【完結】『侵胎迷宮を抜けて』二次創作 作:サーデェンス・ロー
イレスから預けられた通信水晶の解析を無事に済ませたラフィーアはイレスとの連絡手段を無事に確立させ――それからしばらくは緩やかな日々が続いていた。
イレスとの協力関係に際し、ラフィーアが最初に行った手助けは『上層階の掃除』となり――。
中々に悲惨な状態で放置されているのを見かねたラフィーアの方から捻じ込んだこの副業は無事に認められ、資料や書籍に関してだけは几帳面であった事からそれらを盗み見し放題という副収入を得つつ、彼女は最上階の調査を進める事に成功していた。
そして、本業として割り振られたのは亜人どもの統率というオーガにでも出来る簡単なお仕事であり、此方に関してはラフィーアが村を強襲した時に居なかった亜人どもに魅了の魔眼を通す事で履行し、この施設の掘削作業を継続させた。
こうして足場を整えたラフィーアは、イレスへの信頼を勝ち取りつつも亜人どもへの支配を深める事で中層以下から収集される物品の横領を始め、自身の戦力の拡充に努めていた。
同時に、その過程において安全が確保されたサラも順当に計画を進め、地表に至ろうと日夜励んでいる才女は今――。
「ふぉ……? おぉ~ぉ?」
前回の会合の流れで預けていた下着を受け取り、“干渉”の刻印によって劇的に改善された着心地を前に感嘆と喜色が混ざったような吐息を洩らしていた。
「…………」
ラフィーアの想定としてはイレスの目を掻い潜れるかが未知数である事を理由とし、サラとはもう接触しない心算であった。
しかし、サラは『ハイド』という隠蔽魔術を用いての霊薬の納品を積極的に続け、才女を無事に逃がしたいラフィーアの事を大いに悩ませていた。
『脱出する前にイレスに察知されれば目も当てられない』
そんな危機感を抱き続けていたラフィーアはサラの行為をやんわりと断り続けていたのだが、敵地に1人で居続ける孤独を知る才女は何を言われても祭服の女性が形成中の工房――元オーガの住処――に訪れる頻度を落とさなかった。
結果として、心理的外傷の中心である筈のオーガの住処に訪れ続けるサラの根気に折れる形となったラフィーアは、イレスに対する攪乱と隠蔽を行う術具の共同開発を才女に持ち掛け、それは彼女が扱う影の使い魔を模造できる術具という形で実を結ぶ事になる。
この術具はラフィーアが眠っている場所をイレスに察知されない為の欺瞞装置として使用する予定であり、魔術契約書(スクロール)によって魔女が手を出せなくなった工房と併せる事で身の安全が保障されるようになったこの1点においては感謝してもしきれないのだが――。
「肩が凝って仕方なかったのですが――これは凄いですね」
それが完成してもサラがオーガの住処を訪れる頻度は変わる事はなく、才女の心理状態を看過できなくなったラフィーアは自分の方から才女の工房に通うという無条件降伏をする羽目になっていた。
「…………」
そうして始まった会合は互いの進捗の共有だけで終わる事もあるが、技術や物品を交換し合う事もあり――前回の話の流れで預かり、各種霊薬の返礼として“干渉”の刻印魔術を施した下着は才女のお気に召したらしい。
「(…………可愛らしい人ですね)」
あまり見た事がない程のサイズであるだけに煩わしいと思う事も多かったであろう重みが無くなった事に高揚しているサラは、それを眺めているラフィーアの前で軽く跳んだり、踊るように回転したりと年頃の女性らしい仕草で喜びを表しており――。
自分では恥ずかしさが勝って出来そうにない感情の発露に対して羨望の眼差しを向けていた祭服の女性は、ソレが出来る才女を素直に羨ましいと思いながら話題を先に進める。
「……喜んで頂けて何よりです。……今回刻んだ刻印は長く持つように刻みましたが、いずれはサラさん自身が描けるようにと術式も書いてきました」
「ありがとうございますっ。――私の方も、今回お渡しする薬を渡しちゃいますね」
「…………っ」
下着に続いて渡されたメモを受け取ったサラは工房の片隅に準備しておいた包みをラフィーアへと手渡し、それを受け取った矮躯が瓶の重みによってズシリと沈み込む。
「今回ので最後となるデミパラライズが2つと瘴気による症状を抑えるミアズマトライズ。通常のポーションの倍の効果があるハイポーションが5つと、特製の混合薬が1つです」
