりも賢い筈の才女に脱出計画に集中するよう促すものの――。

 

「――では、私は脱出路の形成を続けつつ、無用になった物資の納品を続けましょうか」

「…………サラさん」

「聖都までは結構距離があるので、陣地に溜め込んだ素材を持ってはいけませんし……そのまま腐らせるのは勿体ないと思いますので」

 

 「これは私の都合ですよ?」とサラが宣った事で、この場での説得は不可能だと察したラフィーアは静かに目を瞑る。

 

「……サラさんは、私よりも強くて間違えない人だと思っていました」

「――――私が強かったのなら、『あんな事』にはなっていませんね」

「……『アレ』は戦力に寄る話ですので、強さとは――」

 

 そんな苦々しくも愛おしい交渉の最中、2人は張り巡らせていた警戒網に入り込んだ異物に身を震わせる。

 

「――――ラフィーアさん」

「…………サラさんの陣地への移動は――間に合いませんね。……サラさん、まずは隠蔽魔術を」

 

 それはこの階層に強大な魔力を持った『何か』が侵入した事に外ならず、それが何であるかに心当たりが有り過ぎる2人は即座に対応を始める。

 

 サラが拠点間を移動している最中に来なかったのは幸いと言えたが、今から才女の事を隠し始めても『察知されない』等という幸運は有り得ない。

 

「――無理です。私の魔法は影を利用する術ですので、手練れ相手にこんな開けた場所では……」

 

 それは2人の共通認識であり、サラは各種霊薬の入った肩掛け鞄を手元に寄せる事で『迎撃』の意思を示すものの――。

 

「……サラさんの魔術の上に私の“隠行”を被せた上で、旦那様の剣で相手の索敵系魔術に妨害を掛けます。……存在は隠しきれませんので『何か』が在る事は一目瞭然ですが、それが人である事は誤魔化せます」

「っ、判りました!」

 

 それに対し、ラフィーアは見咎められた先に『攪乱』を置く事で乗り切る事に舵を切っており、その言葉だけで意図を察したサラは迅速に動き、テントの隅へと走った才女が術を発動させればそこに居る事が判っている祭服の女性ですら『その影に何が居るのか』が判らなくなる。

 

 だが、それだけで警戒している術者を騙し切るのが不可能であるのは明白であり、サラが居る周りの壁や床に“隠行”の魔術を刻印したラフィーアは国元では滅多に使わない“威圧”の魔術を刻印した剣をその傍に立て掛ける。

 

「…………急ぎませんと」

 

 この施設の環境や最下層のメモ、途中階の書庫にあった資料を鑑みるにイレスは瘴気の中でも問題なく活動できる術を持っている存在である可能性が高い。

 

「(……手駒が魔物や亜人ですので、私が人間だと思われれば交渉も出来ない可能性がある)」

 

 不幸にもそんな人の形をした『人間ではない者』に心当たりが2つもあるラフィーアは、追及された場合には国元に居るそのどちらかを騙る事を方針に定めながら部屋を手直しする。

 

 “障壁”は本来であれば瘴気以外の物も防ぐ術である事から『警戒している』と思わせておけば展開し続けているのを誤魔化せる筈であり、設置式の各種結界を外すだけならまだ間に合う。

 

「(……オーガの雑な性質で助かるとは思いませんでしたね)」

 

 繊細さの欠片もない亜人らしく今居る部屋の隅々にはオーガが使っていた物が整理しきれずに散乱しており、ラフィーアはそれらの中に瘴気除けの結界の起点である術具を紛れ込ませていく。

 

 尚、結界の軸となる台座や魔力を通す為の刻印といった痕跡を隠す暇は無い事から亜人除けだけは残しておく。

 

「…………」

 

 そんな仕込みを終えたラフィーアはそそくさと部屋の中心に戻り、可能な限り尊大な座り方を意識して『相手』を待ち構える。

 

「――――――」

 

