【完結】『侵胎迷宮を抜けて』二次創作 作:サーデェンス・ロー
男性が1日で52人(そんな記録を打ち出そうという外国の公式記録)があったり、女性で1日919人(先と同じ理由の外国の公式記録)があるとの事。
……いや、もう意味が判らないよ。
亜人全員が経験済みと思われる描写と脱出路や陣地の構築時間、体力的な限界から前作・今作共に1ヵ月以上は居たと考えましたが、1日百単位を処理できれば短縮でき――いや、建築時間は変わらないから、経験数がエグくなるだけでしょうか?
「――――まさか、こんな事になろうとは」
指を動かすのも難しい中、サラは自分のすぐ傍で静かな寝息をたてている銀髪の女性を横目に捉えつつ、静かなため息を零す。
ラフィーアと一緒のベッドで眠っているという珍事の始まりは、下着と薬の交換やその最中にあった一悶着の後――サラの方から向けた質問が切っ掛けだった。
『――魔眼を使うというのは、どんな感覚なのですか?』
知識としては知っているが、自分が『魔眼』を持っていない事から体験する事の出来ない情報。
『…………もう、慣れてしまって思い出せませんが――初めての時は、“目”に願いを乗せるような感覚だったと思います』
それは純粋な知識欲に依る質問であり、今後の糧になるかもしれないと投げ掛けたサラの問いに対し、ラフィーアは昔の記憶を思い出すように遠くに視線を向けながら応え『……強弱はあれど、今では魔力さえ込めれば息を吸うような感覚で使えますが』と続けた彼女は――。
『……サラさんは、どんな感覚なのですか?』
逸らしていた視線をサラに向けたラフィーアは、才女が思いもしなかった言葉を投げ返してきた。
その言葉の意味が理解出来なかったサラが首を傾げていると、ラフィーアは言い難そうにしながらも魔導師の本懐(みちへのたんきゅう)を続ける。
『…………嫌な話ですが――真面に『取引』をしていれば体力が持たないと思いましたので、魔術の類で墜としていたのかと』
『――――』
そうして続けられた説明に対し、サラは間の悪い沈黙しか返せなかった。
どうにも自分を過大評価しているきらいのあるラフィーアの視線がこれ程までに重いと感じた事の無かったサラは、その期待を挫かなければならない事を心苦しく思いながらも、オーガの手によって薬を飲まされていた事を告げると――。
『…………』
祭服の女性は酷く深刻な顔で才女の両肩を掴みあげる。
『……飲まされた薬の成分や特性は理解していますか? ……後遺症やそれに類する感覚はありますか?』
その急変に驚きながらも『瘴気に纏わる物』とオーガが言っていた事を伝えたサラは、『たったそれだけ』で思い出したくもない感覚と未だに残っている疼きを感じ始めていた。
その恥ずべき感覚を抑えながら『もう大丈夫ですから』と才女が続けても、彼女の両肩を掴んだままのラフィーアはそれを緩める事なく視線を鋭くする。
そうして、『……数十体の相手を出来る薬が、そんな生易しい訳が無いでしょう』と怒気を露わにしながら魔法を使ったラフィーアの手により掴み上げられたサラは、有無を言わさず近くに配置していたベッドに押し倒され――。
『……今から深度を上げた“浄化”をサラさんに掛けますが、体力回復の霊薬は持っていますね? ……術の反動で私も倒れますが、自分の事を優先してください』
有無を言わさずそう続けた祭服の女性は、前髪の奥に見える額をサラの額へと重ね――あの『竜の影』を呼ぶ時のような唄を紡ぎ、魔法を発動させた。
ラフィーアが成したと思しき魔法は視覚的な変化に乏しいものであり、外見だけで捉えれば幾つかの光の粒子が舞い散っただけであった。
しかし、ただそれだけで自分の中に残っていた『何か』が急速に抜け落ちていくような感覚を感じたサラは、魂すら抜け落ちてしまいそうな寒気に身体を震わせる。
同時に、まるで迷宮内を隈なく走り通したような強烈な疲労感に襲われたサラが意識を手放しそうになる中、魔法を使った側であるラフィーアはあっさりと気を失ってしまい、その下敷きとなる形で身動き1つ出来なくなっていた才女はその重みに潰される事となった。
「――――」
それから暫くして、力の入らなくなった腕を酷使して自分に覆い被さっていた小柄な身体を何とか横にずらし、服の裏ポケットに仕込んでおいたポーションを口に含んだのがほんの少し前の出来事であり――。
ズシリと残り続ける疲労とは裏腹に、サラの思考は『取引』を始めた後からずっと残り続けていた靄が晴れたように凪いでおり、頭の隅に居た『忌避感を抱きつつも在り続けた衝動』も探さねば判らぬ程に薄れていた。
「――クリンでも解けない毒があった、と言う事ですか」
瘴気の感受性が妙に高くなっていたのも、『取引』の事を何度も思い返してしまうのも致し方ない事だとサラは思っていたが――まさか薬の効果が残り続けていたとは考えもしていなかった。
「――――。この人は、気を失う程の負荷のある魔法を使ったのですね」
同時に、亜人の玩具となっていた自分の為にそんな魔法を使ったラフィーアの事が、サラには判らなくなる。
サラがラフィーアと出会った時に感じた印象は『剣のように冷たい人』であり、その感覚は村の下の階層(ちゅうそう)に至る頃には『他人にも自分にも厳しい人』と変化していたものの、近寄りがたい人という印象は拭えなかった。
しかし、村に至る階段で理性を剥がされ、不覚にもラフィーアに襲い掛かってしまった後――彼女はその厳しさの中に秘めていた慈愛や献身を強く示し、サラの事をまるで尊敬する友人のように慈しみ、その敵に対しては隠そうともしない怒りを示していた。