それ等の薬はこの世界では一般的な薬――高品質な物は流石に貴重らしい――との事だったが、拠点という足場を得たサラの制作物の質と量は凄まじいの一言であった。
「…………眩暈がしてくる位に有用な霊薬ですね」
ラフィーアとしては空恐ろしい事に見慣れてしまった霊薬もあったが、今回贈られた物には彼女の常識では御伽噺の中にしかないような霊薬の効能を混ぜ合わせて1つにしたような薬が含まれており、その存在を前に痛くなってきた頭に手を当てる。
「(…………私の“浄化”やあの人の秘術、白姫様が成せると言われている奇跡をこうも簡単に再現できる霊薬が存在しようとは)」
国元において人間が扱える術――痛みを忘れさせる事で治ったように錯覚させる無痛薬でも、体液循環を活性化させる事による再生薬でもなく、『傷を治す薬』という概念魔術の極致にあるような霊薬を前に、今更のように戦慄しながら包みを降ろしたラフィーアはその中身を改め始める。
「特製のスペシャルドリンクはフルポーションと鎮静剤とディスペルハーブを合わせたような効能が出る薬です――自分で言うと、少し恥ずかしいネーミングですね」
「……凄い物なのですから、気にせず誇るのがいいと思いますよ」
祭服の裏に仕込んでいる衣嚢(ポケット)に収められる分を仕舞いこみながら検品を続けていたラフィーアは、サラの気付きに対して寧ろ驕るべきと言葉を返しながらまだ渡せる品があった事を思い出す。
「…………今回の刻印魔術のおまけです」
「――? リボン、ですか?」
「……この施設にある布飾りは総じて何らかの魔術が付与されているのですが――それに刻印を上書き出来るか試した品となります」
その言葉通り、この施設の中に残されている布飾り等には何らかの術的な付与が施されており、ラフィーアにとっては使い難い事この上ない装飾品であった。
しかし、それでも無地の布飾りを創るだけの時間も材料が無い事から、仕方なく『上書き』という形を成してみた実験の成果が『コレ』となる。
「……実験品ですので、効力は戦闘に纏わるモノではなく日用的なモノとしまして――とりあえず月経に伴う不快感を低減させる為の刻印を施してみました。……試しに使ってみた感じですと機能はしていましたね」
「――――眩暈がしてくる位に有難い魔導具ですね」
そうして『なんでもないモノ』のように手渡された清潔リボン(+刻印)を受け取ったサラは眩暈を抑えるように額に手を当てる。
「…………首から下の神経系を変調させる事で効果を発揮している都合上、使用中は身体の感覚は鈍りますし、経血を止める事も出来ませんが――頭脳労働する時には最適です」
先程自分が味わった『常識の落差』を相手に与えている事に気付きもせずに術具の説明を続けるラフィーアに対し、「というか、ストレートに言わずに女の子の日とかあの日とか言いましょうよ」と呆れながら指摘を返したサラに、小柄な人妻は淡々と口を開く。
「……比喩表現では伝わらない事は多々あります。…………旦那様に説明した時、それを確信しましたね」
そうして続けられた返答に『え? 男性に話すのですか?』と言っているかのような分かり易い表情を見せるサラに「……周期も教えると気を使って頂けるようになるのでお勧めですよ」とラフィーアが続けると才女は形容しがたい顔で固まってしまう。
「……そういえば――――少々込み入った話となりますが、此処で月経が始まった時はどのような対処を? ……水の確保も難しいですから、対処法の要点があればご教授頂きたいのですが」
そんなサラを前にラフィーアが続けるのは女性が戦場に向かない最大の要因であり、今の彼女は“塔”から提供される「かみなぷきん」と呼称するらしい便利な物を祭服の裏に忍ばせてはいるものの、根本的な解決は生物学的に不可能な案件となる。
同時に、この便利な品も非常用として常備していたものであり、この枚数で押さえられるのは1期分が限度である事からサラがここに居る内に潜入調査が長期に渡った場合の対処法を聴いておこうという意図があったのだが――。
「――――あの日の不調や臭いが原因で見つかってしまったようなものなので……そのまま、終わるまで――」
「……………………」
言い難そうに沈黙していたサラがポツリと零した事実に対し、あまりにも想定外な言葉を前にしたラフィーアは意識を忘れたように固まってしまう。