 そうして、未知の相手(きょうふ)を待つラフィーアにとっては永遠にも思えた時間の後に現れたのは――青い髪と泥のような赤い瞳が目に留まる、白色ローブと黒いケープを身に纏った妙齢の女性であった。

 

「――貴女が、私の庭を荒らした魔導師ですね?」

「……他人の工房に足を踏み入れるような愚か者ではありませんが、降り掛かる火の粉は払いましたね」

 

 部屋の入り口辺りで立ち止まった相手は、その濁った瞳でラフィーアの事を見据えながら判り切った問いを投げ掛け、言葉を交わす間もなく戦闘が始まるような事態とならなかった事に安堵した祭服の女性は、努めて不遜な態度でそれに応える

 

「オーガを含めた亜人の過半を殺しておいて、よく言う」

 

 その挑発的な態度を前にしても相手が武器を取らなかった事で、交渉の第1段階はクリア出来たと幾分か緊張を緩めたラフィーアであったが――。

 

「ですが、残った亜人を手中に収めた技量は見事です。――まさか、こんな場所で同胞と会えるとは思いもしませんでした」

「…………同胞、ですか?」

 

 想定とは大きく異なる好意的な言葉に、祭服の女性は疑問符を零す。

 

「魔物と人間との間に生まれた、人間を超えた存在。――私達と同じように、瘴気の中で問題なく活動し、魔物を操れる者ですよ」

 

 泥の様な相手の瞳に変化はないものの、口角を微かに上げて嬉しそうに言葉を紡いだ魔女は呼び出した触手型を椅子とする事でラフィーアの対面に腰掛けるも――その視線を部屋の隅へと向ける。

 

「その前に――そちらの端には何が? ……中々に厳重な封印が施されているようですが」

「…………私の大切なモノが隠してあります。……暴き立てようとするなら、話し合う隙間も無くなると思ってください」

「――同胞のする事です。尊重するとしましょう」

 

 思わぬ想定外が続く中、相手の意識がサラに向いた事に感情を強張らせたラフィーアが静かな警告を発すると、魔女はそれに反抗する事なく才女が隠れている場所から視線を外し――流石に警戒は続けているようだが――意識の大半をラフィーアの方へと戻す。

 

「…………」

 

 その想定すらしていなかった好意的な反応の連続に驚きつつも、サラから注意を逸らす事の出来たラフィーアは心の中で緊張の糸を解すものの――。

 

「(……簡単に測れる魔力保有量だけを取れば、私の4倍強――ですか)」

 

 目の届く範囲に現れた目的(あいて)を前に『拙い』と思う。

 

 その才能だけで魔術師としての優劣が決まる訳ではない――身近な例としてはサラの魔力保有量は今のラフィーアの倍近くある――が、それでも長年に渡ってあの人と対峙してきた祭服の女性は、直感的にこの魔女が自分よりも格上の存在であると理解できてしまった。

 

「…………話し合いの場には少々不釣り合いですが――少し、失礼しますね」

 

 相手にもそれが判ったのかどうかは定かではないが、この場で優位を取らなくては主導権を掴む機会は無いと判断したラフィーアは祭服の背中部分に隠してある“自分の杖”の封を解く。

 

「――――何の心算でしょうか?」

「……力をちらつかせた交渉は本意ではありませんが、魔術師としての才能は貴女の方が優れているようでしたので。……此方にもそれなりの能力があると伝えておかないと不幸な行き違いがあると考えました」

 

 自分の魔力で創った魔石を核とし、圧縮凝縮を続けた魔石の短剣。

 

 それがラフィーアの切り札である“自分の杖”であり、それを目にした相手は驚き、警戒心を顕わにこそすれど――それでも敵対的な意思を見せない。

 

「――交渉と言いましたね? 私に何か用事が?」

「……まず、貴女の目的を知りたい所ですね」

「人様の工房で暴れ、手駒を削っておいてよく言う」

「……手駒と言う割には木偶でしたね。……何かの発掘の管理を任せていたようですが、あんな雑魚に任せるよりも、適任が目の前にいますよ?」

 

