【完結】『侵胎迷宮を抜けて』二次創作 作:サーデェンス・ロー
ラフィーアがだいぶ失礼な勘違いしていますが、それだけ疲れており、かつサラの事を嫌っていないと言う事で。
「…………ん」
疲労から来る気怠さの中、寝台の中に自分とは異なる熱量を感じたラフィーアはこれまでに鬱積していた寂しさを埋めるべく、その暖かさへとにじり寄る。
起き抜けで鈍化している思考に浮かぶのは、この施設に現れてからの自分が如何に激務であったかを写す走馬灯であり――。
見知らぬ土地で命を掛ける事、行動と結果に対する責任を持つという重荷は――旦那様という支えを外されたラフィーアの事を大いに疲弊させていた。
「(……こんな気疲れを感じたのは――軍務で初めて小隊を預かった時以来でしょうか)」
それは乗り越えた事のある重責であったものの、支えられる心地よさを覚え、背負えるモノにも向き不向きがある事を知り、旦那様と持っている重みを幾度となく交換しあったラフィーアは――その安堵を得るべく傍にある相手の腕を抱きしめる。
その大胆な行動の根底にあるのは『旦那様以外と褥を共にするなど有り得ない』という結論であり、背丈が少し小さいような気がしたり、組み付いた腕の感触が柔らかかったような気がしたものの、心地よさの方が勝った彼女は腕に掛ける力を強め、甘える猫のように頬を擦り付ける。
「…………むぅ」
しかし、そうまで自分の感情を曝け出しても反応を示さない相手を前に、ラフィーアは不満げな吐息を零す。
初めての時こそラフィーアの方から押し倒さなければ手を出してくれない程の朴念仁であったが、死に近い場所にいる戦人の性か、一度その覆いを取り払ってしまえば旦那様の熱情は恐ろしい程に激しいものであった。
それこそ褥の上で思慮を示した段階で襲い掛かられるというのが昨今のラフィーアの日常であり、これで自分1人では抱えていたくない重みを預け、旦那様が感じている不安を受け入れる事で互いの心を豊かに出来ると彼女は認識していたのだが――。
「(…………疲れていらっしゃるのでしょうか?)」
しかし、普段であれば何らかの反応を示してくれる筈の相手に動きは無く、それを不信に思うラフィーアであったが――その気になってしまえば止まらない事を知っている彼女は、相手を動かすべく更に身体を寄せる。
「…………?」
そんな情動の中、ふと別の女の匂いが彼女の鼻孔をくすぐる。
国元の通例――富める者が富めない者の代わりに多くの女子供を養う事で国力に寄与する――に則れば、今の旦那様であっても妾の1人ぐらいは居てもおかしくはない立場となる。
加えて、竜信仰の理においても一夫多妻の否定は示されておらず、軍務の先で別の女性を引っ掛けたとしても、責任を取るなら許される行為となるが――。
「…………」
理で説明できても納得出来ぬ感情が揺らめき、その形である嫉妬心と対抗心がラフィーアの中に芽吹いてくる。
同時に、自分ではあれほど時間の掛かった旦那様をこうも簡単に陥落せしめた相手の手練手管に恐怖を覚えるも――。
「………………」
同性であっても心地よいと思えるこの匂いに、興味が湧いた。
どちらにせよ、統治者としても優秀なあの人の派閥に居るからにはそう遠くない未来に北か南の人質(しじょ)を受け取らなければならないのは確かとなる。
そんな未来が待っているのなら、才能や経歴によってはこの匂いの主を断る口実(しまい)として認めるのも藪傘ではないと思うラフィーアであったが――。
「(…………でも、サラさんのような人だったら……怖いですね)」
国元における魔術の才能は自分の位置(第5位)からして盤石と言えるものであり、サラを知る前のラフィーアが恐れる者はそう多くはなかった。
しかし、今の彼女は自分に並ぶ才能を持ちつつも他の要素で勝てそうにない人が居る事を知ってしまい――あんな凄い女性がそうそう居るとは思えないものの、もしも旦那様が引っ掛けたのがそんな人であれば、自分の居場所を取られるかもしれない。
「…………」
竜の里で育った旦那様は竜の生き方に染まっており、竜の常識――“妻(ひめ)”を好きに出来る代わりその庇護に命を掛けるという理に囚われている為、頭では自分の思う不安は杞憂であると判っている。
だが、まだ子供の居ない自分は国元における正妻(じょうしき)の要件を完全には満たしていない。
「………ん、っと」
そんな論理立てにより焦り、同時に自分以外の匂いが旦那様に付いているのが気に入らなかったラフィーアは疲労で鈍くなっている身体を押して相手の上に移動し、自分の身体全体を使ってしな垂れ掛かる。