「――ラフィーアさん?」
その硬直は対面していたサラが不審に思う程の長きに渡ったが、自分の配慮の無さと亜人どもの蛮行に対する怒りに折り合いを付けた祭服の女性は、現実に戻って来たと同時に立ち上がる。
「…………ごめんなさい、失礼な事を聴きました。……あと、残った亜人どもをぶち殺してきますので、今日はここでお開きと言う事で」
「――っ、この段階で虐殺したら管理責任を疑われ、潜入作戦に支障がでますよっ」
そのまま身を翻して歩き出したラフィーアに慌てて抱き付いたサラは、怒りに我を忘れている小柄な背を後ろから拘束しながら言葉を続ける。
「……知った事ではありませんし、ここから出る時にはどうせ皆殺しにするのですから結果は変わりません。……イレスには潜入中の何者かが攻勢を仕掛けてきたと伝えて上層に押し込めておければ一石二鳥です」
「それだと中層以下の徹底調査が始まる可能性がありますからダメです。――それに結果的には私は今も無事ですから、大丈夫ですから」
強気な発言と意志に反し、組み付かれてしまえば女性(サラ)の力ですら無傷では振りほどけないラフィーアは、その拘束を破る事を諦めつつも溶岩のように冷めない怒気を発し続ける。
「…………亜人どもが、人を人として見ていないのは理解しています。……ですが、同意の無い関係とは言え自分が抱いている相手を何だと思っているのですか!」
旦那様との逢瀬を重ねた結果、ラフィーアは『肉体関係にはそれ以上も、それ以下の意味も無い』と結論付けてはいたものの、それでもまだ身体を合わせる事に幻想を抱きたい感情は残っており――それを蔑ろにする現実に激情が収まらないでいた。
加えて、現実的な問題を見ても月経は血を流している事からも判る通り免疫力が低下している上――そも女性の胎は身体の内にある臓器である事から皮膚よりも脆弱である。
そこに不衛生なモノをねじ込むなど常時であっても危険であるというのに、最も弱っている時であるにも関わらず関係を強要するとは何たる暴挙であろうか。
身動きが取れなくとも感情の収まらないラフィーアはその激情の赴くままに感情を露わにし、怒りのままに振り向けられた緑色の瞳と、何故か穏やかな表情で抱き押さえている相手を見つめている青い瞳がかち合う。
「――――ラフィーアさんって、意外と直情型なんですね」
「……貴女自身の事なのですよ? ……なぜそんなに平然としていられるのですか」
「いえ――すぐそばで激怒されていると逆に冷静になれると言いますか……散々殺し尽くした後ですので面倒くさい方が勝ると言いますか――」
「…………」
八つ当たりをしている自覚はラフィーアにもあるが、『そんな無駄』をするだけの余裕をこの施設の中に創れた彼女はその態度を崩さず、本来であれば激怒すべき当事者を見据えていると――。
「――――」
「……何が、おかしいので?」
そんな八つ当たりのような激情を向けられている才女は、ふと笑みを深くする。
「それよりも、こんなにも想ってくれる人が居るのが嬉しい――というのが一番強いでしょうか」
「…………」
そこから続けられた思わぬ応えに驚いたラフィーアは目を瞬かせ、その最後には悪い事を見咎められたた猫のようにその瞼を閉じる。
「――そんな嫌な事よりも、魔法とかの話をしましょう? ……薬を提供している事からも判るように、私は調合が出来るのですが――ラフィーアさんは魔法の他に形に出来る事はないのですか?」
「…………金属刻印――工具を用いない、魔術的な彫金を少々。……薬学は知ってはいますが、調合は苦手です」
「――では、ちょっと自慢したい気分なので……調合についてお話ししましょう?」
ラフィーアの変化を認めたサラは、猫を宥めるような声音のまま抱き締める力を強くし――その暖かさに比例するように、ラフィーアの中に残っていた激情の残り火と気まずい感情がゆっくりと解けていく。
「(…………本当に、素敵な人ですね)」
この村を制圧した辺りから、どうにも手玉に取られている感覚がラフィーアの中にあるものの――それを心地よいと思う彼女はその意図に乗り、ささくれた心を緩めていった。
前作よりだいぶ遅れてポーションの衝撃。
今作ではあまり共同していませんでしたから致し方なし。
方向性の指針となりますので、評価、感想、お気に入り登録など、お待ちしております。