 出会った時から続いているその過剰な気遣いが気にはなったものの、ラフィーアは想定した通りの誘い文句を嘯(うそぶ)き――それを向けられた相手は、赤い目を丸くして驚きを露わにする。

 

「――――私に協力する意思がある、と?」

「……私は貴女に聴きたい事があります。……ならば、私は貴女の役に立たないといけないでしょう?」

「――ふふ、素直な娘は嫌いじゃありませんよ」

 

 そうして続けられた相手の『確認』にラフィーアが『好意的に応じる』と、魔女は泥のような瞳をそのままに笑みを浮かべる。

 

「まさか、こんな場所で同胞を仲間に加えられるとは思いませんでしたね」

「……御冗談を。……私は、貴女と仕事だけの関係を築くだけですよ」

「――――」

 

 しかし、綺麗とは思うものの近寄りがたいその酷薄な笑みは、ラフィーアが返した言葉によって凍り付き――。

 

「……貴女の目的は、最下層のメモと途中の書斎から幾つか候補を考えてはいますが――勝てない内に戦いになるようなヘマを打つ上、自分から動かない方と心中するのは御免。……というのが私の本音ですね」

 

 祭服の女性がそう続けると、相手の纏う空気が一気に険しくなる。

 

「どういう意味でしょうか?」

「……人間と同じ容姿であるならば、人間の味方であり続けながら数を増やし――気が付かれた時には勝敗が決しているようにするのが最上です」

 

 そうして『良い流れ』に乗った事を認めたラフィーアは、その流れを強めるべく自分が『実際に見てきた例』を言葉とする。

 

 大多数の敵対者に存在が露見し、対立構造が生まれつつあったとしてもその流れに乗って対立に走るのは侵食側としては愚の骨頂である。

 

 ラフィーアがよく知るあの人はそんなヘマを打っていないが、万が一『人間でない事』が露呈してもあの人ならば巧く隠れ――遠く離れた違う場所か、人間が忘れた頃に再起を図るだろう。

 

「……他には――同胞を増やす為に他人だけを使い、自分の身体を使っていない事も賛同できない理由ですね」

 

 更に言葉を続けるラフィーアはそう言いながら泥のように曇った赤い瞳を見返し、まだ見ぬ未来の子供を撫でるように自分の下腹部に手を当てる。

 

 ラフィーアの旦那様は人間であり、有り得ない例えとなるが――もしも彼が人に仇成す怪物だったとしてもその愛を受け入れ、伝説にあるエキドナのような汚名を被る事になろうとも、その愛し子達を産み育てていきたい。

 

「……もしも貴女が子供を産めない身体にされた等の理由があるのでしたら――首はあげられませんが、地面に頭を付ける程に謝らさせて頂きますよ?」

 

 それがラフィーアの願いであり、育むのが『愛する人の子供』か『自らに近しい存在』かという違いはあれども、それが『似た願望』であると判断した祭服の女性は揺るがぬ感情を泥の様な赤い瞳にぶつける。

 

「――――貴女の能力、未知の術式を知っている事に免じて、聞かなかった事にしましょう」

「……貴女に許して貰うような事はありませんが?」

 

 意見を覆さない自分を前に相手の敵意が増していくのを肌で感じていたラフィーアであったが、ここでは主導権を明け渡せばもう二度と取り返せない事を感覚的に理解している祭服の女性は強気の姿勢を崩さない。

 

「――――」

「…………」

 

 『自分の願いの為に、相手の持っている情報を知りたい』

 

 『相手は同胞(嘘)であり、未知の術式も操るその相手を自分の陣営に取り込みたい』

 

 2人の中にある思考はその一念であり、目指す先が違えども道が似通っていれば協力できるのが知性ある者の特権であるが――それにも限度はある。

 

 今の2人にあるのはその境界を認めるか否かの攻防であり――。

 