「――――軽蔑から来る優越感に浸っている。……そんな感情なら、判り易かったのですが」
聖都直属とはいえ後ろ暗い事を生業としている事から『上役に当たる方々』からの見下されるのにも慣れていたサラは、今のラフィーアの言動にそういった感情が含まれてない事を確信していた。
それどころか、亜人と『取引』をした自分に対して『まるで憧れの人』を見るような視線を向けられる時があるのには戸惑うばかりであり、その眩し過ぎる目を苦々しく思ってしまう事も多々あった。
「何かがこの人の琴線に触れたのは確かなのでしょうが――」
とはいえ、サラがそんな戸惑いを抱いている間にもラフィーアは才女の身に起こっていた問題の尽くを踏み潰していき――その最後には恩を返す暇を与えぬように突き放すような言動を取り始めた。
流石にそれは看過できぬ行動であり、半ば強引に手助けを行う事で自分を不義理者にしようとするその行動を阻止したサラは、ラフィーアの助けになれるようにと心を砕き――。
そんな交流を続ける事で、サラは敵陣の只中に居るとは思えぬ程に穏やかな時間と有意義な知識を享受していた。
「ですが、この人は――恐ろしい人でもあります」
だが、それと同時に拭いきれない感情――自分のすぐ側に在る、見かけ相応の可愛らしい寝顔には似つかわしくない言葉を、サラは口にする。
瘴気の中を自由に歩き回れるようにする魔法を筆頭とした、未知の魔法体系を十全に操る技量。
目を合わせただけで魔法に対する抵抗力を持たない者を従属させられる魔眼。
足と左腕の古傷に加え、左目も見えていない状況でも尚、この迷宮を苦も無く突破できる戦闘能力。
――そして、身に纏う衣装からも判る通りの異教徒。
これらの事実を列挙するだけでも聖都にとってはラフィーアがイレスに匹敵する程の脅威に見て取れる筈であり、真面に報告すれば『何故放置したのか』と詰問されるのは確かであろう。
「――イレスによる被害は魔物による直接的な破壊である事から判り易いのに対し、この人の力が浸透するのに適している事も印象を悪くしていますね」
例えるなら、イレスが町を『魔物の巣窟とする』事で町を『滅ぼせる』のに対し、ラフィーアは町に『異常を察知される事なく』町を『乗っ取れてしまう』力を持っている、と言えば判り易いだろう。
「――――」
そんな理論の先にあるモノ。
まず間違いない聖都への脅威を前に、サラの指はアゾット剣の柄頭を握り込む。
命令こそ受けていないものの、聖都直属の諜報部隊の役目――聖都の意向に則るのであれば、この剣を抜いて無防備に眠っているラフィーアの胸に突き立てるのが是となる。
「――――まぁ、それが出来るなら……前回の任務であのシスターの事を助けていませんが」
そう呟いてから柄頭より手を離し、すぐ傍にある綺麗な銀髪へと指を絡めたサラは、出来もしない『もしも』によって粟立った感情を落ち着かせるようにその柔らかな感触に意識を集中する。
そも、無辜の民や聖都への脅威で言うのであれば、影に潜んで姿を見せる事無く暗殺を続ける事も可能な暗黒魔導師である自分も当て嵌まり、力を持たない人から見た恐ろしさはそう大差は無いのだろうとサラは思う。
「――言動から察するに、もう成人されていて……伴侶の方もいらっしゃるのですよね……」
そうして、惰性のままに銀髪を撫でるサラは、信じ難い事実を反芻するように言葉を零す。
あの強大な悪魔を前にしても折れる事の無かったラフィーアの根幹にある『帰りたい』という意欲は凄まじく、これだけの才ある女性がそれ程までに愛せる存在に興味が沸き、同時にそんな相手と巡り会えた彼女に対して女としての羨望を抱いてしまうサラであったが――。
同時に、あの場でイレスを殺せなかった事に一抹の不安を覚える。
サラとラフィーアの総力に対し、イレス自身とこの迷宮を合せた総力。
その均衡は甘く見積もって互角と考えられるが、実際の所は魔導師の腹の中とも言える工房の中に収まっている事からイレスの方に分があり――。
サラのこれまでの経験から鑑みるに、あの悪魔が態勢を整え切れてなかった顔合わせの瞬間を突けなかったのは失敗であったと思わずにはいられなかった。
そして、その最善手を取れなかった原因であるラフィーアの目的に関しても、果たして彼女は迷宮に1人残る事の孤独に耐えられるのだろうかという懸念がある。
「――あの時、イレスが折れなければ交渉は決裂。そのまま討伐に移れましたが……賽は既に投げられてしまっています」
だが、自分の口から零れた言葉の通り、状況は既にサラ1人で動かせる段階になく――この場所で自分が出来る事はあまりにも少ないと、才女は瞼を閉じる。
「――今は、自分の役目を迅速に果たし……増援と共に助けに来る以外に道はありませんか」
ラフィーアは聖都に報告するには多大な危険を伴う人ではあるが、有益な技術を持った人格者であり――。
何より、始めてしまえば去っていく人の方が多い自分の魔法談義に最後まで付き合うどころか言葉を咲かせてくれる稀有な方であり、失うには惜しい人だ。
「――――別れてからも会える機会があると、信じる他ありませんか」
しかし、例え自分が最善を成したとしても――ラフィーアの話を信じるなら、彼女の目的が果たされた先にあるものは二度と出会う事のない別離となり、次に会える可能性は少ないとサラは直感的に理解していた。
だが、それでも自分が受けた大恩に報いる為にはラフィーアが求めた戦力を連れて来る以外の道はなく、それを寂しいと思いながらも、薬が抜けた反動に耐えられなくなったサラは深い眠りへと沈んでいった。
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