「(……これでも、手を出してきませんか)」
だがしかし、初めての時のような積極性を見せてもなお相手に反応はなく――その戸惑うような反応もまた彼女の不安を強くする。
「(…………なら、奥の手です)」
決意と共に口の中に微かな唾液を溜めたラフィーアは、あの人の魔術を組む。
“吸魔(仮)”の魔術。
その原典は相手が誰であろうとも触れた者から魔力を抜き取るあの人の体質であり――長年に渡って吸われ続けた経験により、疑似的とはいえ模倣出来てしまったのがこの魔術の正体である。
尚、その吸われ続けた経験からこの魔術の副反応――自分の意思とは無関係に与えられる多幸感――をラフィーアは熟知しており、その感覚は彼女を大いに苦しめ、元凶であるあの人を恨む理由の1つにもなっていた。
しかし、旦那様と何度か逢瀬を重ねた折、高まっていた情動を抑えきれずに使ってしまい――。
結果、散々愛された後だったというのに再び抱きすくめられ――そのまま死んでしまうかもしれないと思う程に激しい事になった劇物のような魔術である。
とはいえ、今のラフィーアにとってはこれ以上の手はなく、これで『その気』にさせられなければどうにもならないと内心焦りながら唇を合わせ――。
「……っ!?」
舌を楔に相手の口腔内に唾液を注ぎ込み――体液を媒介に魔術を発現させる事で取り込んだ魔力の味に驚いたラフィーアは、熱いモノを舐めてしまった猫のように顔を上げる。
旦那様の魔力は土と風という相反する色であり、その味は石のような苦々しさと風の清涼感が混ざり合った中々に奇抜なモノである。
――正直な話、時折舐めるだけなら『愛しい人の魔力』という補正もあって楽しむ事はできるものの、飲み込むのは遠慮したい品である。
しかし、今、ラフィーアの味覚は震わせた魔力は苦みの中に確かな甘味――否、激甘の甘味に苦みという深みを加える事で至高の一品としたような甘露であり、許されるのであれば何度でも飲み干したい品であった。
「…………」
この瞬間においてラフィーアは八割方間違いに気が付いていたが、倫理観(じぶん)の命運が尽きている事を悟った彼女は耐え難い誘惑(あまみ)と旦那様の味が変わったのかもしれないという一縷の望みに賭けるようにもう一度唇を合わせ、相手に残る僅かな唾液(しょくばい)を起点にその魔力を味わう。
味としては“搭”や“霊廟”で頂いた『こーひーいんりょう』と呼ばれる品に近く、旦那様の味が彼の好む『ぶらっく』に塩を加えた未知の品とするなら、この味は『かふぇもか』に砂糖と『くりーむ』を追加した美味しい飲み物となるのだろう。
「(…………“霊廟”で出して頂いたのは美味しかったですね)」
今にして思えば胸の当たりが異様に柔らかかった事が気になっており、羊毛の布でも巻き込んだのだろうと切り捨てていたのだが――後の祭りである。
「――――」
そうして思考を余所に飛ばす事で現実から目を背けていたラフィーアであったが、ゆっくりと離そうとした唇が強く押し付けられ、退いた身体を逃がさぬように強く抱きすくめられた事で年貢の納め時が来たと諦め、身体の力を抜く。
「――――――」
目の前にある知性と愛らしさが均衡した絵になる顔は今、艶やかに染まっており――荒い息遣いと熱っぽい瞳が自分を射抜いていた。
「…………」
最初に魔力を吸った時点でその身に残留する瘴気まで震わせてしまった事は判っており、何時ぞやのときのようにサラの理性を飛ばしてしまった事もラフィーアは既に理解していた。
そして、瘴気混じりの魔力を吸ってしまったラフィーア自身もまた薄っすらと熱を帯びており、動きが更に緩慢になった身体はサラの手によって容易く巻き取られ、上下が反転する。
『竜の影(ベネイア)』はこの場に居ない。完全に組み伏せられている。“浄化”を組んでいる猶予は無い上、相手の魔力を吸ってしまった自分の情動も変質してしまっている。
「(………………詰みましたね)」
その現実をようやく認めたラフィーアは、女性同士であれば旦那様との契約には反しない筈であり――。
このまま蹂躙されるのと魔力を吸い尽くして気絶させる方、どちらが理に反していないのかを考えながら、自分が蒔いた結果を締める機会を伺い始めた。
実際の猫の舌は温度を感じられませんので、熱くてもそこまで激烈な反応は示さないとの事。
あと、本作は『もしも』ですよ。
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