 後退という選択肢を取れないラフィーアは相手が譲歩しなければ最大の情報源である彼女を自らの手で消さねばならないという判断に揺れており、魔女は唐突に表れた同胞(嘘)である祭服の女性が予想以上に強力な力を持つ事から力で取り込むのが難しいと考えあぐねている。

 

「――――――私の事は、イレスと呼びなさい」

 

 長い黙考の末、この場で譲歩しても長期的に見れば籠絡できると判断した相手(イレス)は決裂を避け、妥協を示す名乗りと共にその身に帯びていた害意を緩める。

 

「……私はラフィーア・フェル・グゥエルナー。ラフィーアで結構です」

「連絡はこの水晶で行います。使い方は自分で把握しなさい」

 

 そうして自分の足元に大人の拳よりも大きな丸水晶を置いたイレスは、「2日以内に反応が無ければ協力する心算が無いと判断し、踏み潰します」と続け、身を翻した魔女に対し、ラフィーアは笑顔で応じる。

 

「……そのまま逃がす訳が無いでしょう?」

「――――」

 

 たかが口約束で不利な状況から脱しようとするイレスに向け、ラフィーアは上着の内側から取り出した1枚の羊皮紙を丸めた状態のまま投げ渡す。

 

「……それは魔術契約書(スクロール)と言います。…………まぁ、労使協定だと思って署名して頂ければ幸いです」

「――――『「   」はラフィーア・フェル・グゥエルナーが保有する物体の破壊を行わない。 代わりにラフィーア・フェル・グゥエルナーは「   」の望む目的に沿うよう最大限の努力を行う。  「    」  ラフィーア・フェル・グゥエルナー』、ですか……」

 

 最初は空白の部分に混乱したイレスであったが、読み進めていく内にその意図を理解したのか、最後は抑揚のない声音で言葉を閉める。

 

「…………呑める内容だと思いますが?」

「書面に刻まれた魔力と術式を鑑みるに、ただの契約書ではないのでしょう? そんなモノに名前を書けと?」

「……判り易くする為に文字に魔力を込めたのですから、締結された瞬間にそれが不変の意味となる事ぐらいは分かるでしょう?」

 

 サラやイレスの知る魔術体系にスクロールの類があるかどうかは判らないが、魔術にも成らない『呪い』の段階ですら『名前』は重要な要素であり、それを知らない筈がないイレスはラフィーアの差し向けた『危険物』に唇を尖らせる。

 

「――――断ったら?」

「……残念ですが、自分の身の安全を確保する為の行動を取るだけです」

 

 そうして差し向けられた決裂を匂わせる言葉にラフィーアが煽り返すと、一度は緩んだイレスの気配が殺気を帯び始め、魔物と思しき幾つかの気配が周辺に発生したのを感じるも――。

 

「……ちなみに、私はもう締結する心算で署名をしています。……私の名前の上の欄に署名を頂ければ幸いです」

 

 臨戦態勢に入ったイレスを前にしたラフィーアは、出来うる限りの笑顔と可能な限り丁寧な会釈(カーテシー)で応じ――その対応を前にしたイレスは驚いたように硬直する。

 

「――――貴女は、ここまでしておいて私に協力する心算があると?」

「……貴女の仲間にも部下にもなる心算はありませんが、協力関係は結びたいと最初に伝えた筈ですが?」

 

 その物言いに微かに驚いたイレスに対し、「……それに、協力するというのなら――最善と思う意見を述べないといけないのでしょう?」とラフィーアが続けると、魔女は疲れたような吐息と共に張り詰めた感覚を解く。

 

「――頭の良い娘は嫌いじゃありませんが、素直でないのは頂けませんね」

「…………貴女が頑固なだけでしょうに」

「ふふ……あの地獄を知らない小娘がよく喋る」

 

 唖然としたような驚きから一転、機嫌の良さそうな声音を返したイレスはその細い指をスクロールの表面になぞらせ、名前を刻む。

 

「…………」

 

 ソレが書き綴られた瞬間、ラフィーアは目の前に居るイレスとの間に魔力の糸が繋がったのを感じ、その状況に慣れていない魔女は警戒するように左右に視線を振る。

 

「――今のは?」

「……私と貴女との間に『強制力』が掛かっただけですよ。…………さて、ご期待に沿える為にも、その水晶の解析を進めませんと」

 

 そう言って地面に転がっている水晶を取ろうとラフィーアが歩み出した瞬間、イレスは地面にあるソレを蹴り割り、再び取り出した別の水晶を持ってからラフィーアの方へと歩み寄って来る。

 

「…………何の心算でしょうか?」

「協力関係を築く相手であるならば、それなりの誠意を見せるものでしょう?」

 

 その意図の読めぬ行動に半歩引いたラフィーアに対し、イレスは大切な契約を成すように改めて取り出した水晶を静々と差し出してくる。

 

「――期日に変更はありませんが、貴女が無事に解析する事を期待していますよ」

「……私もそれなりの魔術師ですので」

「ふふ」

 

 その演出をなぞるようにラフィーアが恭しく水晶を受け取ると、イレスは満足そうな笑みを浮かべながら踵を返す。

 

「…………解析するまでの暇を下さった事に感謝します」

 

 そんな背中に向けてラフィーアが追加の礼を向けると、青い髪の魔女は振り返る事こそしなかったものの機嫌の良さそうな足取りで部屋の仕切を潜り抜ける。

 

「…………」

 

 それから暫くして、その強大な気配が亜人の村から離れた事を感じ取ったラフィーアは“自分の杖”を背中に隠しながら幾つもの探知術式を部屋中に走らせる。

 

 預かった水晶や先程砕け散った水晶を密に調べるのは当然として、周辺の地面に潜んでいたローパー(?)の類が残っていないかどうかを探知術式で探り、最後に無秩序な魔力放出を行う事で未知の術式が敷設されていないかを確かめる。

 

「…………ふぅ」

 

 その全てを調べ尽くした後、彼女は力尽きたように座り込む。

 

「ラフィーアさん! 大丈夫ですか!?」

「………………アレは、拙いですね」

 

 サラから見れば心が折れて崩れ落ちたように見えたであろうラフィーアに駆け寄った才女は、床に座り込んだ祭服の女性を丁寧に介抱し、抱き起された彼女は自分が相手をしなければならない怪物を前に、知らず知らずの内に自分を支えている人に寄り掛かってしまう。

 

 巧く虚を突ければ倒せるかもしれないが、長い時間を掛けて整備した工房や数多くの手勢の存在を考えれば自分の勝率は低い。

 

 ラフィーアが情報を引き出さなければならない相手はそんな存在であり、サラの胸に頭を預けている祭服の女性がその未来に溜息を洩らすと、彼女を抱き留める両手が緊張するように震える。

 

「――ラフィーアさん。貴女も、イレスと同じ存在なのですか?」

「……私も“障壁”を解いてしまえば瘴気に侵されるのはご存知の通りです。……まさか、この毒気の中を対抗魔術も使わずに歩ける人間が本当に居るとは思いませんでしたが」

 

 この施設に人体に有害な毒気が満ちているのは侵入者への対策であり、イレスは自分が不利益を被ってでもサラのような敵対者の妨害と魔物の活性化を両立しているのだとラフィーアは考えていたが――。

 

「そのような存在は、悪魔と呼ばれています」

「………………」

 

 メモや書籍等に記載はあったものの、まさか魔物と同じように瘴気をものともしない化物(にんげん)が本当に居るとは思ってもいなかったラフィーアは、その現実を前にもう一度息を零す。

 

「(……あの人のような『人間の形をした化物』は、どこの世界にもいるのですね)」

 

 そんな知りたくも無かった現実の中、ラフィーアは静かに目を閉じた。

 




方向性の指針となりますので、評価、感想、お気に入り登録など、お待ちしております。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。